Word.62 罪ト罰 〈2〉
「“贖え”…!」
阿修羅の銃から放たれた光が、暗い空の中へと舞い上がり、そこで弾け飛んで、無数の粒となって、下方にいるアヒルへと押し寄せる。
「“受けとれ”!」
光の向ってくる空へと、金色の銃で言葉を放ち、弾丸を撃つアヒル。放たれた金色の光が、アヒルの上空で広がり、押し寄せてきた無数の光を、すべて受け止める。その受け止めた光へ向け、今度は赤色の銃を向けるアヒル。
「“当たれ”!」
アヒルが弾丸で貫くと、先程放たれた金色の光は、受け止めていた阿修羅の光をも巻き込んで、大きな一つの塊となり、阿修羅へ向けて、勢いよく飛んでいく。
「チ…!」
向かってくる巨大な光の塊に顔をしかめながら、自身へと銃口を向ける阿修羅。
「“上がれ”!」
赤い光に包まれ、阿修羅の体が上空へと舞い上がる。向かって来ていた光の塊は、先程まで阿修羅が立っていた場所を通り抜け、どこか遠くへと消えていった。
「“当た…!ん…?」
すぐさま銃口を下へと向け、アヒルに攻撃を仕掛けようとした阿修羅であったが、アヒルが立っていたはずのその場所に、アヒルの姿はなかった。
「どこに…」
「“浮かべ”」
「……!」
すぐ傍から聞こえてくる声に、目を凝らして、下を見つめていた阿修羅が、すぐに振り向く。上空に浮かぶ阿修羅を通り過ぎるようにして、さらに上空へと、素早く舞い上がっていくアヒル。左手の金色の銃を自身へと向けており、その体は淡い金色の光に包まれている。
「速い…!」
「“集まれ”」
上がっていくアヒルの速度に驚きながらも、下へと向けていた銃を、必死に持ち上げてくる阿修羅であったが、アヒルはすでに、右手の赤い銃を、阿修羅へと向けていた。
「“当たれ”…!」
すぐ上方から降り落ちてくる弾丸に、阿修羅は大きく表情を歪めた。
「がああああああ…!」
アヒルの弾丸に貫かれ、阿修羅が地面へと下降していく。阿修羅が地面へと強く、背中を叩きつけると、辺りの地面が抉れ、抜けた草花が風に舞う。
「う、うぅ…」
血の流れ落ちる腹部を押さえながら、阿修羅が苦しげに上半身を起こす。
「“う”の力、これほどか…」
小さく開いたままの阿修羅の口から、力ない声が零れ落ちた。
「ならば」
すぐさま瞳を鋭くした阿修羅が、体を立ち上がらせ、上空へ向けて弾丸を放つ。
「“浴びせろ”!」
「ク…!」
上空から雨のように降り落ちてくる赤い光の粒に、アヒルが顔をしかめながらも、素早く左手の金銃を向ける。
「“撃ち落とせ”!」
アヒルの銃から放たれた金光は、上空で無数に分かれ、降り落ちて来ていた阿修羅の弾丸を、すべてきれいに撃ち落とした。間髪入れずに、今度は阿修羅へと、アヒルが銃口を向ける。
「“撃て”!」
阿修羅に向けて放たれる、大きな金色の光。
「“圧縮”」
向かってくる光を見つめながら、阿修羅が銃口の先に、光を凝縮させていく。
「“当たれ”!」
凝縮した光が、阿修羅の言葉により、一気に放たれる。強い赤と金の光が、アヒルと阿修羅の中央で、竜巻のような風を巻き起こしながら、激しくぶつかり合った。だが、やがて赤い光が押し戻され、二つの光が、阿修羅へ向けて押し寄せる。
「圧縮させても駄目か…」
阿修羅が小さく笑みを零しただけで、攻撃の言葉や、そこから逃れようとする言葉を放つことはなかった。
「うがあああぁ…!」
抵抗の素振りも見せぬまま、阿修羅が押され戻って来た自身の弾丸と共に、アヒルの強烈な弾丸を浴び、またしても勢いよく吹き飛ばされる。力なく地面へと倒れた阿修羅の体は、すでに全身傷だらけで、先程まで阿修羅に圧されていたアヒルと、そう変わらぬ状態となっていた。
「ハハ、ハ…」
掠れたような、小さな笑い声を漏らす阿修羅。
「この俺が、手も足も出ないとはな…」
どこか感心するように言いながら、阿修羅が重くなった体を、引きずるようにして起こす。
「さすがに神の文字二つは、抜けている…」
そう呟き、小さな笑みを零す阿修羅。だが体の方は、笑っている場合ではないほどに傷ついており、流れる血は、辺りの地面を赤く染め上げていた。銃を握ったままの右手にも、最早、いつもほどの力は入らない。
「……っ」
感覚を失いかけている右手を見下ろし、阿修羅がそっと目を細める。
「はぁ…はぁ…」
一方で、阿修羅を追い込んでいるアヒルも、大きく肩を揺らし、どこか苦しげに表情を歪めていた。
「う…!」
金色の銃を持つ左手から、神経を伝うようにして走る痛み。その痛みが、先程貫かれた左肩の傷を刺激し、アヒルは思わず身を屈める。
「力の、反動か…?」
初めて“あ”の文字の力に目醒めた時、アヒルは戦いを終えてすぐに眠りについてしまった。初めてガァスケの力を使った時は、しばらくの間、言玉の解放が出来なくなってしまった。それらの時と同様に、新たな文字の力が、アヒルの体に少なからず負担をかけているのだろう。
「けど、だからって、止まるわけにはいかねぇ…」
固い決意のこもった瞳を見せ、アヒルが屈めていた体を起こし、ゆっくりと顔を上げていく。
「あ…?」
顔をあげたアヒルの視界に飛び込んできたのは、阿修羅のすぐ後方で、空まで突き上げていた、赤い光の柱が、消え去っていく光景であった。
「あれは確か、五母とかってのの…」
「五母の光が、失われたようだな…」
アヒルが言おうとしていた言葉を、先に口にしたのは阿修羅であった。だが阿修羅は上半身だけを起こした状態のままで、背後で消えた光の柱の姿は、確認していないようである。
「傷を負い過ぎたか…あちらに注ぐ力がなくなったようだ」
阿修羅の言葉を聞きながら、アヒルが眉をひそめる。五母の光は、自由ある言葉を奪うことの出来る礼獣に、堕神たちが力を与えるために、突き上げられていたもの。与える力がなくなれば、消え去ることも当然であろう。
「これで五母の光は、すべて失われた…」
「へ?」
その言葉に戸惑うような声を発し、アヒルが丘の上から、言ノ葉町全体を見回す。確かに、阿修羅の神格に覆われる前までは、各方角に様々な色の光の柱が見えていたのだが、それがすべてなくなっていた。
「ホントだ…」
「どうやら堕神たちは、お前の仲間たちを前に、敗れ去ったようだな…」
「みんな…」
仲間たちの勝利を知り、ただ暗いだけとなった空を見上げ、アヒルが目を細める。
「……っ」
空を見上げていたアヒルが、意を決した様子で、唇を噛み締める。
「もう…」
アヒルが顔を下ろし、まだ立ち上がれていない阿修羅の方を見た。
「もうやめろ、阿修羅」
向けられる声に、俯いたままの阿修羅が、かすかにその表情を動かす。
「もうあの礼獣とかってのに、力は与えられねぇんだろ?だったらもう、人の自由ある言葉を奪うことも出来ないはずだ」
強く光る瞳を、まっすぐに阿修羅へと向けるアヒル。
「言葉を奪うための、他の方法を、あんたが考えてあるとも思えねぇ」
言い切るアヒルに、阿修羅は俯いたまま、否定しようとはしない。多くの人員と期間を要した礼獣による策が撃ち破られた今、アヒルの言う通り、阿修羅に次なる術はない。
「それに、あんたの最後の言葉も砕いた。もうあんたに、これ以上の言葉はないはずだ」
阿修羅が何も答えぬ状態のまま、アヒルがさらに言葉を続ける。
「もうあんたには、何も残ってない」
はっきりと言い放つアヒルに、俯いたままの阿修羅が眉をひそめる。
―――大好きだったよ…―――
「俺には何もない、か…」
阿修羅がゆっくりとした口調で、アヒルの放った言葉を繰り返す。
「ハハ…ハハハハハハ…!」
いきなり、声高々と笑い出す阿修羅に、戸惑いの表情を見せるアヒル。
「な、何…」
「そうだな。お前の言う通りだ、アヒル」
笑ったその意味を問おうとしたアヒルの言葉を遮り、阿修羅が鋭く言い放つ。
「俺には、何一つ、残ってなどいない」
どこか痛々しく伝えられるその言葉に、アヒルの表情が大きく曇る。
「言葉も、神の座も、大切だったものも…すべてを失った。五年も前にな…」
「阿修羅…」
どこか諦めきったように言い放つ阿修羅を見つめ、アヒルがそっと目を細める。
「初めから、この手の中には、何も有りはしない…」
空っぽの左手を、阿修羅が強く握り締める。
「何も、な…」
もう一度、その言葉を繰り返した阿修羅の声が、どこか哀しげに響く。
「だからこそ、俺にはもう失うものなど、何もない」
「阿修羅…!」
「人のくだらぬ言葉をすべて奪い切ること以外、何もなぁ…!」
さらに言葉を続ける阿修羅の姿に、アヒルは思わず口を開き、堪らなくなって阿修羅の名を呼ぶ。だがそのアヒルの声は、感情の滲み出るような、荒々しい阿修羅の声に掻き消された。
「礼獣が砕かれたとしても、俺は必ず、新たな手を探す。この身が砕けようと、この歩みを止めはしないっ…」
傷だらけの足を奮い立たせ、やっとのことでその場に立ち上がる阿修羅。
「罪深き言葉に罰を与えることだけが、俺に残った唯一の望み…!」
「……っ」
勢いよく顔を上げた阿修羅の、鬼のような形相に気圧され、アヒルは思わず口を噤んだ。だがその言葉に負けぬために、数度首を横に振り、アヒルが俯けていた顔を上げる。
「違う、阿修羅!俺が…俺が言いたいのは、そんなことじゃ…!」
「何度も、何度も言ったはずだ。アヒル」
必死に何かを伝えようとしたアヒルを、阿修羅が強く制する。
「“俺の言葉は死んだ”と」
強く強調された声が、アヒルへと届く。
「俺に言葉は通じない」
顔を上げた阿修羅が、冷たい視線を、アヒルへと向ける。
「お前がどんなに必死に投げかけたところで、お前の言葉は俺には伝わらない。ただ、無駄になるだけだ」
何度目かになるその言葉を聞きながら、アヒルが強く唇を噛み締め、銃を握る両手に力を込める。
「だからもう、無駄なことは…」
「通じなきゃ、伝わらなきゃ…言っちゃダメなのかよっ…?」
「何…?」
アヒルが口にした、思いがけないその言葉に、阿修羅は戸惑うように、少し首を傾げた。
「伝わるか、伝わらねぇかの問題じゃねぇ」
込み上げる気持ちからか、アヒルの声がかすかに震える。
「俺が知る限り、言っただけで即効、すべての意味が伝わる言葉なんてもんの方が少ねぇ…」
阿修羅をまっすぐに見据え、必死に言葉を続けるアヒル。
「だから皆、必死に伝えるんだ!わかってもらおうと、何度だって声を張り上げるんだ!」
主張するアヒルの声が、徐々に大きくなっていく。
「何度だって繰り返すその言葉を、無駄かどうかを決めるのは、俺だ!あんたじゃねぇ!」
「……っ」
必死に投げかけられるその言葉に、まるで心が揺れ動かされるように、阿修羅の表情が動く。
「そうか…ならばもう、止めはしない」
表情に落ち着きを取り戻し、阿修羅がアヒルの主張を受け止めるように、頷く。
「叫ぶなり、喚くなり、お前は好きにすればいい」
阿修羅が右手を伝って流れ落ちる血を振り払い、痛みなどないかのように、傷だらけのその右手を、勢いよく振り上げる。
「俺は、お前のその無駄な言葉もすべて、奪い去るまで」
銃口を上空へと向け、阿修羅が強く言い放つ。
「この世界に飛び交う、すべてのくだらぬ言葉と共になぁ…!!」
阿修羅の叫びと同時に、中に溢れる感情を現すように、阿修羅の体から、真っ赤な強い光が放たれる。その強い輝きを目に入れ、アヒルが少し目を細めた。
「まだ、あんな力が…」
光を放つ阿修羅を見つめながら、アヒルがどこか敬服するように呟く。そして、ゆっくりと顔を下ろし、金の銃を持った左手を見た。神経から激しく痛み出した左手は、気を緩めれば、すぐにでも感覚が飛んでいきそうである。だが、それでもアヒルには、握る手を離すことなど出来ない。
「ごめん、カー兄…」
今はもう居ない兄へと、小さな謝罪を漏らすアヒル。
「やっぱ俺には、“救う”とかそういう、大それたことは、よくわかんねぇし、どうしたらいいのか、見当もつかねぇ」
金色の銃に視線を向けたまま、アヒルが少し口元を緩め、こんな状況であるというのに、穏やかな笑みを浮かべる。
「俺に、今の俺に、出来ることがあるとすれば…」
痛みを堪え、銃を握り締め、アヒルが勢いよく顔を上げる。
「自分の信じてきた“言葉”を、ただ、信じることだけ…!」
強く言い放ったアヒルの全身からも、強烈な金色の光が放たれる。その光の中、アヒルが金銃の銃口を、鋭く阿修羅へと向けた。
「“撃て”!」
「“当たれ”…!」
言葉が同時に放たれ、今まで以上に強い光の弾丸が、激しくぶつかり合う。
「アヒル…!!」
「阿修羅ぁぁぁ…!!」
互いの名を呼ぶ強い叫びが、まるで言葉のように、二人の間で交わった。




