表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
24/347

Word.7 神ニ、誓ウ 〈1〉

――――五年前。アヒル、十歳の冬。


「あぁ~!スー兄が俺の唐揚げ取ったぁ!」

「あっれぇ~?最後まで残ってるから、いらないのかと思ったぁ~っ」

「んだとぉっ!?」

 小学生のアヒルと、中学生のスズメが並び、朝比奈家の食卓は、今日もとても賑やかである。おかずの取り合いは、日常茶飯事であった。

「唐揚げなんて、貧乏な我が家じゃ滅多に出ねぇんだぞ!?勿体振るのも無理ねぇーだろっ!」

「そういう文句は、俺じゃなくてオヤジに言えよっ」

「アーくん!ごめんねぇ!お父さんに甲斐性がないばっかりにぃ!」

「ホントにな」

 今にも泣き出しそうな表情で謝る父に、アヒルが冷めた視線を送る。

「その代わり、お父さんの唐揚げあげるからぁ~!」

「マジ!?やったぁ!」

 父から唐揚げをもらい、満面の笑みを見せるアヒル。

「へっへぇ~っ!」

「スズメ…アヒル君…」

『へっ?』

 どこからか聞こえてくる不気味な声に、唐揚げを食べようとしていた二人が、それぞれ振り向く。

「呪われたくなかったら…唐揚げ頂戴…」

『……どうぞっ』

 藁人形片手に、有無を言わさぬ威圧を与えてくるツバメに、逆らうことも出来ず、アヒルとスズメが大人しく唐揚げを差し出す。

「結局、この家で一番強いのって、ツー兄だよな…」

「ってか、お前がうるさく騒がなきゃ、俺は無事に唐揚げを食えてたんだよっ」

「元はと言えば、スー兄が俺の唐揚げ取るから、いけないんだろうっ!?」

「何、騒いでんのっ?食事中だよっ」

『……っ』

 台所から、居間へと入ってくる声に、アヒルとスズメが勢いよく振り向く。

「カー兄っ!」

「食事中は静かにって何度も言ってるでしょう?アーくん」

 エプロン姿で居間へと現れたのは、高校生になる朝比奈家の長男・カモメであった。当時の朝比奈家は、母が出て行った関係で、炊事洗濯掃除はすべて、長男のカモメが担当していたのである。

「だってスー兄がぁっ…!」

「またアーくん、いじめたの?スーくんっ」

「いじめてねぇよっ。兄弟のコミュニケーションだ、コミュニケーションっ」

「どこがコミュニケーションなんだよっ!」

 適当なことを言うスズメに、アヒルが勢いよく怒鳴りあげる。

「スーくんはお兄さんなんだから、アーくんに優しくすることっ」

「へぇ~いっ」

「やぁ~いっ!」

「アーくんも、いちいち騒がないっ」

「はぁ~いっ」

 カモメに注意され、アヒルが少し拗ねるように肩を落とした。

「ほらっ、野菜スープ運ぶの、手伝って」

「野菜スープ!?」

 その言葉を聞き、拗ねていたアヒルが、一気に表情を輝かせる。

「“売りもんの残り汁”、の間違いじゃねぇーのぉっ?」

「そういうこと言うんなら、飲まなくていいよ?スーくん」

「えっ!?いやっ!ウソウソ!いるいるっ!」

 茶化すように言ったスズメであったが、悪戯っぽく問いかけるカモメに、焦ったように必死に言い繕う。売り物の残りでカモメが作る野菜スープは、朝比奈家の定番メニューであった。

「俺っ!カー兄の野菜スープ、大好き!」

「そう?じゃあ今度は、一緒に作ろうか?」

「うん!」

 穏やかな笑顔を見せるカモメに、アヒルは満面の笑顔で、大きく頷いた。


 アヒルにとって、カモメは兄である前に、母のような存在であった。


「カー兄!買い物、俺も行くよぉ!」

「いいけど、おやつは買ってあげないよぉ?」

「えぇ~っ?」


「カー兄!今日、俺っ、リレーで一番になったよっ!」

「凄いねぇ、アーくんはっ!さすがは僕の自慢の弟だっ」

「エヘへっ!」


 本当の母は、アヒルがまだ小さい頃に家を出て行ってしまったので、アヒルに母の記憶はなかったが、優しく包み込んでくれる存在を“母”と呼ぶならば、カモメは“母”そのものであった。

 そんな優しいカモメを、アヒルは誰よりも深く、慕っていた。


だがある日、二人は、些細なことで、言い争いとなった。

「ねぇ、アーくん、何度も言ってるでしょ?」

「うるさいなぁ!カー兄には関係のないことだろっ!」

 原因は何であったのか、きっとほんの些細なことであった。ただ虫の居所が悪かったのか、いつものように注意するカモメに、アヒルは激しい剣幕で怒鳴り返した。

「関係ないって…あのねぇアーくん、僕はアーくんのお兄ちゃんでっ…」

「別に俺が兄ちゃんにって選んだわけじゃないっ」

「僕はアーくんのためを思ってっ…」

「別に俺は頼んでないっ」

 強く口を尖らせたアヒルは、カモメが言葉を言い終える前に、その言葉をすぐに否定した。

「アーくん、あのねぇっ…」

「あぁー!もうっ!ホントにうるさいっ」

 大きく首を横に振ったアヒルが、鬱陶しそうにカモメを見る。

「兄ちゃんなんかっ…!居なくなればいいんだっ!!」

「あっ…!アーくんっ…!」

 そう、カモメに強く言い放ち、そのままアヒルは、家を飛び出していった。



 だが、帰宅したアヒルを待っていたのは、思いもよらぬ光景であった。

「えっ…?」

 居間に敷かれた布団に横たわっていたのは、深く目を閉じたカモメであった。生気のない白い顔のカモメは、指一本動かさず、ただ眠っているよりも静かであった。

「うぅっ…!」

「クっ…!」

 カモメのすぐ傍で座るスズメとツバメは、とめどなく涙を流しており、あのいつも無駄に明るい父でさえ、暗い表情を見せていた。

「何っ…?これっ…」

 茫然と呟きながら、アヒルが、横たわったままのカモメへと歩み寄っていく。

「ウソ…だろっ…?ねぇっ…」

『……っ』

 助けを求めるように問いかけたアヒルに、父たちは皆、ただ深く俯くだけであった。

「こんなの…ウソだよねぇっ…?ねぇっ?カー兄っ…」

 再び助けを求め、アヒルがそっと、カモメの顔に手を伸ばす。

「うっ…」

 触れたその顔はとても冷たく、生きている人間の体温は、カモメのぬくもりは、そこにはなかった。

「カー…兄っ…?」

 深く目を閉ざしたカモメは、アヒルの問いかけに答えることもない。

「カー兄っ…」

 アヒルが両手で覆うように、カモメの冷たい頬に触れる。

「違うんだっ…ねぇっ、違うんだよっ…カー兄っ…」

 そう呟き、アヒルが必死に首を横に振る。


―――兄ちゃんなんかっ…!居なくなればいいんだっ!!―――


「こんなことっ…こんなことになって欲しくてっ、あんなこと言ったんじゃないんだっ…」

 カモメに触れながら、アヒルが震えた声で、必死に言葉を続ける。

「あんなことっ…あんなこと、本当に思ってるわけじゃないんだよっ…!ねぇっ!カー兄っ…!」

「アヒルっ…」

 必死に叫ぶアヒルを、スズメが目を細め、見つめる。

「居なくなればいいなんて、本当は思ってないんだよっ…!ねぇっ!カー兄っ…!」

 カモメの体を揺らすアヒルの瞳からは、いつの間にか、透き通った涙が溢れ出していた。

「違う、んだっ…違っ…たのにっ…」

 どんなに体を揺らしても、涙を頬へと落としても、カモメがその瞳を開くことはなかった。


―――アーくんっ―――


 優しい笑顔が、思い出されて、そして、消えていく。


「うぅっ…!」

 涙を流したアヒルが、強く唇を噛み締める。

「あああああああああっ…!!」


 カー兄が、大好きだった…―――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ