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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
205/347

Word.52 堕神、強襲 〈2〉

 翌日。言ノ葉高校、三年A組。

「おぉーい、ツバメぇ」

 大きな声でツバメの名を呼びながら、教室の窓から中を覗き込むように顔を出したのは、ツバメと同じ顔を持ったスズメであった。廊下側の、窓のすぐ横の席で、帰る支度を整えていた雅が、顔を出したスズメに気付き、顔を上げる。

「スズメ君」

「おう、雅。ツバメは?」

「ツバメ君なら、もう部室に行きましたよ」

「もうかよぉ」

 雅の言葉を聞いたスズメが、残念そうに、がっくりと肩を落とす。

「どんだけ力入れてんだよ、たかがオカルト同好会に」

「仮にも部長の目の前なんですから、もう少し、気を遣っていただけます?」

 失礼極まりない言葉を放つスズメに、雅が少し眉間に皺を寄せ、眼鏡を押し上げながら、注意するように言う。

「ツバメ君に何か用ですか?」

「いや、今から“恋盲腸”の作者のメロリンコ斉藤の握手会行ってくっからさぁ、今日遅くなるって親父に伝えてもらおうかと思って」

「僕からツバメ君に伝えておきましょうか?」

「マジ?」

 雅の申し出に、スズメが途端に目を輝かせる。

「サンキュ!助かるよ」

「まぁ、いいですよ。そのくらいは」

 笑顔を見せるスズメに答えながら、荷物を鞄に入れ終えた雅が、その鞄を肩に掛け、教室の前扉から廊下へと出る。雅を追うようにして、スズメも扉の方へとやって来た。

「よっしゃあ!これで何の気兼ねもなく、握手会に行けるぜ!」

「珍しいですね。スズメ君、お父さんの顔色うかがうほど、神経の通った人じゃないのに」

「さらっと失礼なこと言うな。お前も」

 廊下をゆっくりとした足取りで進みながら、会話を交わす雅とスズメ。雅の容赦ない一言に、スズメが思わず顔をしかめる。

「仕っ方ねぇんだよ。最近親父、アヒルが家空け過ぎてて、ウザいくらいナーバスっつーか、何つーかでさぁ」

「ああ。そういえば朝比奈君、修行に出てるんでしたね」

 雅のその言葉に、スズメがかすかに表情を曇らせる。その微妙な変化を、雅は見逃さなかった。

「まだ、兄弟喧嘩は続行中ですか?早く、謝ってしまえばいいのに」

「うっせぇなぁ。居ねぇ相手に、どうやって謝れってんだよ」

 少し呆れたように言う雅に、スズメが頭を掻き、顔をしかめる。

「だいたい俺、悪くねぇし」

「悪いのは間違いなく、スズメ君とツバメ君だと思いますけどね。僕は」

 雅がはっきりと言うと、スズメはさらに険しい顔つきとなる。

「ったく、恵ちゃんといい、どいつもこいつもアヒルの味方しやがってよぉ」

「彼には、味方してしまいたくなるような、何かがありますからね」

 まるで拗ねるように口を尖らせるスズメに対し、雅は穏やかな笑みを浮かべる。

「神がゆえか、彼が持って生まれたものか…」

「へぇへぇ、どうせ俺は何も持ってませんよぉ」

「持ってるじゃないですか」

「へ?」

 すぐさま言葉を返す雅に、スズメが少し目を丸くする。

「“家族”」

「……っ」

 雅が大きく微笑んで言い放つと、スズメは驚くように、目を見開いた。

「父も母も早くに亡くなって、家族というものの記憶自体、僕にはあまりありませんけど、朝比奈君を見ていると、弟が居るのはこんな感じかなって、たまに思います」

「雅…」

 穏やかな表情で語る雅を見つめ、そっと目を細めるスズメ。

「正直、羨ましいです。いつも本当に楽しそうで、君たち兄弟が…」

 雅の言葉を聞きながら、スズメが俯く。

「だから、変な意地張ってないで、早く…」

『きゃああああ!』

『……!』

 雅がスズメへと掛けようとした言葉を遮って、その場へと勢いよく響いてきたのは、女生徒のものであろう、悲鳴であった。その叫び声は強烈で、起こった事態が尋常ではないことを感じさせる。

「な、何だ!?」

 スズメが近くの窓から身を乗り出し、悲鳴の聞こえて来た、校舎外を見る。

「イヒヒ!出て来い!出て来いよぉ!安の神ぃぃ!」

「あれは…!」

 身を乗り出したスズメが、グランドの中央に立ち、高らかと声を張り上げている金髪の男、錨の姿を見つけ、大きく目を見開く。錨の周囲には、傷ついた言ノ葉高校の生徒たちが、多く倒れ込んでいた。

「五十音士っ…」

 錨の右手に、青く輝く宝玉を見つけ、雅が険しい表情を見せる。

「阿修羅の仲間か…」

「とにかく、早く行かないと…!」

「あ、あ…!」


―――力を、使われましたね…?―――


「……っ」

 焦る雅の声に頷き、下へと降りる階段の方へと駆けて行く雅の後を追おうとしたスズメであったが、思い出される熊子の言葉に、思わず足を止める。

「スズメ君?」

 追って来る足音がないことに気付き、雅が戸惑うようにスズメの方を振り返る。

「スズメ君」

「……っ」

 もう一度、促すように名を呼ぶ雅であったが、スズメは俯いたままで、ただもどかしそうに、唇を噛み締めるだけであった。そんなスズメの様子を見て、雅が何か察したように、そっと目を細める。

「スズメ君は、ここに居て下さい」

「え?」

「あの者は、僕が」

「あ、おい!雅!」

 強く言い切り、スズメに背を向け、駆け出して行った雅は、呼び止めるスズメの声に止まることなく、そのまま階段を駆け降りていってしまった。

「クソ…!」

 悔しさを噛み締めるように、スズメは強く拳を握り締めた。



「イヒヒ!“いかずち”ぃぃ!」

『うあああああ!』

 空から雷を落とし、下校途中であった生徒たちに浴びせる錨。強烈な電撃を受けた生徒たちは、激しい叫び声をあげると、力なくグランドに倒れていった。その光景を見て、他の生徒たちは悲鳴をあげ、逃げ惑い、周囲は激しく混乱する。

「“てつけ”!」

『きゃああああ!』

 グランドから学校の外へと逃げようとする生徒たちへ、錨はさらに言葉を向け、吹雪を発生させて、逃げだそうとしていた生徒たちを、ひどく怯えた表情のまま、凍りづけにしてしまう。

「イヒヒ!いいねぇ」

 凍りづけにされた生徒たちの姿を見回し、錨が満足げに微笑む。

「早く出て来いよぉ!安の神!」

 校舎の方を見た錨が、学校全体に響き渡るように、大きな声をあげる。

「とっとと出てこねぇと、お前の学校の奴等、全員死んじまうぜぇ!?イヒヒ!」

「“ちれ”」

「んあ?」

 楽しそうに笑い声を零していた錨が、横から響くその言葉を耳に入れ、すぐさま表情をしかめる。

「“てつけ”」

 すぐ右方から押し寄せてくる巨大な大波を、錨が言葉を放って、先程の生徒たちと同じように凍りづけにし、直前で波の動きを止める。凍った波を見上げ、そっと目を細める錨。

「俺が所望してた文字とは、別の言葉だったようだがぁ?」

「安の神は、ここには来ませんよ」

 右方から前方へと視線を移した錨の前に、立ちはだかるように現れる雅。いつものように人差し指で眼鏡を押し上げた雅が、鋭い瞳で錨を見つめる。

「君など、彼が相手にするまでもないですから」

「言ってくれるねぇ、たかが美守が」

 挑戦的に言い放つ雅に、錨が鋭い瞳はそのままに、口元だけを大きく歪める。

「君は?あの阿修羅という者の仲間ですか?」

「ああ。堕ちし“の神”。堕神、一条錨だ。イヒヒ」

「以の、神…」

 自分とも関係性の深いその文字に、雅がそっと眉をひそめる。

「ならば、遠慮する必要はなさそうですね」

 はっきりとした口調で言葉を口にしながら、雅が制服の胸ポケットから、青い言玉を取り出す。

「神に逆らう気かぁ?美守」

「君は神ではありませんよ。堕神さん」

 試すように問いかける錨に、雅が迷いなく言い放つ。

「神はもっと、尊いものです」

「イヒヒっ」

 雅のその言葉を受け、錨が吹き出すものを堪えるような笑い声を漏らす。

「いいぜぇ?じゃあ、お前に見せてやるよぉ」

 笑顔を見せた錨が、雅と同じ青い言玉を持った右手を、高々と振り上げる。

「神の強さってものをなぁ!」

 上げた右手を、一気に振り下ろす錨。

「“け”!」

「“ちれ”…!」

 二人の言葉が放たれ、錨の言玉から、まるで獣の牙のように狂気に満ちた水の塊が、雅の言玉から巨大な大波が発生し、二人の中間で勢いよくぶつかり合う。

「グ…!」

 すぐさま押される大波に、雅の表情が歪む。

「どうしたよぉ!?手応えねぇなぁ!」

「ク…!“みだせ”!」

 余裕ある声を放つ錨に、雅はさらにその表情を険しくしながら、右手の言玉を光らせ、次の言葉を放つ。雅の言葉が放たれた瞬間、錨の放った水の塊に乱れが生じ、空中で大きくその形を歪めると、押されていたはずの雅の大波が、歪んだ水の塊を一気に呑み込んだ。

「何?」

 呑み込まれた自身の力に、錨が眉をひそめる。錨の水を呑み込んだ雅の大波は、さらに勢力を増して、一気に錨へと押し寄せる。だが錨は、押し寄せる大波にも顔色一つ変えず、余裕の表情で右手を突き出した。

「“いさめろ”」

 錨の言葉通り、諌められた大波が、空中で弾けるようにして、消えていく。

「やはり“い”…為介さんと、同じ言葉を…」

 そんな錨の姿を見ながら、雅がそっと目を細める。

「結構やるじゃねぇか。たかだか美守がぁ」

 大波を掻き消した錨が、もうすでに勝ち誇ったかのような笑みを浮かべ、雅の方を振り向く。

「これなら、どうだぁ?“いどめ”!」

 さらに右手を振り下ろした錨が、今度は鋭い、一つの巨大な刃のような水の塊が、雅へと物凄い速度で突っ込んでいく。

「“ちれ”!」

 向かって来る水塊に応戦すべく、先程と同じ言葉を放ち、大波を向かわせる雅。

「あ…!」

 だが雅の放った大波が、錨の水塊に当たったその瞬間、あっという間に砕かれ、周囲に分散して力なく地面へと落ちる。落ちる大粒の水滴に、雅が驚いた様子で、大きく目を見開く。

「どうしたぁ?当たっちまうぞぉ?」

「ク…!」

 大波を突破し、引き続き向かって来る水塊に、険しい表情を見せた雅が、素早く右手を突き出す。

「“みちびけ”!」

 雅が大声で言葉を放ち、言玉を持った右手を、錨のいる方へ向け、大きく振り払うと、雅へと向かって来ていたはずの水塊が、あっさりと向きを変え、錨の方へと戻っていく。

「これで…!」

「“いざなえ”」

「う…!」

 水塊を弾き返し、その表情に余裕を取り戻した雅であったが、その余裕は、錨の言葉により、一瞬にして掻き消される。再び戻って来る水塊に対し、雅が放てる言葉はもう無かった。

「うあああああ!」

 二人の間で行き来した水塊が、ついに雅へと炸裂し、雅が痛々しい叫び声をあげて、後方へと吹き飛ばされていく。



「スズメ…!」

 早々にオカルト同好会の部室へと行ったはずのツバメが、外の様子を見たのであろう、珍しく焦った表情を見せながら、スズメのもとへと駆けて来る。スズメは雅と別れた廊下に残り、窓からじっと、グランドを見つめていた。

「スズメ!雅くんが…!」

「…………」

 駆けて来るツバメの方を振り向きもせずに、スズメはただ険しい表情で、グランドを見つめる。

「無理だ。雅」

 届かぬ小さな声を、スズメがどこか苦しげに漏らす。

「お前はイ段の五十音士…」

 窓枠へと置かれたスズメの手が、かすかに震える。

「“以の神”には、勝てないっ…」

 震える拳を握り締めたスズメが、眉間に強く皺を寄せた。



「うう…う…」

 全身から血を流し、制服の白いシャツを赤く染めた雅が、グランドにうつ伏せに倒れ込んだ体を、何とか起き上がらせようともがく。

「たかが美守ごときが、神に逆らうから罰が当たんだよ。イヒヒ」

 倒れたままの雅を高々と見下ろしながら、錨が偉ぶるように胸を張る。その言葉を耳に入れ、起き上がろうともがいていた雅が、そっと目を細める。

「言ったはずですが」

「んあ?」

 返って来る声に、眉をひそめる錨。倒れたまま、顔だけを上げた雅が、鋭く錨を睨みつける。

「君は“神”ではない、と」

 立ち上がれてもいない状態であるというのに、決して弱腰ではなく、はっきり、堂々と言い放つ雅のその姿に、余裕の笑みを浮かべていた錨の表情が、一気に曇る。

「俺も言ったはずだぜぇ?美守」

 だがすぐに錨は、その曇った表情を晴れさせる。

「お前に俺の、神の強さを見せてやるってなぁ!“いどめ”!」

 高らかと声をあげた錨が、まだ倒れたままの雅へ向け、再び先程と同じ水塊を向ける。

「イヒヒ!これで終わりだぁ!美守!」

「……っ」

「何…!?」

 錨が勝利を確信した笑みを浮かべたその時、倒れていた雅の体が大量の水滴となって、地面へと流れ落ちた。水となって消えた雅に、錨が眉をひそめる。

「あれはっ…」

「“せろ”…」

「……!」

 背後から聞こえてくる言葉に、錨が目を見開き、素早く振り返る。錨が振り返った先には、傷を負い血を流しながらも、立ち上がって、錨へと右手を向けている雅の姿があった。

「幻覚か…!」

「これで終わりです。堕神」

 焦ったように声を出す錨に、雅が鋭く言い放つ。

「“ちれ”!」

 雅の言葉と共に、錨へと放たれる大波。

「グ…!」

 ずっと余裕だった錨の表情が、初めて歪む。

「なぁ~んちゃって」

「え…?」

 だが歪んでいたその表情はすぐに笑顔へと代わり、次の瞬間、錨の体は、水となって弾け飛んだ。飛び散る水滴に、何の手応えもないまま、通り過ぎていく雅の大波。雅が一気に、戸惑いの表情となる。

「“いつわれ”」

 水滴となって消えていったところから、少し距離を取った場所に、笑顔で現れる錨。

「幻、覚…」

「残念だったなぁ。美守」

 茫然と呟く雅に、錨が鋭く、楽しげで、そして、どこか冷たい笑顔を向ける。

「“いばら”」

 錨が軽く右手をあげると、雅の上空の空一面に、まるで止まった雨のような、無数の水の刃が現れる。

「そろそろ逝っとくかぁ?美守」

 さらに口元を歪め、錨が上げていた右手を下ろす。

「“けろ”!」

「……!」

 止まっていた鋭い雨が、一気に雅へと降り注いだ。




―――パリィィン!


「うわぁ」

 思いきり割れた花瓶の、その響く音に振り向き、為介がどこか間の抜けた声を漏らす。『いどばた』の店内にある棚の一角に飾ってあった花瓶が、突然床へと落ち、砕けたのであった。

「びっくりしたなぁ、もう」

 飛び跳ねた心臓を押さえるように、左胸を押さえながら、為介が割れた花瓶の方へと歩いていき、破片に気を配りながら、そっとしゃがみ込む。

「……っ」

 破片を拾うため、伸ばした手を、為介が不意に止める。

「あんまりこういうの、信じるタチじゃないんだけどなぁ…」

 そう呟いた為介は、どこか不安げに眉をひそめた。




「あ…ぁあ…」

 茨の雨を全身に浴び、さらに傷を負って、グランドへと仰向けに倒れ込んだ雅。あまりの痛みに全身の感覚は徐々に失われかけており、血を流し過ぎたのか、意識も薄れ始めていた。言葉にならない声を漏らしながら、雅が割れた眼鏡の向こうから、力のない瞳で、ただ目の前に広がる青空を見上げる。

「どうだ?わかったかぁ?美守」

 前方から、倒れている雅へと、嘲笑うような声を向ける錨。

「これが、神の力だ」

 錨が、自信に満ちた笑みを浮かべる。

「さぁ、存分に崇めろ!イヒヒ、イヒヒ!」

「……っ」

 響き渡る錨の笑い声を聞きながら、雅が空を見上げるその瞳を、そっと細める。

「“神”…」



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