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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.61 うケ継グチカラ 〈4〉

 言ノ葉町、北西部。言ノ葉町立グランド。

「“ぜろ”」

「うぅ…!」

 目の前で勢いよく爆発した針の爆風に押され、現が後方へと押し出される。

「その程度かい…?」

 何とか踏み止まる現の方を見つめ、静かに問いかけるのは、前方に立つ灰示。

「案外、大したことないんだね。初代“宇の神”っていうのも…」

「この…!」

 挑発めいた灰示の言葉に険しい表情を見せ、眉間にさらに皺を寄せた現が、右手の杖を振り上げる。

「“うなれ”!」

『ガアアアアア!』

 現の杖の先についた言玉が輝くと、そこから金色の光の塊が二つ、飛び出し、大型の猟犬へと姿を変えて、地面に降り立った。激しく唸り声をあげ、猟犬たちが灰示へと襲いかかる。

「“はりつけ”」

 素早く両手を振り切り、向かってくる猟犬へと無数の針を投げつける灰示。自在に動いた針が、猟犬たちの四本の足をそれぞれ貫き、その場に縫いつける。

「ググ…!」

 縫いつけられた足を引き剥がそうと、必死にもがいている猟犬の一匹へと、灰示が素早く針を投げ放つ。

「“はしれ”」

「ギャアアアア!」

 目にも留まらぬ速さで、空中を駆け抜けた針に斬り裂かれ、猟犬が光となって掻き消える。

「ガアアアア!」

 その隙に、突き刺さった針を無理やり剥がした、もう一匹の猟犬が、後方から灰示へと襲いかかった。灰示はすぐに振り向き、無駄のない小さな動作で、大きく開いた猟犬の口へと、針を投げ入れる。

「“破裂はれつ”」

「グ…!」

 灰示の言葉を受け、猟犬の体の中で針が弾け飛ぶと、叫び声をあげる間もなく、猟犬はあっけなく光となって消えていった。猟犬の残骸である光の粒を見上げ、灰示がそっと目を細める。

「“痛み”を与える価値もない…」

 どこか物足りなさそうにそう言って、灰示が深々と肩を落とす。

「あんなものじゃ、僕に“痛み”は与えられないよ…?」

「ク…!」

 ゆっくりと振り返り、現へと涼しげな笑みを浮かべる灰示の姿に、現が大きく顔をしかめる。

「良かろう…!ならば、わしが直接、痛みを与えてやる…!」

 現が杖を振り上げ、大きく口を開く。

「“て”…!」

 勢いよく突き出された現の杖の先から、熱線のような、強烈な金色の光が放たれ、まっすぐに灰示へと向かっていく。

「ウハハハハ…!消えろ、消えろ、我が失敗作!たかだか“痛み”の産物が…!」

「…………」

 勝ち誇ったような現の笑い声を聞きながら、灰示が落ち着いた表情で、向かってくる熱線へと、針を一本投げ放つ。

「わしの力は、お主の、そのちゃっちい針などでは…!」

「……“てろ”」

 現の言葉など耳にも入れず、灰示が静かに言葉を落とす。すると次の瞬間、灰示の放った針から、グランド中を包み込むほどに巨大な、黒色の光が放たれた。

「な、何…!?」

 辺り一面を覆う黒光に、放った熱戦があっさりと呑み込まれ、現が驚きの表情を見せる。その間にも、熱戦を呑み込んだ、まるで闇のような黒色の塊は、現へと差し迫る。

「う、“け止めろ”!」

 杖を突き出し、やって来たその塊を受け止める現。だが、杖の先に塊が触れたその瞬間、激しい圧がかかり、現の体はいとも簡単に吹き飛ばされた。

「うあああああ…!」

 灰示の攻撃を真正面から喰らい、後方へと弾き出された現が、転がるようにして地面へと倒れ込む。地面に体を打ちつけた衝撃で、現の右手から杖が零れ落ちる。

「ううぅ…ク、ソ…失敗作が、調子に乗りおって…」

 大きく表情を歪めながらも、すぐに地面に手をつき、起き上がる現。灰示の攻撃を直に受けたというのに、それほど大きなダメージを負っているようには見えなかった。

「ん…?」

 起き上がった現が、その手の中に、常に握っているはずの杖がないことに気付く。

「あ…!」

 地面に転がっている杖に気付き、現が慌ててそれを取る。杖を再び手にした後も、現は焦りの表情を変えず、何やら急くように、言ノ葉町の上空を見上げた。すると、先程まで上空へと突き上げていたはずの青、緑、白の三本の光が、暗い空へと掻き消えていく様子が見える。

「し、しまった…!」

 消えた光の柱を確認し、現が大きく表情をしかめる。

「これでは礼獣への力の供給がっ…ク…!」

「ん…?」

 灰示に背を向けたまま立ち上がる現に、灰示が戸惑うように眉をひそめる。

「こうなれば…!“かべ”!」

 何かを決したように、そう言葉を放って、現は灰示に背を向けたまま、空へと舞い上がり、その場をどんどんと離れていく。遠ざかっていく現の姿を、落ち着いた様子で見つめる灰示。

「うん、わかってるよ…保」

 自身の中にいる保に答え、灰示がゆっくりと頷く。

「逃がしはしないさ…」

 赤い瞳を鋭く光らせると、灰示が現の後を追うように、その場を駆け出していった。




 言ノ葉町、中央部。礼獣付近。

「な、何…?」

 戸惑うように目を丸くし、大きく首を傾けたのは、七架の弟、六騎であった。

「光が、急に…」

 六騎の見つめる先には、深く瞳を閉じたまま、地面に横たわっている錨、エカテリーナ、沖也の、三人の堕神の姿があった。先程まで、気を失った三人から、無理やり奪うように、突き上げていた三本の光が、突如として消えてしまったのである。

「“奪え”の言葉が無効化された。誰かが浮世現を、相当に追い込んでるようだな」

「初代“宇の神”を追い込むなんて真似が出来る人、彼等の中じゃ一人くらいしか、思いつきませんけどねぇ」

 三人へと力を与えていた手を止め、恵と為介が言葉を交わす。灰示が戦いに参戦していることを予想してか、為介はどこか楽しむような笑みを浮かべていた。

「何はともあれ…」

 恵が上空を見上げ、礼獣の上で集約されている光が、一時的に弱まっている様子に気付き、鋭く目を細める。

「チャンスには違いない」

「集約する光の源の、半数以上が失われた!今がチャンスよ!」

 恵と時を同じくして、雅やイクラたちと共に、礼獣戦に参加していたエリザが、勢いよく声をあげる。

「一気に畳みかける!衣団えだん!」

『はっ!』

 エリザの呼びかけに応じ、すぐさま礼獣へと飛び出していく、誠子と徹子の双子。二人はそれぞれ、礼獣の左右に回り込み、言玉を吸収し、緑色に輝く拳を、勢いよく突き出す。

「“てっけ…!」

「“つらぬけ”」

「え…?」

 徹子が拳を繰り出そうとした瞬間、徹子の横を強い風を巻き起こしながら横切る、巨大な一羽の金色の鳥。前方を遮っていく巨大な、美しい翼に、徹子は思わず拳を止め、目を奪われてしまう。

「久し振りだね…徹子ちゃん…」

「ツ、ツバメっ…」

 徹子の前へと現れたのは、不気味とも取れる、薄暗い笑みを浮かべたツバメであった。

「“せいけ…!」

「“すすめ”!」

「はっ!?」

 同じように、自身の攻撃を遮るようにして横切っていく金色の巨鳥に、誠子が思わず顔をしかめ、混乱の声をあげる。

「この鳥は…」

「どうしたぁ?誠子っ」

 聞き覚えのあるその声に、拳を下ろした誠子が、勢いよく振り向く。

「ボーっとしてっと、俺等が先に倒しちまうぜ?」

「スズメ…!」

 目の前に現れた、不敵な笑みを浮かべるスズメを見て、誠子はひどく驚いた様子で、大きく目を見開く。

「“ついえろ”」

「“すさめ”」

「ギャアアアア…!」

 両側から巨鳥に攻め込まれ、礼獣が激しい叫び声をあげる。

「彼等は、宇団うだんのっ…」

 現れたスズメとツバメを見つめ、眉をひそめるエリザ。

「あいつ等…!」

 恵も二人の姿を目にし、大きく表情を歪める。

「一体、何を…!」

「あの獣の殲滅活動に、我々、宇団も参加いたします」

「……!」

 二人の元へ行くため、足を踏み出そうとした恵が、後方から聞こえてくる声に足を止め、すぐさま振り返る。恵の後方に現れたのは、眼鏡の女性、熊子と、大男、塗壁であった。

「熊子…!」

 恵が熊子のことを知っている様子で、名も名乗らぬうちから、熊子の名を口にする。

「何のつもりだ!?お前等“宇団”は、こんなところに出てくるようなことは…!」

「すべては、我が神の意志」

 責め立てるように言い放つ恵の言葉を、強く遮り、熊子がはっきりと言葉を発する。

「あなたに理由など、お話する必要はありません。の神」

「神の意志、だと…?」

 熊子の言葉に、恵が戸惑うように眉をひそめる。

「何をしているの!?他団に遅れを取って、私に恥をかかせる気!?」

『あ…!』

 一喝するようなエリザの声に、我に帰り、誠子と徹子が再び拳を構える。

「他団にくれてやる必要はない。あの獣は、俺たち以団いだんで仕留める」

『はい、神!』

 イクラの言葉に以団の面々が頷くと、イクラを先頭に金八やシャコが、次々と礼獣のもとへと飛び出していく。

「小泉君、僕らも」

「はい!」

「おっしゃ~!やったるぜぃ!」

「オウ!ワタシモ、混ゼテ下サァ~イ!」

 各団の積極的な動きに触発されるように、雅、紺平、守、ライアンまでもが次々と、礼獣のもとへと向かっていく。いくら巨体の礼獣といえども、多くの五十音士を前に多勢に無勢となり、徐々に追い込まれていく。

「我々も行きましょう、塗壁」

「合点!承知だぁ~」

「……っ」

 やる気満々の塗壁を従え、皆の戦う礼獣のもとへと、歩を進めていく熊子。すぐ横を通り抜けていく熊子を見送り、恵が険しい表情を見せる。

「何を、何を考えている…?」

 恵が誰へともなく、小さな声で問いかける。

「お前が、お前が出て来てしまっては、すべてが終わるんだぞ…?“宇の神”…」




「“う”…?」

 アヒルが解放させたその文字を口にし、阿修羅がより一層険しく、表情を曇らせる。

「“う”だと…?」

 もう一度、その文字を呟き、阿修羅がまっすぐに、前方に立つアヒルを見つめた。

「神の文字を二つ…?馬鹿な…そんな音士など、聞いたことがない…」

 阿修羅が、目の前で起こった光景を否定するように言葉を発しながら、軽く首を横に振る。

「それに何だ…?」

 さらに寄る、阿修羅の眉間の皺。

「あの姿は…!」

「…………」

 左手に現れたもう一つの言玉を解放させたアヒルの、その手には、眩いほどに金一色の、細長く美しい銃が握られていた。持ち手のすぐ上に、羽根のような鋭い細工が施されており、その銃身には大きく『宇』の文字が刻まれている。

「例え“う”の文字を持っていたとしても、ウ段の言玉の形態は“生物”…“武器”はア段特有のもののはずっ…」

 阿修羅が考えを巡らせ、言葉を落とす中、アヒルはゆっくりと左手を動かし、左手に構えた金色の銃の方の銃口を、針で埋め尽くされた天井へと向ける。

「う…」

 引き金を引く手に力を込めながら、アヒルがゆっくりと、その文字を口にする。

「“ち抜け”…!」

 アヒルが言葉と共に放ったその弾丸は、針の空を貫き、阿修羅の空間を貫いた。



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