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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
258/347

Word.65 届かヌ言葉 〈1〉

―――自身の言葉“永遠ゑいえん”を使い、自分の若さと命を、永遠のものとした…―――


「あ…」

 アヒルの口から、言葉にならない声が零れ落ちる。すぐに否定してしまいたい気持ちと、どうしても否定することの出来ない事実が混ざり合い、動くことすら、出来なかった。

「え、“永遠”…?」

 やっとのことで口を動かし、アヒルが掴みきれないその言葉を、聞き返すように呟く。

「“永遠”の言葉をかけた私と、お前たちとでは、生きている時間軸そのものが異なる」

 恵はひどく落ち着いた口調で、アヒルへと話し始めた。

「違う時間軸を生きていると、相手の時間の流れが違っても、人は誰も、一切、違和感を持たない」

 少し視線を落とした恵が、アヒルの見ていたらしい、数多くのアルバムを、ゆっくりと見回す。

「だから、私がずっと、この学校で、年も取らずに教師をしていたとしても、同僚も生徒も、誰も気付きはしないんだ」

 恵の話に、アヒルがそっと眉をひそめる。恵の話し方は、誰にも気付かれないから問題ない、と言っているように聞こえた。だが、アヒルにはそれが、ひどく孤独なことのように思えた。

「お前やカモメのような、五十音士の者以外はな…」

 どこか遠くを見つめるように、恵が目を細める。

「なん、で…?」

 アヒルが零した小さな声に、恵がアヒルの方を振り向く。

「なんで、そんな言葉…」

「……っ」

 少し責めるようなアヒルの瞳に、恵が思わず視線を逸らす。

「それは…」

「目白先生!」

 恵が答えを口にしようとしたその時、資料室の扉が勢いよく開き、若手の女性教師が入って来た。その教師は、アヒルも知っている数学の教師だ。

「何してるんです?職員会議、始まっちゃいますよ?」

「あ…」

 その女性教師の言葉に、思い出したような表情となった恵が、資料室の掛け時計を見る。時計は四時半を差していた。

「早めにお願いしますね。あ、後、あんまり居残りばっかりやらせてると、保護者から苦情くるかもなんですから、気を付けて下さいよ?」

「あ、ああ」

 恵に冗談めかして忠告すると、女性教師はすぐに資料室を出て行った。扉が閉まり、再び資料室がアヒルと恵だけの空間となる。

「職員会議か。仕方ないな」

 恵が困ったように頭を掻き、机の上に乱雑に置かれている、ノートとペンを手に取る。

「お前は、真田か高市んとこにでも行ってろ。まだ校内に居るはずだ。それで、会議が終わったら、私と一緒に為介のところへ行く」

 荷物を脇に抱え、恵がまた、アヒルの方を振り返る。

「くれぐれも、一人で行動するなよ。いいな、朝比奈」

 アヒルに強く指示を送ると、恵はそのまま足早に、資料室を後にした。叩きつけるように扉の閉まる音が、静かな資料室に響き渡る。

「…………」

 一人立ち尽くしたアヒルは、ただもどかしい気持ちを抱え、険しい表情を見せていた。




「ったく、間の悪い会議だな!」

 資料室を出て、急ぎ足で廊下を進む恵は、焦りからか、表情を歪めていた。和音が大きく動き出し、こちらも一刻も早く、動き出さねばならず、悠長に会議に出ている場合ではない。だが、それでも一教師である恵は、自分の仕事を疎かにし、他人に迷惑をかけることは出来なかった。

「とにかく、とっとと終わらせるよう、学年主任を睨みつけて…!」


―――なんで、そんな言葉…―――


「……っ」

 思い出される、つい先程のアヒルの言葉に、恵が思わず足を止める。責めるような、悲しむような瞳。睨みつけられるよりも、ずっと鋭く突き刺さった。


―――俺、先生と同じ“時”を生きてみたいな…―――


「何を…」

 同じように事実を告げた時、優しく微笑んだカモメの姿を思い出す。

「何を、期待してたんだかな…」

 自嘲するような笑みを浮かべ、恵は再び、廊下を歩き出して行った。




 韻本部地下、特別収容施設内部。

「ふぅ…」

 目の前に広がる分厚い鉄格子を見つめ、深々と溜息を吐いているのは、“の神”於崎檻也であった。格子の一本を手で掴んでみると、それはとても固く、檻也の腕力だけでは、どうにもならないものであることを思い知らされる。

「こんなもの、言玉さえあれば一発なんだがな…」

「申し訳ありません、神」

 後方から聞こえてくる声に、檻也が振り返る。

「私が附いていながら、神をこのような目に…」

 険しい表情を見せ、力なく俯くのは、檻也の神附き“曾守そもり”の空音。

「俺とて、言玉を奪われてしまったんだ。お前だけが悪いわけじゃない。そう、自分を責めるな」

「はい…」

 檻也の言葉に頷く空音だが、その曇らせた表情を変えることはない。

「それで、お前も言玉を奪われてしまったのか?」

 今度は体ごと後方を振り返った檻也が、空音のさらに後方を見る。

「“の神”」

「…………」

 檻也たちと同じ牢内で、後方の壁へともたれかかり、その場に座り込んで、固く腕組みをしているのは、“以の神”伊賀栗イクラであった。

「ああ…?」

「う…」

 勢いよく睨みつけるイクラに、檻也が思わず、表情を引きつる。

「な、何か…話しかけるなオーラ全開ですね…」

「ま、まぁ、俺が神試験をやった頃から、あの男はあんな感じだ」

 引きつった表情を見せながら、こそこそと会話する檻也と空音。牢に閉じ込められているので当たり前だが、イクラはひどく不機嫌な様子で、檻也たちが立ち入れる隙はなかった。

「どうも。皆さん、ご機嫌よう」

『……っ』

 牢の外から響く声に、檻也たちが一斉に振り向く。

「さぁ~、新入りさんですよぉ」

 傷ついたエリザを抱え、その場へと現れたのは、何とも楽しげな笑みを浮かべた桃雪であった。素早く牢を開けた桃雪が、エリザを乱暴に牢の中へと投げ入れる。

の神…!」

 投げられたエリザの体を、何とか受け止める檻也。檻也が腕で支えるようにして、エリザの体を起こすが、エリザは深く瞳を閉じたまま、まるで体を動かす気配はなかった。

「お前…!」

「そんな怖い顔しなくても、ちゃんと生きてますよぉ。でなきゃ、わざわざ牢になんて、運んで来ませんて」

 睨みあげる檻也へと、軽い口調を向けながら、桃雪が再び、牢の入口を閉ざす。桃雪のその言葉に不快感を覚え、檻也はさらに表情をしかめた。

「お前は…和音とお前は一体、何を企んでいる…!?何をしようとしている!?」

「このメンバーを見ていただければ、何をしようとしているのか、だいたいわかると思うんですけどねぇ」

 呆れたように肩を落とす桃雪に、眉をひそめる檻也。

「神を、五神いづがみを集めて、どうするつもりだ!?」

「我々が必要なのは、貴方がた神ではなく、貴方がたの持っている言玉の方ですよぉ」

「何…?」

 二人の会話を聞きながら、イクラも眉間に皺を寄せる。

「ああ、“持っていた”言玉ですかねぇ」

「どういう…どういうことだ!?」

 気を失っているエリザを空音へと任せ、檻也が立ち上がり、鉄格子に体を押しつけるようにして、外に居る桃雪との距離を詰める。

「五神の言玉で、一体何を…!」

「お話はここまでです」

 必死に問いかける檻也の前へと手のひらを突き出し、桃雪が檻也の言葉を遮る。

「ボクも忙しいんですよぉ。後一人を迎えに行かなきゃならないしねぇ」

「後、一人…?」

 桃雪の口から放たれたその言葉に、檻也が一層、険しい表情を見せる。

「ではぁ、また来ますね」

「あ、待て…!おい…!」

 檻也が必死に鉄格子を揺らし、大きな声を発するが、その声に桃雪が止まるはずもなく、牢の前を通り過ぎた桃雪は、重い扉を開き、その先にある階段を上がって、その場を去っていってしまった。

「クソ…!」

「神…」

 鉄格子へと自分の拳を叩きつける檻也を、空音が心配そうに見上げる。

「後一人…“安の神”か」

 桃雪の言っていた人物が誰であるのかを知り、檻也が叩きつけた拳を握り締め、天井を見る。

「篭也…」

 檻也は不安げな表情で、兄の名を呼んだ。




「フフフ…これで今晩のアヒるんのご飯は、バッチリね…」

 初参加のお料理クラブを終えた囁は、妙に笑顔の引きつった部活仲間たちと別れ、雨が降り、すっかり薄暗くなってしまった廊下を進んでいた。大事そうに両手に抱えている鍋からは、ガスのような、謎の煙が噴き上げている。

「あら?」

「あ、真田さぁ~ん!」

 囁が一年D組の教室に入ると、自分の席に座っていた保が、嬉しそうな笑顔で顔を上げた。

「転校生くん…まだ、反省文書いてるの…?」

「そうなんですよぉ~やっと半分まで書けたんですけど」

 歩み寄って来る囁に、保が、半分まで埋まった原稿用紙を見せる。

「はぁ!理解の遅い俺が、筆まで遅くて、すみませぇ~ん!」

「まぁ、私には関係のないことだけれど…」

 謝り散らす保をあっさりとあしらって、囁が方向転換をし、教室の後方の自分の席へと歩いていく。その様子を見つめ、不思議そうな顔を見せる保。

「忘れ物ですかぁ?」

「ううん…置き傘」

「ああ。さっきから、降って来てますもんねぇ」

 囁の言葉に頷いた保が、窓の方を振り返る。窓ガラスには、大粒の雨が流れ落ちており、外の景色がよく見えない状態となっていた。

「反省文、早く終わらせた方がいいんじゃない…?もっと雨、きつくなりそうよ…」

 机の中から取り出した置き傘を持ち、囁が保へと笑みを向ける。

「アヒるんも帰ったみたいだし…」

「え?アヒルさん、居残り終わっちゃったんですかぁ?」

「そうみたい…さっき国語資料室に寄ったんだけど、誰も居なかったから…」

「そうなんですかぁ」

 アヒルが帰ってしまったことを知ると、保は残念そうに肩を落とした。やはり居残り掃除を選んだ方が、早く帰れたようである。

「あ、じゃあ真田さん、一緒に帰…!」

「さようなら…」

「はぁ!こうなるってわかってたけど、ショックな俺ですみませぇ~ん!」

 あっさりと別れを告げる囁に、保はまた、勢いよく謝り散らした。




 その頃、一人、学校を出たアヒルは、激しく打ちつける雨に体を濡らしながら、雨粒を避ける動作も見せずに、ゆっくりとした足取りで、特にあてもなく、道を歩いていた。アヒルが歩いていく間にも、雨は激しさを増し、濡れきったアヒルの髪から、水の滴が落ちている。

「…………」

 そっとその場に立ち止まり、水の溜まっていく地面を見下ろし、気難しい表情を見せるアヒル。


―――“永遠”の言葉をかけた私と、お前たちとでは、生きている時間軸そのものが異なる―――

―――だから、同僚も生徒も、誰も気付きはしないんだ―――


 先程の資料室での恵の言葉が頭を巡ると、アヒルが苦しむように唇を噛み、頭を抱え込む。

「何、動揺してんだよ…」

 自分自身を責めるように、言葉を呟くアヒル。

「俺が慌てたって、仕方ねぇじゃねぇか…」

 必死に言い聞かせるように声を発するが、それでもアヒルの表情が落ち着くことはなかった。

「傘を、お持ちではないのですか?」

「え…?」

 前方から不意に向けられた問いかけに、深く俯いていたアヒルが、戸惑うように顔を上げる。

「風邪をひいて、しまいますよ?」

「あ…」

 普段、あまり見ることのない真っ白な傘を差し、アヒルの行く道の前方に立っているのは、派手な桃色髪の、整った顔立ちの青年であった。どこか見覚えのある、その青年の姿に、アヒルが思い出そうと、眉をひそめる。

「どうも。初めまして、安の神」

「あんたは…」

 笑みを向ける青年に対し、急にハッとした表情となるアヒル。

始忌しきの…」

「んん?ああ」

 アヒルのその言葉に、一度は首を傾げた青年であったが、すぐにまた笑みを浮かべ、納得するように頷いた。

「覚えていらっしゃいましたか。では、改めまして。お久し振りですね、安の神」

 言葉を変え、青年が再び、アヒルへと挨拶を向ける。

「ボクは五十音士“毛守ももり”、百井桃雪と申します。以後、お見知りおきを」

「毛、守…」

 言い慣れていない様子で、アヒルが桃雪の言葉を繰り返す。

「ってことは、あんたは、始忌に取り憑かれてた五十音士の一人ってことか」

「ええ。まぁ、取り憑かれたのは、わざとですけど」

「へ?」

 満面の笑みで答える桃雪に、戸惑うように首を傾げるアヒル。

「それって、どういう…」

「ボクと一緒に、来ていただけませんか?安の神」

 言葉の意味を問おうとしたアヒルの声を、あっさりと遮り、桃雪がアヒルへと笑顔を向ける。

「言姫様が、あなたをお呼びです」

「言姫さんが?」

 目を丸くしたアヒルが、不思議そうに首を傾げる。

「言姫さんが、なんで俺を…」

「それは、行けばわかりますよ」

 戸惑うアヒルに、桃雪は、傘を持っていない左手と共に、含んだような、冷たい微笑みを向けた。



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