Word.4 言葉ノ行方 〈4〉
「グオオォォっ…!“破”っ…!!」
「……っ」
向かって来る衝撃波に、篭也が目つきを鋭くする。
「“返せ”…!」
篭也が言葉を発すると、篭也を包んでいた六本の格子が、篭也の前で盾のように重なり合い、素早く回転して、やって来た衝撃波を正面から受け止めた。
「グっ…!」
格子から伝わる圧力に、篭也が思わず顔を引きつる。
「押されるっ…」
「“妨げろ”」
篭也の表情が曇ったその時、囁くような声とともに、美しい音色が響き渡った。
―――パァァァァン!
「クっ…!」
横から入って来た音の振動に、向かって来ていた衝撃波の一部が押し潰されると、篭也は態勢を崩しながらも、残りの衝撃波を、空へと弾き返された。
「大丈夫…?篭也…」
「ああ、悪い」
格子を手元に戻しながら、歩み寄って来る囁の方を振り向く篭也。
「ハ級の忌の相手など久々にしたが、やはり手強いな」
「そうね…」
篭也の言葉に、囁も真剣な表情を見せて頷く。
「一人の力では無理だな。囁、同時に攻撃をっ…」
「私が…」
「んっ?」
囁に話しかけようとしていた篭也が、前方から聞こえてくる、忌のものではない女の声に振り向く。口を開いているのは、忌に取り憑かれたリンであった。
「私がそんなに…可哀想…?」
『……っ』
問いかけを口にするリンに、篭也と囁が眉をひそめる。
「忌がしゃべっているの…?」
「いや、これは、忌と強く同調した宿主自身の声だ」
囁の問いに、篭也が冷静に答える。
「親に捨てられた私が…そんなに可哀想…?」
「リンちゃん…?」
「…………」
アヒルと奈々瀬も篭也たちと同じように、自らの言葉を発するリンを、まっすぐに見つめる。
「だから…何も言わないんでしょう…?」
静かなその場に響く、リンの声。
「どんなに酷い言葉を向けても…何も言い返さずに黙っているんでしょう…?」
忌が憑き、虚ろになったままのリンの瞳が、確かにアヒルの横の奈々瀬を捉える。
「私に…同情してるんでしょうっ…!?」
「……っ!」
一際大きな声で放たれる言葉に、奈々瀬が思わず目を見開いた。
「リンちゃんっ…」
「投げかけた言葉が、誰にも受け止めてもらえなかった時…」
「……っ」
リンを見つめていた奈々瀬が、横から聞こえてくるアヒルの声に振り向く。
「その言葉は、投げかけた本人に戻る」
「朝比奈…クン…?」
同じようにリンを見ていたアヒルが、真剣な表情を見せ、ゆっくりと奈々瀬の方を振り向いた。
「お前が受け止めなかったアイツの言葉は、アイツに戻って、アイツ自身の痛みになった」
「えっ…?」
『……っ』
奈々瀬とともに、前方から聞いていた篭也たちも、驚いたような表情を見せた。
「自らの言葉に傷ついて、忌が取り憑いたというのか…?」
「…………」
強く眉をひそめる篭也の横で、囁も厳しい表情を見せる。
「奈々瀬」
奈々瀬をまっすぐに見つめたまま、アヒルが奈々瀬の名を呼ぶ。
「何も言い返さずに黙っていることは、その言葉を否定するよりも、ずっと相手を傷つけるんだ」
「……っ!」
アヒルの言葉に、奈々瀬が大きく目を見開く。
「私がリンちゃんを…傷つけた…?」
「ああっ」
確かめるように問いかけた奈々瀬に、アヒルは躊躇うことなく、はっきりと頷いた。
「グゥゥっ…」
『……っ』
アヒルと奈々瀬のやり取りに見入っていた篭也たちが、再び聞こえてくる忌の声に、すぐさま表情を引き締めて、振り返る。
「来るぞ、囁」
「ええっ…」
瞳を鋭くし、篭也と囁が、それぞれに武器を構える。
「“かっ…!」
「リンちゃんのバカぁぁっ!!」
「はっ…?」
言葉を発しようとした篭也が、後方から聞こえてくる、小学生並みの怒鳴り声に、間の抜けた表情となって振り向いた。
「リンちゃんのわがまま!リンちゃんの自分勝手!リンちゃんのおたんこナス!」
震え上がっていた足を、いつの間にか立ち上がらせた奈々瀬は、幼稚な言葉を並べながら、リンへ向けて、必死に怒鳴りあげていた。
「グゥっ…?」
「……っ」
目の前にいる篭也たちから、叫んでいる奈々瀬へと視線を移すリンに、篭也が眉をひそめる。
「神!このままでは的になる!止めさせっ…!」
「いいから見てろ」
「……っ」
強く言い放つアヒルに、どこか威圧されるように、思わず言葉を呑み込む篭也。
「今日の拭き掃除だって、リンちゃんが店長に頼まれたんだから、リンちゃんがやれば良かったでしょ!?」
アヒルと篭也のやり取りも目に入っていない様子で、奈々瀬がさらに叫びを続ける。
「同じバイトなんだから、自分ばっかり偉そうにしないでよっ!」
奈々瀬が拳を力一杯握り締め、まっすぐにリンを見つめる。
「リンちゃんなんてっ…リンちゃんて、大っ嫌いっ!!」
「……っ!!」
奈々瀬のその言葉に、リンが大きく目を見開く。
「あぁ~あっ…言っちゃった…」
「本当に傷つけるようなことを言わせてどうするっ…」
呆れたように微笑む囁と、悩ましげに頭を抱える篭也。
「嫌いって…」
『えっ…?』
再び聞こえてくる女の声に、篭也と囁が振り向く。
「嫌いって…言われる方が良かった…」
忌の声ではなく、弱々しいリンの声が、もう一度、その場に響き渡る。
―――お父さん、お母さんっ―――
―――…………―――
「何にも言ってもらえないより…ずっと良かったっ…」
搾り出されたその言葉とともに、リンの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
「グゥゥっ…!グアアアアアっ!!」
『うっ…!』
悲鳴のような激しい忌の叫び声が響き渡ると、リンの全身から白い光が放たれ、篭也たちが皆、目を伏せた。
―――パァァァァンっ!
「あっ…あぁ…」
光が止むと、力なく瞳を閉じたリンが、その場に倒れ込んだ。
「リンちゃんっ…!」
倒れたリンのもとへと、奈々瀬が必死に駆け寄っていく。
<グゥっ…!な、何だとっ…!?>
「あら…また出ちゃったわね…フフっ…」
「何が何だかサッパリわからない」
穴のあいた天井付近に浮かぶ、黒い影・忌を見上げ、囁が微笑み、篭也が表情を引きつる。
<他に傷ついた人間をっ…!>
「あっ…!」
天井の穴から、店の外へと飛び出していく忌。
「逃がすかよっ…!」
「なっ…!待て!神っ…!」
忌を追い、店を駆け出ていくアヒルを、慌てた様子で篭也と囁が追う。
「五十音、第一の音…“あ”、解放っ…!」
外へと出ながら、ポケットから取り出した言玉を光らせ、いつものように『安』と書かれた銃を手に取る。
「待ちやがれ!」
<五十音士かっ…!>
銃を構えるアヒルを見て、険しい表情を見せる空中の忌。
「待つのはあなただ、神」
「ああっ?」
後方からやって来る声に、アヒルが面倒臭そうに振り返る。
「僕たちでも苦戦しているんだぞ?あなた一人の力で、どうにかなるわけがっ…」
「だったら皆でやりゃいいだろうがっ」
「へっ?」
あっさりと言い放つアヒルに、思わず目を丸くする篭也。
「フフっ…一理あるわね…」
篭也の後からやって来た囁が、どこか楽しそうに微笑む。
「援護するわ…神…」
「おいっ、ささやっ…」
「我が神の仰せのままに、でしょ…?篭也」
「……っ」
異論を唱えようとした篭也であったが、人差し指を突き立て、微笑む囁に、それより先の言葉を止められ、言いくるめられてしまう。
「僕たちが先に行く。あなたは最後にぶっ放せ」
「了解!」
篭也の言葉に大きく頷き、アヒルが気合いの入った様子で銃を構える。
「同時に行くぞ、囁」
「ええっ…」
アヒルよりも数歩前に出たところで並んだ篭也と囁が、それぞれに格子と横笛を掲げる。
『“変格”』
―――パァァァァン!
二人が声を合わせ、その言葉を発すると、それぞれの武器から強く赤い光が放たれた。囁の横笛は、下端から長い刃が伸び、刃の長い槍のように変形し、篭也の格子は一本に重なりあった後、その先端に大きく角度のついた刃が生え、鎌のように変形する。
「武器が…変わった…?」
その光景に、目を見張るアヒル。
<グゥゥっ…>
空中で、唸り声をあげる忌。
<五十音士の言霊くらいっ、ぶっ潰してやるよぉっ!“破”っ…!!>
忌が大きく手を振り下ろし、二人へ向けて衝撃波を放つ。
『……っ』
向かってくる衝撃波に、篭也と囁は避ける素振りも見せず、冷静に姿を変えたその武器を振りかぶった。
「“裂け”…」
「“刈れ”」
勢いよく振り上げられた鎌と槍から、空中にいる忌に向かい、大きな赤色の一閃が放たれる。
<ウウゥっ…!ギャアアアアっ!!>
駆け抜ける一閃に、避けることも出来ずに斬り裂かれた忌が、激しい悲鳴をあげる。
「今だ、神っ」
「ああっ!」
篭也の言葉に大きく頷き、アヒルが苦しんでいる忌へと銃口を向ける。
「“当たれ”っ!」
放たれた弾丸は、アヒルの言葉を受け、まっすぐに忌へと向かっていく。
<グゥゥゥっ…!>
歪む忌の表情。
<ギャアアアアアアアっ!!>
―――パァァァァァン!
アヒルの弾丸に貫かれ、忌は白い光を放つと、跡形もなく消えていった。




