Word.57 生ノ根源 〈5〉
言ノ葉町、北西。言ノ葉町立グランド。
「光の柱、が…」
堕ちし宇の神、現と交戦中の保が、言ノ葉町の南北に突き上げていた、緑色と白色の光の柱が消えたことに気付く。近くに見えていた、強い赤色の光もなくなっているところを見ると、南北で行われていた戦いが終わったのだろう。
「柱が消えたってことは、皆さんが…」
「やれやれ、じゃのう…」
仲間の勝利を察し、安心の笑みを浮かべようとした保だが、遮って聞こえてくる声に振り向く。保が振り向くと、呆れきった表情を見せた現が、深々と肩を落としていた。
「まったく、使えん奴等じゃわい」
自分の仲間を相手に、冷たく言葉を吐き捨てる現に、保が眉をひそめる。
「これでは、わしの可愛いあの子へと送る力が、弱まってしまうではないか」
町の中央で、相変わらず雄たけびをあげている礼獣へと視線を向け、現が困ったように腕を組む。確かに、天へと突き上げられていた光の柱五本のうちの、三本が失われ、残っているのはここの金色の柱と、東の赤色の柱のみ。空へと集約している光も、今の大きさから、それほど著しい成長は見せていなかった。
「まったく…どいつもこいつも、わしの手を煩わせてばかりじゃ…」
うんざりと呟きながら、現が右手に持った、先端に言玉のような金色の宝玉のついた杖を、ゆっくりと振りかざす。
「五十音、第三音“う”、解放」
「あ…!」
杖の先端にある宝玉から強く放たれる金色の光に、見つめていた保が大きく目を見開く。
「やっぱり、言玉っ…」
「う…」
保が険しい表情を見せる中、杖を掲げた現が、自身の文字を口にする。
「“奪え”…!」
「ク…!」
現の言葉により、眩さを増すその光に、保は思わず目を伏せた。
言ノ葉町、南西。
「神~!」
「……?」
錨との戦いを終え、地面に深々と座り込んでいたイクラのもとへと、笑顔の金八が大きく手を振りながら、駆け寄って来る。金八は先程まで中央で、皆と共に礼獣と交戦していたが、戦いを終えたイクラの身を案じ、駆けつけたのだろう。
「大丈夫かぁ?神~」
「誰が俺のところへ来いと言った。死ね」
「泣くよぉ~!?そういう冷たいこと言うと、俺、泣いちゃうよぉ!?神!」
冷たく言い放つイクラに、金八が今にも泣きだしそうな表情で訴える。大きな声をあげる金八に、イクラはさらに不機嫌そうな表情を作った。
「勝ったのかぁ?」
「聞かなければ、わからないか?」
「いぃ~え!あんたが負けるはずねぇもんなぁ」
強く睨みつけるイクラに、必死に首を横に振り、落ち着かせるように両手のひらを向ける金八。
「敵さんはぁ?」
「そこだ」
イクラが顎で指し示した方角を、金八が振り向く。水に濡れた地面の上に、意識を失くし、深く目を閉じた錨が倒れていた。
「一応、連れてっとくかぁ。誰にも頼まれてねぇけど」
「あの獣は?」
「へ?」
イクラに問いかけられ、金八が再び、イクラの方を見る。
「ああぁ~、何とか堪えてるって感じ。今はシャコたちに任せちまってるから、とっとと戻らねぇと」
「獣一匹、倒せないのか。貴様等は」
「そうは言うけど、強いのよぉ?あのライオンちゃんっ」
呆れたように肩を落とすイクラへと、苦い笑みを浮かべる金八。金八の言葉を聞き、目を細めたイクラが、ゆっくりとその場を立ち上がる。
「なら、俺が遊んできてやる」
「おいおいおい、待てって!」
礼獣の居る方角へと歩き出していくイクラを、金八が慌てて呼び止める。
「あんたは先にその傷を…!」
「うあああああ…!!」
『……!』
大気を斬り裂くような強烈な悲鳴に、同時に振り向くイクラと金八。
「ああああああ…!」
気を失っていたはずの錨が、倒れた状態のまま、激しい悲鳴をあげている。錨の体を青色の光が包み込み、その光が天へと突き上げ、新たな光の柱となっていた。
「か、神…これって…」
「…………」
険しい表情で、イクラへと呼びかける金八。イクラも眉間に強く皺を寄せ、その光を見つめた。
「きゃああああ!」
「な、何…!?」
突然、悲鳴をあげ始めた、倒れたはずのエカテリーナを見つめ、エリザが戸惑いの表情を見せる。
「急に何だっていうのよ!?」
「光が…」
戸惑うエリザの横で、先程、やっと消したというのに、再び突き上げた緑色の光の柱を見上げ、眉をひそめる囁。突き上げている光の源は、悲鳴をあげているエカテリーナ自身である。
「これは一体…」
エカテリーナの悲鳴を耳に入れながら、囁は一層、険しい表情を見せた。
「倒れた仲間の、残り少ない僅かな力をも、搾り取ろうというのか…」
その頃、錨、エカテリーナと同じように、激しい悲鳴をあげる沖也を見つめ、再び突き上げた白い光の柱を見上げて、篭也も険しい表情を作っていた。
「何という非道…」
鎌を握る手に力を込め、込み上げる怒りに、表情を歪める篭也。
「そこまで堕ちたか。阿修羅…」
「フハハハハ…!」
再び天へと突き上げた三色の光柱を見上げ、何とも楽しげな笑みを浮かべる現。柱が復活したことにより、礼獣の上空で集められている光の成長も、再び促されていく。
「うむうむ、これで良い。これで我が礼獣は、更なる力を得ることが出来る」
「何をっ…」
「んん?」
満足げに頷いていた現が、背後から聞こえてくる声に、ゆっくりと振り向く。
「何をしたんです…!?」
険しい表情を見せ、どこか責め立てるように、問いかける保。保の問いかけを受け、現が浮かべていた笑みを、やっと消す。
「お主の仲間に負けた馬鹿共を、せめて、お役御免にしてやろうと思うてなぁ」
「まさか…」
何かを察した様子で、さらに眉をひそめる保。
「負けた仲間たちの力を、無理やり…!?」
「ああ、奪い尽くすんじゃよ。我が愛する礼獣の、肥やしにするためになぁ」
「何てことをっ…」
やっと現のしたことを理解し、保が険しい表情を見せる。
「そんなことをしたら…!その人たちが死んでしまいます!」
「だから、何じゃ?」
「なっ…!」
自然と聞き返す現に、驚きの表情を見せる保。
「その人たちは、あなたの仲間でしょう…!?」
「生憎じゃが、わしはあやつ等のことを“仲間”などとは思っておらん」
「え…?」
現の答えに、保が戸惑いの声を漏らす。
「ただ同じ堕神であるというだけ…いや、まったく同じではないのぉ。わしとあやつ等では次元が違う」
自分自身の言葉に首を振り、現が言葉を言い換える。
「阿修羅も、他の奴等も…つい最近、神を堕ちたような、そんなヒヨっ子共とは、存在が違うんじゃよぉ。わしは」
「どういう、ことですか…?」
得意げな笑みを浮かべる現に、益々戸惑いの色を濃くする保。
「あなたは、一体…」
「“生まれろ”」
「え?」
突然、落とされる言葉に、保が眉をひそめる。
「数百年以上の昔、とある五十音士のたった一つの、その言葉により、痛みの塊である“忌”が生まれた」
「……っ」
現の言葉に、保が表情を曇らせる。灰示と体を共有し、ついこの前、始忌たちと戦いを繰り広げたばかりの保にとっては、その話は決して他人事ではなかった。
「忌共は痛みによりどんどんと増殖し、やがては、五十音士たちの手に負えないまでの広がりを見せる…」
忌についてを語る現を、困惑した表情で見つめる保。忌の生まれた理由については、保も知っていたし、その現の話に間違いがないことはわかっていた。だが何故、今、現がそのような話をするのかが、わからなかった。
「一体、何の話をっ…」
「そして、その五十音士は、この世に忌を生み出した責任を取らされ、神の座を堕とされた」
問いかけようとした保の声を遮り、現が話を続ける。
「それが、この世に初めて生まれた、“堕神”…」
「あ…」
ずっと困惑の表情を見せていた保が、何かに気付いたように、一気に表情を険しくする。
「ま、まさかっ…」
「ほぉ…ただの馬鹿のわりに、察しはいいようじゃのぉ…」
動揺しているのか、声を震わせる保を見て、現が感心するように笑う。
「そう…このわしこそが、この世に初めて生まれた堕神…」
現が鋭い笑みを浮かべ、胸元に手を当てる。
「初代“宇の神”…」
酔いしれるように、言葉を続ける現。
「この世に忌を“生み出した”、創造主じゃよ」
「……!」
知らされる現の正体に、保は大きく目を見開いた。




