表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
257/347

Word.64 動キダス永遠 〈4〉

 言ノ葉高校、家庭科室。

「おかしい、絶対おかしいわ…」

「ええ、おかしい…」

 制服の上にエプロンを纏った女子生徒たちが、眉間に皺を寄せ、顔を寄せあいながら、何やらひそひそと話をしている。

「私たちお料理クラブの、本日のメニューは、ビーフストロガノフだったはずなのに…」

「どうして、あの新入りの方のお鍋からだけ…」

 女子生徒たちの視線が、一点に向けられる。

『紫色の湯気が…』

「んん~…」

 皆が見つめる視線のその先では、囁が少し首を傾げながら、紫色の湯気の立ち込める鍋を掻き回していた。囁は注がれる視線にも気付かずに、ひたすら鍋を見つめている。

「もう一味、加えた方がいいかしら…」

 そう言って徐に、囁が手に取ったのは、山葵であった。チューブのフタを取り、囁が山葵を、鍋の中へと大量にブチ込む。

『ひぃ!』

 その光景に寒気すら覚え、高い声を漏らすお料理クラブの皆々。

「これでよし、と…」

 囁がテーブルの上に山葵を置き、再び鍋を掻き回し始める。

「アヒるん、喜んでくれるかしら…」

 見守る皆とは対照的に、何やら楽しげな笑みを浮かべる囁であった。



 言ノ葉高校、一年D組。

「ふっはぁ~」

 放課後の教室に一人残り、大きな溜息を吐き出しているのは、保であった。

「二時間書いて、たったの三行…」

 保の机の上には、一枚の原稿用紙が置かれていた。原稿用紙は最初の数行が埋まっているだけで、半分以上、真っ白の状態である。そんな白い用紙を見つめ、困ったように肩を落とす保。

「結構難しいものですねぇ。反省文って」

 保が書いているのは、今日、遅刻した罰として恵に命じられた、反省文であった。

「反省文より、アヒルさんと一緒に居残り掃除の方が良かったかなぁ…」

 机の上へと頬を乗せ、こっそりと呟く保。

「ふわぁ!こんな人生そのものが反省の俺が、一丁前に、反省文に文句付けちゃって、すみませぇ~ん!」

 勢いよく顔を上げ、保が大きな声で謝り散らす。誰も居ない教室に、保の大声が響き渡り、廊下にまでこだまする声が聞こえた。響きが良すぎて、逆に少し虚しくなる。

「はぁ…書こ」

 虚しさを胸に抱きながら、もう一度、ペンを手に取る保。

「ん…?」

 その時、保が、ふと気付いたように、窓を振り向く。

「雨…?」

 薄暗くなり始めた空から、細かい水の滴が、降り落ちて来ていた。



 言ノ葉町、とあるコンビニ。

「ナナー!悪いけど、傘立て取ってきてくれる~?」

「リンちゃん」

 店の外の掃除をしていたリンが、中へと入って来て、レジに立っていた七架へと声を掛ける。

「傘立てって、雨?」

「うん。何か、急に降って来た」

 店の奥から傘立てを運び出しながら、七架がリンへと問いかけると、リンが外を見ながら答える。

「ホントだ」

 リンの手を借り、傘立てをレジ台の外へと出しながら、七架も外を見る。降り始めた雨は、一気に強くなり、いつの間にか、大粒の雨が押し寄せている。

「困ったなぁ。私、今日、傘持って来てないんだよね」

「通り雨かもよ?すぐ止むんじゃない?」

「だと、いいけど…」

 傘立てを店の入口横へと置いた七架が、ゆっくりと空を見上げる。

「……っ」

 暗い空に、七架は少し不安げな表情を見せた。




「トンビ…!」

 為介の屋敷へと行っていた恵は、またしても言葉を使い、国語資料室へと戻って来た。勢いよく扉を開け、恵が部屋の中へと駆け込む。

「トンビ!」

 恵が、部屋の中を見回した後、開いている書庫の扉から、中に立っている人影を見つけ、少しホッとしたように肩を落とす。一転してゆっくりと歩を進め、恵が書庫の中へと足を踏み入れた。

「良かった。まだここに居たか」

 立ち尽くしているアヒルへと、薄く笑みを浮かべ、声を掛ける恵。

「トンビ。もう片付けはいいから、お前、今から為介のとこにっ…」

「…………」

「トンビ?」

 まるで反応のないアヒルに、恵が少し戸惑うように首を傾げる。不審に思った恵が、アヒルが右手に握り締めている一冊の本へと、視線を移した。

「……っ」

 “卒業アルバム”と書かれているその表紙を見ると、恵が途端に眉をひそめる。

「掃除、してたら見つけて、さ。カー兄載ってるかなって思って、それで、見てたんだ…」

「そう、か…」

 どこかぎこちない口調で説明するアヒルに、恵も少し詰まった返事をする。

「先生、カー兄の担任だったんだな。知らなかった」

 アヒルの言葉に、今度は答えずに、恵がそっと俯く。

「最初はさ、まぁ五年程度のことだし、恵先生、二十四とか言いつつ、実は三十くらいで、年、誤魔化してたのかなぁとか思ってたんだけど…でも」

 言葉を付け加えたアヒルが、その表情を曇らせる。

「恵先生、載ってた」

 短く言葉を落とし、アヒルが俯く。

「二十年前のアルバムにも、載ってた」

 顔を上げたアヒルが、ゆっくりと振り向き、恵の方を見る。

「今と同じ、その姿で…」

 向けられるその視線と、目を合わすことが出来ずに、恵は俯いたまま、アヒルの言葉を聞き続けていた。

「せ、先生って実は、俺の親父と同い年くらいとか!?だったらすっげぇよなぁ~見た目、超若いし、テレビとか出れんじゃねぇ!?」

 無理に明るい笑みを作り、不自然なほど弾んだ声で、アヒルが恵へと語りかける。

「…………」

「アハハ!ハハ、ハ…」

 黙ったままの恵に、アヒルの笑い声が途切れ、笑顔が徐々に消えていく。

「先、生…」

 完全に笑顔を消したアヒルが、恵を見つめるその瞳を、そっと細める。

「先生…あの、そのっ…」

 言葉を切り出そうとするが、なかなか口にすることが出来ず、アヒルが迷うように俯く。

「その…」

「お前の、考えている通りだ」

「え…?」

 切り出す前に返って来る声に、アヒルが顔を上げる。

「二十数年前から、私は、今の姿のまま、一切、年を取ってはいない」

 恵が言葉を発しながら、ゆっくりと俯けていた顔を上げていく。

「二十数年前、当時、“の神”であった私は…」

 上がった視線が、やっと、アヒルの視線とぶつかる。

「自身の言葉“永遠ゑいえん”を使い、自分の若さと命を、永遠のものとした」

「……!」

 告げられるその真実に、アヒルが大きく目を見開く。

「え、“永遠”…?」

 恵のその言葉を繰り返したアヒルは、ひどく困惑した表情を見せていた。




「う…うぁ…」

 全身に激しく傷を負ったエリザが、声にならない声を漏らしながら、力なく、床へと倒れ込んでいく。緑色に輝いていた右足は光を失い、そこから、吸収されていた言玉が、床へと零れ落ちた。

「やれやれ。他愛のない…」

 どこかつまらなそうな表情で肩を落とした桃雪が、右手に握り締めていた白色の言玉を、服の胸ポケットへと戻す。

「終わりましたよ、言姫様」

「ご苦労さまです。毛守さん」

 後方にいる和音の方を振り返り、桃雪が報告すると、和音は満足げに頷いた。短い歩幅で歩を進め、和音がうつ伏せに倒れたままのエリザのもとへと、歩み寄っていく。正確には、エリザのもとへというより、エリザのすぐ横に転がっている、エリザの言玉のもとへであった。

「これで、三つ目…」

 その場にゆっくりとしゃがみ込み、転がっている言玉へと手を伸ばす和音。

「……っ」

 だが、その和音の手は、もう後少しで言玉に届くという距離で、伸びてきた手により、強く掴み止められる。眉をひそめた和音が、伸びてきた手の方を振り向いた。

「何か…?」

「ハァ…ハァ…」

 和音を止めたのは、エリザの傷だらけの手であった。倒れたまま、立ち上がることも出来ない状態のエリザが、必死に顔だけを上げ、問いかける和音を睨みつける。

「渡さ、ない…」

 呼吸を乱したまま、必死に言葉を続けるエリザ。

「言葉で…人を傷つけるような、人間にっ…」

 エリザが、もうほとんど残っていない力を振り絞り、和音の手首に痕がつきそうなほど強く、和音の手を握り締める。

「言葉で…人の記憶を消すような、非道な人間に、私の文字は、神の力は渡さない…!」

「……っ」

 強く放たれたエリザのその言葉に、和音が一瞬、整ったその表情を大きく崩すと、すぐさま、冷え切った表情を作る。

「くだらない、理由ですわね…」

「う…!」

 低く響く声を落とし、エリザに掴まれているものとは逆の手を、エリザへと突き出す和音。向けられた和音の手には、赤い言玉が握り締められていた。光を増す言玉に、エリザが大きく目を見開く。

「“かて”」

「う…!きゃああああ!」

 輝いた言玉により、和音の手を掴んでいたエリザの手が、激しく斬り裂かれ、エリザが勢いよく後方へと吹き飛ばされる。

「うぅ…!」

 後方にあった机を吹き飛ばし、さらにその後ろの壁へとエリザが背中を打ちつけると、一気に激しく走る痛みに、全身の力が抜け、エリザの意識が薄れていく。

「アヒ、ル…」

 小さくアヒルの名を落とすと、エリザは瞳を閉じ、そのまま気を失った。

「ボクより容赦ないですねぇ~、あなたは」

 言玉を手に取り、立ち上がった和音のもとへと、感心するような笑みを浮かべた桃雪が、歩み寄って来る。

「衣の神を、檻也たちと同じところへ、運んでおいて頂けますか?毛守さん」

「了解いたしましたぁ」

 和音からの指示に軽い口調で頷くと、桃雪が気を失ったエリザを抱え上げ、そのまま和音の部屋を出て行く。

「…………」

 部屋に一人きりとなると、和音が体の向きを変え、数歩、足を動かす。部屋の隅にある棚の前へと立ち、棚の真ん中部分を見つめる和音。その棚には、青と白、二つの言玉が置かれていた。そのすぐ隣へ、今、エリザから回収した言玉を並べる。

「これで、三つ…」

 置いた言玉から手を離し、和音が三つの言玉を見つめ、目を細める。

「後はそう、朝比奈アヒルの力さえ手にすれば…」

 口元を緩め、和音が冷たい笑みを浮かべる。

「そうすれば、封印を解くことが出来る…目醒めさせることが出来る…」

 顔を上げ、天井を見上げる和音。

「五十音、最後の神…“の神”永遠とわを…」

 静かなその部屋に、和音の高い声が響き渡った。


 戻ったばかりの穏やかな日常が、終わりを告げるのに、そう、時間はかからなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ