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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.58 宿敵 〈1〉

 言ノ葉町、中央部。礼獣、付近。

「さっき消えた光の柱が、また…」

 雅の指示により、礼獣から離れた場所へと下がった六騎が、空を見上げ、幼い表情を曇らせる。六騎の見つめる先では、先程消えたはずの青、緑、白の光の柱が、再び天へと突き上げていた。

「恵サン、これは…」

「ああ」

 六騎のすぐ後方で、為介に呼びかけられた恵が、すぐさま頷いた。

「まず間違いなく、あの男の仕業だろう」

「初代“宇の神”、浮世うきようつつ…」

 自らが口にしたその名に、深く眉をひそめる為介。

「何百年も前の神の罪まで、あいつ等に背負わせることになるとはな…」

 光の突き上げる空を仰ぎ、恵は険しい表情を見せた。




―――この世に忌を生み出した、創造主じゃよ…―――


 言ノ葉町、北西。言ノ葉町立グランド。

「そ、そんな…」

 堕神の一人、堕ちし“宇の神”現の告げたその言葉に、保は驚きを隠すことが出来なかった。見開いた瞳をそのままに、零れる声はかすかに震える。

「そ、そんなこと、あ、あるはずがありません…!」

 まるで自分自身に訴えるように、声を張り上げる保。

「だ、だって、忌が生み出されたのは、数百年も昔の話で…!いくらあなたがお爺さんだといっても、そんなに長い間、生きていられる人間なんて…!」

 必死に否定するあまり、保が思わず身を乗り出す。

「はぁ!こんな“ぶっちゃけ、お前の方がどうなの?”みたいな俺が、一丁前に存在否定しちゃって、すみま…!」

「“まれろ”の言葉は、実に偉大じゃ」

 いつものように頭を抱え、謝り散らそうとした保の言葉を、現があっさりと遮る。

「万物の創生を行うことの出来る、まさに、神にのみ許されし言葉…」

 現の鋭い視線を浴び、保は反論することも出来ず、ただ、続く現の言葉を聞く。

「年老い、死に逝く肉体も、新たな細胞を創ってやれば、さらに、長い時間を生き永らえることが出来る…」

「な…!」

 現のその言葉に、衝撃を走らせる保。

「まさか、言葉で寿命を…!?」

「そう驚くことでもない。五十音士の中には、わしの他にも、言葉で生き永らえておる者など、山程おるぞ」

「そんな、ことが…」

 信じられないといった表情を見せながらも、保が徐々に納得するように俯いていく。言葉の力の強大さは、保も十分に理解している。確かに言葉の力を使えば、人の寿命を越えて、生き続けることも可能であろう。

「この数百年、わしは他にも、あらゆるものを生み出してきたが…」

 言葉を続けていた現が、不意に眉をひそめる。

「あれは、忌は、わしの創ったものの中でも、最たる不良品じゃな」

 どこか煩わしげに言い放つ現のその言葉に、ずっと驚き一色であった保の表情が、途端に曇る。

「“痛み”を餌に、馬鹿みたいに増えよって…お陰でわしは神を堕ちる羽目になり、大迷惑じゃった」

 過去を思い返しながら、現が顎から流れる白い髭を撫でる。

「ついこの間は、一部の忌が、“痛み”を消そうと、何やらくだらん画策を行ったらしいのぉ。まぁ自分たちの方が、あっけなく消されたようじゃが」

 現が髭から手を離し、嘲笑うような顔つきを見せる。

「まったく、無意味な存在だけあって、無意味なことしか出来ん奴等じゃわい」

「……っ」

 放たれたその言葉に、一度、すべての表情を止めた保が、ゆっくりと深く、顔を俯けていく。


―――なのに何故、“痛み”が消えない…?―――

―――お前等にわかるのか!?この声に魘され続けた、俺たちの何百年が…!―――


「うん…うん、わかってる…」

「んん?」

 俯いた保が、何やらぶつぶつと小さな声を零していることに気づき、現が首を傾げる。

「何じゃ?わしの言葉の偉大さに、頭でもおかしくなったか?」

「俺だって、怒ってる。怒ってるんだよ。だけど…」

 現の問いかけに答えようとはせず、俯いたままの保が、独り言のように言葉を続ける。

「君の怒りの方が、きっと大きいから」

 そう言って保は、両手に絡みついていた糸を元の言玉の姿へと戻し、きつく拳を握り締めた。途端に保の体から、強い黒色の光が放たれる。

「何じゃ…?」

 放たれるその光を見つめ、かすかに眉をひそめる現。

「この光は…」

「はぁ…」

「ん?」

 グランドに差し込む黒色の光に視線を落としていた現が、前方から聞こえてくる、深々とした溜息に気付き、ゆっくりと顔を上げる。その溜息は、前方に立っているはずの保の声とは、違って聞こえた。

「お前さんは…」

 顔を上げた現が、その表情を曇らせていく。

「“誰?”とかいう問いかけなら、いらないよ…」

 現の前方に立っているのは、黒い髪に鋭い赤色の瞳の、涼しげな表情を見せた青年。保と同じ、学校の制服を纏い、保が持っていた方と同じ手で、同じ赤色の言玉を持ってはいるが、保とはまったく別の人物。

「くだらないからね…」

 そこに立っているのは、もう一人の保、灰示であった。

「懐かしいのぉ。その赤い瞳…」

 目を細めた現が、言葉通り懐かしむように、灰示を見つめる。

「わしが生み出した、あのくだらん生き物と同じ瞳の色じゃ」

 まるで挑発するように言う現に、灰示が涼しげだったその表情を、かすかに動かす。

「第二十六音“は”、解放」

 現の言葉に反論する様子は見せず、灰示はそのまま小さく声を発し、右手に握り締めていた言玉を、数本の赤い針へと変える。

「やっと見つけたよ…イツキ…」

 言玉から姿を変えた針を握り、灰示が今はもう居ない、かつての友の名を呼ぶ。

「僕らが倒すべき、“痛み”の根源を…」

「“根源”か…悪くない言葉じゃ…」

 聞こえてくる灰示の言葉に、ゆっくりと言葉を返す現。

「そうじゃったのぉ。“太守”には変格がない代わりに、お前さんが付いとるんじゃった」

 現が灰示を見ながら、保と灰示の関係性のことを、知っていた様子で頷く。

「まったく、とんだハズレくじじゃわい…」

 鬱陶しそうに呟いて、現が言玉のついた杖を持つ手を一度、握り直す。面倒がってはいるが、戦う姿勢はあるようである。

「我が最たる不良品…偉大なる神の前に、ひれ伏すが良い」

 現が杖を振り上げ、灰示へ向けて、構えを取る。

「さぁ、君にも贈ろう…」

 針を指の間へと挟んでいきながら、灰示がそっと言葉を落とす。

「この、“痛み”を…」

 赤い瞳を鋭く輝かせ、灰示は構えたばかりの針を投げ放った。




 言ノ葉町、東端。小高い丘の上。

「光が、また…」

「…………」

 恵や為介たちと同じように、消えては再度、突き上げる光の柱に、阿修羅を前にしながらも、そちらへと視線を向けてしまっているアヒル。阿修羅もアヒルと同じように、再び突き上げた柱を見上げ、そっとその瞳を細めた。

「勝手なことばかりしてくれるものだ。現も…」

 少し眉をひそめた阿修羅が、現の行動を読み、気に喰わない様子で呟く。

「まぁいい…」

 一瞬、目を伏せた阿修羅が、再び目を開くと、突き上げた光たちに背を向け、ゆっくりとアヒルの方を振り返る。振り返った阿修羅に、アヒルも視線を光柱から移し、身構えながら、表情を厳しくする。

「一応、聞こうか」

 アヒルの方を見た阿修羅が、軽い笑みを向ける。

「ここへ、何をしに来た?アヒル」

 阿修羅からの基本的な問いかけに、アヒルが瞳を鋭くする。

「お前を、倒しに」

「まぁ、そうだろうな」

 少し肩を落としながら、阿修羅が頷く。その様子はどこか余裕で、アヒルに対して警戒の姿勢はまるで見られなかった。

「俺も一応、聞いていいか?」

 同じように問いかけをするアヒルに、視線を下げていた阿修羅が、再びアヒルを見る。

「何だ?」

「お前の目的は何だ?阿修羅」

 聞き返した阿修羅をまっすぐに見つめ、アヒルが問いかける。

「あのデカいライオンを使って、他の堕神たちの力を集めて、お前は一体、何をしようとしている?」

 一瞬、町の中央に見える巨大な礼獣の方へと目をやって、アヒルが阿修羅へと言葉を向ける。アヒルの問いかけを受け、阿修羅はずっと浮かべていた笑みを止めた。

「あの獣、礼獣の力は把握しているんだろう?」

「人の自由ある言葉を奪うって、恵先生たちはそう言ってた」

 逆に問いかけてくる阿修羅に対し、アヒルが間を置くことなく答える。

「けど、人のすべての言葉を奪うわけじゃねぇんだろ?だからお前は、七声しちせい始忌しきの連中みたいに、言葉の消滅が目的なわけじゃない」

 アヒルが自分なりの考えをまとめるように、整理しながら言葉を続ける。

「なら、お前の目的は何だ?」

 まっすぐに問いかけてくるアヒルに、阿修羅が少し目を細める。

「……そうだな。戦いを始める前に、話しておくのも悪くない」

 一人で納得するように頷くと、阿修羅は再び、アヒルの方を見つめた。

「あの獣、礼獣には、俺の言葉“安寧あんねい秩序ちつじょ”の力を与えてある」

「あ、安眠…?」

 聞きなれない言葉に、首を傾げるアヒル。

「“世界が平和で、何の不安もなく落ち着いている”という意味だ。“安寧秩序”の力を浴びた者は、争いの火種と成り得る、すべての言葉を封じられる」

「え…?」

 阿修羅の説明に、アヒルが戸惑いの声を漏らす。

「火種となる言葉を、封じる…?」

「ああ、そうだ」

 聞き返すアヒルに大きく頷き、阿修羅がまた、笑みを浮かべる。

「お前は“自由ある言葉を奪った”と言ったが、そうじゃない。俺はただ、人から不要な言葉を失くしただけだ」

「不要な言葉…?」


―――あんな言葉しかねぇあいつを見てるくらいなら、難聴にでもなった方がマシだった―――

 アヒルの脳裏を過ぎったのは、友の言葉を奪われ、遣り切れない表情を見せていた守の姿だった。


「不要って…何が好きだとか、何がしたいとか言える、そんな自由ある言葉が不要だなんてことは…!」

「“何が好き”“何がしたい”…それが、自分と他者とを大きく隔て、時に争いの火種となる」

 必死に反論しようとしたアヒルの言葉を、阿修羅があっさりと遮る。

「人の自由ある言葉こそ、人々が争い合う要因となるんだ」

「それは…」

 阿修羅の言葉に、放とうとしていた言葉の続きを、呑み込んでしまうアヒル。確かに阿修羅のその言葉は、間違ってはいない。自由ある言葉は人の望み、希望を示すものであり、その望みや希望が異なれば、時に人は争ってしまうこととなる。

「だからこそ人は、挨拶と最低限の受け答え以外の、すべての言葉を失くしてしまった。逆に言えば、それ以外の言葉がすべて、他者と争う要因に成り得るということだ」

 すでに礼獣の力を浴び、言葉を失って、静まり返ってしまった町を見下ろし、阿修羅が言葉を続ける。

「俺がそうしようとしたわけじゃない。それが事実であるだけだ」

 重く圧し掛かるその言葉に、アヒルが険しい表情を見せる。

「人から、争いの種になる言葉を全部消し去ることが、お前の望みなのか?」

「ああ、そうだ」

 曇らせた表情で問いかけるアヒルに、阿修羅は迷うことなく大きく頷く。

「俺は、人が人を傷つけ得る、すべての言葉を失くす…」

 強く拳を握り締め、決意の強さを示すように、はっきりと答える阿修羅。


―――私は、どうして生きているのかな…?―――


「……っ」

 思い出される少女の言葉に、阿修羅が何かを堪えるように、強く唇を噛み締める。

「そのために俺は、この言葉の世界に戻って来た」

 自分自身へ投げかけるように、阿修羅が言葉を放つ。

「この世界の言葉すべてに、正しき秩序をもたらすために」

 力強く声を張り上げた阿修羅が、懐から、真っ赤な言玉を取り出した。

「そうか…」

 阿修羅の言葉を受け止めるように、こちらも大きく頷くアヒル。

「けど俺は、人から自由ある言葉を失くしたくない」

「まぁ、そうだろうな…」

「だから…」

 アヒルが表情を鋭くし、制服のズボンのポケットへと手を入れる。そのポケットから、阿修羅と同じ真っ赤な言玉を取り出すアヒルを見て、阿修羅がどこか楽しげに笑う。

「俺が砕いた言玉…元に戻ったのか」

「ああ。俺はもう一度、この力を手にした」

 感心するように言う阿修羅へ、迷うことのないまっすぐな瞳を向けるアヒル。

「俺は、お前を倒す…!」

 力強く叫ぶアヒルに、阿修羅が不敵に微笑む。

「いいだろう…」

 向き合った二人が同時に、言玉を持つ右手を突き出した。

『五十音、第一音』

 アヒルと阿修羅の声が、きれいに重なる。

『“あ”、解放…!』

 重なる声に反応し、二人の手の中の言玉から、強い赤色の光が放たれた。




 その頃。言ノ葉高校、屋上。

「ついに始まったね…」

「ああ」

 東の方角に見える、二つの赤い光を見つめ、互いに複雑な表情で言葉を交わす、スズメとツバメ。その光を発しているのがアヒルと阿修羅で、二人が戦おうとしていることは、二人も十分に察しがついていた。

「手出しは無用ですよ」

 背後から聞こえてくる、厳しい女性の声に、スズメとツバメが同時に振り向く。入口から、屋上へと入ってきたのは、知的な眼鏡の女性、熊子と、大男、塗壁の二人であった。二人の姿を確認し、スズメが少しうんざりした様子で肩を落とす。

「最近、本当、よく来んなぁ」

「神の居場所が知れるから…僕らが不用意に集まるのは、よろしくないんじゃなかったの…?」

「あなた方を監視するため、仕方無くです」

 ツバメの問いかけに、熊子が眼鏡を光らせ、はっきりと答える。

「別に監視なんかしなくっても、手出す気なんて、さらさらねぇっての」

「どうですかね。あなた方は元々、兄の仇であるあの男、阿修羅を倒すためだけに、五十音士になったわけですし」

「熊さん!」

 責めるように言う熊子に、横の塗壁が注意するように呼びかける。

「そういう言い方はねぇでさ。二人だって、色々と悩んで…」

「確かに、僕らはあの男を倒すためだけに五十音士になった…」

 二人を庇うように言う塗壁の言葉を遮って、ツバメがそっと呟きながら、赤い光の輝く方角を見つめる。

「今だって、飛んで行って呪いたいくらいだよ…」

「ああ。けど」

 ツバメの後に続くように声を発し、スズメが鋭い瞳を見せる。

「弟がサシでやるって決めた喧嘩に、首突っ込むほど、根性腐ってねぇんだよ。俺たちは」

「スズさん、ツバさん…」

「…………」

 スズメのその言葉に、悲しげに目を細める塗壁の横で、熊子は少し呆れるように肩を落とした。

「サシの喧嘩、ですか。不良同士の小競り合いのような言い方をするのですね」

 二人が見つめる東の方角へと、視線を移す熊子。

「世界中の言葉の運命が、かかっている戦いだというのに…」

 熊子の言葉に、スズメとツバメは答えようとはせず、ただ厳しい表情で、放たれる赤い光を見守った。


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