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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.48 修羅ノ真実 〈4〉

「……っ!」

 だが、阿修羅が引き金を引こうとした丁度その時、横から阿修羅へと、金色の大きな光が割って入って来て、阿修羅はアヒルから離れ、後方へと飛び上がって、それを避けた。

「ふぅ」

 アヒルから距離を取ったところで着地した阿修羅が、どこか困ったように肩を落とす。

「今日はよく邪魔が入るな」

 前方を見つめ、阿修羅がそっと笑みを浮かべる。

「え…?」

 アヒルも目の前に現れたその人物たちを見上げ、戸惑いの表情を見せた。

「スー兄…?ツー兄…?」

『…………』

 アヒルの前へと並んで立ったのは、アヒルの二人の兄、スズメとツバメであった。二人はいつになく厳しい表情を見せ、前方の阿修羅へと鋭い瞳を向けている。

「懐かしいな。五年前はガキだったのに、随分と大きくなったじゃないか」

「ケっ」

 親しげな言葉を掛ける阿修羅に対し、スズメは表情をしかめ、地面へと唾を吐き捨てた。

「てめぇは相変わらず、ムカつく面してやがるぜ」

「本当…今すぐ、呪い殺したくなっちゃうくらい…」

 阿修羅を見つめる二人の瞳が、深い感情のこもっている様子で、冷たく輝く。

「カモメの自慢の弟が勢揃いか…」

 目の前に現れたスズメとツバメ、そして二人の後ろで倒れているアヒルをじっくりと見つめ、阿修羅がどこか感心するように言う。

「折角、カモメのもとへ、大好きな弟を一人、送ってやれるところだったんだがな…」

「冗談じゃねぇぜ」

 残念そうに呟く阿修羅に、スズメが言葉を吐き捨てる。

「これ以上、お前を殺す理由が増えたら困っだろうが」

「……それもそうだ」

 挑発するように言うスズメであったが、阿修羅は特に動じることなく、ただ余裕ある笑みで頷いた。

「スーに…うぅ…!」

 阿修羅と自然に会話をするスズメに、後方から問いかけようとしたアヒルだが、傷が痛み、言葉を途中で止めてしまう。苦しげな声を漏らすアヒルに気付き、二人が振り返る。

「お腹の傷だけでも、塞いでおいた方がいいんじゃない…?スズメ…」

「そうみてぇだな」

 ツバメの助言に頷いたスズメが、アヒルの方に体を向け、しゃがみ込む。スズメが制服のポケットに手を入れると、そこから金色に輝く玉を取り出した。

「言、玉…?」

 見覚えのある玉に、目を丸くするアヒル。スズメは取り出した言玉を掲げ、倒れたままのアヒルへと向けた。

「“すくえ”」

 兄の口から言葉が放たれると、言玉から光が放たれ、強い金色の光が一瞬、アヒルの体を包み込んだ。すぐに光が消えると、体を襲っていた痛みが軽減されていることに気付き、アヒルがゆっくりと体を起こす。阿修羅の弾丸により負わされた、腹に空いた大きな傷が、きれいに塞がっている。

「言葉の、力…」

 傷の塞がった腹を押さえ、戸惑いの表情を見せるアヒル。

「五十、音士…?」

 アヒルがゆっくりと顔を上げ、困惑した様子で、二人の兄を見上げる。

「ここで少し休んでて、アヒルくん…」

「あいつは俺たちが倒す」

 ツバメがアヒルへと優しく声を掛け、スズメが立ち上がりながら鋭く言い放つと、二人が再び阿修羅の方を見る。アヒルはただ戸惑いの表情のまま、目の前に立つ二人の兄を見つめることしか出来ないでいた。

「カモメの弔い合戦でもする気か?」

「当ったり前だろ?五年前のあの日から、どんなにこの日を待ち望んだか」

「今日、この日を迎える為だけに…僕らは五十音士の道を選んだ…」

 スズメに続くようにして言いながら、ツバメもポケットへと手を入れ、スズメと同じ色の言玉を取り出した。それぞれ右手と左手に言玉を持った二人が、左右対称の動きで手を横へと突き出し、構えを取る。

「五十音、第十三音“す”」

「五十音、第十八音“つ”…」

 スズメとツバメが言葉を発すると、徐々に言玉が金色の光を放っていく。

『解放…!』

 二人の声が揃い、言玉がより一層、強い光を発した。

『クワアアアア!』

「あっ…!」

 強い金色の光に視界が支配された次の瞬間、甲高い鳴き声と共に目に入ったその姿に、アヒルは大きく目を見開いた。見惚れるほどに美しい、夜空に大きく広げられる金色の翼。鋭く伸びた嘴に、しなやかで迫力ある巨体、そして、獲物を狙う鋭い瞳。言玉から解放されたのは、二羽の巨大な、金色の鳥であった。

「鳥…」

 アヒルが茫然と、その鳥たちを見上げる。

「俺と、同じ…」

 かつて自らの言玉が変えたその姿と重なる鳥たちに、アヒルがそっと眉をひそめる。

宇団うだん宇附うつきが一、“寸守すもり”、朝比奈スズメ」

「同じく“州守つもり”…朝比奈ツバメ…」

 後方に巨鳥を従え、スズメとツバメが鋭い表情を見せる。

「行くぜ、チュン吉」

「呪うよ…スワ郎…」

 丸みのある胴体に、やや体格の大きめの鳥の方がスズメの声に、シャープな体つきに、嘴の長い方の鳥がツバメの声に、それぞれ鳴き声で返事をした。

「やはり、宇団…」

「無事か?神月」

「え?」

 戦況を見つめ、現れたスズメとツバメに、アヒルと同じように戸惑いの表情を見せていた篭也が、横から名を呼ばれ、ゆっくりと振り向く。

「先生…」

 篭也が振り向くと、そこには、恵、雅、そして為介の姿があった。言葉を掛けた恵を見上げた篭也が、三人の姿を見て、少し安心したように肩を落とす。

「為介、治療を」

「ええぇ~?でもボク、最近、顎の調子がぁ~」

「早くしろ」

「はぁ~い」

 恵に指示された為介が、渋々、篭也の横へとしゃがみ込み、篭也へと右手の扇子を一振りする。

「“やせ”ぇぇ~」

 淡い水色の光に包まれ、篭也の全身の傷が、徐々に癒えていく。

「為の神…」

「さっき、小泉クンが於団の二人を連れてきてねぇ~、それでここのこと、教えてくれたんだぁ」

「えっ…?」

 為介の言葉に、篭也が瞬時に眉をひそめる。

「じゃあ…!」

「大丈夫、於の神も曾守さんも無事だよぉ。今は真田さんが看てるっ」

「……っ」

 微笑みかける為介に、篭也は安心した表情となって、深々と肩を落とした。

「……神がさらに二人、か…」

 現れた恵たちの姿を横目で確認し、阿修羅がそっと目を細める。

「あまり良くない展開だな…」

「余所見してる場合じゃねぇぜぇ!」

 前方から聞こえてくるスズメの大きな声に、恵たちの方を見ていた阿修羅が視線を戻す。

「“すすめ”!」

「“つらぬけ”…」

『クワアアアアア!』

 スズメとツバメがそれぞれの言葉を発すると、二羽の鳥はさらに大きくその翼を広げ、強風を巻き起こすほどの勢いで、阿修羅へと突っ込んでいく。

「ガアアア!」

『何?』

 突進する二羽の鳥の前に飛び出し、阿修羅の前に立ちはだかったのは、同じく翼の生えた金色の獣。篭也と空音が一度倒したが、棗により治療され、復活したあの獣であった。両前足を振り上げ、二羽それぞれの嘴を押さえる獣に、スズメたちが眉をひそめる。

「んな程度で…!」

「止められると思わないでよね…」

 二人が言葉と同時に手を突き出すと、鳥たちがさらに勢いを増し、立ちはだかっていた獣を押し返していく。

「思っていないさ」

 そっと微笑んだ阿修羅が、押し返されてくる獣に、弾丸を撃ち込む阿修羅。

「“あたえろ”」

「グアアアアア!」

「何…!?」

 阿修羅の言葉が放たれ、弾丸が獣の体を撃ち抜いたその瞬間、獣の全身から今まで以上の強い光が放たれ、より一層大きな雄たけびをあげた獣が、逆に二羽を押し返す。

「力の強化…?」

「棗」

「は!」

 ツバメが眉をひそめている間にも、阿修羅が棗を呼び、横に控えていた棗が飛びあがって、ぶつかり合っている獣たちへと右手を突き出した。

「“なじれ”…!」

『ギャアアアア!』

 棗の右手から放たれた赤い光の塊が、獣もろとも二羽へと直撃し、一斉に激しい悲鳴をあげる。

「ク…!」

「あいつ等…手下ごと…!」

 鳥のダメージをそれぞれ、連動して受け、表情をしかめるスズメとツバメ。

「ありがとう、棗」

「いえ」

 地面へと着地した棗が、阿修羅のすぐ横へと移動し、その場で膝をつく。阿修羅はすでに銃をもとの言玉の姿に戻しており、戦闘態勢を解除していた。

「逃げる気じゃ…」

「させるかよ!」

 表情を曇らせたスズメとツバメが、再び鳥たちを立ち上がらせようとするが、先程の棗の攻撃によりやられた獣が、二羽の翼の上に覆いかぶさるように倒れ込んでおり、動きを封じられてしまっている。

「これじゃあ…」

「クソ…!」

「今日は楽しかったよ。カモメの仇討ち、またいつでも挑戦してくれ」

「フザけやがって…!」

 挑発するように微笑む阿修羅に、スズメが大きく顔をしかめる。

「待、て…」

「ん?」

 引き止めるように聞こえてくる声に、阿修羅がゆっくりと視線を動かす。

「待て…待て!阿修羅ぁぁぁ!!」

 必死の形相で睨みつけるアヒルのその姿に、阿修羅が満足げに笑う。

「また会おう、アヒル」

 阿修羅がアヒルへと、鋭い微笑みを向ける。

「神」

「ああ。頼むよ、棗」

 呼びかけに阿修羅が頷いたことを確認すると、棗は素早く右手を掲げる。

「“なびけ”!」

『うぅ…!』

 ほんのりと赤く輝く、一陣の強い風が吹き抜け、皆が一瞬、顔を俯かせると、次に顔を上げたその時、そこに阿修羅と棗の姿はなくなっていた。二人の姿が消えたと同時に、倒れ込んでいた金色の獣も、光の粒となって掻き消える。

「チっ…」

「逃がしちゃったね…」

 獣が消え、やっと動けるようになった鳥たちをもとの言玉の姿へと戻しながら、スズメとツバメが悔しげな表情を浮かべる。

「追いかけないと…!」

「ダァ~メ」

「グ…!」

 その場を飛び出して行こうとした篭也が、為介に腕を引かれ、強く止められる。

「君はまだ、治療の途中っ」

「だが、僕はあいつを…!」

「落ち着け」

 何とか阿修羅を追いかけようとする篭也へと、横から冷静に声を掛けたのは、固く腕組みをし、真剣な表情を見せた恵であった。

「先生…」

「あいつを許せないと思ってんのは、お前だけじゃない」

「……っ」

 恵の言葉に、そっとアヒルたち三兄弟の方へと視線を動かした篭也が、ゆっくりと俯き、どこか諦めるように肩を落とす。

「雅クン、朝比奈クンの傷の方、看てきてくれるぅ?」

「はい」

 為介の言葉に雅が頷き、足早にアヒルや、スズメたちの居る方へと歩いていく。

「大丈夫ですか?朝比奈く…」

「……かよっ…」

「え?」

 アヒルのすぐ横へとしゃがみ込み、アヒルへ声を掛けた雅であったが、アヒルから発せられた小さな声が聞き取れず、首を傾げる。

「朝比奈君…?」

「知って、たのかよ…」

 様子をうかがう雅を無視し、ゆっくりと顔を上げたアヒルは、睨みつけるような強い瞳で、目の前に立つ兄たちを見つめた。

「カー兄が、五十音士だったことも…カー兄が、あいつに殺されて死んだってことも…」

「神…」

 怒りを剥き出しにして、言葉を放つアヒルを見つめ、篭也がそっと目を細める。

「スー兄たちは、全部知ってたのかよ…!?」

「……っ」

 アヒルの問いかけを聞いたスズメが、少し眉をひそめた後、体の向きを変え、アヒルの方へと向き直る。

「……ああ」

「……っ!」

 真剣な表情で、頷きを落とすスズメに、大きく目を見開くアヒル。

「じゃあ、何で黙ってた!?全部知ってたんなら、何で俺に、俺に教えてくれなかったんだよ!?」

「朝比奈君」

 身を乗り出して問い詰めるアヒルに、雅が思わず止めるように声を掛ける。

「すべてを話せば、必然的に五十音士のことを知らせることになります。当時の君はまだ、五十音士では…」

「言って、どうにかなったのかよ?」

 スズメたちを庇うように言う雅の言葉を遮り、アヒルへと冷たく言葉を投げかけたのは、スズメであった。

「スズメ君」

「全部言ったら、しゃべったら、お前がどうにかしてくれたってのか?」

 止めるように名を呼ぶ雅を気にすることなく、スズメがさらに、アヒルへと問いかけを向ける。

「どうにも出来ないだろうが」

「んだと…!?」

 スズメの言葉に大きく表情を歪めたアヒルが、立ち上がり、スズメの胸倉を勢いよく掴み上げた。

「てめぇ!もういっぺん、言ってみやがれ…!」

「何も出来ねぇ、役立たずのクソガキには、話すだけ無駄だから、言わなかったっつってんだよ!」

「グ…!」

 怒鳴りあげるアヒルに負けることなく、スズメもアヒルの胸倉を掴み返し、大きな声で言い放つ。スズメの睨みつける強い視線に、アヒルは思わず唇を噛み、険しい表情を見せる。

「フザけんじゃねぇ!んな理由で、納得出来るはずが…!」

「一緒だよ…」

 まだ怒りの熱の冷めやらない様子で、アヒルがスズメに言葉を向けようとした時、横から口を挟んだのは、落ち着いた表情を見せたツバメであった。

「五年前知ろうが、今日知ろうが…いつ知ろうが、結果は一緒…」

 胸倉を掴んでいた手を伸ばし、スズメから少し距離を離したアヒルへ、ツバメが鋭い瞳を向ける。

「アヒルくんに、あの男は殺せない…」

「……っ!」

 はっきりと言い放つツバメに、アヒルが大きく目を見開く。

「ツバメ君まで…そんな言い方っ…」

「いつ知ったって、この事実は変わらない…見てみたら?自分の力が、どんな風に砕かれたか…」

「…………」

 ツバメも雅の制止を気にすることなく、言葉を続ける。アヒルが、ツバメの視線の促した先へと目をやると、そこには粉々に砕かれた、アヒルの言玉の破片が散らばっていた。

「話したって無駄っていう、スズメの言葉は正しいよ…」

「……っ」

 スズメから手を離したアヒルが、深く俯き、血が滲むほど強く、唇を噛み締める。

「……もういいっ…」

 見切りをつけるように、短く言葉を落とすと、二人の兄へと背を向け、その場を離れるべく、足早に歩を進めていく。

「あ…」

 やがてアヒルが、恵たちの居る場所まで進んできて、為介からの治療途中で、思わず立ち上がった篭也と目を合わせた。眉尻を下げた篭也が、アヒルと見合い、小さな声を漏らす。

「神…」

「…………」

 篭也がどこか躊躇うように、いつも呼ぶその名を呼ぶと、アヒルはそっと俯き、篭也から視線を逸らした。

「知らなかったのは、俺だけかよっ…」

 吐き捨てるようにそう言って、アヒルが篭也の横を通り過ぎていく。

「あ…!」

 篭也はすぐさま振り返り、アヒルを引き止めようと手を伸ばしたが、その手は空中で止まり、アヒルへと伸ばされることはなかった。アヒルの背中が遠ざかり、やがて見えなくなっていく。

「……っ」

 伸ばしたはずの手を下ろし、俯いた篭也は、ひどく辛い表情を見せていた。


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