Word.4 言葉ノ行方 〈5〉
「ふぃ~っ!」
忌が消えたことを確認すると、アヒルは銃を持ったまま、リラックスするように、大きく伸びをした。
「やれやれ、ね…」
そんなアヒルを見つめながら、振り上げていた槍を下ろす囁。
「まさか変格形まで使うことになるとはな」
「ハ級の忌が相手だったんだもの…まぁ仕方ないわ…フフっ…」
会話を交わしながら、篭也と囁が、それぞれの武器をもとの言玉の姿へと戻す。
「しかし…」
そっと肩を落とし、アヒルの方へと視線を流す篭也。
「まったくもって、困った神だな」
「そうねぇ…フフっ…」
呆れたように呟く篭也に、囁が笑みを向ける。
「けど…」
「けど?」
「言葉の大切さを知っている…」
「……っ」
微笑む囁に、少し目を見開く篭也。
「私は結構気に入ってきたけど…篭也は?」
「さぁなっ…」
「素直じゃないわね…フフっ…」
素っ気ない答えを返す篭也に、囁はそっと笑みを零した。
「はぁ~ああっ」
銃を言玉へと戻し、ポケットへとしまうアヒル。
「眠みぃ~っ…おぉ~い!さっさと帰っ…!」
「あ、あのっ…あ、ああ朝比奈クンっ…」
「へっ?」
二人に呼びかけようとしたアヒルが、後方から名を呼ばれて振り返る。
「あっ…奈々瀬っ…」
アヒルが振り返ると、そこには、ひどく困惑した様子の奈々瀬が立っていた。どうやらアヒルたちの後を追い、店の外まで出てきてしまったようである。
「あのぉ…私…色々と混乱しててっ…そのぉ…さっきのとか今のとか、あれこれ一体、何なのかっ…」
「“催眠”」
「へっ…?」
問いかけの途中だった奈々瀬の額に、囁の言玉が当てられると、奈々瀬はすぐさま瞳を閉じ、その場に倒れ込んだ。
「奈々瀬っ!?」
「安心して…眠らせただけよ…フフフっ…」
「お前に言われると安心できねぇーよっ…」
不気味に微笑む囁に、アヒルが思わず顔を引きつる。
「眠らせておけば、夢で片付く」
「いっつも思うけど、結構雑な考えだよな…」
自信を持って言い切る篭也に、少し疑いの目を向けるアヒル。
「けどよぉ…」
どこか困ったように眉尻を下げ、アヒルが顔を上げる。
「これじゃあ、さすがに夢では片付けられねぇーんじゃねぇーのっ…?」
アヒルの見つめる先には、奈々瀬の働いているコンビニがあった。店内で戦ったものだから、天井や壁は突き抜けており、店の中も瓦礫などで総崩れである。
「そうだな。店を直さないと」
「あっ?直す?」
アヒルが首を傾げる中、篭也が自分の言玉を掲げる。
「“改修”」
―――パァァァァァン!
「うおっ!」
篭也の言玉から、強い赤色の光が放たれ店を包むと、店はあっという間に、夕方、アヒルたちが訪れた時のような、きれいな状態へと戻った。
「すっげっ…」
一瞬で元通り戻った店を見つめ、目を見張るアヒル。
「おっ前、こんなことも出来んのかよっ!」
「はぁ?」
感心して振り向くアヒルに、篭也が冷めた視線を送る。
「今までの戦いでも、壊れた壁や電柱を直していたのに、気付かなかったのか?」
「あっ…そういえば…」
「神の目は節穴だな」
「ああ!?んだとぉ!?」
「まぁまぁ…それより、奈々瀬さんを店の中へ運んであげましょう…?フフフっ…」
何はともあれ、アヒルと篭也、囁の三人は、ハ級の忌を倒すことに、成功したのであった。
「ふぅ~んっ…」
三人のいるコンビニの、すぐ前に建っているビルの屋上から、三人の様子を見下ろす、一人の男。
「なかなか面白い三人組だねぇ…」
二十代程に見えれば、もっと年を重ねた落ち着きのようなものも持っているその男は、黒い髪を風に揺らし、鋭く光る瞳を細め、そっと笑う。紫紺の袴を纏い、その右手には水色の扇子が握られていた。
「いやぁ興味湧くねぇ~そう思わないかい?雅クンっ」
男が話しかけたのは、隣に立っている、制服姿の青年であった。雅と呼ばれた青年は、掛けている眼鏡の縁を指で押し上げ、その瞳を鋭くする。
「ハ級の忌程度に、あれほど手こずっているような者たちに、興味など湧きません」
「手厳しいなぁ~雅クンはっ」
冷たく言い切る雅に、男がどこか拗ねるように呟く。
「ボクはぜひとも、お知り合いになってみたいねぇ~」
男が扇子を揺らし、怪しげな笑みを浮かべる。
「特にあの、“神様”クンの方っ…」
「はぁっ…」
楽しげに笑う男を見て、雅はがっくりと肩を落とした。
「すぐに誰にでも興味を持つのは、あなたの悪い癖ですよ?為介さん…」
「ハハハっ、それは気をつけないとねっ…」
翌日。
「和え物、青、赤…うぅ~んっ…」
「使える言葉は、まだまだ見つかりそうにないわね…フフっ…」
学校からの帰り道、辞書をめくり、首を捻りながら道を歩くアヒルを、その後ろから、囁は微笑ましげに見つめる。
「青、赤…あっ!思いついた!“青紫くなれ”とかはどっ…!」
「阿呆」
「ああっ!?」
勢いよく振り向いたアヒルに、篭也が冷たく言い放つと、アヒルが一瞬にして顔をしかめる。
「何だよ!人が真面目に考っ…!」
「壁の拭き掃除やってよぉ!ナナっ!」
「んっ?」
どこかで聞き覚えのある、その女の声に、アヒルが振り向く。
「ダァ~メ、リンちゃんが店長に頼まれたことでしょっ?」
「ええぇ~?ダルいぃ~」
「ダルくてもやるの。仕事なんだからっ」
昨夜の戦いの痕もまるでなく、昨日の帰り道とまったく同じそのコンビニの前では、気さくに言葉を掛け合っている奈々瀬とリンの姿があった。
「ほら早くっ」
「はぁ~いっ」
強く言う奈々瀬に、渋々頷くリン。昨日の二人からは想像もつかない光景が、そこに広がっていた。
「まったくっ」
「奈々瀬」
「えっ?あ、朝比奈クンっ!」
名を呼ばれて振り向いた奈々瀬が、アヒルの姿を確認し、大きな笑顔を見せる。
「きょ、今日も絶好のお漬け物日和だねっ!」
「あ?あ、ああ…そう、だな」
相変わらずわけのわからない発言をする奈々瀬に、アヒルが少し戸惑いながらも、一応頷く。
「今日もバイトか?」
「あ、うんっ」
「頑張れよっ」
「うんっ…!」
笑顔を見せるアヒルに、奈々瀬はさらに大きな笑顔となって頷いた。
「ナナぁ~!手伝ってぇ~!」
「もう!すぐ人に頼らないのっ!」
「ぶぅ~っ」
「……っ」
何の気兼ねもしていない様子で、はっきりと言い放つ奈々瀬と、その言葉に口を尖らせながらも、それでも嬉しそうな笑みを零しているリンの姿を見て、アヒルが思わず口元を綻ばせる。
「どうかした?朝比奈クン」
「へっ?あ、ああぁ~いやっ!じゃあ、また明日、学校でなっ!」
「うん、また明日っ」
誤魔化すように微笑んで、アヒルが手をあげ、少し前方の道で待っている篭也と囁の方へと駆けていく。応えるように手を上げた奈々瀬は、歩き去っていく三人の姿を、まっすぐに見つめた。
「……っ」
三人の背を見つめながら、奈々瀬が少し考え込むような表情を見せる。
「どうかしたの?ナナ」
「えっ?」
横からリンに話しかけられ、少し驚いたように振り向く奈々瀬。
「あ、うんっ…あのさ、リンちゃん…」
「んっ?」
「昨日…何か変な夢、見なかった…?」
少し躊躇うように、奈々瀬がリンへと問いかける。
「夢?別に見てないけど?」
「そうっ…」
あっさりと答えるリンに、奈々瀬が少し肩を落とす。
「ってかナナさっ、さっきの人のこと、好きなんでしょっ!?」
「えっ…!?」
いきなりのリンの言葉に、奈々瀬が顔を真っ赤にし、焦ったように顔を上げる。
「な、なんでっ…!?」
「丸わかり!ナナってば、わかりやすいんだもん!ウフフっ!」
「もう!からかわないでよ!リンちゃん!」
楽しげに笑って店へと入っていくリンに、頬を膨らませ、思わず怒鳴りあげる奈々瀬。リンが店へと入り、店の前に奈々瀬だけが残ると、奈々瀬は神妙な表情を見せ、そっと空を見上げた。
「夢…に、決まってるよね…?」
青い空へと、問いかける奈々瀬。
「あんな黒い影の化け物…実際にいるわけないもんね…」
奈々瀬は、自分自身に言い聞かせるように、そっと呟いた。
物語は徐々に、動き始める。




