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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.47 ソレゾレノ選択 〈3〉

 久し振りの学校を終えた七架は、久々に味わう外の空気とまだ別れたくないという思いがあり、まっすぐに家に帰ることはせず、学校から程近い、小さな公園を訪れていた。子供たちの遊ぶ砂場の横を通り、少し古いベンチの前に立って、七架がゆっくりと公園を見回す。


―――朝比奈くん…!―――


 この公園は、七架が初めて言葉を使った場所。アヒルに助けられ、アヒルを助けるため、七架が五十音士となった場所であった。

「お姉ちゃん」

「え…?」

 後ろから掛けられる声に、七架が戸惑うように振り返る。

「六騎…」

 七架が振り返った先に立っていたのは、まだ無邪気な笑顔を見せた、七架の弟、六騎であった。

「どうしたの?こんなところで」

「最近、毎日来るんだ、ここ」

「毎日?」

 六騎の言葉に、七架が少し驚いたように目を見開く。

「何だか、懐かしくて」

 言葉の通り、その若さには似合わぬ懐かしそうな瞳で、六騎がゆっくりと公園を見回す。

「結構狭いよね、この公園」

 穏やかな午後の時間帯で、遊んでいる子供たちも多いせいか、公園は少し狭く感じる。

「忌から逃げてる時は、出口までが遠くって、広くって仕方なかったけど…」

「……っ」

 その六騎の声を聞くと、途端に七架は表情を曇らせ、落ち込むように俯いた。六騎のその言葉は、六騎があの日の夜のことを鮮明に思い出したことを、物語っていた。

「けど、あいつが助けてくれた」


―――奈々瀬!―――


 あの日、初めて見た五十音士としての、神としてのアヒルの姿を思い出し、七架がそっと目を閉じる。

「ねぇ、お姉ちゃん」

 六騎に呼ばれ、七架は閉じていた瞳をゆっくりと開いた。

「この前、言えなかったこと、言うね」

 七架をまっすぐに見上げ、六騎が曇りのない瞳を見せる。七架は今後は逃げることなく、その見上げてくる瞳を、まっすぐに見つめ返した。

「俺ね、自分が五十音士になったって知った時、色んなこと知って、わけわかんなくなったし、今もあんまりわかってないのかも知れないけどっ…」

 六騎がまだそんなにないであろう自分の言葉数で、必死に自分なりの言葉を繋ぐ。

「でも、でもねっ…」

 次の言葉を大事にするように、六騎がしっかりと言葉を溜める。

「嬉しかったんだ」

「……っ」

 大きな笑顔を見せる六騎に、七架が思わず目を見開く。


―――嬉しかったの…―――

 それは、かつて、七架が口にしたものと、同じ言葉。


「これでお姉ちゃんの力になれるって、これでお姉ちゃんと一緒に戦えるって、嬉しかった。嬉しかったんだよ、俺」

 六騎の言葉が続く中、七架は込み上げるものを堪えるように、両手でその口を覆った。

「お姉ちゃんは、違ったの?」

 笑みを止め、真剣な表情となって、六騎が七架へ問いかける。

「ここで五十音士になった時、お姉ちゃんは嬉しくなかったの?」

 六騎の言葉に感情が乗り、その声が徐々に大きくなっていく。

「後悔したの?五十音士にならなきゃ良かったって、そう思ったの?」

 少し責め立てるように、次々と投げかけられていく六騎の問いかけ。

「違うでしょ…?」

 六騎の問いかける声が、かすかに震える。

「あいつの力になれるって、あいつと一緒に戦えるって、嬉しかったんじゃないの…!?」

「うぅっ…!」

 強く問いかけた六騎のその言葉に、思わず目を伏せた七架の目尻から、光る小さな粒が零れ落ちた。七架は口元を両手で覆ったまま、崩れ落ちるように、その場にしゃがみ込んだ。

「ううぅ…!」

「お姉ちゃん…」

 涙に暮れる姉を、六騎が細めた瞳でまっすぐに見つめる。

「そう、だね…そうだねっ…」

 言葉を詰まらせながら、それでも七架が声を漏らす。

「身近な人を巻き込むことは…こんなにも辛いものだったんだねっ…」

 痛む胸を押さえ、必死に言葉を続ける七架。


―――ごめんな、奈々瀬…―――

 アヒルが謝ったあの時、七架は、アヒルがこんなにも辛い思いをしたことを、まったく理解していなかった。


「それでも、あの人はっ…」


―――ありがとう、奈々瀬―――

 辛い素振りなど一つも見せずに、ただ笑顔で、応えてくれた人。


「笑って…私の意志を、汲み取ってくれたんだねっ…!」

 声を、肩を震わせ、さらに涙を零して、七架が言葉を放つ。

「う…うぅ…!」

「ねぇ、お姉ちゃん…」

 泣き崩れて、背丈の少し低くなった姉の頭へと、六騎がそっと手を伸ばす。

「俺、戦いたいよ…」

 六騎のまだ小さな手が、七架の頭を優しく撫でる。

「お姉ちゃんとも、あいつとも、一緒に…」

 決意のこもった言葉を、七架へと向ける六騎。

「だって、あいつ、助けてくれたから」

 六騎の言葉に、徐々に熱がこもる。

「だから今度は、俺があいつを助けたい…!」

「うん…うん…!」

 何度も頷き、七架は目の前に立つ六騎を、思いきり抱き締めた。

「私も、助けたい…戦いたいっ…」

 六騎を抱き締めたまま、七架が震えた声で、だがしっかりと言葉を発する。

「五十音士として、戦いたいっ…」

 七架が強く、両拳を握り締める。

「あの人の…私のたった一人の、神様のためにっ…!」

「うん…戦おう…」

 涙を流しながらも、笑みを見せる七架。抱き締められ、七架の表情が見えているはずもない六騎だが、七架が微笑んだことを感じたのか、六騎もそっと笑みを浮かべる。

「戦おう…!お姉ちゃん…!」

 大きく頷き、六騎は姉の背を、強く抱き締め返した。




 一方その頃、為介の家を出た保は、灰示を認識したことにより、思い出した過去の記憶を頼りに、かつて、両親と共に住んでいた町を訪れていた。小さな町であったが、八年も時が流れると大きく様変わりしており、保が見覚えのある景色など、あまり残っていなかった。

「確か、この辺…」

 それでも川の流れる方角や、山の見える向きを確認し、保が歩を進める。

「あ、ここだ」

 壁に貼られた住所を確認し、保が足を止める。

「……っ」

 保が振り向いた先に建っていたのは、五階建ての立派なマンションであった。そう新しいわけでもなく、マンションの白い壁は黒く、くすんでいる。そこはかつて、保が両親と共に暮らしていた家が建っていた場所であった。

「見事に跡形ないなぁ。まぁ、全焼しちゃったんだから、当たり前か」

 五十音士として生きた保の父親と母親は、五十音士であることを、変な力を持っていると、町人たちに気味悪がられ、うとまれた。あまりの悪意ある言葉の数々に、ついには忌に取り憑かれ、そんな自分たちを戒めるように、家ごと火に焼かれ、死を選んだのである。

「…………」

 もう八年も経っているというのに、目を閉じれば、業火の広がっていたあの光景が浮かんでくる。保は軽く首を横に振り、マンションを見上げていたその視線を下ろした。

「ついでにお墓も寄ってこっかな」

 保がマンションへと背を向け、その場から足を踏み出して、新たな目的地を目指し始める。

「八年間、放ったらかしだったから、汚くなってるだろうなぁ…」

 少し不安げに呟きながら、保が道を進み、何度か角を曲がって、迷いなく歩を進める。両親が死んだ時に、身寄りは保しか残っていなかったため、二人の墓は家のすぐ近くの墓地に作られたのである。十分も歩かぬうちに、保はその墓地へと辿り着いた。

「えぇーっと、奥から三個目のっ…」

 バケツに水を汲んだ後、保が周囲を見回し、少し迷うようにしながら、墓の間を進んでいく。

「あ、あったあった」

 墓に刻まれた“高市”の文字を確認し、保がそちらへと寄っていく。

「あれ?」

 墓の前に立った保が、思わず間の抜けた声を漏らす。その墓は汚れもなく、周囲に生えていたであろう草も刈られていて、きれいで、つい最近掃除された様子であった。

「随分ときれいだなぁ。もしや、同じ苗字の人のお墓だったりとか?」

 戸惑った保が、両親のものかを確認するため、墓石の後ろを覗き込み、刻まれた名前を確認する。

「あ、やっぱりあって…」

「何じゃい、お前さん」

「うわああ!」

 刻まれた両親の名を確認していた保が、急に後ろから声を掛けられ、肩を震え上がらせ、大きな声を出す。

「ひえぁ~!こんなまるで運のなさそうな俺を、祟らないで下さい~!幽霊さぁ~ん!」

「誰が幽霊じゃい」

「へっ?」

 その場にしゃがみ込み、頭を抱えて怯えていた保が、突っ込むように聞こえてくる声に、恐る恐るゆっくりと顔を上げる。するとそこには、しゃがみ込んだ保とそう背丈も変わらない、大きく腰の曲がった、白髪の老人が立っていた。

「あ、幽霊じゃなくて、妖怪さんでしたか」

「誰が妖怪じゃい。わしはこの墓地の管理者じゃぞ」

「えっ!?」

 老人の言葉に、保が驚きの声をあげる。

「そ、それは失礼しました!あまりにも不気味なオーラ出てるんで、てっきりこの世のものではないものとばかりっ…!」

「その発言が更に失礼じゃい」

「はぁ!存在が失礼な俺が、一丁前に失礼発言しちゃってすみませぇ~ん!」

 勢いよく立ちあがった保が、不機嫌そうに顔をしかめる老人に、何度も頭を下げて謝り散らす。

「ここは墓場じゃぞ?ちったぁ静かにせんか」

「んっ!」

 老人に注意されると、保は素早く両手で口を塞ぎ、黙り込んだ。

「で?」

 気を取り直すかのように、老人が背の高い保を思いきり見上げる。

「お前さん、ここの人たちの身内かい?」

「えっ…?」

 墓を見やって問いかける老人に、保が思わず塞いでいた指の隙間から、声を漏らす。

「あ、えと、俺はその…」

「なわけないかぁ。もう八年も、誰も来ておらんのじゃからのぉ」

「あ…」

 ついこの前まで記憶すら失っていた保には、何となくすぐに家族と名乗ることが躊躇われた。すぐに否定して肩を落とす老人に、すっかり名乗り損ねてしまい、保が少し困ったように表情をひそめる。

「こんだけ来ておらんということは、もう家族も、生きておらんのかも知れんのぉ」

「…………」

 静かに俯いたまま、保が老人の言葉を聞く。

「誰も来てないのに、このお墓はとってもきれいですね」

「ああ」

 保の言葉に頷いた老人が、少し笑みを浮かべながら墓の方を振り向く。

「お爺さんが掃除を…?」

「いいやぁ」

 問いかける保に、老人は大きく首を横に振った。

「え…?じゃあ一体、誰が…」

「この近くに住んどる家族がおってな、その家族が定期的にやって来て、掃除してくんじゃよ」

 戸惑うように首を傾げた保に、笑みを浮かべた老人がすらすらと答えていく。

「何でも昔、ここに眠る人たちに、酷い言葉を投げかけてしまったらしい」

「……っ」

 老人の言葉に、保が眉をひそめる。

「“こんなことくらいで許してもらえるとは思えないが、せめてもの償いに”と、そう言っておった」

「償い…」

 墓の方を見つめながら話を続ける老人越しに、墓を見つめ、保がそっと目を細める。

「どんなに酷い言葉を投げかけたか、わしは知らんが…」

 老人がその場にしゃがみ込み、見上げるように墓を見つめる。

「こんなに年月をかけて償っても、許してもらえないもんかねぇ?言葉というのは…」

「…………」

 誰へともなく問いかける老人の声を聞きながら、保が視線を落とす。


―――“救い”もあるって、俺はそう信じてるっ…!―――

 胸を引き裂くほどに痛む言葉があれば、その痛みをすくいあげるほどに優しい言葉もあること。


「……っ」

 俯いた保が、何かを噛み締めるように、深く目を閉じる。

「いえ…」

「ん…?」

 小さく落とされる声に、老人がゆっくりと保の方を振り返る。

「許してると思います。とっくに…」

「えっ…?」

 穏やかに微笑みながら、遠くを見るような瞳で、空を見上げている保の言葉を聞き、老人が少し戸惑うように首を傾げる。

「喜んでると思います。とても…」

「お前さん…」

 どこか泣き出しそうな笑みを見せる保に、老人は何か察したような表情を見せたが、それ以上、言葉を投げかけることはしなかった。



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