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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
183/347

Word.47 ソレゾレノ選択 〈1〉

 言ノ葉高校、一年D組。

「ナナ?ナナぁ?」

 教室内や廊下を見回し、友の姿を探す想子。

「あっれぇ~?鞄あるから、やっと来たと思ったのになぁ」

 どこにも見当たらないその姿に、想子は少し困ったように肩を落とした。



 土曜日曜と二日の休みを挟んで、また新しい週が始まった。言ノ葉高校の学生たちは、休み明けの何となくやる気の出ない、重い体を動かし、いつものように登校して来ている。

「…………」

 屋上からグランドを見下ろす七架は、その学生一人ひとりをじっくりと観察していた。学校どころか、外に出たのも久し振りなので、吹き抜ける風がいつも以上に心地よく、そして少しばかり肌寒く感じた。

「もうすぐ、ホームルーム始まるわよ…?」

「……っ」

 背後から掛けられる声に、ゆっくりと振り返る七架。

「戻らなくていいの…?」

「囁、ちゃん…」

 屋上の入口から現れ、外周の柵のすぐ前に居る七架の方へと、ゆっくりと歩み寄って来るのは、穏やかな笑みを浮かべた囁であった。現れた囁に一瞬、気まずそうな表情を見せる七架。囁と会うのは、始忌との戦いを終えた、あの日の朝以来であった。

「久し振りね…もういいの…?」

「うん…いい加減ちゃんと学校行かないと、親が心配するから…」

「そう…」

 些細な会話を交わしながら、囁が七架のすぐ横へと並ぶ。七架がまだ入口の方を見ているのに対し、囁は先程までの七架のように、グランドを通り、登校してくる生徒たちを見下ろす。

「けど…まだしっかりと、恵先生の顔見れる自信なくて…」

 七架が少し、苦い笑みを浮かべる。

「だから、ホームルームはサボり…?」

「ダメだよね、こんなんじゃ…」

「いいんじゃない…?」

 肩を落とす七架に、囁はあまり深刻でもない声を投げかける。

「無理して出て、教室で薙刀とか振るわれても困るし…逆に楽しいかしらね…フフフ…」

「…………」

 冗談めかして笑う囁であったが、七架はそれに答えようとはせず、そっと視線を落としてしまう。

「囁ちゃん、私ね…」

 七架がどこか、改まった口調で言葉を発する。

「五十音士として何度か戦ってきて…怖い思いとか、痛い思いとかも、それなりに経験してきて…」

 過去の戦いを思い出し、そっと目を細める七架。

「それでも一回も、辛いって思ったこととか、五十音士になんなきゃ良かったって思ったこととか、なかったの…」

 紡がれる七架の言葉を、グランドを見下ろす囁は静かに聞き続ける。

「ただっ…」

 七架が噛み締めるように、言葉を落とす。

「ただ…」

「ただ、アヒるんの力になりたかった…?」

 止まってしまった七架の言葉を補うように、囁が優しく問いかける。

「ただ、アヒるんが好きだから…だから、ここまで頑張って来れた…?」

「うん…」

 囁の問いかけに、七架は特に迷うこともなく、素直に頷いた。

「ホント、単純だよね…」

 七架が再び柵の方を振り返り、目の前に広がる青い空を見上げる。

「自分のことしか考えてなくって、五十音士が何なのか、言葉がどういうものなのか、私、何にもわかってなかった…」

「七架…」

 囁が横を向き、空を見上げる七架を見つめ、目を細める。

「何もわからないまま、戦ったから…」


――― 一度や二度、手を差し伸べたくらいで、お前らのやったことが許されると思うなよ…―――

 最期の最期まで、少しの希望を持つこともなく、自ら命を絶っていった碧鎖。


「何にも、言ってあげられなかった…」

 消え逝く碧鎖に七架が言えたのは、“亡くせ”という、碧鎖の存在を消し去る言葉のみであった。

「今になって、やっと気付いたの。言葉ってものが、どんなに重たいものなのか…」

 七架が柵を握る手に、ぐっと力を込める。

「散々、言葉使ってきたくせに、今更だよね…重みなんて、ちっとも知らずに口にしてきた…」

 どこか自嘲するような笑みを、浮かべる七架。

「ホント、無責任っ…」

「仕方ないわよ…」

 柵へと額を当て、俯く七架に、囁がそっと声を掛ける。

「私たちは、あなたにじっくり考える時間なんて、あげなかったもの…」

 囁が険しい表情を作り、正面に広がる景色をまっすぐに見つめる。

「五十音士に目醒めたばかりのあなたを、ろくな説明もしないまま神試験に参加させて、その後もずっと、考える間もない戦いの連続だった…」

 言葉を紡ぐ囁は、その言葉で自分自身を責めているような、そんな口調であった。

「あなたが五十音士や言葉について、じっくりと考えることが出来なくても、それは当然のことだわ…」

「…………」

 囁の言葉を聞きながら、七架がそっと目を細める。

「今、あなたがあなたの言葉を見失っていることについても、あなた自身は決して悪くない…」

 どこか悲しげに、その表情をしかめる囁。

「だから、あなたが五十音士をやめると言っても、私は止めない」

「えっ…?」

 その言葉に反応し、七架が戸惑いの表情となって顔を上げる。

「やめたければ、やめればいい…弟さんのことも、やめさせたければ、やめさせればいい…」

 振り向いた囁が、顔を上げた七架へと穏やかな笑みを向ける。

「別に、国民の義務ってわけでも何でもないもの。五十音士なんて」

 軽く首を傾げ、囁が七架への笑顔を強調する。

「あなたの好きにすればいい…」

「囁ちゃん…」

 微笑む囁に、どこか困ったように眉をひそめる七架。

「でも…」

「アヒるんもきっと、止めないと思うわ…」

 囁の口からアヒルの名が出ると、七架は出そうとしていた言葉を呑み込んだ。

「むしろ、ホっとするかも知れない…」

 そう言って、そっと視線を落とす囁。

「あなたをこんな戦いばかりの世界に巻き込んだこと、あまり良く思ってなかったみたいだから…」

「……っ」

 囁の言葉に、七架が目を細める。


―――ごめんな、奈々瀬…―――

 思い出されたのは、神試験の後、七架に申し訳なさそうに謝った、アヒルの姿であった。


「じゃあ、ホームルーム始まるから…私行くわね…」

 軽く七架に右手を振り上げると、囁が体の向きを変え、屋上の出口の方へと歩いて行く。

「一時間目には、戻って来るのよ…?フフフ…」

 不気味な微笑みを響かせて、囁は屋上を後にした。それからすぐに、予鈴の鐘が鳴る。登校する生徒たちの姿もなくなり、少し静かになった学校を見下ろし、七架はそっと俯いた。

「五十音士をやめる、か…」

 七架の声が、どこか彷徨うように放たれた。



 鳴り響く予鈴を聞きながら、屋上を出た囁は、皆が教室に入り、静まり返った空間に足音を響かせながら、ゆっくりと階段を降りていた。もうすぐホームルームが始まるので、急いだ方が良いのだが、囁にそういった焦りは一切ない。

「ふぅ…」

 階段の間にある踊り場でふと足を止め、囁が一息つくように肩を落とす。

「後は、彼女次第ってところかしら…」

 そう言いながらも、囁は少し不安げな表情を見せる。

「さぁ、本鈴も鳴るし…そろそろ教室に…」

「ねぇ?今日帰り、カラオケ寄ってかなぁ~い?」

「ん…?」

 廊下に響く賑やかな声に気付き、踊り場から再び階段へと足を踏み出そうとした囁が、ふと振り返る。一時間目が体育なのだろうか、体操着に着替えた女子生徒数名が、明るく言葉を発しながら、廊下を歩いていた。

「それ超いい!」

「行こ行こ!」

「…………」

「……っ」

 囁の目に入ったのは、皆が次々に明るい声をあげる中、一人、何も言葉を発さずに俯いている女子生徒の姿であった。その女子生徒の様子を見て、囁がそっと眉をひそめる。その時、丁度本鈴が鳴り響いた。響く鐘の音と共に、女子生徒たちの会話が遠ざかっていく。

「気のせい、かしら…」

 小さな引っかかりを感じながら、囁はその女子生徒に背を向けた。




 アヒルたちが学校へ行っている真っ昼間、篭也はまだ、学校へ行くことはせずに、朝比奈家隣の家にある自室に籠ったまま、檻也が持って来た韻の本を読んでいた。

「はぁ…」

 何度も読んだ分厚い本を閉じ、寝台の上に座る篭也が息をついて、大きく肩を落とす。

「いつまで考えていても仕方ないか…」

 そう言うと篭也が寝台を降り、持っていた本を机の上へと置く。

「明日はいい加減、学校に…」

「神ぃぃぃぃっ…!!」

「なっ…!?」

 明日の準備を整えようと、篭也が机の下に力なく落ちていた学校の鞄を拾い上げようとした丁度その時、篭也の部屋の窓が壊れるのではないかというくらい、勢いよく開き、耳に割れんばかりに響く大きな声が乱入してきた。

「あ、あなたは…」

 開いた窓の方を振り向き、篭也が戸惑いの表情を見せる。

「神っ!」

曾守そもりの…」

 窓から篭也の寝台へと飛び降りるようにして、外からいきなり侵入してきたのは、於団、曾守の空音であった。篭也の部屋は二階なのだが、屋根をよじ登って入って来たのであろうか。空音はひどく、必死な表情を見せていた。

「何故、あなたがここに…」

「神!神はどこ!?」

「神?」

 空音の問いかけに、篭也が少し首を傾げる。

「神なら今、学校に…」

「それは、あんたの神でしょ!?私が探してんのは、私の神よ!」

「私の?ああ、檻也のことか」

 素早く寝台を降り、篭也のすぐ目の前まで押し迫ってきて、物凄い剣幕で言い放つ空音。そんな空音の圧に押され、篭也が思わず、腰が机の先につくほどまでに体を引く。

「檻也は、知らないが…」

「ここにも居ないの!?」

「ここにも…?」

 急に不安げな表情を作る空音に、篭也が眉をひそめる。

「一体、どういう…」

「空音さぁ~んっ」

 戸惑った表情で、篭也が空音に問いかけようとしたその時、新しい声が響き、またしても窓から、部屋の中へと入って来る人影があった。

「小泉」

「はぁ~…あ、神月くん。お邪魔します」

 礼儀よく頭を下げながらも、無礼に窓から侵入して来たのは、笑顔を見せた紺平であった。必死に空音を追って、屋根を登ってきたのか、少し息を乱している。

「於団が二人して、一体どうしたんだ?檻也がどうかしたのか?」

「神と連絡がつかないのよ!」

「何…?」

 空音の言葉に、途端に篭也の表情が曇る。

「俺と空音さん、俺が“変格”を覚えるために、何日か前から修行で出掛けてて、今朝帰ってきたんだけど」

 寝台をゆっくりと降りながら、紺平が篭也へと状況を説明する。

「於崎の屋敷に戻ったら、檻也くんが三日前から帰ってないって」

「三日前?」

「うん…」

 眉をひそめ、聞き返す篭也に、紺平が頷き返す。

「一体、何をしているんだ?」

 少し責めるような口調となって、篭也が二人へと言葉を向ける。

「だいたい、二人しかいない神附きが、神一人を残して修行など、非常識で…」

「神命令だったんだから、仕方ないでしょ!?私だって、こんな奴の修行になんか行きたくなかったわよ!」

「空音さん、俺泣くよ…?」

 容赦なく言い放つ空音に、悲しそうにひっそりと訴える紺平。

「でも、“今からの戦いで、於団が他団の足を引っ張るわけにはいかないから”って、神が“頼む”って言うから、だから私はっ…!」

「……っ」

 見るからに辛そうに俯く空音に、篭也はそれ以上、責める言葉を投げかけることは出来なかった。

「それで?三日前の檻也の足取りは?」

「屋敷の人が、三日前、檻也くんは言姫様を訪ねて韻に行って、それっきり帰って来ないって言ってて」

 問いかけた篭也に、紺平がすらすらと答える。

「だから、空音さんと二人で、韻に行ってみたんだけど…」

「門前払いよ!」

「えっ…?」

 怒鳴るように、紺平の後に言葉を続ける空音に、益々篭也の表情が曇る。

「取り合うどころか、会ってさえくれなかったわ!」

 空音が言葉を放ちながら、震える拳をきつく握り締める。

「何が重要会談中よ!ホンっトムカつくわ!あのクソ姉…!」

「まぁまぁ、空音さん」

 姉、和音に対する怒りを露にする空音を、横に並んだ紺平が必死に宥める。

「言姫様、本当に忙しかったのかも知れないし」

「だったら、中で待たせてくれるくらい、したっていいじゃない!なんで門前払いなのよ!?」

「うわっ」

 勢いよく怒鳴りあげられ、紺平が少し怯えるように肩を上げる。

「あの人は昔っからそうだわ!何かやましい事がある時は、私を避けて、絶対に会おうとしないの!」

「…………」

 空音の言葉に、篭也も自分の知る和音という人物を思い返し、そっと視線を落とす。

「だから今回も、神のこと、絶対何か知ってるに決まってるのよ…!」

 震える拳を握り締め、空音がさらに言葉を続ける。

「神に…神に何かあったら、私っ…私は…!」

「空音さん…」

 ひどく追い詰められたような、辛い表情を見せる空音に、掛ける言葉など何もなく、紺平は細めた瞳でまっすぐに空音を見つめる。

「そういう、わけなんだ」

 改めて、篭也の方を振り向く紺平。

「神月くんなら、何か知ってるかと思って、韻の帰りにここへ寄ってみたんだけど…」

「……済まない」

 少し遠慮がちに言葉をかける紺平に、篭也が短く言葉を落とす。

「まったく何も知らないんだ。檻也と連絡を取ったのも、一週間程前が最後で…」

「そう…」

 篭也の答えを聞き、紺平が微笑みながらも、どこか不安げな表情を見せる。

「檻也は、本当に韻へ行ったのか?」

「うん、それは間違いないと思う。檻也くん、三日前よりも前から、毎日のように、韻へ行ってたって」

「毎日…」

 少し考え込むように俯き、その表情を曇らせる篭也。

「わかった。僕が韻へ行ってみる」

「えっ…?」

 深く俯いていた空音が、篭也の言葉に顔を上げる。

「僕が和音に会って、直接、檻也のことを聞こう」

 檻也の身を案ずる二人へ、篭也が頼もしく言い放った。




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