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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
163/347

Word.42 あラタナル闇 〈1〉

 始忌アジト、入口付近。

「だっから、しつこいっつってんのよ…!“えぐれ”!」

『ギャアアアア…!』

 エリザが右足を勢いよく振り切り、飛びかかってきていた忌を数十匹、一斉に消し去る。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 アヒルたちを先へと進めるため、一人この場に残り、足止めをしていたエリザであったが、消しても消しても湧いて出てくる忌に、エリザの体力もさすがに限界が近づいてきていた。

「このままじゃ…」

「グアアアア…!」

「うっ…!」

 険しい表情で、眉間に皺を寄せたエリザのもとへ、新たな忌の集団が勢いよく襲い掛かってくる。

「クっ…!」

 右足を振り上げる間もなく、エリザが表情をしかめた、その時であった。

「“ちろ”」

『ギャアアアア!』

「えっ…?」

 雨か雷のように、上空から降り落ちてきた無数の白い光が、エリザへと向かってきた忌を一匹残らず貫き、あっという間にその存在を消し去ってしまった。その光景に、エリザが戸惑った表情を見せる。

「今の、言葉は…」

「大丈夫か?の神」

「……っ」

 久し振りに聞く、忌の禍々しいものではないその声に、素早く振り向くエリザ。

の神…!」

「一人で足止めか?随分と無茶をしたものだな」

 エリザの前へと現れたのは、涼しげな表情を見せた檻也であった。檻也の横に並ぶようにして、紺平も立っている。思いがけない二人の姿に、エリザは大きく驚く。

「ど、どうして於の神たちがここへっ?言ノ葉町は?」

「言ノ葉町の忌は、一掃された」

「えっ?」

 檻也の言葉に、エリザが目を丸くする。

「あの人数とこれだけの時間で一掃?見た目より、やるのねぇ。於の神って」

「見た目より、は余計だ」

 エリザの歯に衣着せぬ発言に、思わず顔をしかめる檻也。

「別に檻也くんが凄いわけじゃないよ」

「おいっ」

 あっさりと否定する紺平を、檻也が少し睨むように見る。

「高市くんに取り憑いてる忌の人…灰示さん、だっけ?その人が操作してくれたみたいで」

「波城灰示がっ…?」

 説明する紺平に、エリザは少し考え込むように俯き、その手で自らの顎に手を触れた。


―――“痛み”を知れば、愚かな君たちも、人を傷つける言葉なんて口にしなくなるだろう…?―――


「あの男が、人間の味方をするとはね…」

 かつて戦った灰示の姿を思い出し、エリザがどこか感心するように呟く。誰かを傷つける言葉ばかりを吐く人間に、かつての灰示はひどく絶望していた。エリザが見た限り、人間を守るような行動を取る者には、まったく見えなかった。

「これも、アヒル効果かしら」

「ガァ?」

 そっと微笑むエリザに、紺平が少し首を傾げる。

「空音とお前たちの団の者は、言ノ葉町に残し、町人たちの手当てや事後処理に当たってもらっている」

 檻也が言葉を投げかけると、俯いていたエリザが顔を上げた。

「ここに連れて来るには、あまりにも力を消耗していたんでな」

「適切な判断だと思うわ。ありがとう」

 エリザが檻也へと、力強く笑いかける。

「この場は俺たちが援護する。とっとと切り抜けて、先へ急ごう」

「了解っ」

 檻也の言葉にエリザが大きく頷くと、三人は周囲を囲む忌へ向け、それぞれの言玉を構えた。




「ハァ…!ハァ…!ハァ…!」

 一方、灰示との話を終えたアヒルは、どこまでも真っ暗な空間の続くアジト内を、ひたすらに駆け抜けていた。

「ハァっ…こう暗いと、方向感覚がちっともっ…」


―――バァァァーン!


「……っ」

 遠くの方から聞こえてくる衝撃音が、不意に耳に入り、アヒルはすぐに立ち止まって、音の聞こえてきた方角を振り向いた。その先は暗くて何も見えはしないが、確かに衝撃音が続いている。

「誰かが…戦ってんのか…?」

 音に耳を澄ませ、アヒルがそっと眉をひそめる。

「よしっ…!」

 表情を鋭くし、アヒルはその音のする方へと、さらに足を速め、駆け抜けていった。




 始忌アジト内、囁 vs 虹乃ニジノ

「“らせ”!」

「パオオォォン!」

「うっ…!」

 虹乃の言葉を合図に、その場で大きくその巨体を揺らす弓象。弓象の巨体に空間全体が揺らされ、立っていた囁は、思わずバランスを崩される。

「キャハハ…!隙ありぃ!“”!」

「クっ…!」

 バランスを崩した囁へ向け、虹乃が楽しげな笑顔で衝撃波を放つ。

「さ…“さけべ”…!」

 囁が言葉を放ち、横笛を奏でると、美しい音色とともに赤い光の玉が生まれ、向かってきた衝撃波とぶつかり合って、大きな衝撃音を響かせながら相殺する。

「やっるぅ~!」

「……っ」

 攻撃を防がれたというのに、余裕の笑みを浮かべている虹乃を、鋭く見つめたまま、囁は口元に当てていた横笛を素早く下ろした。

「“変格”…」

 下ろした横笛を、囁が下方へと振り抜く。その瞬間、横笛の先が伸び、横笛は真っ赤な槍へと姿を変えた。

「そっかぁ。サ行って、変格使えるんだっけぇ」

 囁の、姿を変えたその武器を、興味深く見つめる虹乃。

「面白そぉ~!あんた乗っ取ったら、使いまくっちゃおぉ~!」

「誰がそんなこと…させるもんですか…」

 笑いあげる虹乃に少し不快そうな顔を見せた後、槍を構えた囁が、勢いよく虹乃へと駆け込んでいく。

「真っ向勝負ぅ~?」

 駆け込んでくる囁を見つめ、虹乃が口角を吊り上げる。

「それはさすがに、無謀じゃなぁ~い?“け”!」

「パオオォォン!」

 駆け込んでくる囁を出迎えるように、弓象も虹乃の前から、巨体とは思えぬほどの速度で、勢いよく突っ込んでいく。

「“れ”」

 弓象と正面衝突するその直前、囁が小さく言葉を落とす。

「パ、パオォンっ?」

 言葉を落とした瞬間、弓象の目の前から消えてしまった囁の姿。向かっていたものが急になくなり、弓象は足を止め、戸惑うように周囲を見回す。

「どこに…?」

 弓象と同じように、消えた囁の姿を探す虹乃。

「……っ」

「えっ…!?」

 その時、虹乃の目の前へと、急に囁が姿を現す。驚く虹乃に躊躇うことなく、囁は構えた槍を、鋭く振り上げた。

「“け”…」

「グっ…!」

 振り下ろされる囁の槍に、虹乃が険しい表情を見せる。

「なぁ~んちゃってっ」

「えっ…?」

 微笑む虹乃に、囁が眉をひそめる。

「“ゆずれ”っ」

「えっ…?なっ…」

 虹乃が言葉を発した途端、まっすぐに虹乃へと振り下ろしていたはずのその槍先が勝手に逸れ、きれいに虹乃のすぐ横へと落ちていく。

「これは…」

 自分の意志とは異なる動きをした槍に、戸惑いの表情を見せる囁。

「キャハハ!余所見しちゃってて、いいのぉ~?」

「え…?」

「“え”!」

「パオオォォン!」

「うっ…!」

 虹乃の声に、槍へと落としていた視線を上げた囁であったが、後方から伸びてきた弓象の長い鼻に、その胴体を絡めとられてしまう。

「うっ…クっ…!」

 槍を持った右手ごと絡まれたため、逃れる言葉を放つことも出来ず、表情を歪める囁。弓象は囁を捕らえた鼻を高々と掲げ、天井近くまで囁の体を持っていく。

「“ゆるめろ”」

「えっ…?」

 虹乃の言葉により、弓象の鼻が急に緩むと、囁が天井近くの高さから、勢いよく落下していく。

「ああああっ…!」

 床に全身を勢いよく打ちつけ、囁が苦しげに声を漏らす。

「トドメっ」

 倒れこんだままの囁へと、右手を向ける虹乃。

「“”」

「うっ…!きゃああああ!」

 倒れたままの囁へと虹乃が衝撃波を放つと、囁はそれを直撃し、後方へと勢いよく吹き飛ばされた。

「痛たた…」

 少し血の流れる体を、囁がゆっくりと起き上がらせる。

「どぉ~お?」

 虹乃の軽い口調の声に、そっと顔を上げる囁。

「虹乃ってば、あの五十音士の女より、よっぽど言葉を使いこなしてるでしょぉ~?」

「……っ」

 虹乃の言葉に、答えることなく、囁が表情を曇らせる。虹乃のその言葉の通り、囁も、虹乃は弓よりも、弓の言葉を使いこなしているように感じていた。言葉の数も、言葉の選択も、目を見張るものがある。虹乃が五十音士であったなら、相当にレベルは上の方に分類されるであろう。

「人間はねぇ、言葉の中に変な感情持ち込むから、弱くなんのよっ」

 まるで指摘するように、虹乃が言葉を続ける。

「言葉なんて、ただの力を得るための道具。そう考えれば、もっと有効的に使えるのにぃ」

「道具、ね…」

 虹乃の言葉の一部を繰り返しながら、囁が槍を支えにするようにして、その場に立ち上がる。

「じゃあ、言葉から生まれたあなたたちは…道具以下ってことかしら…?」

「……っ」

 囁の挑発的なその言葉に、虹乃はあからさまに顔をしかめる。

「そうねぇ…そうかもっ」

 挑発を認めるように、静かに呟く虹乃。

「でも、ただの道具じゃないわ」

 虹乃が冷たく、笑みを浮かべる。

「私たちはやいば…愚かなあんたたちの胸を貫く、鋭い刃よっ…!」

 勢いよく叫んだ虹乃が、大きく両手を広げる。

「“”!」

「……っ」

 向かってくる衝撃波に、囁が表情を鋭くして、槍を振り上げる。

「“さまたげろ”…!」

 囁が赤い光の膜を放ち、向かってきた衝撃波を、別方向へと弾き返す。

「さ…」

「“らせ”!」

「あっ…!」

 囁が次の言葉を放とうとした時、虹乃が先に言葉を放ち、動く弓象により再び地面が揺れ、またしても囁がバランスを崩される。

「今よぉ!弓象!“え”!」

「パオオォォン!」

「うっ…!」

 バランスを崩していた囁へと伸びた弓象の鼻が、再び囁の体を絡み取る。

「う…!うぅ…!」

「キャハハっ!今度はその体、めっちゃくちゃに斬り裂いてやっ…!」

「フフフ…」

「えっ…?」

 弓象の鼻に絡み取られたままの囁が、どこか不敵な笑みを浮かべると、徐々にその捕らえられていた体が霞んでいき、やがて消えていく。

「なっ…!?」

「パオン?」

 忽然と姿を消した囁に、驚きの表情を見せる虹乃と弓象。

「消えた…?また、さっきの言葉っ?」

「いいえ…違うわ…」

「……っ!」

 すぐ後ろから聞こえてくる声に、目を見開いた虹乃が、素早く振り返る。虹乃が振り返ると、そこには不気味な笑みを浮かべた、囁が立っていた。

「今の言葉は…“錯覚さっかく”…」

「錯覚…?」

 その言葉に、虹乃が表情を曇らせる。

「突進攻撃しか出来ないあなたには…少し難しすぎたかしら…?」

「……っ」

 挑発する囁に、虹乃がまたしても大きく顔を歪める。

「望み通り突進してやろうじゃないっ。“け”!弓象!」

「パオオォォン!」

 鋭く手を振り上げた虹乃の言葉に応え、弓象が重く響く足音を響かせながら、囁のもとへと駆け込んでくる。

「“き乱れろ”…」

 槍を手元で一回転させ、言葉を放つ囁。

「パっ…!?」

 囁へと駆け込もうとしていた弓象の足元から、多くの花が一斉に咲き始め、その茎や蔓で弓象の足を絡め取り、巨体の動きを止めてしまう。

「なっ…!」

 動きの止まった弓象を振り返り、大きく目を見開く虹乃。

「何してんのよ!弓ぞっ…!」

「さ…」

「……っ!」

 弓象に怒鳴りあげていた虹乃が、すぐ後ろから聞こえてくる声に振り向き、表情を歪める。

「“け”…」

「うっ…!」

 振り向いた虹乃へと、振り下ろされる囁の槍。

「きゃああああっ…!」

 囁の槍に斬り裂かれた虹乃が、動きを止められた弓象の方まで、吹き飛ばされる。

「ううぅっ…!」

 弓象の巨体に背をぶつけ、その場に倒れこんだ虹乃は、苦しげに表情を引きつった。斬り裂かれた左肩から胸への傷から、真っ赤な血が流れ落ちている。

「血っ…」

 忌である頃は流れたこともなかった、その赤い血を見つめ、虹乃がそっと目を細める。


―――痛い…痛い…―――


「うる、さいわねぇ…」

 頭の中に響く声に、虹乃が煩わしそうに声を発する。

「言われなくても…“痛い”のなんて十分、わかってるわよっ…!」

 誰にともなく怒鳴るように声をあげながら、虹乃がその場で立ち上がる。

「ハァ…ハァ…」

「あら…もう立ち上がったの…?」

 少し息を乱した虹乃の姿を見つめ、囁が余裕に満ちた笑みを浮かべる。

「結構、しぶといのね…」

「当たり前でしょ」

 一方、すっかり余裕の笑みも消えた虹乃は、睨みつけるような瞳で囁を見た。

「虹乃は、あんたの、五十音士の、人間の、全員の言葉を奪いきるまで、絶対に消えたりしないんだからっ」

「奪いきる、ね…」

 虹乃の言葉を繰り返し、囁がそっと眉をひそめる。

「それは…やめておいた方が、いいと思うわ…」

「はぁ?」

 助言のような口振りで言う囁に、虹乃が思わず顔をしかめる。

「何?それっ」

 鼻で笑い飛ばすように、言葉を吐き捨てる虹乃。

「命乞いなら、もっと可愛らしく言えないわけっ?」

「言えないわね…命なんて、乞うてないもの…」

「……?」

 あっさりと否定する囁に、虹乃が少し戸惑うように眉をひそめる。

「じゃあ何だって…」

「あなたたちは…人の“痛み”により力を増すもの…人間が言葉を失えば、あなたたちは弱化する…」

 戸惑う虹乃へと、囁が真剣な眼差しを向ける。

「あなたたちは…五十音士の言葉により生み出されたもの…五十音士が言葉を失えば、あなたたちの存在は消える…」

「えっ…?」

 囁の言葉に衝撃を走らせた虹乃が、その赤い瞳を大きく揺らす。

「消、える…?」

「ええ…」

 聞き返すように呟いた虹乃へと、囁がもう一度、頷きかける。

「言葉が消えれば、“痛み”は消えるかも知れない…でもそれ以上に、確実に、あなたたちが消えるわ…」

「……っ!」

 はっきりと告げる囁に、虹乃は目一杯、その瞳を見開いた。

「そ、そんな…」

 やっとのことで声を漏らした虹乃が、かすかに口元を緩める。

「そ、そんなはずないじゃない!だって、虹乃たちはこうして、実体化もしてっ…!」

「形あるものは、いずれ朽ち逝くもの…」

 虹乃の必死の言葉を、囁は静かに遮った。

「あなたたちが実体を持ったことは…あなたたちが消える理由にはなっても、消えない理由にはならないわ…」

「……っ」

 放たれる囁の言葉に、言い返す言葉も見つけられず、虹乃は強く唇を噛み締めたまま、その視線を落とした。

「そんなの…そんなの、嘘よ…」

 否定するように、拒むように、必死に首を横に振る虹乃。

「だって、言ったもの…」


―――俺たちの目的は、人間からすべての言葉を消し去り、この“痛み”から解放されることだ…―――


「伍黄が言ったもの!言葉を消せば、虹乃たちは自由だって、そう言ったものっ…!」

 必死に叫んだ虹乃が、勢いよく右手を振り上げる。

「だから、消えない…?」

 ゆとりのない表情を見せる虹乃に、囁はさらに追い込むように、鋭い瞳を向けた。

「それは…私たち人が、“永遠に生きられる”と口にすれば死なない、と言っているようなもの…」

 囁の瞳が、虹乃を突き刺す。

「あまりにも、愚かな考え方だわ…」

「……っ!」

 どこか責めるように言い放つ囁に、虹乃が大きく目を見開く。

「そんなこと、ないわ…」

 囁の言葉を否定するように、必死に言葉を紡ぐ虹乃。

「虹乃は…愚かなんかじゃないっ…」

 まるで自分に言い聞かせるように、虹乃が呟く。

「虹乃は、消えたりなんかしないっ…!」

 そう叫び、虹乃が勢いよく右手を振り上げる。



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