表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
18/347

Word.5 乱レル弾丸 〈1〉

 奈々瀬とリンを忌が襲ってから数日。あの日以来、四日連続現れていた忌も姿を見せなくなり、アヒルたちは平穏な日々を過ごしていた。そんな平穏な朝比奈家に、またも賑やかな朝が来る。

「んん~っ…二十八世紀ナシぃ~っ…」

 枕をきつく抱き締め、ベッドの上で気持ち良さそうに眠っているのは、朝比奈家の末っ子・アヒル。

「いいかい?篭也君。よく聞くんだよ?」

「はい」

 外の廊下から、少しだけ開かれた扉を覗き込み、眠っているアヒルの様子をうかがっているのは、朝比奈家の父。その横で父の言葉に頷くのは、すでに制服姿で、朝の支度も完璧な様子の篭也であった。

「出来るだけ顔面を狙って、コレを投げ込むんだ」

 そう言って父が取り出したのは、大量のジャガイモ。

「投げる時に、“イモイモジャーガアタック”というのを忘れないようにっ」

「はい」

 父の教えに、篭也はしっかりと頷く。

「じゃあ行くよぉ?イモイモジャーガァ、アタァーっ…!」

「クゥゥっ!!」

「ぐほぉぉうっ!」

 父が部屋の扉を開け放ち、今まさにアヒルへ向けてジャガイモを投げつけようとしたその時、素早く起き上がったアヒルにより、下顎を勢いよく蹴り上げられた。鼻血を出した父が、その場に力なく倒れ込む。

「うぅっ…さすがはアーくん…今日もいい蹴りっぷりっ…」

「なぁ~に、朝っぱらから作戦立ててまで、息子にイモ投げつけようとしてんだよ!」

 鼻血を押さえながら言い放つ父に、アヒルが呆れきった表情を向ける。

「だって、アーくんがイモを呼ぶから…」

「呼んでねぇ!俺が呼んだのは、二十一世紀ナシだ!」

「アーくん、二十八世紀って言ってたよ?」

「あ?そうか?」

「隙ありっ」

 父と話しながら、首を傾げているアヒルへ向け、篭也がジャガイモを振りかぶる。

「イモイモジャーガアタック!」

「ぐあああっ!」

 物凄いスピードで放たれたジャガイモは、見事にアヒルの額へと命中した。ジャガイモのスピードをそのまま受け、アヒルがベッドへと倒れ込んでいく。

「やりましたよ、お父上」

「おお!素晴らしいよぉ~!篭也君!さすがは我が愛弟子!」

「てっ…めぇらっ…」

 得意げに微笑む篭也と、そんな篭也に大きく手を振り、何とも嬉しそうな顔を見せる父。二人の様子に怒りを沸き上がらせたアヒルが、引きつった表情でベッドから起き上がる。

「ぶっ殺ぉぉぉーすっ!」

「望むところだ」

「いっやぁ~!朝から盛り上がって来たねぇ~!」



「まぁ~たやってるよ、あいつらっ」

 居間で、軋む天井を見上げながら、新聞を読んでいるのは、アヒルの上の兄・スズメであった。天井の揺れから、アヒルたちの朝の攻防の激しさを察知し、呆れた表情を見せるスズメ。

「篭也君が加わって…より一層、激しさを増したよね…」

 同じく軋む天井を気にしながら、本日、食事当番のため、朝食の支度をしているのは、アヒルの下の兄・ツバメであった。

「懲りねぇよなぁ、オヤジも」

 スズメが新聞をめくりながら、そっと肩を落とす。

「あんなことしなくっても、アヒルはもう大丈夫だと思うけどっ…」

「……っ」

 呟かれたスズメの言葉に、ツバメが朝食を作る手を止め、その表情を曇らせる。

「そうだね…」

「……?」

 小さく頷くツバメを見て、居間で先に朝食を食べていた囁は、戸惑うように首を傾げた。




 時は流れて昼休み。言ノ葉高校一年D組。

「あっ!弁当忘れた!」

「またぁ?」

 鞄の中を見て叫ぶアヒルに、紺平が呆れた表情を向ける。

「ガァって三日に一回はお弁当忘れるよねぇ」

「おい!篭也!囁!」

 呆れきった紺平の言葉を聞き流して、アヒルが席から立ち上がり、教室の後ろの席に並んで座っている篭也と囁の方を見る。

「お前ら、俺の弁当持ってねぇ?」

「自分の分しか持っていない」

「横にアヒるんのお弁当が置いてあったけど…敢えて無視してきたわ…フフっ…」

「ああ、敢えて無視した」

「おいっ!」

 持ってきたという自分の弁当を広げ、困っているアヒルのことなど完全に無視して、弁当を食べ始める篭也と囁。食を提供されているので、その弁当も勿論、今日、食事当番であるツバメのお手製であった。

「クッソ!神相手に何て薄情な奴らだっ…」

「神?」

「へっ!?い、いや!何でもねぇよっ!」

 二人への文句を口にしたアヒルであったが、思わず言ってしまった“神”という単語を紺平に聞かれ、必死に笑みを作って誤魔化す。

「あぁ~でも金もねぇーし、どうすっかなぁ。昼飯っ」

「ある日の夜…小さな男の子が、細く暗い道を…たった一人で歩いていました…」

「へっ?」

 悩むように首を捻っていたアヒルが、どこからか聞こえてくる不気味な声に、目を丸くする。

「すると後ろから…シュトラトロ…シュトラトロ…と、男の子を追ってくる足音がっ…」

「な、何っ…」

「“一体、何の音だろう…?”恐る恐る、男の子が振り返ってみると…そこにはっ…」

「そこにはっ…?」

 最初は戸惑っていたものの、徐々にその話に集中し、続きを気にするように、その声の最後の言葉を繰り返すアヒル。

「四ツ目スカンクがっ…」

「スカァァーンク!」

「ぎゃあああああっ!」

 どこからか聞こえてくる“スカンク”という大きな声に、アヒルが驚き、思わず激しい悲鳴をあげた。スカンクよりも大きなアヒルの声に、教室中の皆からの視線が集まる。

「ゼハァっ…!ゼハァっ…!」

「いいリアクションだね…アヒル君…」

「ツー兄!」

 アヒルが振り返ると、そこには、窓の外の中庭からアヒルの教室を覗いている、ツバメの姿があった。どうやら先程の不気味な怪談話は、ツバメが話していたようである。

「驚かすなよなぁ~ツー兄は、ただでさえ存在が不気味なんだからさぁっ」

「ごめんごめん…つい日課でね…」

 非難するように言い放つアヒルに、ツバメがやはり不気味な笑みを向ける。

「っつーか、どさくさに紛れて、“スカンク”って叫んだ奴、誰だぁ?」

「篭也…」

「何の話だ?」

 振り向くアヒルに対し、そっと篭也の名を呼ぶ囁。そんな囁に、何も知らないように言い放ちながら、篭也はマイペースに弁当を食べ進める。

「あ、はい…これ、お弁当…」

「おっ!サンキュー!」

 ツバメから自分の弁当を受け取り、アヒルが嬉しそうな笑顔を見せる。

「丁度、今、昼飯どうしようって困ってたとっ…」

「ツバメさぁーん!」

「ぐはっ!」

 弁当を受け取ったアヒルを横へと弾き飛ばして、窓の外に立つツバメの前へと出たのは、想子であった。

「そ、想子っ…てめぇ…」

「あれ…?想子ちゃん…久し振りだね…」

「ホント、お久し振りですねぇ!せっかく同じ高校に入ったのに、一年と三年じゃ全然、会わないんですものぉー!」

 恨みがましく名を呼ぶアヒルを完全に無視し、いつもより相当にキラキラと瞳を輝かせ、乙女のように胸の前で両手を組んだ想子が、ツバメに熱い視線を送る。

「まったく会いたくもない弟の方とは、毎日会っちゃってるんですけどねぇー!」

「おい、コラっ」

 満面の笑顔を見せる想子に、さらに強い睨みをきかせるアヒル。

「今度、またウチに遊びにおいでよ…昔みたいにさ…あ、でも部活とか忙しいかな…?」

「いーえ!分身してでも行きます!」

「来なくていいよ。って、痛っ!」

 こっそりと呟いたアヒルの膝に、ツバメからは見えないように、想子の蹴りが入る。

「じゃあ僕…そろそろ行くから…」

「はぁーい!」

 去っていくツバメを、きらびやかな笑顔で、いつまでも手を振り、見送る想子。蹴られた膝を抱え込んでいたアヒルが、ツバメがいなくなった頃に、やっと立ち上がる。

「あぁ~あっ、ツバメさん、行っちゃったぁ…」

「想ちゃんて、昔っからホント、ツバメさんのこと好きだよねぇ」

「弟の俺が言うのもなんだけど、お前、ツー兄のどこがいいわけ?」

 蹴られた膝を軽く気にしながら、アヒルが想子へ問いかける。

「全てよ!」

「変態だろ?お前」

 はっきりと答える想子に、呆れきった冷たい視線を送るアヒル。

「私はきっと、ツバメさんが理想としている、口裂け女のような女性になってみせるわぁ!」

「そん時は俺が退治してやるよ」

「何ですってぇ!?」

「やんのか!?ああ!?」

「まぁまぁっ」

 いつも通り、睨み合うアヒルと想子を、間に入って必死に止める紺平であった。



「ふぅ…」

「おぉ~い!ツバメ!」

「んっ…?」

 アヒルに弁当を渡し、三年の教室がある三階へと戻って来たツバメが、よく聞き覚えのあるその声に振り向く。

「スズメ…」

「無事、アヒルに弁当渡せたかぁ~?」

 廊下の向こうからやって来るのは、ツバメと瓜二つの姿の持ち主、双子の片割れのスズメであった。スズメは明るい表情で手を振りながら、ツバメのもとへと歩み寄って来る。

「うん…スズメもどこか行ってたの…?」

「おう!ちょ~っと隣校の番長に呼び出されてなっ」

「またケンカ…?」

 得意げな笑顔を見せるスズメに、ツバメが少し呆れた表情を向ける。

「すんげぇ弱くってさぁっ、“お前ら、ゴキブリ以下だ”って、吐き捨ててきてやったぜっ」

「はぁ…」

 スズメがさらに言葉を続けると、ツバメは深々と肩を落とした。

「あんまり酷い言葉向けてると…その内、痛い目に遭うよ…?」

「痛い目くらい上等だっての。いつでも来いって感じ?」

「じゃあ今すぐ、僕の呪術で…」

「ちょいちょいちょい!それは待てっ!」

 制服の内ポケットから藁人形を取り出すツバメを、必死に止めるスズメであった。




 さらに時間は流れ、放課後。完全下校時間が間近に迫った言ノ葉高校では、生徒たちが続々と正門を通り、家へと帰って行こうとしていた。

「じゃあ想子、またねぇ~」

「うん、また明日!」

 正門の前で他の女子生徒たちと別れ、想子だけが左へと曲がり、帰り道を進んでいく。

「想子ちゃん」

「えっ?」

 名を呼ばれ、想子が足を止めて振り返る。

「ツバメさん!」

 想子に遅れるようにして学校の正門から出てきて、想子のいる方へと歩み寄って来るのはツバメであった。ツバメを見て、想子が思わず大きな笑顔を零す。

「今、帰り…?」

「はい!剣道部で!ツバメさんは?」

「僕も部活が長引いちゃってね…」

 ツバメが想子の隣まで並ぶと、想子が再び前を向き、二人は並んで道を歩き始める。

「えっ?ツバメさん、何の部活に入ってるんですか?」

「オカルト同好会…」

「まぁ!素敵過ぎですね!」

「そう…?」

 ツバメの答えに、目を輝かせる想子。同好会が部活でないことも、オカルトが素敵過ぎではないことも、この二人には大した問題ではないようである。

「こんなに遅くまで、何をやってたんですか?」

「吸血鬼とニンニクの関係について…」

「まぁ!実に興味深い研究テーマですね!」

「そう…?」

 同じような調子で、進む会話。ツバメの言うことに対してならば、想子は何でも誉めちぎるであろう。

「最近…アヒル君、クラスでどう…?」

「えっ…?」

 いきなりのツバメの問いかけに、想子が少し戸惑った声を漏らす。

「別に普通ですよぉ?あっ、でも神月君と真田さんが来てからは、さらに騒がしくなったかなぁ?」

 首を捻らせながら、答える想子。

「そう…」

「……っ」

 これ以上ないくらいの優しい笑顔で、そっと頷くツバメの横顔を見て、想子がふと、表情を止める。

「んっ…?想子ちゃん…?」

 急に足を止めた想子に気づき、ツバメが戸惑うように振り返った。

「どうし…」

「ツバメさんて…いつもそうですよね…」

「えっ…?」

 俯いた想子が小さく零した声に、首を傾げるツバメ。

「ううんっ…ツバメさんだけじゃない。ガァの家族はみんな、そうっ…」

 顔を上げた想子は、どこか寂しげな表情を見せていた。

「みんな必死にっ…ガァを守ってるっ…」

「……っ」

 想子のその言葉に、ツバメはまるで、痛い所でも突かれたかのように、そっと目を細めた。

「私…ガァが少し、羨ましいっ…」

「想子ちゃん…」

 少し哀しげに微笑む想子を、まっすぐに見つめるツバメ。

「想っ…」

「あ、ああぁ~!さっ!とっとと帰りましょう!ガァ達、みんな待ってますよ!きっと!」

「……っ」

 急に明るい笑顔を作り、必死に言葉を繋げた想子は、ツバメの言葉をそれ以上は許さずに、少し足早に家への道を再び歩き始めた。前を行く想子の背中を見て、ツバメが少し眉をひそめる。

「あれっ?」

「ん…?」

 前方から戸惑うような想子の声が聞こえてきて、ツバメが顔を上げた。

「想子ちゃん、どうし…あっ…」

『グゥゥゥっ…』

 想子に問いかける前に、ツバメの視界へと入ってきたのは、二人の前方に、二人を待ち伏せするようにして、道に広がり並んでいる複数の男たちであった。皆、イカつい顔をしており、体格も大きい。派手な毛色やピアスなどが目立ち、いかにも不良といった連中であった。

「あれって確か…隣校の番長じゃ…」

「ちょっとー!何ですかぁ!?」

 ツバメが表情を曇らせる中、想子は恐ろしい外見の連中に怯えることもなく、正面から堂々と問いかける。

「善良な市民に乱暴なことしようってんならぁ、まず間違いなく警察にっ…」

『グゥゥゥっ…!』

「うっ…」

 さらに大きな唸り声をあげ、想子の言葉も聞かずに臨戦態勢を取る男たちに、想子が思わず言葉を止め、やっと少し怯んだ表情を見せる。

「な、何かすんごくやる気満々って感じじゃっ…」

「まさか…」

「朝比奈スズメ…」

「朝比奈スズメ…」

 何か思いついたようにツバメが呟いたその時、男たちが口にしたのは、ツバメの片割れの名であった。

『殺すっ…!』

「やっぱり…」

「やっぱりって、ツバメさん!?」

 本気の殺意を感じさせる男たちに焦りながら、想子が戸惑うようにツバメの方を振り向く。

「あの人たち…今日の昼間にスズメがケンカして、やっつけちゃった人たちだよ…」

 冷静に話を続けるツバメ。

「僕とスズメを間違えて…仕返ししに来たみたい…」

「ええぇ!?」

 ツバメの言葉に、想子が大きく顔をしかめる。

「あんの馬鹿男!今度会ったら、肋骨砕き割ってやるっ!」

「一応、僕の身内なんだけど…?想子ちゃん…」

 スズメへの殺意を燃え上がらせる想子に、ツバメが呆れた表情で、こっそりと呟く。

「まぁスズメには悪いけど…説明して、ちゃんとスズメに仕返しに行ってもらうようにしっ…」

『グオオオォォっ…!』

「……っ」

 事情を説明しようと、想子よりも一歩前に出たツバメであったが、男たちが発した、普通の人間のものとは思えない、低く重く響き渡る声に、思わず目を見開き、立ち止まった。

「ツ、ツバメさんっ…何かあの人たち…ただのイカつい不良ってわけでもなさそうな気がっ…」

「グオオォォ!“壊”!」

「……っ!」

 男の一人が大きく叫ぶと、何か悪寒のようなものを感じ、背筋を震え上がらせたツバメが、一気に険しい表情を作った。

「想子ちゃんっ…!こっちっ…!」

「えっ…!?」

 想子の腕を掴み、強く引っ張るようにして、脇道へと走り出すツバメに、体を大きく捻りながら、想子が戸惑った顔を見せる。


―――バァァァァン!


「えっ!?」

 二人が脇道に逸れた途端、先程まで二人の立っていた道の両端の壁やら電柱やらが、一気に崩れ落ち、想子は大きく目を見開いた。

「な、何!?」

『グオオオォォォっ!』

「何なのっ…!?」

 激しい咆哮をあげながら、逃げるツバメと想子を追ってくる男たちに、さらに困惑の表情を見せる想子。

「せっかくのツバメさんとの帰り道だったのにっ…もう!馬鹿スズメぇー!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ