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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.55 驕レル神 〈1〉

 言ノ葉町、北はずれ。

「先程は凄い光でしたね。櫻様」

「ええ」

 メイドらしき女性に声を掛けられ、小さく頷きを落としたのは、車椅子に腰掛けた、まだ若く美しい女性。先代“左守さもり”、相良さがら櫻であった。櫻は屋敷のすぐ向こうに見える、天まで突き上げた緑色の光の柱を見つめ、そっと眉をひそめる。

「いよいよ始まったのね…」

 戦いの幕開けを察知し、櫻がどこか不安げに、表情を曇らせる。

「それにしても、囁さんが“遮れ”の言葉を掛けておいてくれて、助かったわ…」

 庭から、ゆっくりと上空を見上げる櫻。櫻と空の間には、薄らと赤い膜のようなものが張られており、その膜は、櫻たちの居る屋敷全体を包み込んでいた。

「あの言葉がなければ、今頃、私たちは全員、言葉を失くしていたでしょうから…」

「考えるだけで、恐ろしいですわ」

 櫻の言葉に、メイドが少し肩を震わせる。

「櫻様」

 名を呼びかけながら、屋敷の方から櫻の元へとやって来たのは、執事らしき、白髪の老人であった。

「準備が整いました。すぐに、この町からの避難を…」

「私はここに残るわ。皆で避難して」

「え?」

 櫻のその言葉に執事と、横に立っていたメイドがそれぞれ、驚きの表情を見せる。

「さ、櫻様!何を…!」

「櫻様を置いて、我々だけ逃げるなど、そんなこと出来ません!」

 執事とメイドが身を乗り出し、櫻へと必死に訴えかける。

「お願い…」

 そんな二人へ、櫻は落ち着いた声を掛けた。

「せめて、見届けさせて…」

 願う小さな声が、どこか悲しげに響き渡る。


―――アキラぁぁぁぁ!!―――


「あの時は、何も出来なかったから…」

「櫻様…」

 過去を思い、辛そうに、悔むように瞳を細める櫻を見つめ、メイドたちが少し険しい表情となる。

「これが、私たちの神だった人の出した答え…」

 櫻が車椅子の両側の車輪を手で回し、少し前へと出て、ゆっくりと上空を見上げる。

「一緒に見届けましょう…カモメ…」




 言ノ葉町、北端。

「あれね…」

 アヒルたちと別れ、保を北西部へと送り届けた囁が、前方に見える、空へと突き上げた緑色の光の柱を見据え、そっと目を細める。安団の皆で決め、分散した。あの柱の元に居る者を倒すことが、囁に与えられた使命なのだ。

「グアアアアア!」

 遠くから響く、激しい獣の叫び声に、少しだけ後方を振り向く囁。町の中央では、町人すべての言葉を奪った、巨大な金色の獣が、今も咆哮をあげている。

「急いだ方が良さそうね…」

 そう言うと、囁は再び前を向き、光の柱へ向かって、駆け出した。言ノ葉町の北部は、住宅街のない更地が続いている。徐々に民家などの遮るものもなくなり、前方の光が、よりはっきりと見えてきた。

「……っ」

 光のすぐ前に立つ人物を捉え、囁が駆けていた足を止める。

「ようこそでございます」

 突き上げる緑色の光の前に立ち、囁を出迎えたのは、茶色い巻き髪をまとめあげた、青い瞳の、日本人離れした顔立ちの女性。女性を見つめ、囁がそっと眉をひそめる。

「あなたは…?」

「堕ちし“の神”。堕神、榎本エカテリーナでございます」

 女性が、独特の言葉遣いで名を名乗り、囁へ向けて、軽く会釈をする。

「堕神、ね…」

 予想のついていたことだが、囁にとっては初めて向きあう堕神であるエカテリーナに対し、囁はすぐに構えを取り、制服の胸ポケットから真っ赤な言玉を取り出した。

「どうやら、あなたは…私の倒さなきゃならない相手のようね…」

 言玉を握り締める手に力を込める囁を見つめ、エカテリーナが少し困ったように肩を落とす。

「神を相手に迷わず武器を取るとは、とんだ冒涜でございます」

「フフフ…そうね。私元々、冒涜者だし…」

 呆れたように言い放つエカテリーナに、囁が不気味な笑みを見せる。

「それに」

 言葉を付け加えた囁が、挑戦的な瞳を作る。

「私の信じる神はただ一人…他の神を崇める義理はないわ…」

「そうでございますか。ならば」

 はっきりと言い切った囁に、もう一度軽く肩を落とすと、気持ちを切り替えるように、大きく首を振り上げた。

「私が裁いて差し上げるでございます」

 そう言ってエカテリーナが、頭のてっぺんに結いあげてある、自らの髪で作られた団子の中に右手を入れると、そこから緑色の言玉を取り出した。戦いの意志を見せるエカテリーナに、囁がさらに鋭い表情となる。

「五十音、第十一音…」

 囁の右手の中で、強い光を放ち始める言玉。

「“さ”、解放…」



 言ノ葉町、北西。金色の光柱、付近。

「やれやれ…」

 ひどく呆れ果てたような表情で、深々と肩を落とすのは、町の中央で暴れる、あの金獣を生み出した、堕ちしの神。堕神の一人、浮世うきようつつであった。現が居るのは、町でも一番大きな、町民グランドの中央。グランドの砂地の上に、どこからか持ってきた豪華な椅子を置き、深々と腰を掛けている。言葉を奪われた影響からか、グランドに町人の姿はまったくない。

「三日で礼獣を創れと言うた上に、休む間もなく、このような場所へ連れてきて、何をさせる気かと思えば…」

 椅子の肘掛けについた手のひらの、その上に乗せた顔をゆっくりと動かし、現が前方へと視線を送る。

「こんな小僧の相手をさせようとはのぉ」

「へっ?」

 現に視線を送られ、その瞳を丸くして、間の抜けた声を漏らしたのは、保であった。

「はぁ!こんな若造の俺が、おじいさんの視界なんかに入っちゃってすみませぇ~ん!」

「おまけに耳障りじゃ…」

 謝り散らす保から視線を逸らし、人差し指で軽く耳を塞いだ現が、不快極まりない表情を見せる。

「まったく、阿修羅は、わしを軽んじておる。そうは思わんか?のぉ、お前たち…」

『ぐううぅ』

 問いかけた現が振り向いた先、現の座る椅子の両側には、低い唸り声を漏らす、よく似た金色の獣が二頭、グランドの砂地の上に寝転んでいた。その獣たちは、大きさほど、少し小さめのライオンくらいであるが、町の中心で巨大化している金獣と、姿がよく似ている。

「あの小僧、お前たちの餌にしてやろうかのぉ。わしが相手してやるまでもないことだしなぁ」

「うぇ?」

 いやらしい笑みを浮かべる現に、保が寒気を感じるように、思わず表情を引きつる。現の言葉に、寝転がっていた獣たちは重い腰をあげ、保へと鋭い視線を送り始める。

「こんな俺ぇ、あんまり美味しくないと思いますけどぉ」

『ぐうううぅ…!』

「ひぃ!」

 大きく唸り声をあげる獣に、保が震え上がる。

「存分に味わえ、お前たち」

「うぅ」

 楽しげに微笑む現に対し、保は怯んだ様子で、足を一歩、後ろへと退く。

「……っ」

 だが、足を引いた途端、保が目を開き、その動きを止める。初めは驚いた様子だったが、保はすぐにその表情を、穏やかな笑みへと変えた。

「大丈夫だよ」

 保が誰へともなく、小さく声を掛ける。

「アヒルさんも、皆も戦ってる。これは安団の戦いだから、だから俺も戦うよ、灰示」

 自分の中にいる、もう一人の自分へと言葉を投げかけると、その言葉に保自身も力をもらったかのように、保はその微笑みを、力強いものへと変えた。

「五十音、第十六音」

 保がズボンのポケットから、真っ赤な言玉を取り出し、鋭い表情を作る。

「“た”、解放!」



 言ノ葉町、南端。白い光柱、付近。

「この辺りか」

 アヒルと別れた篭也は、空へと突き上げる光を頼りに、町の南端まで来ていた。言ノ葉町は海に面した町。南は海側となっており、篭也がやって来たのは、一面の砂浜であった。日の出ていない海は薄暗く、打ちつける風は肌寒い。

「あそこか」

 篭也が砂浜へと足跡をつけながら、海の方へと進み、周囲を確認する。白い光が突き上げているのは、丁度、海の上からであった。海の真ん中に立っていられるはずもないので、当たり前だが、白い光の付近に人影はない。

「どこに…」

「何、探してるの?」

「……っ」

 海を見渡していた篭也が、後方から静かに響いて来る声に、動きを止める。身構えながら、篭也は素早く、声のした方を振り返った。

「あれ?」

 篭也の振り向いた先、防波堤に作られた階段の一段に座り、篭也へと問いかけを向けたのは、整った顔立ちをした、まだ若い青年であった。青年は気だるそうな空気を纏いながら、海から突き上げる白い光を、指差している。

「それとも、俺…?」

 ゆっくりとその指先を自分へと向ける青年に、篭也が眉をひそめた。

「あなたが堕神であるというのなら、僕が探しているのは、あなただ」

「そう…」

 はっきりと言い放つ篭也に対し、青年はやる気なく、短い頷きを落とす。

「まぁ、君が何を探してるかなんて、俺にはどうでもいいんだけどね…」

「生憎、こちらはどうでも良くない」

 ゆっくりとした、聞いているこちらが疲れそうな口調で話す青年に、篭也は捲くし立てるように、すぐさま言葉を放つ。

「名を名乗ってもらおうか」

「……はぁ」

 強要するように言う篭也に、青年は深々と、憂鬱そうな溜息を落とした。

「先生に習わなかった?名前を名乗る時は、まず自分からって…」

 青年の言葉に顔をしかめる篭也であったが、青年の言葉が正論であるため、言い返すことが出来なかった。

「五十音士“加守かもり”、神月篭也」

「加守…?」

 篭也の名を聞いた途端、青年がやる気のなかったその瞳を鋭くする。

「ふぅーん…」

 興味のなさそうな声を漏らしながらも、ずっと座り込んでいた青年が階段から立ち上がり、ゆっくりと篭也へと歩を進める。

「じゃあ君が、現“於の神”於崎檻也の兄、於崎篭也か…」

 青年のその言葉に、篭也が驚いた様子で顔をしかめる。篭也はすでに姓を変え、於崎の家からもその名を消している。篭也が於崎家の者であったことを知るのは、極一部の五十音士のみであった。

「何故…」

 篭也が戸惑いの視線を向けると、青年はどこか不敵に微笑む。

「約束だ。今度は俺の名を名乗ろうか」

 微笑んだ青年は、篭也の問いに答えることなく、自分のペースで会話を進めた。

「俺の名は、於崎沖也」

「え…?」

 青年の口から放たれたその名に、篭也は思わず目を見開く。

「於、崎…?」

 聞き慣れたその名字を繰り返し、徐々にその表情を険しくしていく篭也。

「じゃあ、あなたは…」

「そう…」

 篭也の声に、青年が、沖也が憂鬱そうな頷きを落とす。

「俺は、堕ちし“於の神”。於崎沖也」

 代々の於の神を受け継いできたのが、篭也や檻也の生まれた於崎家である。於崎の姓を名乗った時点で、沖也が何の神を堕ちたのか、篭也には十分、予想がついていた。

「元、於の神…」

 篭也が鋭い瞳を見せ、目の前に立つ沖也を、まっすぐに見つめる。

「聞いたことがある」

 深く眉をひそめ、言葉を続ける篭也。

「旧世代の神々が退き、於崎家が五神の一角を担うこととなった、その一番初めの神…」

 篭也の言葉が、そっと曇る。

「於崎家から出た、最初にして、最低の神。それが、あなたか」

「最低、か…ひどい言われようだね」

 篭也から視線を逸らし、海の方を見つめた沖也が、呆れたように肩を落とす。

「まぁ、どうでもいいけど…」

 投げやりに言葉を落とす沖也に、篭也がまたしても眉をひそめる。

「阿修羅に因縁つけられたくなくて、一応、ここまでは来たんだけどね…本当はこんな戦い、俺にとっては、どうでもいいんだ…」

 沖也が言葉の通り、まるで興味がなさそうに話す。

「誰の言葉が死のうと、誰のエゴが通ろうと…俺には全然、関係のないこと…」

 脱力した瞳で、沖也が茫然と海を眺める。

「戦いが終わるまで、適当に昼寝でもしてようかと思ったんだけど…」

「気でも変わったのか?」

「うん、そうだね…」

 問いかける篭也に、そっと微笑んで頷く沖也。

「君となら、戦ってあげてもいいよ」

 海を見ていた沖也が、篭也へと視線を移す。

「同じ、於崎家に生まれた者同士。同じ、於崎家を捨てた者同士の…馴染みでね…」

 楽しげに微笑む沖也のその言葉に、篭也が眉をひそめる。

「あなたが於崎を捨てたんじゃない。於崎があなたを捨てたんだ」

 はっきりと言い放つ篭也に、沖也が少し眉尻を吊り上げる。

「それは、君にも言えることじゃないの…?」

「ああ、その通りだ」

「じゃあ、その馴染み…」

 静かに声を落とした沖也が、流れるような手の動作で、ズボンのポケットへと手を入れ、そこから、真っ白な言玉を取り出した。その動きを見て、篭也も素早く、自分の言玉を構える。

「遊んであげるよ…」

「五十音、第六音…」

 冷たく微笑む沖也を前に、怯むことなく、篭也が強く言玉を握り締める。

「“か”、解放…!」

 篭也の言玉が強い赤色の光を放つと、言玉は一本の格子へと姿を変え、篭也の右手に納まった。その格子を素早く構え、篭也が鋭い瞳を見せる。

「神があの男と戦っている…」

 阿修羅の元へと向かったアヒルを思い、篭也がそっと目を細める。

「あまり時間はない。とっとと倒させてもらうぞ」

「はぁ…」

 強気に言い放つ篭也を前に、沖也は深々と溜息を落とす。

「どうでもいい…」

 憂鬱な声が落ちると共に、沖也の手の中の言玉が、強く輝いた。



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