表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
218/347

Word.55 驕レル神 〈3〉

「“神格”、か…」

 辺りから一斉に噴き上げた大量の水を見回した後、ゆっくりと強い青色の光に包まれた錨の方を振り向いて、イクラがあまり興味なさそうに声を落とす。

「大袈裟な呼び名を付けるから、どんなものかと思えば…ただの水芸か?」

「ただの水芸に、んな大袈裟な呼び名付けると思うかぁ?」

 挑発するように問いかけたイクラであったが、錨は余裕のある笑みを浮かべ、問いかけ返した。

「なんなら、試してみるかぁ?ただの水芸かどうか」

「……望むところだ」

 自信に満ちた様子の錨を不審に思いながらも、あからさまなその挑発に、イクラが乗らないはずはなく、イクラはすぐさま言玉を構える。

「軽はずみな自分の言葉を、精々、後悔するといい」

 イクラの構えた言玉が、淡い光を帯びていく。

「“いかれ”」

 言葉がイクラの口から落とされると、錨の真下から、細長く突き刺すような鋭い水の刃が、勢いよく噴き上げた。

「ううぅ…!」

 避ける間もなく、その身を少し逸らしただけで、錨が水の刃を直に受ける。急所を狙っていた刃は、錨が身を逸らしたことで、錨の左肩へと深々と突き刺さった。水とは真反対の赤色の血が飛び散って、錨が痛みに表情をしかめる。

「他愛もない…」

 傷を負った錨を見つめ、どこかがっかりするように肩を落とすイクラ。

「何が“神格”だ。こんなもののために、町に残ったのは、無駄であ…ううぅ!」

 呆れ果てた言葉を続けていたその時、イクラの左肩が突然、傷つく。

「な、に…?」

「……っ」

 何の攻撃も受けていないというのに、鋭く穴があき、真っ赤な血の飛び散る自身の左肩を見つめ、大きく目を見開くイクラ。そんなイクラの様子を見て、左肩の傷を右手で押さえたままの錨が、そっと口元を歪める。

「これは一体…」

「あぁ~あ、悪いことしちゃったから、自分に返ってきちゃったねぇ」

 肩の傷を見下ろし、戸惑いの表情を見せていたイクラが、前方から届く声に、すぐさま顔を上げる。

「貴様の仕業か…?」

「仕業?神業って言って欲しいねぇ」

 険しい表情で問いかけるイクラに、錨がどこか茶化すように答えを返す。

「噴き上げる水に取り囲まれた、この場所で、相手に傷を負わせた場合、相手と同じ傷を自分も負うことになる」

 取り囲む噴水を見回しながら、錨がわかりやすく説明をする。

「それが、俺の神格、“因果応報”」

「因果、応報…」

 その言葉を繰り返し、イクラがそっと眉をひそめる。

「この中で、人を傷つけるような悪い行為をしようものなら、すぐにも天罰が下るってわけだぁ」

 錨が楽しそうに、笑みを零す。

「イヒヒ、どうだぁ?人間に天罰を下せるなんて、神の俺に相応しい、素晴らしい力だろ?」

 得意げに話す錨を見つめ、イクラが何やら思うところがある様子で、目を細める。

「さぁーて、これで俺に攻撃は出来なくなったぜぇ?どうする?現、以のか…」

「“いきどおれ”」

「え…?」

 錨の言葉が終わらぬうちに、イクラの口から発せられる言葉。

「な…何!?ク…!」

 先程よりも多くの水の刃が、一斉に下方から突き上げ、錨が焦った様子で表情を崩しながら、慌てて後ろへと飛び引き、その刃を避ける。

「お、お前…!」

 険しい表情で顔を上げ、イクラを睨みつける錨。

「さっきの俺の説明、聞いてなかったのかよ!?俺を攻撃すれば、お前にも傷がだなぁ…!」

「だったら、何だ?」

 困惑した様子で訴える錨の言葉を遮って、イクラは左肩からボタボタと血を落としたまま、何食わぬ様子で、平然と言い放った。

「傷を負うとしても、貴様も負うのであれば、それで十分だ」

 イクラが言玉を握る手へと、さらに力を込める。

「神の天罰など、俺は恐れたことがない」

「……っ」

 堂々と言い放つイクラに、錨の表情が歪む。

「恐れたことがないだぁ…?」

 イクラの言葉を繰り返し、錨がさらに顔をしかめる。

「神を相手に、恐れ多いってんだよ!それがなぁ!」

 錨が勢いよく、言玉を持った右手を振り上げる。

「“いどめ”!」

 錨の右手に握り締められた言玉が強く輝き、周囲で噴き上げている水からイクラへ向かって一斉に、水の塊が放たれる。放たれた塊は、周囲の数個でさらに固まり合って、大きな波を形成して、四方からイクラへと攻め込んだ。

「“いかれ”!」

 イクラも言葉を放ち、地面から水を噴き上がらせて、錨の大波と衝突させる。だが噴き上げたイクラの水は、錨の大波にあっさりと呑み込まれてしまう。

「な…!」

 大波の中に掻き消えていった自身の水に、イクラは驚きを隠せず、大きく目を見開く。

「俺の水を…」

「精々、気を付けなぁ!“神格”した俺の言葉は、さっきとは比べもんにならねぇ威力だぜぇ!」

 波の向こうから聞こえてくる錨の声に、イクラがそっと眉をひそめる。

「避けるか、収めるか…」

 四方から攻め込んでくる波を見回し、イクラが考えを巡らせる。眉間に皺を寄せ、考え込んでいたイクラが、ふと何か思いついたような表情を見せた。


―――噴き上げる水に取り囲まれた、この場所で、相手に傷を負わせた場合、相手と同じ傷を自分も負うことになる―――

 思い出される、先程の錨の言葉。


「試してみるか…」

 小さく声を落とすと、イクラが上空へと高々と飛び上がる。イクラが居なくなったその場所に、四方から波が押し寄せ、中央で互いに激しくぶつかり合った。その際、噴き上がって来た水の滴を、イクラがわざと浴び、右腕に小さなかすり傷を負う。

「……っ」

 地面へと着地しながら、イクラが少しだけ振り向き、錨の姿を確認する。

「チっ…」

 錨はイクラと同じ右腕に、まったく同じ大きさのかすり傷を負い、表情を少ししかめていた。

「やはり、そうか…」

 イクラが確信するように、言葉を落とす。

「ならば」

 イクラがすぐに体の向きを変え、握り締めた言玉を、錨へと向ける。

「“いきどおれ”!」

 すぐさま言葉を放ち、噴き上がらせた水を錨へと向けるイクラ。

「“いさめろ”!」

 錨も間を置くことなく言葉を発し、イクラの噴き上がらせた水を、あっという間に抑え込む。

「“稲妻いなづま”…!」

「“いかずち”!」

 二人が同時に雷撃を放ち、互いの中心で相殺させる。

「もう一丁…!“いどめ”!」

 雷撃が相殺しきらないうちに、高々と右手を掲げ、次の言葉を放つ錨。だが錨が言葉を放った瞬間、イクラは鋭く目を細めた。四方から迫る大波に、イクラは特に対抗する言葉も放たずに、ただ迫り来るそれを受け入れた。

「ううぅ…!」

 四方からの波に呑まれ、イクラが苦しげな声を漏らす。地面に何とか足を踏ん張り、その場に立ち続けたイクラであったが、波が過ぎ去った時には全身傷だらけで、赤い血が勢いよく滴り落ちていた。

「クっ…」

 濡れた地面に落ち、滲んでいく自分の血を見下ろし、少し顔をしかめるイクラ。

「だが、これであいつにも…」

 傷を負いながらも、どこか期待するような目で、イクラが顔を上げる。この場所では、相手に負わせた傷を、自分も負うことになる。であれば、今、錨がイクラに負わせたこの傷を、錨も負うことになるはずである。

「な…!?」

「イヒヒっ」

 だが、イクラが見つめた先には、まるで無傷の錨が、笑顔で立っていた。驚きの表情を見せるイクラを見て、錨がさらに楽しげに笑う。

「馬鹿な…」

 眉間に強く皺を寄せ、戸惑うように呟くイクラ。

「先程は確かに、俺と同じ傷を…」

「傷?ああ、もしかして」

 微笑んだ錨が、右腕のかすり傷へと指を伸ばす。

「これのことか?」

「……!」

 錨が指でなぞった瞬間、錨の右腕に刻まれていたはずのかすり傷が、あっという間に消える。きれいさっぱり傷のなくなった右腕に、イクラがさらに驚きの表情を見せた。

「“偽れ”…」

「ご名答っ」

 イクラの放った言葉を聞き、錨が鋭く口角を吊り上げる。

「この“神格”の決まりが俺にも有効かどうか、お前は絶対に試してくると思ってなぁ、初めっから“いつわれ”の言葉を掛けといたってわけ」

「成程な…」

 錨の説明に、イクラが厳しい表情を見せながら頷く。

「この面倒な決まりは、貴様には無効ということか」

「当たり前だろぉ?」

 そう言うイクラに、錨が挑発的な笑みを向ける。

「ここは俺が創った空間。“神”である俺の行いは、すべてが許されるんだよぉ!」

 再び右手を振り上げる錨に、傷だらけで、満足に動けない状態のイクラが、険しい表情となる。

「“いばら”!」

 イクラの周囲へと張り巡らされる、雨のような、無数の水の刃。

「“けろ”!」

 その刃が、一斉にイクラへと降り注いだ。




 言ノ葉町、中央部。礼獣付近。

「先程から、大地を揺るがすほどの、水の震動が続いていますね」

「うぅ~ん、結構激しくぶつかり合ってるみたいだねぇ~イクラくんたちぃ」

 遠く離れていても、かすかに伝わってくる震動を感じ取り、南西の方向を見つめながら、雅と為介が落ち着いた様子で言葉を交わす。

「大丈夫でしょうか?彼」

「さぁ?堕神となんて戦ったことないから、ボクには何ともねぇ」

 少し不安げに問いかける雅であったが、為介はてんで他人事といった様子で、特に気に掛けている素振りはなかった。

「っていうかぁ、イクラくんのこと、心配してる場合じゃないっぽいよぉ」

「え…?」

「グアアアア!」

「な…!?」

 雅が為介の言葉に首を傾げていたその時、金八が作った水の箱の中に封じ込まれていた礼獣が、激しい咆哮をあげ、両翼を抑え込んでいた仁王の水像を、強く押し返し始める。

「阿…!」

「吽…!」

「仁王…!」

「あの獣…あれだけ攻撃を受けたのに、まだ…」

 苦しげに声をあげる仁王を、心配するように身を乗り出すニギリ。ニギリの後方で礼獣を見つめ、シャコが険しい表情を見せる。

「グワアアア!アアアア!」

 翼で仁王を押し返しながら、礼獣が前足を何度も叩きつけ、周囲に張り巡らされた水の壁を攻撃する。その度に多くの水滴が飛び散り、水の箱が徐々に崩れ始めていた。

「マズイぜ!このままじゃ、水の檻がぶっ壊される!」

 恵や為介の方を振り返りながら、焦った様子で叫ぶ守。

「おい、為す…」

「“こおれ”!」

「え?」

 恵が為介へと呼びかけようとしたその時、一つの言葉が落ちてきた。落とされた言葉により、礼獣を囲み込んでいる水の箱が一瞬にして凍りつく。凍った壁は強度を増し、前足を叩きつけている礼獣が、その固さに顔をしかめた。

「恵先生!」

「小泉っ」

 言葉と共に、恵のすぐ横へと現れたのは、紺平であった。現れた紺平を、恵は戸惑うように見つめる。

「お前が、どうしてここに…」

「“友を助けて来い”と」

 問いかける恵へと、紺平が晴れやかな笑みを向ける。

「神の命で来ました」

 誇らしげに言う紺平に、恵は最初、少し驚いたような表情を見せたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべ、大きく頷いた。

「そうか。なら、行って来い」

「はい!」

 恵の言葉に頷き、紺平が礼獣の方へと駆けていく。

「援護します!もう一度、抑え込んで下さい!」

「ああ。お前ら!」

 紺平の言葉に頷いた金八が、他の三人の仲間たちへと声を掛ける。

「おっけぇ!やるやるやるわよぉ、チラシくん!」

「うん、ニギリちゃん!」

「うるさい、鬱陶しい、ウルグアイ…」

 ノリノリで向かっていくチラシとニギリに少し遅れるようにして、面倒臭そうに呟きながら、シャコが礼獣の方へと歩き出していく。

「おっしゃあ!今度は俺も協力するぜぇ!」

「ワタシモ、セメテ歌ノ応援ヲ…!」

 意気込んだ守とライアンも、以団の三人と紺平に続くようにして、礼獣のもとへと駆けていく。

「雅クン、君も援護を」

「はい」

「お、俺も行く!」

 為介の命により駆けていく雅と、それを追いかけるように、馬に乗って駆け出していく六騎。礼獣から少し距離を取っているその場所には為介と恵、そして金八だけが残っている。

「さてとぉ、俺も」

 皆のもとへと行こうとした金八が、踏み出そうとしたその足を止め、ふと南西の方を振り返る。激しくぶつかり合っていた水音が、今は止んでいる。

「……っ」

 その方向を見つめたまま、そっと眉をひそめる金八。

「行きたきゃ行って来ていいぞ」

「へぇ?」

 横から声を掛けられ、金八が間の抜けた声を漏らしながら、振り向く。

「イクラが気になるんだろ?第一、神に附いているのが、お前たち神附きの責務だしな」

 金八へと声を掛けたのは、恵であった。恵が金八の心情を察するように、言葉を放つ。

「ここには、これだけの人数がいる。一人くらい抜けても、問題は…」

「ダメダメ!んなことしたら、俺が神にブン殴られて、ボロ泣きしちゃうよぉ~」

 すぐさま首を横に振る金八に、恵が少し眉をひそめる。

「だが、あいつだけで勝つことは、厳し…」

「あんた、さっき言ったよなぁ?相手には、勝つ自信があるんだろうって」

「え?」

 恵の言葉を遮って問いかける金八に、恵が少し戸惑うように目を丸める。

「あ、ああ」

「けど、自信なら、俺にだってあるんだ」

「何?」

 金八の言葉に、恵が首を傾げる。

「相手が堕ちた神だろうが、どんなに強かろうが、うちの神のんが絶対に強いって自信がなぁ」

 得意げに言い放った金八は、まったく疑うことのない、自信に満ちた笑みを浮かべた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ