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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.62 罪ト罰 〈1〉

 言ノ葉町、東端。小高い丘の上。

「あれは…」

 目の前に立ち塞がる、空まで続く巨大な赤光の円柱の上部から、その光の壁を砕き割るようにして、空へと突き上げる、一筋の金色の光。その光に目を留め、円柱のすぐ外側に立っていた篭也は、そっと目を細めた。暗い空へと舞い上がる光は、やがて左右へ広がり、まるで一羽の鳥のような姿となって、空の彼方へと美しく消えていく。

「あなたの言葉は、届いたんですね。カモメさん…」

 小さく呟くと、篭也はどこか安心したように微笑んだ。

「篭也」

 背後からする声に気付き、篭也が素早く振り返る。

「囁」

 ゆっくりとした歩みで、その場へと現れたのは、囁であった。久々に会う仲間の姿に、篭也がずっと身構えていたままだった鎌を下ろす。

「敵は?倒したのか?」

「いいえ」

 すぐさま問いかける篭也に答えるように、そっと首を横に振る囁。

「私たちに、倒すべき“敵”は居なかったわ…」

 囁が穏やかに微笑み、後方を振り返る。それに流されるようにして、篭也も視線を動かした。

「大丈夫ですか?七架さん」

「うん、ありがとう」

 篭也たちのもとへとやって来るのは、互いに互いの傷ついた体を支え合っている、七架と棗であった。二人とも柔らかい表情を浮かべており、敵同士の緊迫した空気は見られない。そんな二人に押され、車椅子の櫻もやって来る。

「そうか…」

 その光景を見て、すべてを察したのか、篭也は満足げに微笑んだ。

「アヒるんは…?」

「もうすぐ、出てくる」

 囁の問いに手短に答え、篭也が再び円柱の方を見て、顔を上げる。金色の光が突き抜け、砕け散った上部から、割れが広がり、円柱は一気に崩れ落ちていくところであった。

「神の、晶さまの“神格しんかく”が…」

 崩れ落ちていく赤い光を見つめ、棗が少し驚いた表情を見せる。

「無間の地獄を、撃ち破る人が、居るだなんて…」

「…………」

 信じられないといった様子で呟く棗の横で、険しい表情を見せ、七架も崩れゆく光を見上げる。

「晶…」

「晶さま…」

 何を願うべきなのかわからず、櫻と棗はただ、かつて神であったその者の名を呼んだ。



 その頃、篭也たちの見つめる円柱の中では、阿修羅が、上部からどんどんと崩れ落ちてくる光の破片を見回しながら、驚きの表情を見せていた。

「俺の“神格”が、崩れる…?」

 目に見えるこの光景を疑うように、阿修羅がそっと呟く。

「無間に終わるはずのない、この地獄が…?」

 崩れていく壁の向こうから、暗い空が見え始め、真っ赤な光がすべてを覆っていた視界に、徐々に言ノ葉の風景が戻り始める。

「あれは…」

 戻って来た空の中に消えていく、一羽の金色の鳥。天へと昇っていくように、金色の体は薄れ、やがて空の闇へと消えていく。それは、先程までアヒルと共に戦っていたガァスケではなく、阿修羅がよく見覚えのある鳥であった。


―――晶…―――


「……っ」

 名を呼ばれたような気がして、阿修羅がゆっくりと首を動かし、前方を見る。

「…………」

 戻り始めた言ノ葉の景色の中に、堂々と佇むのは、赤と金、二丁の異なる銃を構えたアヒル。アヒルのすぐ背後に、かつての友の姿を見て、阿修羅は表情を曇らせる。

「カモメ…」

 阿修羅の見たカモメの姿は、幻であったのだろうか、一度の瞬きで、あっという間に見えなくなる。だが、阿修羅の脳裏からは消えず、阿修羅はどこか苦しむように俯いた。

「死しても直、俺が許せないか…?カモメ…」

 届くことはない問いかけを、阿修羅は、掻き消えてしまいそうなほど小さな声で発する。

「罪を犯した俺が、神が…」

 阿修羅がそっと、口元を緩める。

「それでいい。そのまま、許さずにいろ…」

 冷たく微笑んだ阿修羅が、再び顔を上げていく。

「俺も決して、許しはしない」

 その瞳をさらに鋭いものへと変えて、阿修羅がアヒルを、アヒルの向こうに居るであろうカモメを、射るように見つめる。

「これは…」

 阿修羅が鋭い視線を送る中、アヒルは、自分の手の中に現れた金色の銃を、まじまじと見下ろしていた。先程の解放は、意識もせず、まるで導かれるように、自然と口から零れ落ちた言葉であった。アヒルの意志とは無関係に、誰かがアヒルに、この力を与えてくれたのだろう。

「カー兄…」

 その誰かは、深く考えずともすぐに思いついた。

「俺の、俺の力になってくれ。カー兄」

 アヒルが金色の銃を握る左手に、より一層の力を込め、決意のこもった表情を見せる。

「殺す為じゃない。倒す為じゃない。ただ…」

 ゆっくりと顔を上げ、アヒルが前方に立つ阿修羅を捉える。

「皆の“言葉”を、守る為の言葉を…!」

 傷の痛みも一切、顔には出さず、強い表情を見せたアヒルが、阿修羅の空間を貫いた、左手の金色の銃を握り締めたまま、右手の赤い銃を、素早くあげた。その銃口が、まっすぐに阿修羅へと向けられる。

「ク…」

 向けられる銃口に顔をしかめながら、阿修羅も素早く銃を構えた。

「“たれ”!」

 アヒルが大きな声で言葉を口にし、阿修羅へと、何の小細工もなくまっすぐに、真っ赤な光の弾丸を放つ。

「こんなもので…」

 ただまっすぐに向かってくる弾丸に、呆れたように言葉を吐き捨てながら、阿修羅がすぐさま引き金を引く。

「“たれ”…!」

 阿修羅の言葉と共に、阿修羅の銃からも、大きな光の弾丸が放たれる。二つの弾丸がぶつかり合うと、一秒と経たぬうちに、阿修羅の弾丸が、アヒルの弾丸を掻き消した。

「言っただろう?アヒル」

 勝ち誇ったような笑みを浮かべ、阿修羅が、打ち勝った弾丸が向かう先に立つ、アヒルへと声を掛ける。

「俺と同じ言葉では、お前に勝ち目は…!」

「う…」

「何…!?」

 向かってくる弾丸へと、今度は金色の銃の銃口を向けるアヒル。そのアヒルの動きに、阿修羅がどこか焦ったように声をあげる。

「“て”!」

 アヒルの口から新しい言葉が発せられると、銃口から、今度は金色の、先程よりも一回りも二回りも大きな弾丸が、勢いよく放たれた。放たれたアヒルの弾丸は、先程の仕返しとばかりに、一瞬にして、向かって来ていた阿修羅の弾丸を砕き割る。

「グ…!」

 あっさりと砕かれてしまった自身の弾丸に驚きながらも、向かってくるアヒルの弾丸を何とかするべく、再び銃を構える阿修羅。

「“あらがえ”…!」

 阿修羅がもう一度、弾丸を向ける。放たれた赤い光が、アヒルの弾丸と正面からぶつかり合った。だが、ぶつかり合ったのも一瞬で、阿修羅の二発目もまた、アヒルの弾丸にあっさりと砕かれる。

「な…!」

 大きく目を見開き、阿修羅が迫り来る弾丸を見つめる。

「俺の言葉が、効かない…?ク…!」

 次の言葉を放つ時間はなく、大きく表情を歪めた阿修羅へと、アヒルの弾丸が辿り着いた。

「うああああ…!」

 アヒルの弾丸を直撃し、阿修羅が後方へと吹き飛んでいく。その頃には完全に、阿修羅の神格による、周囲の円柱の壁も崩れ落ちており、阿修羅は壁に止められることなく、丘の端に立つ木まで、勢いよく吹き飛んでいった。

「ううぅ…!」

 木の幹へと背中を打ちつけ、苦しげな声をあげながら、阿修羅が地面の上へと腰をつける。弾丸により傷ついた体からは、赤い血が流れ落ちる。

「俺の言葉を上回るとは…」

 口の端から零れ落ちた血を拭い、阿修羅がすぐさま顔を上げる。

「どうやら、“欺け”による幻覚などではなく、本物の“う”の言葉のようだな…」

 顔を上げたその先には、二丁の銃を構え、鋭い表情を見せた、アヒルの姿があった。

「神格が敗れた時点で、わかってはいたことだが…」

 少し俯いた阿修羅が、アヒルに聞こえないように小さな声で呟く。口の血を拭い終えると、阿修羅はすぐに身を起こし、その場で立ち上がった。だが、立ち上がった瞬間に、足元がかすかにふらつく。一撃を受けただけだが、相当の傷を負っているようだ。

「まぁいい…」

 ふらついた足元を立て直し、阿修羅が銃を持った右手を構える。

「例え、お前が“の神”であろうともっ…」

「俺は宇の神じゃない」

 阿修羅の言葉をすぐさま否定するアヒルに、言葉を途中で止めた阿修羅が、少し戸惑うように眉をひそめた。

「俺は、“安の神”」

 アヒルがまっすぐな瞳で阿修羅を見つめ、はっきりと言い放つ。

「俺は、“安の神”だ」

「……っ」

 誇らしく、堂々と言い放つアヒルの、眩しいばかりのその姿を見て、かつて、同じ神を名乗っていた阿修羅は、どこか煩わしげに表情を歪めた。

「ああ、そうだな」

 崩していた表情を戻し、阿修羅が静かに頷く。

「そして俺も、“安の神”だ」

 阿修羅自身もその名を誇るように、銃を持っていない左手を胸に当て、堂々と胸を張る。

「だから今日、この場所で決めよう。アヒル」

 はっきりとした口調で、強く言い放つ阿修羅。

「どちらが真の、言葉の導き手であるのかをなぁ…!」

「……!」

 二人はほぼ同時に、勢いよく銃を振り上げた。




 その頃、言ノ葉町中央部。

「ガアアアアアア…!」

 大の大人でも軽々と呑み込んでしまいそうなほどに、大きな口を開いた礼獣が、荒れ狂う叫び声をあげ、強烈な光の塊を、皆の居る大地に向かって撃ち放つ。

「やっべ…!」

「急いで防御を…!」

「どいていなさい」

『え?』

 向かってくる巨大な光の塊に、前線で戦っていた以団の金八と、衣団の誠子が焦ったように声をあげる。だがその声を一蹴するような、落ち着いた声が後方から聞こえ、二人は戸惑うように振り返った。

「邪魔です」

 後方から、二人の元へと歩み寄って来たのは、熊子と塗壁であった。掛けている眼鏡のレンズを光らせ、熊子が冷たく言い放つ。

「邪魔!?泣いちゃうよぉ~?そんなこと言うと俺、泣いちゃうよぉ~!?」

「塗壁」

「あいよぉ」

 泣き出しそうな金八を完全に無視し、熊子がすぐ後ろに立つ塗壁へと呼びかける。熊子に答えると、塗壁が立ち止まった熊子の前へと出て来て、迫り来る光の塊と向き合った。

「お、おい…!」

「何を…!」

「五十音、第二十三音」

 その塗壁の行動に、金八と誠子が焦ったように声をあげる中、塗壁がズボンのポケットから、その大きな手には小さすぎる金色の言玉を、器用に取り出す。塗壁の言葉に反応し、眩く輝きを増していく言玉。

「“ぬ”、解放!」

 塗壁が文字の解放と共に、言玉を空中へと放り投げると、言玉がその姿を大きく変えていく。

「ゴオオオォォォ…!」

『な…!?』

 次の瞬間、大きく地面を揺らすほどの振動を起こし、地面へと降り立ったのは、金色の体毛に覆われた、人と似たような形をしているが、完全に獣の、巨大な生物であった。その姿に驚き、金八と誠子が、大きく目を見開く。

「ゴ、ゴリラぁ~?」

「ウ段の生物形態っ…」

 自分たちの能力とは、明らかに異なる塗壁の力に、二人は思わず目を見張る。

「行くどぉ、ゴリ男!」

 現れたばかりのその金色のゴリラへと、塗壁が太い右腕を向ける。

「“ぬぐえ”!」

「ゴオオォォ!」

 塗壁の言葉に反応し、ゴリ男が両手を振り上げ、そして猛然と振り切る。礼獣が放った光の塊は、ゴリ男の振り切った両腕に打たれ、まるで球のように、遠くへと吹き飛ばされていく。そのあまりの力強さに、見る者すべてが圧倒された。

「五十音、第八音」

 皆が圧倒される中、一人冷静に、塗壁と同じ、金色の言玉を手にする熊子。

「“く”、解放」

 熊子の言葉と共に、熊子の手にしていた言玉も、巨大な獣へと、その姿を変えていく。

「今度はクマかよ!?」

 現れる、人の二倍はくだらない体長の、巨大な金色のクマの姿に、もう受け入れ切れる許容範囲を越えたように、金八が何度も首を横に振る。

「行きましょうか、おクマ」

「マアァ!」

 熊子の呼びかけに応え、おクマが巨体とは思えぬ速度で、真正面から礼獣の方へと駆け込んでいく。礼獣に迫ると、おクマは鋭い爪の伸びた右腕を、勢いよく振り上げた。

「“くだけ”」

 絶妙のタイミングで熊子の言葉が放たれ、おクマの突き出した右腕が、礼獣の鼻先へと直撃する。

「ギャアアアア!」

 おクマの攻撃をもろに受けた礼獣の巨体が、軽々と後方へと吹き飛んでいく。浮く姿など考えることも出来なかった礼獣が吹き飛んでいき、おクマのその力に、その場に居る皆が唖然となった。

「な、何つー力だ、あのクマ」

「凄い…」

 大きく開いた瞳のまま、思わず感心の言葉を漏らす守と紺平。そんな二人の横で、雅がそっと眉をひそめる。

「あれが宇団の、“久守くもり”と“奴守ぬもり”の力…」

 感心の表情ではなく、どこか険しい表情を見せて、雅はそっと呟いた。

「いっやぁ~、さすがに年季が違いますねぇ」

 少し離れた場所に立つ為介が、熊子と塗壁の戦いぶりを見つめ、楽しげな笑みを浮かべる。

「これなら、大丈夫じゃないですかぁ~?」

「ああ…」

 すぐ隣の為介の言葉に、短く頷く恵。だがその表情は、決して晴れやかではなかった。

「あの男が、このまま大人しく引き下がれば、の話だがな…」




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