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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
158/347

Word.40 違エシ道 〈4〉

 言ノ葉町、北部。

「“れ”!」

 誠子や徹子同様、町で忌たちとの戦闘を続ける曾守そもりの空音が、言葉で鋭い白光を向け、地面ごと削るようにして、周囲に居た忌を、一気に掻き消す。

「ふぅ~っ…」

 振り上げていた手を下ろすと同時に肩も下ろし、深々と息をつく空音。言葉を遣いながらずっと戦っているため、疲労は相当に溜まっていた。

「変格使い過ぎたかなぁ…何かクラクラしてきた…」

 頭を抱え、空音が困ったように呟く。

「ったく、他神の連中…一体、何やって…」

「“”!」

「えっ…?」

 聞こえてくる声に、俯いていた空音が顔を上げる。生き残っていたらしき忌が、空音へ向け放った衝撃波が、もう空音の目の前まで迫って来ていた。

「や、やばっ…!」

 空音が焦った様子で、表情を引きつる。

「クっ…!」

「“こわせ”!」

「……っ」

 横から入って来た言葉により、空音へと向かって来ていた衝撃波が、空音に当たる直前で、自ら砕け散るように弾け飛ぶ。

「なっ…」

「…………」

 驚いた様子で目を見開く空音の前に現れ、衝撃波を放った忌へ向け、言玉を持った右手を向ける、鋭い瞳を見せた紺平。

「“こおりつけ”!」

「ギャアアアア!」

 紺平が言葉を放つと、紺平の言玉から強い吹雪が吹き荒れ、忌を氷付けにすると、そのまま氷は、忌もろとも砕け散った。

「ふぅっ」

 無事に忌を倒したことを確認し、紺平がホッと息をつく。

「大丈夫?空音さっ…」

「新入りのくせに、しゃしゃり出てくんじゃないわよぉ!」

「グヘっ!」

 空音の方を振り返り、優しい笑みで声を掛けた紺平であったが、空音に勢いよく襟元を掴まれ、絞まる首に、思わず表情を引きつる。

「ぞ、ぞらねさっ…ぐ、ぐるしっ…」

「誰が助けてって言ったのよ!」

 必死に訴える紺平にも構わず、空音が怒鳴りあげる。

「言っとくけどね、私は他人に助けられることが、不眠不休より嫌いなの!」

『グアアアアア…』

「うあっ…!」

 空音の後方に迫る、新たな忌の群れに、首を絞められながらも、大きく目を見開く紺平。

「ぞ、ぞらねさっ…!び…!びみ…!」

「私は助けられるくらいならねぇ、ババっとヤラれちゃった方がずっとマシでぇっ…!」

 紺平が忌の接近を伝えようとするが、空音は熱が入り、まったく聞くことなく、語り続ける。

「だからぁ、あんたに助けられたって、ちぃ~っともっ…!」

『グアアアアアア…!』

「うああああっ!」

「へっ?」

 すぐ背後まで迫った忌が、雄たけびをあげると、空音がやっと気付いた様子で後ろを振り返る。

「んなぁ!?」

 後方を取り囲んだ忌を見て、空音が大きく目を見開く。

「なんで、とっとと教えないのよ!?」

「教えてたよ…さっきからずっと…」

 責め立てる空音に、やっと首を解放された紺平は、非難するような瞳で空音を見つめる。

『グアアアアアア!』

『うっ…!』

 群れを成して襲いかかって来る忌に、モメていた紺平と空音が前方を向き、表情を引きつる。

「“し潰せ”」

『えっ…?』

 降るように落ちてくる、言葉。

『ギャアアアア!』

「……っ」

 二人の目の前へと迫っていた忌を押し潰して、檻也が上空から、二人のすぐ前へと降りてくる。

「神っ…」

「檻也くん…!」

 現れた檻也を見て、目を見開く空音と、思わず嬉しそうな笑顔を零す紺平。

「お…」

 二人の前で立ち上がった檻也が、周囲を囲む忌を見回し、ゆっくりと口を開く。

「“おののけ”」

『……っ!』

 言葉を放った檻也に鋭く睨みつけられると、忌たちがその霧状の体を、まるで背筋を震え上がらせるように、強張らせた。

『ギャアアアアア!』

 檻也に恐怖した次の瞬間、忌たちが悲鳴をあげ、一瞬にして掻き消えていく。

「す、凄い…」

 紺平や空音とは、力のレベルがまるで違う檻也の強さに、紺平が思わず感嘆の声を漏らす。

「大丈夫か?紺平、空音」

「うん」

「問題ありません」

 振り向き、問いかける檻也に、紺平と空音がそれぞれ答える。

「助けていただいて、ありがとうございました、神。この御恩、一生涯、忘れはいたしません」

「他人に助けられるの、不眠不休より嫌いなんじゃなかったっけ…?」

 眩い笑顔で檻也へと礼を言う空音に、紺平が思わず白い目を向ける。

「ごめんね。神を守る立場の神附きなのに、助けてもらっちゃって…」

「気にするな。事態が事態だ」

 申し訳なさそうな顔を見せる紺平に、檻也が軽く肩を叩き、声を掛ける。

「不甲斐ないばかりですが、神…私たちの力も、もう限界です」

「ああ、わかっている」

 空音が弱々しく訴えると、檻也はそれを責めることなく、素直に頷いた。

「他の連中も限界に近い。このままでは、もう一時間ともたないだろう」

「じゃあ…」

「ああ…」

 紺平に頷きながら、檻也がそっと視線を落とす。

「間もなく、忌は言ノ葉の外に広がる…そうなれば、世界は一気に忌に呑まれるだろう」

「そんなっ…」

 檻也の言葉に、険しい表情を見せる檻也。

「安の神たちは、間に合わなかったようですね…」

「…………」

 空音がそう言うと、檻也は表情を曇らせた。

「……っ」

「ん?」

 俯いていた檻也が、どこかへ行こうと足を踏み出す紺平に気付き、戸惑うように顔を上げる。

「どこへ行く?紺平」

「忌を倒しに」

「何っ…?」

 すぐさま答える紺平に、檻也が眉をひそめる。

「何をっ…」

「そうよ!バカなこと言ってんじゃなっ…!ハっ!」

 思わず紺平に怒鳴りあげようとした空音であったが、すぐ横に檻也が居ることに気付き、焦った様子で口を噤む。

「先程、神が仰られたでしょう…?」

 勢いよく口調を変えて、紺平へと語りかける空音。

「この事態では、もう忌を止めることは不可能です。ここは諦めて、一旦、体力の回復を…」

「諦めたくない」

「……っ」

 はっきりと返って来る紺平の答えに、空音が少し驚くように目を開く。

「諦めたくないっ」

 もう一度、その言葉を繰り返す紺平。

「だって、ガァはまだ絶対、諦めてないから…!」

『……っ』

 強く言い放つ紺平の、その真剣な眼差しに、檻也と空音がハッとした表情を見せる。

「ガァも皆も、まだきっと、諦めずに戦ってる。だから俺も、まだ諦めたくない」

 訴えるように、まっすぐに檻也を見つめる紺平。

「最後の最後、限界ギリギリまで、絶対に諦めたくない!」

「紺平…」

 必死に主張する紺平を見つめ、檻也は眩しいものでも見るかのように、そっと目を細めた。

「紺平…そういう子供染みた考えだけで、突き進むのは、愚かというもので…」

「わかった」

「へっ?」

 紺平に冷静に言葉を投げかけようとしていた空音が、横から聞こえてくる檻也の頷きに、どこか間の抜けた表情となる。

「我が兄も相当に、諦めが悪いしな。こんな所で、俺が先に諦めては、後で会わす顔がない」

「檻也くん」

 穏やかな笑みを浮かべる檻也を、紺平が少し驚いたように見つめる。

「もがき切ろうじゃないか。最後の最後まで」

「檻也くん!」

 微笑む檻也に、紺平も嬉しそうに笑みを零す。

「さすがは我が神…素晴らしいお言葉。私の意志も、神とまったく同じですわ…」

「空音さんは、すんごい勢いで、否定しようとしてた気、するけど…」

 満面の笑みを浮かべる空音に、疑いの瞳を向ける紺平。

『グアアアアア!』

「……っ」

 聞こえてくる声に、檻也が素早く振り向く。檻也の言葉で、周囲を囲んでいた忌は粗方、消し去ったはずであったが、また新たな忌が生まれ、すぐに三人を取り囲んでいく。

「まったく、見回しただけで溜息が出るな」

 どんどんと増えていく忌を見回しながら、檻也がそっと両手を構える。

「行くぞ、於団」

「うん」

「はい」

 檻也の言葉に、しっかりと頷く紺平と空音。

「“し潰っ…!」

『ギャアアアアア!』

「何っ?」

 檻也が言葉を放とうとしたその時、突然、三人を取り囲んでいた忌たちが苦しげな悲鳴をあげ、霧状の体が散り散りとなって、掻き消えていく。

『ギャアアアア!アアアアアア!』

「こ、これって…」

「何?どうなってんの…?」

 三人を取り囲んでいた忌も、上空に浮かんでいた忌も、遠くの方に見える忌まで、次々と消えていく。その状況に、戸惑いの表情を見せる紺平と空音。

「忌が…」

 忌が消滅し、空一面を覆っていた黒い影が消えて、視界が晴れていくと、そこには、忌に取り憑かれていた多くの町人たちが、気を失い倒れ込んでいた。皆、気絶しているが、忌が憑いている者は一人もいない。

「消えた…?」

 充満していた忌の気配がまったく感じられなくなり、檻也も戸惑った様子で周囲を見回す。

「これは、一体…」

「タイムオーバーって、やつじゃん?」

「……っ」

 横から聞こえてくる声に、勢いよく振り向く檻也。

「お前たちは…!」

 振り向いた檻也が、大きく目を見開く。

「ほぉー…よく持ちこたえたものだ…」

「結構やるじゃん?於団っ」

 そこに現れたのは、軽い口調の青年と、前髪で目元の見えない、少し不気味な少年。

「ハ行のっ…」

「へへっ」

 檻也たちの前へと姿を見せたのは、ハ行の五十音士、部守へもりの兵吾と、保守ほもりの蛍であった。



「んなっ…」

 始忌アジト内で、壁に映し出された、忌に呑み込まれていく言ノ葉町の様子を見つめ、満足げな笑みを浮かべていた伍黄が、突如、消えていく忌たちの姿に驚き、大きく目を見開く。

「何、だ…」

 映像の中には、誰に攻撃されているわけでもないというのに、悲鳴をあげながら、次々と消えていく忌。

「何を…」

 伍黄が、その声をかすかに震わせる。

「一体、何をしたっ…」

 声を荒げ、伍黄が勢いよく後方を振り返る。

「灰示…!」

「…………」

 伍黄が振り返ったその先には、落ち着いた表情を見せた、灰示が立っていた。




 『いどばた』周辺も、檻也たちの居る場所同様に、突然、忌が消え去る事態が起こっていた。

「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」

「これは…」

 力尽きた様子でしゃがみ込んだ音音の横で、道端に倒れた町人たちを見回し、雅がどこか茫然と呟く。

「あぁ~りゃりゃ~、急に消えちゃったねぇ~忌さん方っ」

「為介さんっ」

 そんな雅のもとへと、『いどばた』の中から為介が姿を現した。

「無事でしたか」

「うん~小さい五十音士クンが、守ってくれたからねぇ~」

「えっ…?」

 為介の言葉に、雅が戸惑うように首を傾げる。

「ホント、きれいさっぱり消えてるなぁ~すっごぉ~い」

 先程まで忌が覆い尽くしていた空を見上げ、感心するような声を発する為介。

「この状況は…為介さんたちが…?」

「まっさかぁ~僕は何にもやってないよぉ」

 雅の問いかけに、為介が扇子と合わせ、首も横に振る。

「では一体、何故、忌が突然…」

「初めから、そういう風に出来ていたんだよ」

『……っ』

 横から入って来る声に、雅と為介が同時に振り向く。

「あなたは…」

「久し振りだね。美守さん」

「確か、比守ひもりの…」

 雅たちの前へと現れたのは、ハ行の五十音士、比守のヒロトであった。かつて雅が、篭也とともに遊園跡地で戦った相手である。

「何故、あなたがここに…」

「それよりも、さっきの言葉の意味はぁ~?」

 戸惑う雅の横から、為介がヒロトへと問いかける。

「“初めからそういう風に出来てた”って、どういうことぉ~?」

「言葉の通りさ」

 問いかける為介に、ヒロトが涼しげに答える。

「この町の人間に取り憑いていた忌は、すべて不完全な忌。もともと数十時間経てば、消えるようにしていたのさ、あの方は」

「あの方…?」

 ヒロトの言葉に、雅が眉をひそめる。

「あの方というのは…波城灰示のことですか…?」

「……っ」

 雅の問いかけに、ヒロトがそっと目を細める。

「こんな芸当が出来るのは、この世界で、たった一人しかいない」

 はっきりとは答えないヒロトであったが、その言葉が、雅の問いかけが正しいものであることを、告げているようであった。

「何故、僕たちにそれを伝えにぃ~?」

「すべては、あの方の意志だよ」

 為介が問いかけると、ヒロトはすぐさま答える。

「この町に忌が撒かれる前、僕たちハ行を集めたあの方は、この事実を告げ、忌が消えた後に君たちにもこの事実を伝えるよう言った」

「忌が…撒かれる前…?」

 ヒロトの言葉に、雅が困惑した表情を見せる。

「では、波城灰示は初めからっ…」

「うん~始忌に味方する気はなかったみたいだねぇ~」

 振り向いた雅に、為介も少し首を捻りながら答える。

「つまりは、どういうことだ?」

「あ、恵さぁ~んっ」

 為介に遅れるようにして店から出てきた恵が、ヒロトへと鋭い瞳を向ける。

「波城灰示は、五十音士側に附いたということか?」

「そんな安っぽい言葉で、あの方を語らないで」

「んっ?」

 ヒロトの方を見ていた恵が、違う方向から返って来る声に振り向く。そこには、金色の虎の上に乗った、ふわふわ髪の、愛らしい少女の姿があった。

「不治子」

 ヒロトが、少女の名を呼ぶ。その少女も、ハ行の五十音士の一人、不守ふもりの不治子であった。

「あの方の考えは、あんたたちの考えなど及ばない、遥か先に向いている…」

 空を見上げた不治子が、どこか遠い瞳を見せる。


―――灰示様…不治子は、あなたが人間から言葉を奪うというのなら、それでもっ…―――

―――僕の望みは…たったの一つだけなんだよ。不治子…それはね…―――


「……っ」

 灰示と会った時に繰り広げられた会話を思い出し、不治子はそっと目を細めた。

「世界も言葉も…どうでもいい…」

 小さな声が、発せられる。

「どうかご無事で…灰示様…」

 不治子の祈るような声が、空へと贈られた。




「何を…?」

 問いかけた伍黄に対し、聞き返すように、灰示がそっと口を開く。

「くだらない問いかけだね…伍黄…」

「灰示っ…」

 いつものように答え返し、静かに微笑む灰示に、伍黄が歪ませていた表情を、さらに引きつる。

「何故、突如、すべての忌が消えた?」

「僕が言ノ葉に撒いたのは、生まれて間もない幼忌ようきでね…」

 問いかける伍黄に、今度はしっかりと答える灰示。

「まだ安定していない幼忌は、あまり多い“痛み”を浴びると、逆にその形を保てなくなり、数十時間で消滅してしまうんだよ…」

「幼忌っ…」

 灰示の言葉を聞き、少し映像の方を振り返る伍黄。すでに町を覆っていた忌の姿は一匹としてなくなり、解放された町人たちは気を失い倒れ、戦い疲れた五十音士たちが、茫然を立ち尽くしていた。

「初めから、世界を忌で埋め尽くす気はなかったというわけか…」

 伍黄が鋭い瞳を見せ、再び灰示の方を振り向く。

「五十音士に…人間どもに、味方をするというのか?灰示…」

「人間に附く気なんて、さらさらないよ」

 伍黄の問いかけに、灰示はすぐさま、首を横に振る。

「僕はただ、僕の望みを叶えるために、動いているだけ」

「望み、だと…?」

 灰示の言葉を繰り返した伍黄が、眉を吊り上げる。

「何を言っている…?俺とお前の望みは、同じだろう!?灰示…!」

「同じ、じゃないよ。伍黄…」

「何っ…?」

 灰示が静かに答えると、伍黄が眉間に皺を寄せる。

「僕と君の望みは、“同じ”じゃない…」

 もう一度、主張するように、その言葉を繰り返す灰示。

「僕と君の道はたがえたんだよ…伍黄…」

 そう言いながら、灰示がゆっくりと上げた右手で、真っ赤な針を構える。

「数百年の、昔にね…」

 灰示の鋭い瞳が、まっすぐに伍黄へと向けられた。



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