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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
259/347

Word.65 届かヌ言葉 〈2〉

「言姫様」

 桃雪とエリザの戦った後、部屋の片付けを従者に行わせるため、使われていない別室へと移動した和音のもとへ、新たな従者がやって来る。天井が高く、何もないその広い部屋の、奥の段差になった場所に立ち、上を見上げていた和音が、ゆっくりと振り返る。

「何でしょう」

「加守の神月篭也殿が、言姫様に面会を求め、参られております」

 従者の言葉に、和音がそっと、目を細める。

「通して下さい」

「かしこまりました」

 和音へ向け、深々と頭を下げると、従者が素早く部屋を出て行く。それから一分と経たぬうちに、扉を叩く音が響いた。

「どうぞ」

「失礼いたします」

 天井まで続く大きな扉が開かれると、そこから、鋭い瞳を見せた篭也が、部屋の中へと入って来た。突き刺すような篭也のその瞳を見て、和音が口元を緩める。

「怖い瞳…」

 篭也の瞳を見て、和音が少し困ったように肩を落とす。

「また、誘拐犯か何かにでも、間違えられているのでしょうか…」

「色々と言いたいことはあるが…まず一つ、聞こう」

 そんな和音を、篭也がまるで睨みつけるように見る。

「何故、“あの言葉”を使った?和音」

「……っ」

 篭也のその問いかけに、和音の表情が曇る。

「あの言葉、とは?」

「僕の口から聞きたいか?」

 平静を装い、聞き返した和音であったが、責めるように言う篭也に、その表情はまた曇る。

「確かに、聞きたくはありませんね…」

 視線を落とした和音が、薄く笑みを浮かべる。

「わたくしがあの言葉を使ったのは、わたくしの願いを叶えるためですよ。篭也」

「では、あなたの願いとは何だ?」

 和音の答えを聞くと、篭也はすぐさま、次の問いを向ける。

「あなたの、五神を揃えなければ叶わない、その願いとは何だ?」

 篭也のその言葉に、和音がそっと目を細める。

「五神を、揃える?一体、何の話を…」

「誤魔化す必要はない。あなたのやろうとしていることは、おおよそ、見当がついている」

 聞き返そうとした和音の声を、勢いよく遮る篭也。遮られる言葉に、和音がかすかに眉をひそめる。

「あなたが何故、我が神にこだわったのか。その理由もな…」

 篭也の鋭い瞳が、まっすぐに和音を見つめる。

「五神を揃える必要のあったあなたにとって、最大の障壁となったのが“の神”の存在だ」

 篭也が入口近くから、ゆっくりと和音の方へと歩み寄りながら、言葉を放つ。

「“宇の神”は旧世代以降、後任がなく、五十音界自体に、存在がなかった。“宇の神”が存在しない以上、五神を揃えることは不可能」

 部屋の中央で立ち止まり、篭也がさらに言葉を続ける。

「それでも、何としても神を揃えたかったあなたは、重要機密書庫の本を読みふけり、“宇の神”に関しての情報を集めた」

「…………」

 和音は特に反論する様子も見せず、ただ黙ったまま、篭也の話を聞く。

「そして、やっとのことで、あなたが見つけたのが、“宇の神”特有の黄金の不死鳥の力を持つ…」

 篭也が一瞬、躊躇うように間を置き、そしてまたゆっくりと、その口を開く。

「朝比奈カモメの存在だ」

 カモメの名を出すと、篭也の表情が少し険しく変わる。

「カモメさんが何故、“宇の神”の力を持ち得たのかは、わからないが、恐らくあなたはそれを知った上で、カモメさんを加守とし、自らの監視下に置いたんだろう」

 篭也が再び、数歩、足を進め、和音との距離を詰める。

「だが、そこで事件は起こる」

 少し低く落ちる、篭也の声。

「カモメさんの神、安積晶の暴走だ」

 悲しげに、視線を落とす篭也。いくら阿修羅の件が片付き、気持ちの整理がついたとはいえ、カモメを失った悲しみが消えているわけではなかった。

「カモメさんが死ねば、またしても五神は揃わない。だからこそ、あの日、あなたはあんなにも必死になって、カモメさんを探していた」


―――朝比奈カモメはどこです!?―――

 晶の異変を知った和音は、言姫という立場がありながらも、自ら率先して、事件の起こった栞総合病院に出向き、晶の拘束というよりも、カモメの救出に必死になっていた。


「だが、必死の救出も叶わず、カモメさんは安積晶に殺され、死んでしまった…」

 篭也の視線が、床へと落ちる。

「また“宇の神”を失ってしまった。落胆したあなたの目に、飛び込んできたのが…」


―――届けて…俺の、最期の言葉…―――

―――“かなえ”…―――

―――今のは…―――


「最期の言葉“叶え”を使い、自分に残ったすべての力を、誰かのもとへと送ったカモメさんの姿だった」

 また視線を上げ、篭也が再び、和音を見つめる。

「僕は正直、カモメさんが死んだことで頭が真っ白になっていて、カモメさんが“叶え”の言葉を放ったことすら忘れていたが…」

 篭也が目を細め、その視線を鋭くする。

「あなたには、鮮烈に記憶が残ったことだろう。そして、あなたは考えた。カモメさんが一体誰へ、その力を残したのか、な…」

 鋭い視線を浴び、和音もそっと目を細める。

「それで、わたくしが朝比奈アヒルに目をつけたと…?」

「いや。カモメさんの弟は、他にスズメさんとツバメさんもいる。いきなり、神だけには絞れない」

 久し振りに口を開き、問いかけた和音に、篭也がすぐさま、首を横に振る。

「だから、二人を試したのだろう…?スズメさんとツバメさんに、“寸守すもり”と“州守つもり”の称号を与えてまで」

 篭也の言葉に、和音がかすかに表情を歪め、動揺の表情を見せる。

「宇団も、神すらも存在しない音士を承認出来るのは、あなたぐらいなものだ」

「……確かに、そうですわね」

「だが二人の力は、“宇の神”のものとは異なっていた」

 スズメとツバメの生み出していた、金色の鳥を思い出し、篭也がそっと目を細める。二人の力の形も確かに、鳥ではあるが、その姿は、カモメの持っていた不死鳥とは、多少違っていた。

「そしてあなたは、最後の望みに懸けるように、朝比奈アヒルへと目を向けた…」

 薄く瞳を細めた和音は、篭也の声を聞きながら、篭也と目を合わそうとはせずに、ただ高い天井を、じっと見上げている。

「だが、そこでまた、問題が生じる」


―――“たれ”ぇぇぇ…!!―――


「朝比奈アヒルが“安の神”に目醒め、“あ”の力が前面に出てきてしまったため、“う”の力が内へと追いやられてしまったことだ」

 自身が目の前で目撃した、アヒルが言葉の力に目醒めた瞬間のことを思い出し、話を続ける篭也。

「あなたは、すぐに僕と囁を神のもとに送り、僕に細かな報告を命じて、神を監視した」

 篭也がまた歩を進め、今度は和音のすぐ前まで歩いて行く。

「それから、自らも僕たちの前へと現れ、波城灰示退治、以の神との神試験を用意し、神の成長を促す」

 どんどん近付いてくる声に、天井を見上げていた和音が、ゆっくりと顔を下ろしていく。

「七声との戦いを、始忌との戦いを安団に一任することで、神の内なる力を引き出す」

 和音のすぐ前で足を止めた篭也と、顔を下ろした和音が、やっとのことで、その視線を交わらせる。

「そして…」

 短く置かれる、一呼吸。

「カモメさんの仇である阿修羅と戦わせることで、神の“う”の力を完全なものとした…」

 篭也の言葉すべてを聞き取り、和音が一瞬、そっとその瞳を閉じる。

「どこか、間違っていた点はあるか…?」

「いいえ」

 確かめるように問う篭也に、和音がすぐに首を横に振る。

「ほぼ正解、と言っていいでしょうね…」

 再び瞳を開いた和音が、口元を緩め、穏やかな笑みを浮かべる。

「確かにわたくしは、ずっと前から、朝比奈カモメを、朝比奈アヒルを、見続けてきた…」

 和音が微笑んだまま、また天井を見上げる。

「すべての神を、揃える為に…」

 天井を見つめた和音が、どこか遠くを見るような瞳を見せる。

「そして、やっと、ここまで来た。わたくしの計画通りに、ここまで…」

「ああ。だが」

 鋭く言葉を付け加え、篭也が制服の胸ポケットから、赤色の言玉を取り出す。

「第六音“か”、解放…!」

 篭也が言玉を解放すると、言玉はいきなり、変格した状態である真っ赤な鎌へと姿を変え、それを篭也が素早く構える。

「僕は神附き。神の害と成り得るものは、例え、あなたであろうと、容赦しない」

 篭也が構えた鎌の刃が、和音へと向けられる。

「僕がすべてを知った以上、あなたの計画もここまでだ!和音!」

「…………」

 突き付けられたその刃を、特に焦った様子もなく、落ち着き払った様子で見つめる和音。

「いいえ、篭也」

 冷静な声が、篭也へと向けられる。

「“ここまで”が、わたくしの計画です」

「何…?」

 和音のその言葉に、篭也が戸惑うように眉をひそめる。

「わたくしは、わかっていました。あなたが、誰よりも一番に、この真実に気付き…」

 大きな和音の瞳が、射るように篭也を捉える。

「あなたが、誰よりも先に、わたくしのもとへ来ることを…」

「和音…?」

「五十音、第四十六音…」

 篭也が戸惑いの声で名を呼ぶ中、和音が凛とした声を響かせる。

「“わ”、解放」

「なっ…!」

 袖口から取り出した、篭也と同じ赤い言玉を、解放していく和音の姿に、篭也が思わず目を見張る。

「和音が、言玉の解放を…?」

 篭也は和音とは長い付き合いであったが、和音が言玉で言葉を使っているところは見ても、言玉自体を解放するところは、見たことがなかった。

「あっ…」

 姿を変えていく和音の言玉を、篭也がまっすぐに見つめる。

「か、がみ…?」

 和音が言玉の代わりに、右手に握り締めていたのは、丁度、顔を映し出せるくらいの、真っ赤な手鏡であった。武器には見えぬその姿に、篭也が益々、戸惑った表情となる。

「わ…」

 鏡面を篭也の方へと向けながら、和音がそっと口を開く。

「“わたせ”」

「え…?」

 篭也の姿が、和音の向けた鏡の中に映し出されたその瞬間、篭也の手の中にあったはずの鎌が消え去る。鏡の中から消えた鎌に先に気付き、それから空になった自分の手へと視線を移す篭也。

「ど、どこへ…」

「探し物は、これですか…?」

「……っ」

 すぐ傍へとやって来る刃に、戸惑っていた篭也が、表情を険しくする。篭也が顔を上げると、そこには、先程まで篭也が持っていたはずの鎌を持ち、その刃を篭也の方へと向けた、和音が立っていた。

「和音…一体、どういうつも…」

「あなたの言葉、確かにほぼ正解でしたが、違っている点が幾つかあります」

「何…?」

 鎌を奪われてしまった篭也が、和音の言葉に、戸惑うように眉をひそめる。

「まず一点目、わたくしは、朝比奈カモメが“う”の力を持っていることを、彼を見つける、ずっと前から知っていた」

「え…?」

 その言葉に、篭也が益々、戸惑いの表情となる。

「知っていただと…?」

「二点目、わたくしが必要としているのは、五神ではなく、五神が持つ五つの言玉」

 聞き返す篭也を無視し、和音が自分の言葉を続ける。

「そして、三点目」

 和音が、これが最後であることを告げるように、さらにはっきりと言葉を放つ。

「朝比奈アヒルが“あ”の力に目醒めるであろうことも、わたくしには、初めからわかっていた…」

「何、だと…?」

 告げられる言葉に、篭也がさらに衝撃を走らせ、大きく目を見開く。

「どういうことだ!?それは、一体…!」

「この部屋かぁ?」

「……!」

 問い詰めるように、和音へと言葉を向けようとした篭也が、背後から聞こえてくる扉の開く音と、よく聞き覚えのあるその声に、大きく目を見開く。

「神…?」

「へ?」

 篭也が振り返ると、開かれた扉の向こうから、桃雪と共に部屋へと入って来るアヒルと目が合った。

「あれ?篭也、何でお前、ここに…」

「ク…!」

 戸惑うアヒルを余所に、篭也が、すべてを悟った様子で、険しい表情を作る。

「今すぐ、ここから逃げろ、神!」

「へ?」

 瞬時に判断した篭也が、アヒルへと叫びあげながら、その場を離れようと、足を踏み出す。

「うぅ…!」

「な…!?」

 だが、篭也の動きは、首元に突き付けられた刃により、止められてしまった。その光景に、先程まで暢気な様子を見せていたアヒルも、一気に表情を強張らせる。

「和音…!」

「…………」

 アヒルの方を振り向いた篭也の、すぐ後ろへと回った和音が、先程、篭也から奪った鎌の刃を、篭也の首元へと突き付けていた。篭也が少しだけ首を動かし、何とか和音の方を振り向くが、和音の表情は凍りついたように冷たく、篭也の呼びかけにも、眉一つ動かさない。

「言姫さん!な、何を…!」

「安の神」

 問おうとしたアヒルの声を、和音があっさりと遮る。

「あなたの持っている二つの言玉と、あなたの神附きの命、交換していただけませんか…?」

「……っ」

 和音から向けられたその言葉に、アヒルは驚きの表情を見せた。




「朝比奈!」

『え?』

 一年D組の教室で、囁と保があれこれと話をしていたその時、職員会議を終えた恵が、壊すのではないかというほどの勢いで扉を開き、教室の中へと突入してきた。

「恵先生…?」

「はぁ!まだ反省文できてないんです!すみませぇ~ん!」

「お前の反省文なんか、今はどうでもいい!それより、朝比奈は!?」

「凄く時間かけて書いたのに、どうでもいい存在な俺で、すみませぇ~ん!」

 保に強く突き放すように言って、恵が必死に教室を見回す。恵のあまりの冷たさにショックを受けながらも、それでも謝ることはやめずに、保が叫ぶ。

「アヒるんは、ここには居ないけれど…もう、居残りは終わったんじゃなかったの…?」

「あいつ…!人の言いつけ、無視しやがって…!」

 頭を抱え、追い詰められたような、険しい表情を見せる恵を見て、囁が眉をひそめる。ただ、居残りを逃げられただけにしては、恵の様子がおかしい。

「ああ、クソ…!とりあえずお前たちも、私と一緒に…!」

「アヒるんに…アヒるんに何かあったの…?」

「アヒルさん…?」

 すぐに教室を出て行こうとした恵に、真剣な表情を見せ、囁が恵へと問いかけると、恵が眉間に皺を寄せた。二人の緊迫した空気を、さすがに感じ取ったのか、謝り騒いでいた保も、その声を止める。

「何かが“起こった”かはわからない。今まさに、“起ころうとしている”くらいかも知れない。それに…」

 目を細め、厳しい表情を見せる恵。

「何かが起こるのは、“朝比奈に”じゃない」

 恵が強く、拳を握り締める。

「“世界に”だ」


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