Word.50 五人目ノ神附キ 〈1〉
言ノ葉町。町の小さな何でも屋『いどばた』。
「“改修”」
「“再生”…」
「“直せ”!」
店の奥の和室では、机を取り囲んだ篭也、囁、七架の面々が、部屋の中だというのにそれぞれの武器を突き出し、力強く言葉を放った。机の上に赤い光が集約し、しばらくすると、その光が止む。
『…………』
光の止んだ机の上へと、今度は視線を集める篭也たち。アヒルと保も加わって、安団の五人が、じっと見つめるその先には、白いハンカチに乗せられ、赤い宝石の破片が散らばっていた。
「やはり駄目か」
「そうみたいね…フフフ…」
がっくりと肩を落とした篭也と、不気味に微笑みながらも少し残念そうな表情を見せた囁が、それぞれの武器を言玉の姿へと戻す。二人の姿を確認し、七架も同じように薙刀を言玉へと戻した。机の上へと乗り出していた皆が、一斉に体を引いて離れる。
「そんなぁ!簡単に諦めないで下さいよぉ!皆さん!」
一瞬にしてやる気を失った仲間たちへと、勇気づけるような言葉を投げかける保。
「はぁ!こんな、人生を常に諦めてる俺が、一丁前なコメント言っちゃってすみませぇ~ん!」
「叫んでいる暇があるなら、あなたも何か、使えそうな言葉を考えろ」
相変わらずの調子で謝り散らしている保に、篭也が横から冷たい言葉を浴びせる。
「使えそうな言葉、ですかぁ」
「言葉が浮かんだとしても、私たちの言葉でも駄目なのよ…?転校生くんの言葉で、どうにか出来るとは思えないわ…」
「はぁ~!てんで役に立たない、こんな俺ですみませぇ~ん!」
「うるさい…」
再び叫ぶ保に、篭也が耳を押さえ、不快そうに顔をしかめる。
「はぁ、皆の言葉でも直すのは無理かぁ」
机の上に散らばった破片の一つを指で突き、アヒルが困ったように、深々と肩を落とす。
「やっぱ、言玉、もとに戻すのは無理なのかなぁ」
「朝比奈くん…」
悩むように呟くアヒルを、七架が横から心配そうに見つめる。
「ウダウダしているだけ、時間の無駄だ。力を集中させて、もう一度、言葉を…」
「失礼します」
「……っ」
篭也が皆へと呼びかけようとしていたその時、部屋の外から声が届くと、数秒もせぬ内に部屋の襖が開き、そこから、アヒルたちの人数分の茶を持った雅が、姿を現した。
「雅さん」
「お茶をお持ちしました」
名を呼ぶアヒルに笑顔で応え、雅が襖を閉じて、皆のいる方へとやって来る。雅は、台を畳の上へと置き、湯呑みの一つひとつを、丁寧に皆の前へと差し出していく。
「どうですか?言玉の方…は、まだ、修復出来ないようですね」
問いかけようとした雅であったが、机の上で散らばっている言玉の破片を見つけ、すぐに言葉を言い換える。
「ああ、そうなんだ」
「私たちも色々と言葉を使ってみたんですけど、どれも効果なくて…」
アヒルと七架がそれぞれ、困ったような表情を見せながら、雅へと状況を説明する。
「困りましたねぇ」
皆へと茶を配り終えた雅が、その場に座り込み、皆と同じように困った顔を見せる。
「言玉がこの状態のままでは、朝比奈君は言葉を使えず、戦うことも出来ませんし」
「そうなのよねぇ…言玉がないとアヒるん、ただの頭の悪い学生さんで…」
「ああ。高市以上に使えない」
「お前ら、ちったぁ遠慮しろよ!」
次々とひどい言葉を投げかける囁と篭也に、アヒルが思わず怒鳴りあげる。
「はぁ!言玉持ってても使えない俺で、すみませぇ~ん!」
「高市くん…とりあえず、静かにしてよ…?」
立ち上がって頭を抱え、勢いよく叫ぶ保に、七架が呆れた表情を見せながら、宥めるように声を掛ける。
「アヒるん、為の神様に相談してみたら…?」
「へ?扇子野郎に?」
囁からの提案に、アヒルが少し首を傾げる。
「そうだな。いくら適当人間とはいえ、あれでも一応、旧世代の神。何か突破口を知って…」
「知らないねぇ」
篭也の言葉にかぶさるようにして声を発し、雅の入って来た襖を開いて、部屋へと現れる為介。
「残念ながらっ」
「扇子野郎」
「為介さん」
部屋へと入って来た為介へ、皆が視線を集める。
「人並み外れた力を持ち、誰もが憧れる、伝説の五十音士である、さすがのボクでもさぁ」
「そこまでは言ってねぇよ」
自分に酔いしれるように言葉を続ける為介に、思わず呆れた表情を見せるアヒル。
「粉々に砕け散った言玉をもとに戻す方法なんて、聞いたこともないよ」
「そっか…」
為介がはっきりと言い放つと、アヒルががっくりと肩を落とす。
「旧世代の神でも、知らないか…」
「旧世代…」
篭也が小さく落としたその言葉を、雅が何気なく繰り返す。
「旧世代、旧世代…あっ」
言葉を繰り返していた雅が、不意に何か思いついたような声を漏らす。
「ん?どうかしたぁ?雅く…」
「そうです、末守です!朝比奈君!」
「へ?」
珍しく大きな声で言い放つ雅に、アヒルが目を丸くする。
「ま、マモリ…?」
「五十音士の“末守”です!第三十一音、“ま”の力を持つ者!」
「末守…?」
雅から教えられ、言い慣れないその単語を、ゆっくりと口にするアヒル。
「末守が一体、何だというんだ?」
困惑気味のアヒルに代わり、篭也が雅へと問いかける。
「何の言葉を使わせる気か知らないが、僕たちの言葉でも戻せなかったんだ。末守が出て来たところで、結果は一緒で…」
「末守は、安の神にとって、特別な存在の五十音士なんです」
「特別?」
「正確に言うと、旧世代までの安の神ですが」
「どういうこと…?」
雅が言わんとしていることが理解出来ず、囁が皆を代表するように、問いを投げかける。
「今の五神の神附きは、それぞれの段のカ行からナ行までの、四人の五十音士ですが」
眼鏡を人差し指で押し上げ、雅が解説するように、話を始める。
「旧世代までの五神の神附きは、それぞれの段のマ行の五十音士、一人のみでした」
「マ行?」
「それは聞いたことがあるな」
首を傾げるアヒルの横で、篭也が思い出すように首を捻る。
「どういうことだ?」
「今の安の神である、あなたの神附きは、僕たち加守、左守、太守、奈守の四人だが、昔の安の神の神附きは、末守一人であったということだ」
「うぅ~ん、難しいな…」
篭也からの解説は受けるものの、すんなり理解には至らず、険しい表情を見せるアヒル。
「つまり…旧世代では、安の神は末守、為の神は美守、宇の神は武守、恵の神は女守、遠の神は毛守が神附きとして、今の私たちのように、神に附いていたというわけね…」
「はい、そうです」
「じゃあ」
囁と雅の会話を聞いていた七架が、ふと口を挟む。
「箕島先輩が、井戸端さんと行動を共にしているのは、美守が為の神の神附きだったからなんですか?」
『……っ』
「あれ?」
七架の問いかけに、為介と雅の表情が、同時に曇る。そんな二人の様子に、問いかけた七架の方が、困ったように眉をひそめる。
「あの、えっと…」
「まぁ、そんなとこだよぉ~」
聞いてはいけないことを聞いてしまったのかと、何とか言い繕おうとした七架であったが、為介が適当に答えることで、その問いかけは流した。
「奈々瀬さんの弟くんの前、先代“武守”は、旧世代、宇の神の神附きだったしねぇ」
「へぇ。じゃあ、恵先生は女守だから、その、昔の“恵の神”ってのの、神附きだったってことかぁ?」
「いいやぁ、あの人は“恵の神”本人さぁ。女守の後任が居なくなったから、ついでに兼ねてるだけだよぉ」
「そっかぁ。先生は“恵の神”の方で…って、えっ!?」
為介の言葉に一度は頷きかけたアヒルであったが、頷く途中でその衝撃の事実をやっと認識し、驚きの表情で声をあげる。
「じゃあ、恵先生も旧世代の神!?」
「あれ?言ってなかったっけぇ?そうだよぉ」
「マジ…」
「……っ」
茫然とするアヒルの横で、篭也がそっと目を細め、何やら考え込むように俯く。
「先生のことは一先ず、置いておいて…話を戻しましょう…」
取り仕切るように、囁が言葉を発する。
「あなたたち、マ行の五十音士が、旧世代の神以前の神附きであったことは理解したわ…」
囁がまっすぐに、雅を見つめる。
「でも、それとアヒるんの言玉を直すことに…何の関係があるの…?」
「先程言ったように、以前の神附きはマ行の五十音士、たった一人でした」
その問いかけに答えるように、雅がゆっくりと口を開く。
「神附きという大役を一人で任されているゆえ、マ行の五十音士には、神の力を制御する力が与えられていたという話です」
「神の力を、制御…?」
「ええ。自身の神が暴走した際には、神を止めるため、神の言玉を粉砕することも可能であったとか」
「粉砕って…」
雅の言葉を聞いたアヒルが思わず、机の上で散らばっている、粉砕した自分の言玉へと視線を移す。
「これ以上、砕いてどうすんだよ?雅さん、俺は、言玉をもとに戻す方法をっ…」
「粉砕する力を持っているのであれば、逆もまた然り、ということです」
「……っ」
遮って聞こえて来た雅の言葉に、アヒルはハッとしたように、目を見開く。
「逆…」
再び砕け散った言玉を見つめ、目を細めるアヒル。
「成程ね…だから、旧世代の安の神の神附きであった、末守さんを探そうってわけ…」
「理論としては、納得出来る。だが、我が神は旧世代ではなく、新世代の神だ。それに…」
「そうそぉ。いっくら理論として通っていても、そんなの、だぁれもやったことないんだし、上手くいくかなんてわからないよぉ」
表情を曇らせた篭也に続くようにして、為介が暢気な口調で言葉を発する。
「じゃあ…あなたの言玉ぶっ壊して、美守さんが直せるかどうか…試してみればいいじゃない…」
「いっやぁ~、やめてぇ!真田さん!」
本気の表情で提案する囁に、泣きそうな表情となって叫ぶ為介。
「やはり無謀過ぎましたか…」
「…………」
皆からの厳しい指摘を受け、残念そうに肩を落とす雅に対し、俯いたアヒルは何か考え込むような表情を見せ、そして再び、粉々に砕かれた自分の言玉を見た。
「俺、探すわ。末守」
『え?』
思いがけないアヒルの言葉に、皆が一斉に戸惑った表情を見せる。
「探すって、アヒるん…」
「言ったでしょ~?探したところで、本当に直せるかどうかなんて、誰もやったことないんだから、わかんないんだってぇ」
「わかんねぇなら、探して、やってみるしかねぇだろ?」
反論するように言う為介に、アヒルが素早く言葉を言い返す。
「それこそやってみなきゃ、本当に直せるかなんて、わからねぇんだから」
「神…」
迷いのない、まっすぐな瞳を見せるアヒルを見て、篭也がそっと目を細める。
―――何が面白いのかわからないなら、わかるまで読めばいいだけの話だよ!―――
そのまっすぐな瞳は、かつて篭也を救ってくれた、カモメのそれと、よく似ていた。重なる姿を思い出し、篭也が口元を緩める。
「そうだな」
「へ?」
頷く篭也に、アヒルが少し戸惑うように振り向く。
「確かに、やってみなければ、わからない。他に可能性の見える手もないんだ。末守を探そう」
「俺も探す方向で賛成です!」
「あなたには聞いていない」
「ううぅ…結構ずっと、我慢して黙ってたのに…」
同意するように手をあげた保であったが、篭也に冷たく言い返され、落ち込むように肩を落とす。
「あなたたちは、どうだ?」
篭也が意志を確認するため、囁と七架の方を見る。
「私はすべて、神の仰せのままによ…?フフ…」
「私も、朝比奈くんがそう言うなら」
「そうか」
笑顔で頷く二人を見て、篭也が納得するように頷く。
「というわけだ、神。我ら安団は、これから全員で、末守の捜索を始める」
「おうっ」
報告するように言う篭也に、笑顔を見せたアヒルが大きく返事をする。
「問題は探す方法ですが…為介さん」
「はぁ~仕っ方ないねぇ」
雅に呼びかけられ、為介がいかにも面倒臭そうに、深々と息を吐く。
「雅くん、資料室行って、現在の末守くんのデータ、調べてきてぇ」
「はい!」
為介の指示を受けた雅が、大きく頷き、意気揚々とした様子で、素早くその場を立ち上がり、資料室へ行くため、その部屋をすぐに出ていく。
「扇子野郎」
「まぁ、協力拒んで、君の神附きさんたちから反感買うのも嫌だしねぇ~」
どこか意外そうに為介の方を向くアヒルに、為介が軽い口調で言葉を投げかける。
「それに、君の力が戻ることを望んでいるのは、君たちだけじゃあない」
「えっ…?」
意味深な為介の言葉に、アヒルが戸惑いの表情を見せる。
「それって、どういう…」
「さぁて、そろそろ開店の準備でもしよっかなぁ~」
問いかけようとしたアヒルの言葉を遮って、為介が立ち上がり、部屋を出て行こうと襖を開ける。
「君たちも学校行きなよぉ~?今日、平日でしょ?」
「……っ」
感情の読めない微笑みを浮かべる為介を見て、アヒルはそっと、眉をひそめた。




