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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
237/347

Word.60 鬼ト化シタ神 〈1〉

――――…………


「私?私は、言葉が大好きだよ」

 いつだったか、“言葉は好きか?”と問いかけた俺に、君は迷うことなく笑顔で答えた。

「だって、言葉があって、本当に良かったって思うもの」

 君は右手で左胸を押さえて、噛み締めるように言う。

「私、あまりこの部屋から出られないし、体を動かして遊ぶことも出来ないでしょ?」

 そう言って、少しだけ悲しそうに、眉をひそめる。

「でも、それでもたくさん、友達が出来た。櫻ちゃんに棗ちゃんにカモメくんに、他にもたくさん!」

 悲しそうだったその顔は一瞬で、また一層、楽しそうに笑う。

「それはきっと、言葉のお陰だと思うの。言葉を交わすことが出来たから、私は皆と友達になれた!」

 その笑顔が眩しくて、思わず目を細めて、俺も笑う。

「私が嬉しいって思うことが出来るのも、楽しいって思うことが出来るのも、きっと全部、言葉のお陰!だから私は、言葉が大好きなの!」

 その笑顔を見ているだけで、幸せな気持ちになれた。

「だから私は、言葉を守ってるお兄ちゃんが、大好きなの!」

 力が湧いてくるようだった。

 なのに。


―――さようなら―――


 たかだか、そんなものを守るために、君を死なせた、愚かな俺を、笑ってよ……――――




「…………」

 広場で集まった人間を次々に撃ち抜いた晶は、その場から動ける者も居なくなると、自らが傷つけた人々に構う素振りも見せず、冷たくなった飛鳥を抱いて、病院の中へと戻った。悲鳴をあげて逃げ惑う院内の人間をも、次々と撃って、晶はひたすらに廊下を進み、飛鳥の使っていた病室へと辿り着いた。

「もう少しだけ…この場所で待っていて。飛鳥」

 動かない飛鳥を、病室の、ずっと飛鳥が使っていたベッドの上へと横たわらせ、晶が優しく声を掛ける。

「お前に、くだらない言葉を向けた人間を、殺してくるから…」

 優しい声とは裏腹に、晶の口から、残酷な言葉が零れ落ちる。

「そしたら二人で、どこかへ行こう…?」

 晶が、ひどく冷たい、飛鳥の手を握り締め、笑う。

「どこか、遠くへ…」

 握り締めた飛鳥の手を額へと当て、願うようにそう言うと、晶は飛鳥の手をベッドの上へと置き、そこから手を離して、再び病室を出て行った。

「きゃああああ!」

「“たれ”」

 廊下を必死に逃げ去る看護婦の背中を、晶が何の躊躇いもなく撃ち抜く。

「うわあああ!」

「いやあああ!」

 逃げ惑う人々の声を聞きながら、晶がそっと、銃口を天井へと向ける。

「“あがなえ”」

『ぎゃああああ!』

 天井へと放たれた弾丸が、晶の上方で無数に枝分かれし、周囲へと飛び散って、逃げ惑っていた人間の一人ひとりを、一瞬にして撃ち抜く。

「“あがなえ”…“あがなえ”…」

 その言葉を何度も繰り返し、病院に居る人間を、次々と撃ち抜いていく晶。

「ハハハハっ…」

 口角を吊り上げた晶の口から、小さな笑みが零れ落ちる。

「アハハハハハ…!」

 冷たい笑い声を響かせながら、晶は病院の奥へと進んでいった。




 その頃、とある小さな公園。

「まだかな?カモメさん」

 持っていた『恋盲腸』の本を読み終え、篭也が立ち上がり、やって来るはずのカモメを探すように、周囲を見回す。だがカモメの姿は見当たらず、この場へと駆けてくる足音も聞こえてはこなかった。

「また居残り掃除やらされちゃったから、弟たちの晩御飯作ってから来るって、さっき言ってたけど…」

 篭也が顔を上げ、自分の背と比べると遥かに高いところに設置された、公園の時計を見つめる。

「遅刻するの、得意だからなぁ。カモメさん」

「篭也!」

「え…?」

 カモメとは明らかに異なる、少女の声に名を呼ばれ、篭也が戸惑うように振り返る。

「わ、和音?」

 数名の従者と共にその公園へと現れたのは、どこか焦ったような表情を見せた和音であった。豪華な着物姿の和音は、この平凡な公園にはまるで合っていない。篭也は和音とは幼馴染みで、弟、檻也の婚約者ということもあり、それなりに親しい関係ではあったが、於崎の家を出てからは、会う機会もなかったので、和音の出現に、かなり驚いた。

「な、なんで和音がここに…」

「朝比奈カモメは?朝比奈カモメはどこです?」

 戸惑う篭也に構うことなく、篭也のすぐ前まで歩み寄って来た和音が、篭也へと鋭く問いかける。

「カモメさん?なんで和音が、カモメさんのこと…」

「朝比奈カモメは、どこです!?」

「……っ」

 まるで責め立てるように、必死に問いかける和音に、篭也が思わず、自分の言葉を呑み込む。いつも冷静な和音が、ここまで焦りを前面に出しているのは、珍しい状態であった。余程のことが、起こっているのだろう。そこにカモメが関与している。篭也の胸に、不安が込み上げた。

「一旦、家に戻ってまた来るって…でもまだ、来てない」

「すぐに彼の家へ」

「はい」

 篭也の言葉を聞いた和音が、頷きもせずに従者の一人に指示を送る。その従者は、和音の言葉に頷くと、すぐさま駆け出し、公園を去っていった。

「間に合うといいのですが…」

「どう、したんだ…?」

 従者を見送り、不安げに呟く和音の背へと、篭也が眉をひそめながら、問いかける。

「まさか、カモメさんに何か…」

「いえ、何か起こったのは、彼本人ではなく、彼の神です」

「カモメさんの神?」

 篭也の方を振り返りながら、篭也の問いかけに答えていく和音。その表情はひどく険しく、篭也も真剣に和音の言葉に耳を傾けた。

「実は…」

「え…?」

 和音の口から語られる真実に、篭也は耳を疑う。

「そん、な…」

「このことを知れば、彼はまず間違いなく、神を止めに向かうでしょう。ですから、一刻も早く彼を見つけなければ…」

 深刻な表情を見せ、和音が自身でも確認するように言う。

「今、彼を失うわけには…」

「カモメさん…!」

「あ、篭也…!」

 和音が止めるのも聞かず、篭也は無我夢中で、その場を走り出していた。




「ここでいい!ここで降ろして、カー坊!」

「クワア!」

 棗と共に、巨鳥カー坊の背の上に乗り、言ノ葉町から栞町まで高速で移動してきたカモメは、栞町の中心部が見えて来たところで、カー坊へと指示を送った。カモメの指示に鳴いたカー坊が、町の中心部から少し離れた場所にある空き地へと着地すると、カモメと棗は素早く地上へと降り、カー坊をもとの言玉の姿へと戻して、空き地を駆け出した。

「早く病院へ…!」

「カモメさん…!」

 空き地を出て、病院へと向かおうとしたカモメが、後方から聞こえてくる声に、足を止める。

「か、篭也?」

「空に、カー坊が、見えて…!良かった。間に、合って…!」

 振り返ったカモメが、視界に篭也の姿を入れ、戸惑うように眉をひそめる。篭也は全力で走って来たのか、相当に息を切らしていたが、カモメを見て、安心したような笑みを浮かべる。

「篭也、どうしてここに…」

「和音から聞いた。行っちゃダメだよ、カモメさん!」

 戸惑っていたカモメが、篭也の言葉にすべてを理解し、すぐさま険しい表情を作る。篭也も真剣な表情で、射るような瞳をカモメへと向けた。

「行ったら、カモメさんが危険だ!あの人のことは韻に任せて、カモメさんは…!」

「それは無理だよ、篭也」

 篭也の必死の訴えに、カモメは迷うことなく、首を横に振った。

「俺が行く。俺が行かなきゃいけないんだ」

「けど…!」

「俺の、神様なんだ」

「……っ」

 そう言って、どこか切なく笑うカモメに、篭也はそれ以上言葉を、続けることが出来なくなってしまう。カモメに神附きとしての在り方を教えられた篭也だからこそ、この状況で、カモメを止めることが出来なかった。

「じゃ、じゃあ僕も一緒に…!」

「“かすめ”」

「う…!」

 勢いよく顔を上げ、共に行くことを申し出ようとした篭也の目の前に、言玉を突き出し、カモメが素早く言葉を放った。一瞬、体が強い赤色の光に包まれたかと思うと、篭也の意識が一気に薄れていく。

「な、ん…カモメ、さん…」

「ごめんね、篭也」

 ゆっくりと目を閉じていく篭也へ、苦しげな笑顔で、謝罪の言葉を零すカモメ。

「色々と、ありがとう…」

 そう言うと、カモメは篭也へと背を向け、棗と共に、再び駆け出していってしまう。

「カ、モメ…さ…」

 伸ばした手をカモメの背に届かせることは出来ず、篭也は深く瞳を閉じ、その場に倒れ込んだ。




 カモメと棗は、篭也を置いて、栞総合病院へとやって来た。病院の前で倒れている人間に躊躇している暇もなく、すぐに病院の中へと駆け込むと、すぐ手前の入口に、両足を撃ち抜かれ、大量の血を流して倒れている櫻の姿があった。

「櫻…」

「お姉ちゃん…!」

 無残な櫻の姿にカモメが青ざめる中、棗が櫻へと駆け寄っていく。棗に上半身を持ち上げられると、櫻の口から、弱々しいが確かな声が零れ落ちた。傷はひどいが、まだ息はあるようだ。

「うがあああ!」

 そこへ、病院の奥の方から、悲痛な叫び声が聞こえてくると、カモメと棗が険しい表情を見せる。

「なっちゃんはここにいて!櫻の治療をお願い!」

「あ、カモメさん!」

 棗が止める間もなく、カモメは叫び声の聞こえて来た病院の奥へと、駆け出していく。遠ざかっていくカモメの背を、不安げな表情で見つめる棗。

「と、とにかく、お姉ちゃんの傷を…!」

 自分の役目を確認するように言って、棗は焦りながら言玉を取り出し、右手を姉の両足へと向ける。

「“なお…」

「な、つめ…」

「え…?」

 棗が言葉を放とうとしたその時、傷口へと向けようとしていた棗の手首が、掴み取られた。掴み止めたその手は、流れる血に赤く染まった、櫻の手であった。

「お姉ちゃん!良かった、意識あっ…」

「カモメを…追いかけ、ましょう…」

「え?」

 櫻のその言葉に、棗が大きく眉をひそめる。

「な、何を言ってるの…?お姉ちゃん」

「行かない、と…カモメと…晶の、私たちの神、のところへ…」

「無茶だよ!そんな傷で動いたら、死んじゃう…!」

「死んでも、いいわ…」

「え…?」

 はっきりと言い放つ櫻に、棗は驚いた様子で、大きく目を見開いた。

「お、お姉ちゃ…」

「今、行かなきゃ…死ぬより後悔する…だから、お願い。棗…」

「…………」

 必死に願う姉の真剣なその瞳に、棗がそっと目を細める。

「わかった…」

 頷くと、棗は瀕死の姉を背負い、カモメの後を追うように、すぐにその場を駆け出していった。




「ハァ…!ハァ…!」

 櫻たちのもとを駆け出したカモメは、必死に階段を駆け上がっていた。上層階からは時折、悲痛な叫び声が響いて来る。その度に強く唇を噛み、額から汗を流し、これ以上速くならない足にもどかしさを感じながら、カモメは必死に突き進んだ。非常階段からの扉を強く開け放ち、カモメが入院棟の最上階へと辿り着く。

「うあああああ!」

「……っ」

 扉を開け放った途端、耳に入る叫び声に、カモメが一層、表情を険しくし、その声の聞こえて来た方を振り向く。カモメが振り向くと、左胸を撃ち抜かれた白衣の男が、床へと倒れ込んでいく姿が目に入った。そして、その倒れた男の前に、真っ赤な銃を構えた男の姿も入って来ると、カモメがそっと目を細める。

「晶…」

「…………」

 小さく呼びかけるカモメの声に、男がゆっくりと振り向く。そこに立っていたのは、服は勿論、頬や首、手足に、大量の返り血を浴びた晶であった。

「カモメ…」

 晶が光の見えない、冷え切った瞳を、まっすぐにカモメへと向ける。

「晶…どうして、こんな…」

「飛鳥が死んだよ。カモメ」

「え…?」

 もう一度呼びかけたカモメに、晶がそっと、呟くように言葉を落とす。晶が告げたその真実に、カモメが表情を凍りつかせる。

「飛鳥、ちゃんが…?」

「さっき、屋上から飛び降りたんだ…」

 信じられないといった様子のカモメへ、晶はどこか淡々と、言葉を続ける。

「飛鳥の体、冷たくて…俺が何度呼んでも、全然目、開けなくて…」

 厳しい表情で、カモメが晶の言葉を聞き続ける。

「死んだんだ…飛鳥が…」

 もう一度、その言葉を繰り返す晶。晶自身もまだ、その事実を受け入れられていないように見えた。

「飛鳥…最期に、俺に、“大好きだよ”って…」

 わずかに口元を緩めた晶の、その笑顔が、突き刺すように痛い。

「“さようなら”って…」

「……っ」

 そんな晶の顔を見ていられず、思わず俯いたカモメが、遣り切れない思いを噛み締めるように、強く瞳を閉じる。

「なんで、飛鳥ちゃんが…」

「飛鳥に、“飛鳥が居ない方が、俺が幸せだ”って言った奴がいるんだ…」

 顔を上げ、問いかけるカモメの言葉に、晶が笑みを浮かべていたその表情を、鬼のように冷たいものへと変える。

「飛鳥に、“生きてる意味がない”なんて、くだらない言葉を向けた奴が…この病院の、中に…」

「だから…」

 カモメが、目を細め、晶を見つめる。

「だから、殺した…?」

 眉間に皺を寄せ、悲しい表情を見せて、カモメが晶へと問いかける。

「……ああ」

 短く頷く晶に、カモメがさらに目を細める。

「誰が飛鳥ちゃんに、その言葉を向けたかもわからないのに…?」

 カモメが震える声を、搾り出すようにして、晶へと問いかける。

「誰が言ったかなんて、どうでもいい…そいつが生きていなくなれば、それでいい…」

「言葉を向けてない、罪もない人もたくさん、居たのに…?」

「誰が、何人死んだって、構わない…一緒だ」

 晶が無気力に、肩を落とす。

「飛鳥が、生きていないなら…一緒だ…」

 すべてを諦めてしまったように、そう言って、どこか遠くを見つめる晶の姿を、まっすぐに見つめるカモメがどこか否定するように、何度も首を横に振る。だがその行動は、否定の言葉になりはしなかった。

「カモメ…お前は、言ったな…?お前は、“人の、許し合えるところが好きだ”と…」

 問いかける晶の声に、カモメが耳を傾ける。

「でも、俺は許せなかった…」

 冷たく笑った晶が、視線をカモメへと戻す。

「許すことなんて、出来なかったよ。カモメ」

 そう言って笑う晶に、カモメは強く唇を噛み、険しい表情となって、ポケットから言玉を取り出す。

「俺は…」

 取り出した言玉に視線を落とし、どこか迷うように目を細めるカモメ。

「……俺も、神附きとして、君を許すわけにはいかないっ…」

 苦悩を表すように、わずかに声を震わせながら、それでも必死に、カモメが言葉を続ける。

「俺は、神附きとして、罪を犯した神を処分する…!」

 苦しげに言葉を放って、カモメが強く言玉を握り締める。

「第六音“か”、解放…!」

「……っ」

 カモメが言玉を解放する様子を見ながら、そっと微笑んだ晶が、その銃口を迷うことなく、カモメへと向ける。

「カー坊!」

「“たれ”」

 カモメが、目覚めたばかりの巨鳥に呼びかけるのと同時に、晶の銃口から、弾丸が放たれた。



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