Word.62 罪ト罰 〈4〉
『うわああ…!』
地響きのように、大きく地面を揺らす振動に、礼獣との戦いを繰り広げていた五十音士の面々が、一斉にバランスを崩す。立っていられないほどの衝撃に、倒れ込んでしまう者も居れば、辺りにあるものに必死にしがみつき、何とか堪えようとする者も居る。
「これは…!?」
「オウ!コレガジャパンノ地震トイウヤツデスカァ!?」
地面へと転がり込みながら、焦ったように言う守の横で、何やら少し感動している様子のライアン。
「二つの大きな力がぶつかり合って、こんな揺れを巻き起こしてるんだわ」
大きな揺れの中でも、強化した右足の為、倒れぬまま、東の空に見える、大きな二つの光を見つめ、エリザが冷静に呟く。
「何て力なの。アヒル…」
「…………」
エリザの横で同じ方角を見つめ、イクラが目を細め、厳しい表情を作る。
「最後のぶつかり合いか…」
まったく体を揺らさずに立ったまま、恵も、遠くに見える光を見つめ、どこか不安げに表情を曇らせる。
「朝比奈…」
恵の祈るような声が、地面の揺れる大きな音の中に、掻き消えた。
『ぐ…ううぅ…!』
言ノ葉町の、それよりも外の町の大地を激しく揺らしながら、命を懸けた最後の弾丸を、互いにぶつけ合うアヒルと阿修羅。二人の中央で接触する、巨大な二つの弾丸は、一歩も譲り合おうとせず、激しい拮抗を見せている。
「俺は…俺は…」
向けた銃の先を、その先に立つアヒルを見つめ、阿修羅が小さく声を零す。
―――お兄ちゃんね、私が居ない方が幸せなんだって―――
「くだらぬ言葉を…争いの火種と成り得る、人の心を傷つけ得る、すべての言葉を奪うっ…」
―――私ね、生きてる意味なんて、無いんだって―――
「この世界の言葉に、正しき秩序をもたらす為に…」
―――大好きだったよ、お兄ちゃん―――
「この言葉に、あの日の罪を、贖わせる為に…!!」
阿修羅が大きく声を張り上げ、背中に負った翼をさらに大きく広げ、もう一度、引き金を引くと、銃口から二発目の弾丸が放たれ、前方でぶつかり合っていた初弾と合流し、その勢力をさらに増す。
「ううぅ…!」
拮抗していた二つの弾丸は、阿修羅がもう一発を放ったことで、阿修羅の弾丸の方が一気に、アヒルの弾丸を押し始める。銃から掛かる圧に、アヒルは思わず表情をしかめた。
「神…!」
「アヒるん」
「朝比奈くん…!」
押されていくアヒルの弾丸に、強風吹き荒れ、地面が揺れ動く中、そんなことなど気にも留めていない様子で、必死に身を乗り出す、篭也たち安団の面々。
「晶さまっ…」
「……っ」
棗と櫻も、祈るような表情で、ただ戦いを見つめる。
「何、て…力…!」
右手に掛かる強い力に、肘から先を折られてしまいそうなほどの圧を感じながら、アヒルが険しい表情を見せる。地面についているアヒルの両足は、力に押され、土を削るようにして、徐々に後方へと下がり始めていた。
「この、ままじゃ…!」
押されていく体を感じながらも、どうすることも出来ずに、もどかしげに声を放つアヒル。押されていく両足を止める力も、折られてしまいそうな腕を伸ばす力も、今のアヒルには残っていなかった。
「もうっ…」
力なく目を閉じ、小さく開いたアヒルの口から、弱々しい言葉が零れ落ちる。
―――大丈夫だよ…―――
「……っ」
すぐ傍から語りかけるように、しっかりと聞こえてくるその声に、アヒルが閉じてしまった瞳を、勢いよく開く。隣にも後ろにも、誰も居はしないというのに、何か温かいものが近くに居るような、包み込んでくれているような、妙な感覚をアヒルは覚えた。
「カー、兄…?」
その呼びかけに応えるように光るのは、アヒルの左手の中の金色の銃。カモメとの再会により生まれた、アヒルの新たなる力。
―――晶を救ってほしい…―――
―――アーくんなら大丈夫だって、俺は信じてる―――
―――アーくんは俺の、自慢の弟だから!―――
「…………」
次々と思い出されるカモメの言葉を、噛み締めるように、アヒルは一度、深く目を閉じた。そして一瞬の間を置いて、再び目を開く。アヒルの表情にはもう、迷いも焦りもなく、静かで落ち着いた、だが何か強い力を宿したような表情を見せていた。
「例え…」
アヒルが強く握り締めた、左手の金銃から、アヒルの体を流れるようにして、右手の赤銃へと柔らかな光が伝わっていく。
「例え、あんたの言葉が死んだとしても…」
まっすぐに前を見据え、アヒルがその瞳で、前方の阿修羅の姿を捉える。
「カー兄の言葉は、まだ死んでねぇ…!」
アヒルが折られてしまいそうだった右手を伸ばし、両足を強く踏ん張って、押されっぱなしだった体を、その場に留まらせる。
「カー兄の言葉は、俺の中に生きてる!だから…!」
右手を力強く突き出し、ぶつかり合う弾丸へと、銃口を向けるアヒル。
「だから俺は、カー兄の言葉に応える…!!」
力強く言い放ち、アヒルが思いきり、引き金を引く。
「“当たれ”ぇぇぇ…!!」
アヒルの魂のこもった叫び声と共に放たれる、巨大な金色の弾丸。その弾丸が、空中を突き進む中で、不死鳥のように姿を変え、さらに勢いを増してそのまま、前方でぶつかり合っていた弾丸へと追突する。その瞬間、アヒルの弾丸の勢いが飛躍的に増し、ぶつかり合っていた阿修羅の弾丸を、呑み込んだ。
「何…!?」
鳥を模した金色の光に、呑み込まれて消える自分の弾丸に、阿修羅が大きく目を見開く。
「飛鳥…俺は…」
阿修羅の弾丸を撃ち破り、阿修羅自身へと突き進んで来るその光に、阿修羅はまるで助けでも求めるように、失った妹の名を呼んだ。
「飛鳥っ…」
―――サヨウナラ…―――
「飛鳥…!」
最期の笑顔を思い出し、阿修羅がきつく、唇を噛み締める。
「う…うああああああ…!!」
丘全体を包み込む、巨大な金色の光に撃たれ、阿修羅が吹き飛んでいく。阿修羅の体が宙を舞う間に、握り締めていた右手の銃が、粉々に砕け、散っていった。
「……っ」
砕けていく銃の、零れ落ちていく破片を見つめ、阿修羅がそっと、目を細める。
「ごめんね…」
ひどく穏やかな表情となって、誰へともなく呟く阿修羅。そして力なく目を閉じると、強烈な光に撃ち抜かれた阿修羅は、そのまま地面へと倒れ込んでいった。




