Word.53 いガいナ救援 〈1〉
言ノ葉町から数キロ離れた町の、はずれの山奥。
「“当たれ”!」
木の上から飛び出し、降下してくる勢いに任せて、言葉と共に弾丸を放つアヒル。銃口から、大きな赤い光の塊が飛び出し、物凄い速度で降下していく。
「オォ~!マイゴッドォォ~!」
その弾丸の向かう先に立っているのは、異国の五十音士、ライアン。
「ララララァ~“良”!」
歌うように自分の持つ文字を発し、ライアンが右手に構えた赤銅色の羅針盤を、勢いよく回す。何度も羅針盤の上を回った針が、『良』と書かれた部分で止まる。
「当た“ら”ナァ~イ!」
ライアンが言葉を放った途端、アヒルの弾丸が不自然な動きでその弾道を変え、ライアンを見事に逸れていく。
「ララララァ~“呂”!」
ライアンが再び羅針盤を回すと、今度は針が、『呂』と書かれた部分に止まる。
「当た“ろ”ウカァ、当た“ろ”ウヨォ!」
羅針盤を回したライアンが言葉を放つと、器用にライアンを逸れていったアヒルの弾丸が、再び不自然に弾道を変え、木から飛び降り、地面へと着地したアヒルのもとへと飛び出していく。自分のもとへと戻って来る弾丸に、アヒルは焦りの表情は見せず、素早く銃を構えた。
「“扇げ”!」
アヒルが引き金を引き、銃口から強い風を放って、戻って来た弾丸を遠くの空へと吹き飛ばす。
「オウ、ナイスデェース!ダッグ!」
「……っ」
攻撃を防いだアヒルを、ライアンは誉め称えるが、当のアヒルは、あまり浮かない表情で、そっと目を細めた。
「今のは、俺の“当たれ”だから防げただけだ」
アヒルが銃を見つめながら、厳しい表情を見せる。
「あいつの“当たれ”は、もっと強い…」
阿修羅の姿を、言葉を、力を思い出し、アヒルがさらに険しい表情を作る。
「……トンビ自身の言葉を防げるようになったところで、阿修羅は越えられない」
アヒルとライアンの交戦の様子を、少し離れたところから見つめ、恵が分析するように、冷静に言葉を並べる。
「なぁ」
そんな恵へと声をかける、恵の横に立っている守。守も、一度関わったからには最後まで付き合うということで、アヒルの修行に参加することとなったのである。
「俺も、修行に参加させてくんね?一日見てるだけじゃあ、すっげぇ暇でさぁ」
「それは、トンビの奴も、気付いてるな」
「無視!?」
守の言葉には一切耳を傾けずに、考えを巡らせている恵に、守が思わずショックを受ける。
「そろそろか…」
「なぁなぁ。だから俺にも何かこう、ドパっとした役目をっ…」
「うるさい」
「はい、すんません」
無視されても直、恵へ訴えを続ける守であったが、恵に冷たい視線を向けられると、すぐさま頭を下げ、大人しく黙り込んだ。
「恵先生!」
「あ?」
後方から名を呼ばれ、恵が少し眉をひそめながら振り返る。
「奈々瀬弟」
急な山道を平地と同じような速度で駆けあがってくる、一頭の金色の馬。その馬の上に跨り、恵へと大きく手を振っているのは、七架の弟、六騎であった。その馬は、武守となった六騎の、言玉が変形した姿である。
「馬…」
五十音士の力であることは察しているだろうが、初めて見る、その金馬の姿に、守が少し圧倒された様子で呟く。
「どうした?」
「悪い奴の一人が、急に姉ちゃんたちの学校を襲って来て、あの眼鏡の兄ちゃんが戦ってるって!」
「何?」
六騎の言葉に、恵がすぐさま表情を曇らせる。
「阿修羅の仲間が、言ノ葉高を?」
「うん!扇子が、先生んとこ行って、伝えてくれって!」
「そうか…」
手で顎を掴んだ恵が、何やら考えるように首を捻る。
「お、おい!やべぇじゃねぇか!」
恵の横で、焦った表情を見せる守。
「すぐに朝比奈にも伝えて、とっとと加勢しに…!」
「待て、アホ木」
「安二木だ!俺は!」
まだライアンと交戦中であるアヒルのもとへと、駆け寄って行こうとした守を、恵がすかさず止める。思いきり名前を間違える恵に、守は勢いよく怒鳴りあげた。
「為介は別に、助けに来てほしいからって、こいつをここへ寄越したわけじゃない」
「え?」
その恵の言葉に、目を丸くしたのは六騎であった。
「これは、修行を早めろっつー、あいつの要求だよ」
はっきりと言い放ち、恵が鋭い表情を見せる。
「け、けど、実際に敵が来て、学校で暴れてんだろ!?お前等の仲間が戦ってんなら、助けに行かなきゃヤバくねぇか!?」
「アホ木」
「いや、だから安二木だっての!」
再び名を間違える恵に、勢いよく突っ込みを入れる守。
「お前が向こうで戦ってる奴の立場だったとして、仲間が修行放り出して助けに来たら、お前、それを喜ぶか?」
「へ?」
急な恵の問いかけに、守が少し戸惑った表情を見せる。だが戸惑いを見せたのは一瞬で、守はすぐさま、真剣な表情を作った。
「喜ぶわけがねぇ」
「いい答えだ」
迷うことなく答える守に、恵が満足げに笑う。
「準備しろ、アホ木。これから、お前も参加させる」
守へと言い放ちながら、恵が歩を進め、戦っているアヒルとライアンのもとへと近付いていく。
「ライアン」
「ハァ~イ!」
二人のもとへと歩み寄った恵が、ライアンへと呼びかけると、ライアンがすぐに恵の方を振り向く。恵が呼んだことに気付き、ライアンへと攻撃を仕掛けようとしていたアヒルも、その手を止め、構えていた銃を下ろした。
「何デスカァ?ティーチャー!」
「悠長にやってる暇がなくなった。あれを出せ」
「あれ?」
恵の言葉に、不思議そうに首を傾げるアヒル。
「アレヲ、モウデスカァ~?」
「ああ」
聞き返すライアンに、恵がもう一度、はっきりと頷きかける。
「ワッカリマシタァ」
そっとその瞳を細め、恵の指示に頷いたライアンが、今の構えていた態勢を崩し、少し脱力したような姿勢となる。そして両手で羅針盤を持ち、ゆっくりと自分の前へと差し出した。
「何だ?何始めようって、い…」
「ヘェイ、ダッグ」
戸惑うアヒルの声を遮り、ライアンがアヒルへと呼びかける。
「んだよ?」
「ダッグハ、ゴ存ジデスカァ?“変格”ヲ与エラレテイル、四ツノ行ニツイテェ」
「変格?」
急なライアンの問いかけに、アヒルが目を丸くする。
「篭也たちが使ってるやつだろ?えぇ~と、囁と奈々瀬も使えっから、カ行とサ行とナ行と…」
「ラ行…」
「へ?」
アヒルの言葉に続くようにして答えるライアンに、アヒルがそっと眉をひそめる。
「ラ行ってことは…」
「ソウデス、ダッグ。ワタシモ使エルノデスヨォ」
察した様子で、眉間に皺を寄せるアヒルを見つめ、ライアンが鋭い笑みを浮かべる。
「“変格”、ガネェ」
強調するように言ったライアンが、体の前に差し出していた羅針盤を、勢いよく掲げる。
「“変格”!」
「ク…!」
ライアンがそう言葉を放った途端、掲げられた羅針盤から、辺り一帯を覆い尽くすほどの強い赤光が発せられ、目の前に立っていたアヒルが、思わず目を細める。
「ライアンが、変格を…!?」
「ララララァ~」
アヒルが驚きの表情を見せる中、ライアンが歌うように声を響かせる。
「ララ“ラージ・羅針盤”!」
「んな…!?」
光が止むと、ライアンの後方に、巨大な羅針盤が浮かび上がっていた。先程までライアンが持っていた羅針盤と比べると、十倍以上の大きさがある。視界を覆い尽くす、その巨大羅針盤を見つめ、アヒルが表情に衝撃を走らせる。
「で、でっけぇ…ってか」
圧倒されながらも、少し引っかかるように、眉をひそめるアヒル。
「ラージって…英語じゃね?」
「くだらねぇこと、気にしてんな」
「先生」
呆然と呟いていたアヒルのもとへ、恵が歩み寄って来る。
「いや、くだらねぇってか、結構、根源的な感じの気が…」
「変格した、あいつの羅針盤は、相手の攻撃を、その十倍の力で弾き返す」
「十倍?」
恵の言葉に、すぐさま真剣な表情となるアヒル。
「十倍って、すっげぇなぁ!なんて変格だよ」
驚きの表情を見せながら、守が、恵の後方でまじまじと、ライアンの巨大羅針盤を見上げている。
「じゃあ、俺が銃撃ったら、その十倍の威力の弾丸が弾き返ってくるってことか」
「ああ」
珍しくスムーズに内容を理解するアヒルに、恵が大きく頷きかける。
「だが、十倍となって弾き返ってくる弾丸でも、阿修羅の力には及ばないと、私は考えている」
「……!」
「マジかよ!?」
恵の言葉に、それぞれ衝撃を走らせるアヒルと守。
「おっ前、何つーもんと戦おうとしてんだぁ?朝比奈」
「…………」
どこか非難するように言う守を無視し、少し考え込むように、アヒルが顔を俯ける。恵の考えが間違っていると思うことは一切なく、アヒル自身、及ばないという考えが浮かんでいた。
「及ばねぇーなら、及ぶようにすりゃいいだけの話だ」
アヒルが強く瞳を輝かせ、銃を握る手に力を込める。
「よし!早速やるぞぉ、ライアン!」
「ドッカラデモ、カカッテ来イヤァデス!ダッグ!」
気合いを入れて、ライアンの方へと歩いていくアヒル。ライアンもアヒルに応えるように声を出し、両手を広げて、構えを取る。
「はぁ~、あんな話聞かされて、よく、修行しようって気になるよなぁ」
ライアンの方へと歩いていくアヒルの背を見ながら、守が感心するような、呆れるような声を漏らす。
「物好きっつーか、何つーか」
「別に、同じだろ」
「へ?」
横から入ってくる恵の声に、守が目を丸くする。
「何度も負けてんのに、また負けるに決まってんのに、毎朝毎朝、懲りもせずに、同じ奴に勝負を挑む馬鹿と」
「……っ」
恵のその言葉に、ハッとした表情を見せる守。
「そっか」
大きく頷いた守が、口元を緩め、笑みを零す。
「俺の辞書に“逃げ”がねぇのと同じで、あいつの辞書にも“諦め”はねぇんだったな」
「そもそも、あいつの中に辞書があるのかが、疑問だがな」
「ハハハ、そりゃ言えてるわ!」
恵の言葉に、守がさらに大きな笑い声をあげる。
「さぁーて、で?俺は何をすりゃいいんだ?」
「お前もライアンと一緒に、トンビと戦え」
問いかける守に、恵が冷静な声で答える。
「トンビが、あらゆる攻撃に、素早く対応出来るようにするんだ」
「了解!」
恵の指示に頷いた守が、制服の胸ポケットから真っ赤な言玉を取り出し、意気揚々とアヒルの方へと歩み寄っていく。
「よっしゃあ!覚悟しろ、朝比奈ぁ!今日こそ、コテンパンのパンナコッタにしてやるぅ!」
「臨むところだ!」
守の大きな声に、アヒルも負けないほどの大声で応える。
「諦めんなよ、トンビ」
守、ライアンの二人と交戦を始めるアヒルを見つめ、恵がその瞳を鋭くする。
「“堕ちた神”に勝てんのは、“今の神”しかいないんだからな」




