表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
155/347

Word.40 違エシ道 〈1〉

 始忌アジト、入口付近。

「だああああ!“えぐれ”!」

『ギャアアアア!』

 エリザが緑色に光輝く右足を振り回し、周囲を取り囲んでいた忌の群れを、一気に掻き消す。雄たけびのようなエリザの声のすぐ後に、忌の叫び声が響き渡った。

「ふぅっ!」

 掻き消えた忌を確認し、一息ついて、額の汗を拭うエリザ。

『グアアアアア!』

「うげっ」

 大して時間も置かないうちに現れる、次の忌の群れに、エリザが大きく顔を引きつる。

「ったく、キリがないじゃない。もうっ」

 疲れ果てた様子で、エリザが深々と肩を落とす。

『グアア…アァ…アっ…』

「んっ?」

 どこか苦しげな声に気付き、ふと後方を振り返るエリザ。エリザの視界に入って来たのは、苦しみながら、分裂する細胞のように、一つから二つへと数を増やす忌の姿であった。

「……っ」

 その光景を見つめ、エリザがそっと目を細める。

『グアア…ア…』

「“痛み”が、新たな“痛み”を生んでいく…」

 数の増えた忌を見つめ、険しい表情を見せるエリザ。

「早く何とかしないと、マズイわよ。アヒル…」

 先へと進んだアヒルへ向け、エリザは小さく呟いた。




 一方、アヒルを残し、アジトのさらに先へと進む篭也、囁、七架の三人。

『ハァ…!ハァ…!ハァ…!』

 ただ暗闇の、だだっ広い道の中を、三人が必死に駆ける。無音のその場に、三人の息の重なる音だけが響き渡る。だが目は徐々に暗闇に慣れ始め、三人は辺りの様子がうかがえるほどになっていた。

「見えるようになってきても…別に何もないものね…」

 殺風景な辺りの様子に、囁が少しがっかりしたように呟く。

「白骨死体の一つでもあれば、気分出るのに…フフフ…」

「何を求めている」

 不気味に微笑む囁に、篭也が呆れ果てた様子で突っ込みを入れる。

「それに、奴ら忌は、人間を殺すようなことはしないだろう」

「それもそうね…フフ…」

「えっ?」

 二人の会話を聞いていた七架が、戸惑うように目を丸くする。

「なん、で?なんで忌は、人を殺さないの?」

「あら、七架も白骨死体派…?」

「違うけど…」

 囁の言葉を、すぐさま否定する七架。

「人を殺せば、奴らは存在出来なくなるからだ」

「えっ…?」

 答えを放つ篭也に、七架が首を傾ける。

「存在、出来なくなる…?」

「ああ…」

 聞き返す七架に、深々と頷く篭也。

「奴らは、人の放つ言葉の悪意に潜むもの。人が居なくなれば奴らは生まれず、“痛み”も無いため、生き永らえることも出来ない」

「え…えっ?」

 少し混乱したように、七架が自分の額へと手を当てる。

「それって、おかしくない…?じゃあなんで、あの人たちは、人から言葉を奪おうと…」

 戸惑いの表情で、七架が篭也を見つめる。

「そんなことしたら、あの人たちはっ…」

「ああ、死ぬ」

「……っ」

 はっきりと言い放つ篭也に、眉をひそめる七架。

「彼らが望んでいるのは、“痛み”からの解放…そして自身の消滅…」

 篭也に続くように、囁も真剣な表情で言葉を放つ。

「彼等は“痛み”から逃れるため、自ら消えようとしている…私たち人の、言葉を道連れにしてね…」

「そんな…」

 囁の言葉に、七架がさらに険しい表情となる。

「どうして、そこまでする必要がっ…」

「あるんだよぉっ!」

『……っ!』

 上方から聞こえてくる声に、三人が素早く顔を上げる。

「あれはっ…!」

「シャハハ!」

 上空から降って来るようにして、その場に姿を現したのは、始忌の一人で、鮮烈な青髪の青年、碧鎖ヘキサであった。碧鎖が高らかと笑いあげながら、右手を振り上げる。

「お前ら人間には、死んでもわからねぇだろうがなぁ!」

「う…!」

 振り上げた手を、七架へ向け、勢いよく振り下ろす碧鎖。

「ううぅっ…!」

「七架…!」

 振り下ろされた右手へと、素早く薙刀を突き出した七架であったが、その勢いに押され、七架が一気に後退していく。碧鎖に押される七架に、囁が思わず身を乗り出す。

「クっ…!」

 七架が薙刀を握り直し、目の前に居る碧鎖を、睨み上げる。

「お前っ…」

 睨む七架を見つめ、そっと口角を吊り上げる碧鎖。

「忘れてねぇーぜぇ?お前、あの時俺に、“痛み”を与えた女だっ」

「……っ」

 楽しげに微笑む碧鎖に、そっと眉をひそめる七架。初めて弓が『いどばた』へとやって来た日、七架はアヒルを助けるため戦いへと参加し、弓を追っていた碧鎖へと傷を負わせたのであった。

「今度は俺が、お前に“痛み”を与えてやるよ」

 碧鎖の突き刺すような瞳が、七架へと向けられる。

「お前を狩ってなぁ!シャハハハ!」

「クっ…!」

 笑いあげる碧鎖に、七架は薙刀を振り払って後ろへと飛び、碧鎖との距離を開ける。

「七架」

「神月くんと囁ちゃんは、先に行ってっ」

 呼びかける囁に、七架がはっきりと言い放つ。

「この人の相手は、私が」

「シャハハハ!そうこなくっちゃなぁ!五十音士!」

 薙刀を構え直す七架を見て、碧鎖が嬉しそうに笑う。

「篭也…」

「奈々瀬は変格も習得している。任せても、問題はないだろう」

 意見を求めるように振り向く囁に、篭也が答える。

「奈々瀬、この場は任せる」

「うんっ」

 篭也の言葉に、大きく頷く七架。

「だが…」

「えっ…?」

 付け加えるように言う篭也に、七架が少し首を傾げた。

「迷うなよ」

「……っ」

 その言葉に、七架がどこかハッとするように、大きく目を見開く。

「うん」

 七架がもう一度、大きく頷く。

「行くぞ、囁」

「ええ…」

 その場に七架と碧鎖を残し、篭也と囁がさらに先へと歩を進めていく。

「…………」

 遠ざかっていく二人の背中を、静かに見守る七架。

「いいの?あっさりと行かせちゃって」

「俺は桃真みてぇに、獲物一人占めしようとして、逆にヤラれるようなヘマはしねぇよっ」

 問いかける七架に、碧鎖が口角を吊り上げる。

「それに、俺は狩りたい奴を狩れれば、それでいいしなぁ!シャハハハ!」

「……っ」

 楽しげに笑う碧鎖を見つめ、七架がそっと目を細める。


―――ああ、死ぬ…―――

―――彼等は“痛み”から逃れるため、自ら消えようとしている…―――


 先程の篭也と囁の言葉を思い出し、七架は少し迷うような表情を見せた。


―――俺は、この世界に通う言葉を、たったの一つだって失わせたくない―――


「朝比奈くん…」

 為介の家を出る時、アヒルが口にした言葉を思い出すと、七架はその表情から迷いを消し、強く瞳を光らせ、薙刀を持つ手に力を込めた。

「そう…私は、言葉を守る…」

 自分自身に言い聞かせるように、呟く七架。

「だから、あなたを倒す…!」

「シャハハっ」

 高らかと言い放つ七架を前に、碧鎖も素早く、両手を構えた。



「……っ」

 篭也と共に先へと進んだ囁だが、もう見えはしない七架のことを気に掛けるように、どこか不安げな表情で、後方を振り返った。

「心配か?」

「えっ…?」

 篭也に問われ、囁が首を横へと向ける。

「そう、ね…」

 少し歯切れ悪く、頷く囁。

「確かに彼女は強いわ…目を見張る速さで“変格”を習得して、神附きとして申し分ない力も手にしてる…」

 細めた瞳で、囁がそっと下方を見る。

「でも、五十音士になってからの日が浅過ぎる…忌との戦闘経験もあまりないから…その辺りが少し、ね…」

「…………」

 囁の言葉を聞き、篭也が少し目を細める。

「そんなに心配なら、戻ってもいいぞ」

「フフフ…そんなことしないわよ…」

 はっきりと言い放つ篭也に、囁が不気味な笑みを向ける。

「どちらかというと…篭也の方が心配だし…」

「どういう意味だ」

「それに…」

 篭也が顔をしかめる中、囁がさらに言葉を続ける。

「そんなことしたら…私が七架に怒られるわ…」

「……確かにな」

 微笑む囁に、納得するように頷く篭也。

「とにかく、僕たちは一刻も早く、先へ…」

「キャハハハハぁ~!」

「んっ?」

 暗闇に響く甲高い笑い声に、囁の方を見ていた篭也が、前方へと視線を向ける。

「来た来たぁ~お客様がっ」

「あれは…」

「弓っ…」

 その場に足を止め、眉をひそめる篭也と囁。二人の前方に、二人を待ち構えるようにして立っているのは、楽しげな笑顔の、妖艶な少女。派手な化粧と、強く巻かれた髪で、弓とはまったく違う印象を与えているが、それは確かに弓の体で、現れたのは、弓を乗っ取った始忌の一人、虹乃ニジノであった。

「ようこそぉ~五十音士さんたちっ」

 虹乃が軽い口調で、二人へと手を振る。

「碧鎖がいないけどぉ、もしかしてもう倒しちゃったとかぁ?だったら超笑えるんだけどぉ。キャハハっ」

『……っ』

 まったく仲間を心配している様子のない虹乃に、篭也と囁が不快感を露にする。

「まぁいいやぁ。ねぇ?私とも遊んでいかないっ?」

 誘うように、首を傾ける虹乃。

「折角手に入れた実体の力、味わいたいんだよねぇ~」

「ふぅ…」

 弾むように言葉を続ける虹乃の姿に、篭也はどこか疲れたように肩を落とした。

「まぁ、丁度いい。あの者を倒せば、弓を助けられっ…」

「篭也」

「ん?」

 篭也の言葉を遮るように、囁が篭也の名を呼ぶ。

「何だ?囁」

「彼女とは、私が一人で戦うから…あなたは先へ進んで」

「何…?」

 そう答える囁に、篭也が少し眉をひそめる。

「確かに先は急ぐが…相手は弓だ。二人で相手をして、確実に助け出した方が…」

「あの時」

 囁が再び、篭也の声を遮る。

「あの時、私が彼女に“退がってろ”なんて言わなければ…彼女は乗っ取られずに済んだ…」

 真剣な瞳で、囁がまっすぐに篭也を見つめる。

「自分のミスくらい、自分で責任を取りたいのよ…」

「…………」

 その瞳から、強い意志を覗かせる囁に、篭也はそっと目を細める。

「わかった。ここは任せる」

「フフフ…ありがとう…」

 篭也の答えに、囁が嬉しそうに笑みを浮かべる。

「まだ始忌は複数居るわ…先に進んで、一人で無茶しちゃダメよ…?」

「それは“わかった”とは言えないな」

「フフフ…困った人ね…」

 忠告を聞こうとする素振りのない篭也に、言葉とは裏腹に、困った様子はなく、穏やかな笑みを作る囁。

「じゃあ、先へ行く」

「ええ…」

 囁にそう告げた篭也が、そっと右手に構えていた鎌を振り上げる。

「“けろ”」

「へぇっ?」

 言葉を放ったその瞬間、篭也がまるで姿を消すように、その場を高速で移動し、さらに奥へと進んでいく。素早く動いた篭也が、風のように虹乃の横を通り過ぎると、虹乃は少し戸惑うように後方を振り返った。だがすでにそこに、篭也の姿はなかった。

「あぁ~あ、行かれちゃったぁ」

 まだかすかに残る風に、巻いた髪を揺らしながら、虹乃がそっと肩を落とす。

「まぁいっかぁ。まだ緑呂も萌芽もいるんだしぃ」

 開き直ったように微笑み、虹乃が再び囁の方を見る。

「それにぃ、あんたが虹乃の遊び相手になってくれるんでしょ~?」

「ええ…」

 楽しげに声を掛ける虹乃に、微笑みかける囁。

「確か一回会ってるよねぇ~?虹乃がこの体、手に入れた時にっ」

「ええ…」

 虹乃の言葉に、囁が笑顔で頷いていく。

「あの時とは…随分、雰囲気が変わったわね…」

「でっしょ~?」

 囁の言葉を聞いた途端、虹乃がますます、その表情を輝かせる。

「あぁ~んな田舎臭い小娘の体でもぉ、虹乃が中に入れば、こぉ~んなに輝いちゃうのぉ!」

 着飾った自分を強調するように、大きく両手を広げる虹乃。

「虹乃に乗っ取られたことをぉ、感謝して欲しいくらいだわぁっ」

「そうね…」

 相槌を打った囁であるが、その声は先程までより低く、どこか重々しかった。

「その濃い化粧も、巻き過ぎのくるくる髪も…本当に似合っていない…」

「……っ」

 はっきりと向けられる言葉に、虹乃が浮かべていた笑みを止める。

「何、って…?」

「あの子の持ってる良さを…すべて殺してしまっているわ…」

 戸惑うように聞き返す虹乃に、囁は躊躇うことなく言葉を続ける。

「本当、見れたもんじゃないわね…」

「……っ!」

 鋭く落とされる囁の言葉に、大きく目を見開く虹乃。

「だから、すぐに出ていってもらうわ…その体から…」

 囁がそう言って、横笛を構える。

「……超ムカつくっ」

 しばらく言葉を失っていた虹乃が、引きつった表情で、やっと口を開く。

「あんたも狩って、虹乃の実体コレクションにしてやるわぁ!」

 勢いよく言い放ち、虹乃は両手を振り上げた。



「んっ…?」

 碧鎖を七架に、虹乃を囁にそれぞれ任せ、一人、さらに先へと進んだ篭也が、不意に広い部屋へと辿り着き、足を止める。その部屋の中央には、篭也を待ち構えるように、一人の男が静かに佇んでいた。

「来たか…五十音士」

「あなたは…」

 出迎えた仮面の男を見て、篭也がそっと目を細める。

「我が名は緑呂。ロ級の始忌成り」

「ロ級…」

 緑呂の階級に、思わず表情を曇らせる篭也。ロ級といえば、イ級に次いで二番目に強い階級である。

「何だ。イ級を相手にするつもりでいたんだがな」

 警戒する心とは裏腹に、篭也が強気な言葉を放つ。

其方そなたなど、伍黄イツキが相手するまでもない」

 緑呂が仮面の後ろから、篭也へと冷たく声を発する。

「本来ならば、我が相手するまでですらないが…今は人不足ゆえ、仕方あるまい」

 そう言って、緑呂が懐へと右手を入れる。

「少しばかり、遊んでやろうぞ」

「なっ…!?」

 緑呂が懐から取り出したのは、篭也もよく見覚えのある、真っ白な言玉であった。

「こ、言玉…?」

「五十音、第四十音…」

 篭也が戸惑う中、緑呂は五十音士と同じように、言葉を放っていく。

「“よ”、解放っ…」

「……っ!」

 光り輝く言玉に、篭也は大きく目を見開いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ