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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.53 いガいナ救援 〈2〉

「現“の神”…伊賀栗、イクラ…」

 突如、言ノ葉高校を襲った堕神の一人、堕ちし“以の神”、一条錨と戦闘を繰り広げた雅は、スズメやツバメを守るため、自らの命を懸けて、錨を倒そうとした。だが、それは為介により阻止される。今度は為介へと攻撃しようとした錨の前に立ちはだかったのは、現“以の神”であるイクラであった。

「何故、彼がここに…」

 戸惑いの表情で、上空に浮かぶイクラを見上げる雅の横で、為介が薄く笑みを浮かべる。

「伊賀栗、イクラ…」

 雅と同じようにイクラを見上げ、錨が表情を曇らせる。錨が見つめる中、イクラがゆっくりと下降し、足音なく、地面へと降り立った。

「誰が、変な名前だ。そんなこと、あんたに言われなくても、ウチの神は十分に理解している」

「誰も、んなこと言ってねぇよぉ!?シャコぉ!神に代わって、俺が泣いちゃうよぉ!?」

「僕の名前はチラシ!」

「私の名前はニギリ!」

 イクラが降り立つとすぐに、イクラの左右から四人の人影が現れる。

『こんな二人は、ただの他人!』

「ウザい、うるさい、漆塗り…」

「そんなひでぇこと言うと、二人に代わって、俺が泣いちゃうよ!?ってか、漆塗りって何でぇ!?シャコぉ!」

「…………」

 明るくポーズを取る、お揃いのスーツを纏った、他人らしき少年と少女に、か細い声で酷い言葉を口にしている不思議な空気の女、そして、やたらと泣いちゃうと叫んでいるニット帽の男。そんな四人の姿を見つめ、イクラがかすかに表情をしかめる。

「あれは、以団いだん

「アハハ、相変わらずだねぇ。彼等っ」

 イクラに続いて現れた四人を見て、さらに驚いた表情を見せる雅。騒々しい四人の様子に、為介は何やら楽しそうに笑っている。

金八きんぱち、シャコ、チラシ、ニギリ…」

『はい、神』

 不快そうに眉をひそめたイクラに名を呼ばれ、四人が素早く振り向く。

「周りに転がってる奴等を何とかしろ。邪魔だ」

「治療とか避難とかしろしろしろってことねぇ~!」

「任せて、神!行こう、ニギリちゃん!」

「もちもち勿論よぉ!チラシくん!」

 イクラの言葉にポーズを決めながら頷いたチラシとニギリが、グランドの至るところに倒れている、錨の攻撃を喰らった生徒たちへと駆け寄っていく。

「仕方ない、しんどい、信号待ち…」

「信号待ちって何だぁ!?シャコぉ!」

 意味不明な言葉を残しながら、チラシやニギリと同じように、倒れている者たちのもとへと歩み寄っていくシャコの背中へと、金八が勢いよく問いかける。三人が散り、イクラの傍に金八だけが残った。

「お前も行け、金八」

「一人で戦うのかぁ?」

 もう一度、指示を送るイクラに、金八が大きく首を傾げる。

「何なら俺、手伝うけどぉ?」

「誰に向かって、言っている?殴られたいか?」

「まっさかぁ~殴られたりしたら、俺、泣いちゃうよぉ」

 冷たく言い放つイクラに、泣き言を言いながらも満足げな笑顔を浮かべ、金八も皆と同じように倒れている者たちの方へと向かっていく。

「随分な自信だなぁ。さっすがは俺と同じ“以の神”ってとこか?」

 正面に立つ錨に声を掛けられ、金八たちの方を見ていたイクラが、ゆっくりと振り向く。

「神試験で、新米の安の神に負けちまったわりに、神としての自信は失ってねぇみてぇだなぁ」

 あからさまに挑発的な錨のその言葉に、イクラが鋭い眉を吊り上げる。

「俺は神試験に敗れただけだ。奴自身に負けた覚えはない」

 表情をしかめたまま、堂々と言い放つイクラ。

「あんなこと言ってますよ、あの人」

「アハハぁ~、イクラクンてば負けず嫌いだからねぇ」

 そんなイクラの姿を見つめ、雅がどこか呆れたような表情を、為介が楽しげな笑みを、それぞれ見せる。

「そっちは…?」

「ああ、こっちはボクが治しとくよぉ~」

 為介と雅のもとへと歩み寄り、シャコが無表情のまま声を掛けると、為介が軽く手を振り上げる。

「後の人たち、お願いぃ~」

「わかった」

 笑顔の為介を見て頷くと、シャコが二人の横を通り過ぎていく。

「さぁてとぉ、じゃあ傷の治療しちゃおうかぁ」

「あ、はい。すみません」

 扇子を振り上げる為介に、雅が少し申し訳なさそうに頭を下げる。

「あっ」

 為介へと右手を差し出そうとした時、雅が何か思い出したように目を開き、素早く後方を振り返った。後ろに立つ校舎の三階を見上げるが、先程まで三階の窓から、グランドを見つめていたはずのスズメとツバメの姿がない。校舎全体を見回しても、二人の姿は見当たらなかった。

「……っ」

 見えない二人の姿に、雅が不安げに目を細める。

「彼等には、彼等の事情があるんだよぉ」

 そんな雅に気付いてか、為介が横から諭すように声を掛ける。

「君にさえ、話すわけにはいかない事情が」

「わかって、います」

 為介の言葉に頷きながらも、雅はどこか落ち込むように、そっと俯いた。

「少し、寂しいだけです」

 雅の感情が偽りなくこもった素直な言葉を聞き、為介が少し困ったように肩を落とす。

「さぁ、やっぱ治療の前に、ちょっとここを離れようかぁ。雅クン」

「え…?」

 そう言って立ち上がる為介を、雅が戸惑うように見上げる。

「周りを気遣いながら戦えるほど、器用じゃないんだよぉ、彼」

 首を傾げる雅に、為介は悪戯っぽい笑みを浮かべた。




 その頃、校舎を飛び出し、グランドに駆けつけようとしていたはずのスズメとツバメは、それを止めた熊子、塗壁と共に、学校の裏門までやって来ていた。グランドであれほどの騒ぎがあれば、逃げ惑う人々で混乱していそうなものだが、裏門はまるで生徒の姿もなく、静まり返っている。

「結界が張られていますね。この学校と外とを、完全に遮断しています」

 熊子が裏門の間へと手を差し出し、空中で止める。確かに熊子の白い手の向こうに、薄く、青い光の膜のようなものが見えた。

「校舎内も静か過ぎる。生徒たちは皆、眠りにでもついているのでしょう」

 さらに校舎の方を振り向き、言葉を続ける熊子。

「以団の仕業か…好戦的と評判の彼等にしては、冷静な判断ですね」

 誉めているのかけなしているのか、よくわからない言葉を発する熊子の横を通り過ぎ、いとも簡単に結界をくぐり抜けて、スズメが裏門から、学校の外へと出る。

「スズメ氏?」

「メロリンコ斉藤の握手会、行って来る」

 首を傾げ、問いかけた熊子へと、振り返ろうとはせずに、そのまま答えるスズメ。

「もう、整理券の配布は終わってしまっているのでは?」

「それでも、わずかな望みをかけて行くのが、ファンってもんだろ」

 鋭い指摘を入れる熊子へ、スズメが諦めることなく答える。

「それに、ここに居ても、別に何にも出来ねぇーし…」

 どこか拗ねるように呟くスズメに、熊子がそっと目を細める。

「スズメ氏。私は何も、意地悪で、あなたやツバメ氏を止めたわけではありません」

 スズメの背中へと、まっすぐな言葉を向ける熊子。

「私はただ、宇附うつきとして、我が神の意向を…」

「わかってる」

 背を向けたままのスズメが、熊子の言葉を勢いよく遮った。

「俺も宇附だ。神の意志が、俺の意志。別に、あんたを責める気はねぇーよ」

 そう言い残すと、スズメは握手会に行くためか、足早にその場を立ち去っていった。裏門に残った熊子が、眼鏡を直しながら、少し困ったように息をつく。

「スズメ…」

「済まねぇなぁ。ツバさん」

「え…?」

 スズメの去っていった方を見つめながら、何やら考えるように目を細めていたツバメが、上の方から降って来る声に、ゆっくりと顔を上げる。顔を上げると、遠くの方に、大男の塗壁の顔が見えた。

「不器用なもんだからぁ、ああいう言い方しか、出来ねぇんだぁ。熊子の奴はぁ」

「塗壁や熊子が、謝るようなことじゃないよ…」

 申し訳なさそうな顔を見せる塗壁に、ツバメはすぐさま、フォローするような言葉をかけた。

「スズメだって僕だって、十分わかってる…」

 ツバメが視線を落とし、自分の右手を見つめる。

「十分わかってて、それでも、この文字を背負うって…そう、決めたんだから」

 見つめる右拳を、ツバメが力強く握り締めた。




「“になえ”!」

「“治癒ちゆ”」

「“えろ”」

 ニギリが言葉を使い、水を操って、グランドに倒れている生徒たちを運び始め、チラシと金八がそれぞれの言葉を使い、ニギリにより運ばれて来た生徒たちの傷を治す。

「まぁ、いいかぁ」

 為介に手を借りながら、グランドの中央から校舎側へと歩いていく雅。グランド内に倒れていた他の生徒たちも、金八やシャコたちにより、離れた場所へと避難させられていく。その光景を見回しながら、錨は一人で納得した様子で、大きく頷く。

「たかだか美守相手にしてるより、俺と同じ以の神相手にした方が、張り合いありそうだしぃ?」

 再びイクラの方を振り向く錨に、イクラがそっと目を細める。

「さっきから、同じ同じと…フザけたことを言う」

「あん?」

 イクラの言葉に、錨が軽く首を傾げる。

「貴様は“神”ではない」

 鋭く射抜くような瞳を、錨へと向けるイクラ。

「“以の神”は、俺だ」

「……っ」

 自信満々に、はっきりと言い放つイクラに、錨の表情がかすかに歪む。

「好き勝手言ってくれるなぁ。たかだか俺の後釜がよぉ!」

 大きく声を張り上げた錨が、言玉を持った右手を突き上げる。

「“いかずち”!」

 明るい空から降り落ちる金色の閃光を、イクラが冷静な表情で見つめる。

「“稲妻いなずま”…」

 イクラがそっと言葉を落とすと、明るい空からもう一本、金色の閃光が降り落ち、先に落ちた錨の雷に追いついて、空中で激しく交錯し、あたりに火花を飛び散らせ、そのまま相殺した。

「チ…!」

 相殺する閃光に、錨が軽く舌を鳴らす。

「これならどうだよ!“け”!」

 錨の突き出した右手から、鋭く尖った、獣の牙のような水の塊が放たれる。

「……“け”」

 静かな表情で向かって来る水の塊を見つめ、錨と同じ言葉を落とすイクラ。するとイクラの言玉から、無数の水の玉が飛び出していき、水塊と水弾が、二人の間で激しくぶつかり合った。数は大きく減ったが、何個かの水弾が錨の水を突き破り、錨自身へと向かっていく。

「“いさめろ”…!」

 錨が言葉を放つと、空から勢いよく降り落ちた水が、向かって来ていた水弾を地面へと叩き落とし、沈静化させる。

「“いさめろ”…」

 その頃、イクラも、向かって来た錨の水の塊を、錨と同じ言葉で沈静化させていた。

「“いどめ”!」

 錨が攻撃の手を止めることなく、すぐさま次の言葉を発し、イクラへと大きな波を向ける。

「“いどめ”」

 イクラが、またしても錨と同じ言葉を放ち、同じような大波を錨へと向ける。二つの大きな波は、ぶつかり合うギリギリのところで擦れ違い、互いへと向かっていく。

『“てつけ”…!』

 二人の声が揃い、互いの言葉が放たれると、それぞれへと向かっていた大波が、ほぼ同時に凍りつく。グランドの中央で、凍りついた二つの大波の間をくぐり抜け、互いのもとへと駆け込んでいくイクラと錨。

「“れ”!」

「“れ”」

 相手が至近距離に迫ったところで、二人が右手を突き出し、言玉から同時に大きな水弾を放つと、二つの水弾は二人が行き交うその間で、激しく相殺した。

「チっ…」

 イクラと行き違いながら、錨が大きく顔をしかめる。

「さっきから、俺と同じ言葉ばっかり、うぜぇなぁ!後釜ぁ!」

 イクラの方へと体の向きを変えながら、錨が怒鳴るように声をあげる。

「俺と同じ言葉…?」

 イクラも同じように、ゆっくりと錨の方を振り返った。

「フザけたことを言う…今までの言葉はすべて、俺の言葉だ」

 鋭い視線を、まっすぐに錨へと向けるイクラ。

「貴様の言葉など、一つもない」

「……っ!」

 挑発的なイクラの言葉に、錨があからさまに表情を歪める。

「すべて、俺の言葉だぁ…?」

 錨がイクラの言葉を繰り返し、鋭く眉を吊り上げる。

「俺の言葉のマネしか出来ないような奴が、生意気な口きいてんじゃねぇよぉ!」

 大きく声を張り上げ、右手を高々と突き上げる錨。

「“いどめ”…!!」

 錨が右手を振り下ろし、イクラへと再び、大波を向ける。先程よりも大きな波が、凍っている二つの波を砕き割って、イクラの方へと突き進む。

「……真似、だと…?」

 猛然と向かって来る大波にも、顔色一つ変えず、そっと錨の言葉を繰り返すイクラ。

「フザけたことを言う…そこまで言うのであれば、見せてやろう。俺だけの…」

 イクラが素早く、言玉を突き出す。

「“神”の言葉を」

 力のこもった言葉とともに、言玉が青々と輝き始める。

「“いかれ”…!」

 イクラが堂々と言葉を放つと、二人の立つ周囲のグランドから、まるでマグマのように猛々しく、水の塊が噴き上がった。その噴き上げた水に、錨の向けていた波が、あっという間に潰されてしまう。

「何…!?う…!」

 砕かれた自身の力に驚く錨であったが、錨の足元からも同じように水が大量に噴き上げ、錨は驚いている間もなく、構えを取る。

「チ…!“いさめろ”!」

 錨が空から水を落とし、地面から噴き上げる水を鎮静化させようとする。だが降り落ちる水に消えることなく、水は一気に錨へと噴き上げた。

「収まらない…!?うああああ!」

 噴き上げた水に突き上げられ、錨が勢いよく吹き飛ばされる。空へと高々と飛ばされた錨は、そのまま力なくグランドへと落ち、その場で倒れ込んだ。

「ふぅ…」

 そんな錨を見つめながら、イクラは余裕の表情で一つ、そっと息をつく。



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