表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
181/347

Word.46 訪ネビト 〈3〉

 保も七架も、そして何やら考え事をしている様子の篭也も、家に籠もりきりで、学校へもアヒルの家へも来ない状態のまま、一日、また一日と、時は流れていった。


「今日は紺平も休みかぁ」

曾守そもりさんと一緒に、“変格”取得の修行旅行に出たらしいわよ…」

「ふぅーん」

 賑やかしかった頃から一転、囁と二人だけで並び、通学路を行くアヒル。何やら考え中の篭也や、紺平はともかく、保や七架のことは、どうにかしなければと思いながらも、どうにも出来ない今の現状に、アヒルは少なからず、もどかしい気持ちを抱いていた。

「なぁに?アヒるん…私と二人きりだと、緊張しちゃう…?」

「んなわけあるか!」

「フフフ…」

 強く否定するアヒルを見て、囁が楽しげな笑みを浮かべる。囁の方はというと、仲間たちの様子の変化に、それほど、もどかしがっている素振りはない。

「仕方ないわよ…」

「へ?」

 急に諭すような声を掛ける囁に、アヒルが目を丸くする。

「仲間と一緒に乗り越えていく問題もあれば、一人で乗り越えて行かなきゃならない問題もある…」

「……っ」

 囁の言葉に、何のことを言っているのかを理解し、そっと眉をひそめるアヒル。

「今は静かに待つことが、私たちの役目…」

「うぅん…」

 アヒルはまだ納得しきっていない表情を見せながら、とりあえず小さく頷いた。

「というわけで今日、二人で心霊スポット巡りデートに行かない…?」

「誰が行くか!んなもん!」

「あっれぇ~?」

「んん?」

 聞き覚えのある声がして、アヒルが下へ向けていた顔を上げる。

「あれあれあっれぇ~?」

「またかよ…」

 顔を上げたアヒルが、瞬時にうんざりとした表情を作る。アヒルたちの行く通学路のその先で、辺りをきょろきょろと見回し、何やら探す素振りを見せているのはアニキであった。その周りには、同じように辺りを見回している、いつもの子分たちの姿もある。

「だっから邪魔だっつってんだろ、お前ら」

「うぎゃあ!」

『あ、アニキぃ~!』

 アヒルが勢いよくアニキを蹴り倒すと、子分たちが一斉に悲痛な声をあげる。

「お、おのれ!朝比奈ぁ~!」

「今度は何探してんだよ?」

 地面に打ち付けたのであろう、赤くなった鼻を押さえ、すぐさま立ち上がったアニキへと、アヒルがうんざりした表情のまま問いかける。

「子分だ!」

「はぁ?子分なら、ちゃんと居んじゃねぇかっ」

「お前の目は節穴かぁ!?朝比奈!」

 アニキを周りを囲む、多くの子分たちを見て言うアヒルであったが、アニキはそんなアヒルの言葉を、強く批判した。

「どう見たって、一人足りないだろうが!」

「どう見たって、んなもんわかんねぇーよ」

 熱く主張するアニキに対し、真逆の冷めきった反応を返すアヒル。

「そういえば…スキンヘッドに前髪だけ生やした、赤学ランに蝶ネクタイの人が居ないわね…」

「そう!そうなんだよ!さすが真田さん!」

「んな変な奴、居たっけ…?」

 アニキの子分たちを見回し、ポツリと呟いた囁に、アニキが嬉しそうに何度も頷く。そんな二人の横で、アヒルは大きく首を傾げる。

「風邪でもひいてんじゃねぇのかぁ?」

「あいつは四十度の高熱があっても、俺との約束は守る熱い男なんだよ!」

「熱いっつーか、馬鹿だろ」

 引き続き熱弁するアニキに、思わず突っ込みを入れてしまうアヒル。

「アニキ、俺らもう一回、町全体回って、探してきます!」

「おう、じゃあ俺はあいつの家に行ってみる」

 その居ないという子分の一人を心配した様子で、町に散り散りに駆けていく子分たち。

「この通り、俺は忙しいからまた明日、ぶっ倒しにきてやる!またなぁ、朝比奈!」

 捨て台詞のようにアヒルにそう言葉を投げかけて、子分たちに遅れながら、その場を駆け去っていくアニキ。その場に茫然と立ち尽くしたアヒルと、囁だけが残る。

「別に誰も、ぶっ倒しに来てとか、頼んでねぇーけど…」

「フフフ…」

 ぼやくように言うアヒルの横で、囁がそっと微笑む。

「けれど…」

「んあ?」

 何やら不安げに眉をひそめる囁に、アヒルが首を傾げる。

「リーゼントくんに何かあった後って…いつも必ず、不吉なことが起こる気が…」

「考え過ぎだろ」

 不気味な雰囲気たっぷりに、不吉なことを言う囁に対し、アヒルは特に気にした様子もなく、むしろ呆れたように肩を落とす。

「どうせ、大したことじゃねぇって」

「……そうだと、いいけれど…」

 気を取り直して、通学路を歩きだすアヒルの背を見ながら、囁は少し不安げに呟いた。



 言ノ葉町、小さな町のCDショップ。

「おっちゃん、こんちはぁ~」

 朝のいい時間、普通の学生であれば学校へ行っているであろう時間だというのに、格好だけ一応学生服のスズメは、明るい笑顔で店の中へと入って来た。

「この、恋盲腸ドラマCD第三弾、“荒れ出す恋模様、愛の波浪警報”の巻、くださぁ~い!」

 いかにもデロ甘そうなジャケットの描かれたCDを、ノリノリの様子で店主へと差し出すスズメ。

「三千円」

「へいへぇーい」

 笑顔のスズメが、ポケットから財布を取り出し、レジの前のトレーへと千円札を三枚出す。その間に店主はCDを袋へと入れ、スズメへ差し出した。

「毎度」

「あぁ~楽しみだなぁ。二弾もすっげぇ良かったよ!おっちゃんのおススメ通り!」

「…………」

「あり?」

 親しげに話しかけるスズメであったが、店主からはまるで反応がなく、スズメが少し首を傾げる。

「おっちゃん?」

「毎度、ありがとうございました」

「……っ」

 スズメの言葉に答えず、ただ深々と頭を下げる店主を見て、スズメはそっと眉をひそめた。




 時が過ぎ、放課後。言ノ葉高校、オカルト同好会部室。

「じゃあ、次の議題内容を決めたいと思います」

 眼鏡を人差指で押し上げた雅が、教師の代わりに教壇に立ち、机に座っている、数名の同好会部員たちを見る。

「何か意見のある人」

『…………』

「ん?」

 まったく返って来ない反応に、雅が少し眉をひそめる。

「意見のある人?妖怪でもお化けでも、何でも構いませんよ?」

『…………』

 雅がもう一度問いかけるが、やはり部員たちの反応はない。何も意見がないにしても、“特に思いつきません”くらいは言うのが普通である。部員の一人ひとりをよく見てみると、雅の言葉を無視しているというよりも、本当に反応がない。雅の言葉が、聞こえていないかのようであった。

「確かに普段から、わりと無口な方々ですけど、これは…」

 その様子を見つめ、雅が表情を曇らせる。

「ツバメ君」

「うん…」

 雅が振り向くと、教室の前扉付近に立っていたツバメが、真剣な表情を見せて頷いた。

「言葉が…操作されてるみたいだね…」

「操作…?」

 ツバメの言葉に、雅はそっと眉をひそめた。



 その頃。同じく言ノ葉高校、国語資料室。

「恵ちゃ~ん!」

「はぁ…」

 資料室へと入って来る、あまり頭の良くなさそうな、無駄に明るいその声に、すでに声の主を理解したのか、本を読んでいた恵は、すぐさまその本を閉じ、深々と溜息をついた。

「“先生”と呼べと、何度言ったらわかる?」

 本を机の上に置き、恵が睨むような瞳で、入口の方を見る。

「スズメ」

「お、正解っ」

 恵に名を呼ばれたスズメは、嬉しそうに笑顔を見せた。

「恵ちゃんて、俺の名前は間違えないよねぇ。兄貴とかアヒルの名前はすーぐ、間違えんのにっ」

「お前なぁ…」

 軽い口調を飛ばしながら、恵の方へと歩み寄って来るスズメに、恵が呆れきった視線を向ける。

「資料室にはノックしてから入れ。後、いい加減、朝一からちゃんと学校へ来い。まじで卒業出来なくなるぞ?」

「あっ、もしかして俺に恋しちゃってるから、間違えないとかぁ?」

「聞け!」

 恵の言葉は一切聞かず、マイペースに自分の言葉を続けるスズメに、恵が思わず怒鳴りあげる。

「ったく、恵ちゃんにはトキメキってもんが足りてないよぉ。恋盲腸読んだらぁ?」

「読むかっ」

 スズメの薦めを、恵がすぐさま拒絶する。

「で?放課後登校してまで、私に何の用だ?」

「んん~?別にぃ~ただぁ恵ちゃんの顔見にっ」

「殺すぞ…?」

「いやん、怖ぁ~い」

 本気で怒りを見せ始める恵に、スズメが黄色い声をあげる。

「そう怒んないでよ」

「お前が怒らせてんだろうがっ」

「町の言葉に、変化が起きてる」

「……っ」

 急に口調の変わったスズメの言葉に、恵もその表情を変える。

「何…?」

 眉をひそめ、もう一度確認するように、スズメへと問いかける恵。

「嫌な予感が、するんだ」

 恵へとそう言ったスズメは、真剣な表情を見せていた。




 韻本部、言語鑑定室。

「始めて下さい」

「はい」

 凛々しく言い放つ和音の言葉に頷いた白衣の女性が、書類片手に部屋の中央へと歩いていき、明るく照らされた部屋の真ん中で、ただ椅子に座り込んでいる一人の男のすぐ横へと立つ。男は歩み寄って来た女性に目をくれることなく、まっすぐに前を向いたままであった。

「あなたの名前は?」

「佐々田治郎」

 白衣の女性が問いかけると、佐々田と名乗った男がすぐに答えを返す。

「あなたの年齢は?」

「三十三」

「あなたの誕生日は?」

「十二月二十日」

 書類を目にしながら、次々と質問していく白衣の女性。投げかけられる質問に、特に疑問を抱いた様子もなく、佐々田はすらすらと答えていく。

「あなたが今朝、食べたものは?」

「ご飯と味噌汁」

「あなたが今、食べたいものは?」

「…………」

 同じように告げられたはずの質問に、何故か、佐々田の答えは止まる。

「あなたが今、やりたいことは?」

 その質問にも、佐々田は答えない。

「……っ」

 佐々田の様子を見つめていた和音が、そっと表情を曇らせる。

「あなたが昨日、やったことは?」

「仕事」

「昨日の夜、家へ帰る前、あなたは寄り道をした?」

「した」

「何の為に?」

「買いたい物があって、言ノ葉町のホームセンターへ行った」

 佐々田が告げた答えに、和音がさらに眉をひそめる。

「そこで、誰かに出会いましたか?」

 佐々田の方へと数歩足を踏み出して、白衣の女性に代わるように、佐々田へと質問を投げかける和音。

「ホームセンターの店員」

「では」

 答えた佐々田に、和音がさらに口を開く。

「人ではない何かに、出会いましたか?」

「…………」

 その問いかけに、佐々田の答えはない。

「……ここまでにしましょう」

「はい」

 和音がそう言って振り向くと、白衣の女性が大きく頷く。壁際に待機していた黒い着物の韻の従者たちにより、椅子に座っていた佐々田が立ち上がらされ、奥の部屋へと連れられていく。

「どう、思います?」

 少し後ろを振り返り、すぐ後方に立っている“毛守ももり”の桃雪へと問いかける和音。

「彼の言葉からは、力というものが、まったく感じられませんでしたねぇ」

 軽く肩を落としながら、桃雪が和音の問いに答える。

「さっきの、一連の質疑応答から、言えることは二つ」

 桃雪が右手の指を、二本突き立てる。

「一つは、自由有る答えがないこと。実際に食べたものは答えられるのに、食べたいものという、自分の願望に関しては答えなかった」

 先程の佐々田の様子を、桃雪は的確に分析する。

「そして二つ目は、昨夜起こった事柄に関して、回答権がないということ。これはまぁ、彼の言葉をあのように変えた者の仕業でしょう」

「ええ…」

 和音が納得するように、深々と頷く。

「そして、彼の言葉を変えたその場所は、言ノ葉町」

「……っ」

 付け加えるように言った和音に、桃雪がそっと目を細める。

「色々と事件の絶えない町ですねぇ、あそこもっ」

 桃雪が口元を緩め、少し楽しげな笑みを浮かべる。

「土地が呪われているのか、はたまた、住んでる誰かさんが呪われてるのか」

「後者なのかも、知れませんわね…」

「言姫様」

「はい?」

 部屋へと入って来た従者に呼ばれ、和音が振り返る。

「於の神が面会を求めていらっしゃいますが」

「檻也が?」

「はい」

 聞き返した和音に、従者が大きく頷く。

「わかりました。私の部屋に通して下さい」

「はい」

 和音の指示に、従者は深々と頭を下げると、檻也を案内するため、すぐさま部屋を後にした。

「於の神もしつこいですねぇ。これで三日連続じゃないですかぁ?」

「それが、彼のいいところですわ」

 呆れたように言う桃雪に、和音がそっと笑みを浮かべる。

「そして、愚かなところ…」

 声の音調を落とした和音は、視線を落とした瞳を、冷たく輝かせた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ