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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
15/347

Word.4 言葉ノ行方 〈3〉

―――バァァァァンっ!


『うわああああっ!』

 アヒルたちが帰り道に訪れた、あのコンビニ内で、大きな衝撃音のようなものが走り、働いていた店員や、訪れていた客たちが、激しい悲鳴をあげて、その場に倒れ込んだ。

「ハァっ…!ハァっ…!」

 品物などが散乱した床を、震えで動かなくなった足を引きずるようにしながら、必死に逃げる人間。

「グオオォォォっ…!」

 その人間を追う、全身を黒い影に包まれた、もう一人の人間。

「うぁっ…!」

 必死に逃げていたその人間が、レジの台へと背中をぶつけ、思わずその場に倒れ込む。狭い店内で、これ以上先へは逃げることが出来ず、震え上がった足では、立って店の外へ出ることも出来なかった。

「グゥゥっ…!」

「うっ…!」

 逃げ場を失った人間へ、迫る黒い影に包まれた人間。

「グアアアアっ!」

「たっ…!助けてっ…!!」

 黒い影に包まれた人間の右手が、逃げ場を失ったもう一人の人間へと、勢いよく振り下ろされた。


―――…………っ!


「グっ…!」

「えっ…?」

 振り下ろされた右手は、横から入って来た手に、力強く握り止められた。手を止められた人間からは驚きの声が、いつまでも手が振り下りて来なかった、もう一人の人間からは、戸惑いの声が漏れる。

「ふぃ~っ!」

 二人の人間の間に入り、振り下ろされたはずの手を掴み止めたのは、アヒルであった。

「何とか間に合っ…」

「あ、朝比奈クン…?」

「へっ…?」

 背後から聞こえてくる、自分の名を呼ぶ声に、アヒルが目を丸くして振り返る。

「やっぱり…朝比奈クン…」

「奈々…瀬っ…?」

 アヒルの振り向いた先、逃げ場を失い、今にも手を振り下ろされそうだった人間は、アヒルのクラスメイト・奈々瀬であった。奈々瀬の姿を確認し、アヒルが首を傾げる。

「奈々瀬が無事ってことは、じゃあ誰が忌にっ…あっ…!」

 疑問を持って、再び正面を見たアヒルが、自分が手を掴んでいるその人物の顔を見て、大きく目を見開く。

「グゥゥゥっ…」

「お前はっ…」


―――あんたみたいなグズ!同じ空気吸ってるだけで、イライラするわ!―――


「さっきの…」

 忌の黒い影に包まれ、女性のものとは思えない、低く重い声を漏らしているのは、奈々瀬に酷い言葉をぶつけていた、あのリンという女であった。

「何で、傷つけられた奈々瀬じゃなくて…傷つけたあいつが…?」

「グオオオォォっ…!“壊”っ…!!」

「うげっ…!」

 アヒルが戸惑っている間に、忌に取り憑かれたリンが言葉を発すると、その言葉に反応し、アヒルと奈々瀬の上方の天井が、突然、勢いよく崩れ落ちた。

「うわわわわっ…!」

「“囲え”」

 アヒルの焦り声が響く中、聞こえてくる言葉。


―――パァァァァァン!


『あっ…』

 アヒルと奈々瀬の上に広がった六本の格子が、崩れ落ちて来た天井の瓦礫を弾き飛ばし、二人の身を守った。すぐ上に広がる格子を、アヒルが奈々瀬と同じように、大きく口を開け、見上げる。

「何をしている」

 そこへやって来る、素っ気ない声。

「忌を前に、考え事などしている場合か?神」

「神月…クン…?」

 二人の頭上にあった格子を手元に戻しながら、アヒルに注意するように言い放ったのは、篭也であった。学校とはまるで違う様子の篭也に、奈々瀬が目を丸くする。

「悪い悪い。てっきり奈々瀬が忌に憑かれてるもんだと思ってたからさぁ」

 アヒルが苦い表情で、篭也へと詫びを入れる。

「けど何だって、あいつに忌がっ…」

「彼女を襲っていたことから考えると…彼女に何らかの言葉で傷つけられたと考えるのが妥当だけれど…」

「真田さん、まで…」

 戸惑うアヒルに答えるようにして、その場へと現れる、すでに言玉を変形させた横笛を持った囁。注がれる視線に、奈々瀬はさらに首を傾げた。

「奈々瀬があいつをぉ?」

「まぁ…さっき会った時の印象からして…凄く考えにくいわね…フフフっ…」

「グオオォォっ…!」

「……っ」

 唸り声をあげる前方のリンを見て、篭也が目つきを鋭くする。

「話は後だ。来るぞ!」

『……っ』

 篭也の言葉に、アヒルと囁もそれぞれに表情を引き締めた。

「グオオォォォ!“破”っ…!!」

 激しい叫び声をあげて、リンが右手を振り下ろすと、アヒルたちへ向けて、大きな衝撃波が放たれた。皆より前へ出た囁が、横笛を構える。

「“妨げろ”…」

 言葉の後に流れる、美しい音色。音色は大きな振動となって、向かってくる衝撃波とぶつかり合う。

「……っ」

 二つの力のぶつかり合いを見つめていた囁が、ふと眉をひそめる。

「アヒるん…奈々瀬さんを連れて、横へ飛んでくれる…?」

「へっ?」

 囁の急な言葉に、アヒルが目を丸くする。

「なんで?」

「それはね…」

 素朴に問いかけるアヒルに、ゆっくりと口を開く囁。

「妨げきれないから…」

「ええぇっ!?」

 囁の放った振動を吹き飛ばした衝撃波が、立ち塞がるものもなくなって、まっすぐにアヒルたちへと向かってくると、アヒルは大きく目を見開いた。

「奈、奈々瀬っ…!」

「きゃっ…!」

 アヒルが奈々瀬の手を引き、横へと逃げる。篭也と囁も、素早い動きで、衝撃波の直線上から逸れた。


―――バァァァァァン!


 四人の避けた衝撃波が店のレジ部分を直撃し、そのまま店の壁を突き破ってしまう。大きくあいた壁の穴からは、暗い外の景色が見えた。

「お…お店が…」

「あっぶねぇ~…」

 その衝撃的な光景に唖然とする奈々瀬の横で、アヒルが額に浮かんだ冷や汗を拭う。

「何やってんだよ!囁!」

「ごめんなさい…ト級の忌だと思って、つい油断しちゃったわ…フフ…」

「えっ…?」

 そっと微笑みながら答える囁に、アヒルが眉をひそめる。

「ト級と思ってって…じゃあっ…!」

「ええ…あの忌の階級は…」

 微笑んだまま、瞳だけを鋭くした囁が、リンに取り憑いた忌を見つめる。

「“ハ級”よ…」

「ハ級っ…!?」


―――ハ級以上の忌が出たら、今のあなたじゃ相手にもならない…―――

―――まぁまぁ…ハ級の忌なんて滅多に出ないんだし…―――


「け、けどお前ら、ハ級の忌なんて滅多に出ないってっ…」

「ああ、滅多に出ない。何せ忌の階級は…」

 アヒルの言葉に頷いた後、まっすぐにアヒルへと視線を送る篭也。

「宿主が悪意ある言葉により受けた、痛みの深さに比例するんだからな」

「……っ!」

 篭也の言葉に、アヒルが大きく目を見開く。

「じゃあ…」

「ええ…あのリンという女性は、今までの者たちよりも、ずっと深い傷をつけられたということになる…」

 アヒルが言おうとした言葉を、先に口にする囁。

「そこにいる…奈々瀬さんによって…」

「えっ…?わ、私…?」

 注がれる囁の視線に、奈々瀬が困惑の表情を見せる。

「ずっと…深い傷…」

 囁の言葉を、考え込むように、繰り返すアヒル。


―――みんながみんな、ガァみたいに…言いたいことが言える人間なわけじゃないんだよ…?―――


 ト級の忌に取り憑かれた紺平の傷の深さは、アヒルもよく知っている。どんなに深いものだったか、痛いものだったか、思い知ったつもりであった。だが目の前にいるリンという人間は、奈々瀬によって、さらに深い傷をつけられたという。

「そんなこと…」

「まぁとにかく、今日こそは見学だ。神」

「へっ?」

 冷たく言い放たれる言葉に、考えるように俯いていたアヒルが、間の抜けた表情で顔を上げる。

「ハ級の忌は、“赤くなれ”“青くなれ”の大道芸が通じる相手じゃない」

「大道芸っ…」

 容赦なく言う篭也に、顔を引きつるアヒル。

「それに、お得意の“謝らせる”戦法も、今回は使えそうにないしな」

「……っ」

 少し奈々瀬へと視線を移す篭也に、アヒルがそっと眉をひそめる。奈々瀬がリンに傷つけるような言葉を吐いたのかも疑問の状態で、奈々瀬を謝らせることは、確かに不可能だ。

「行くぞ、囁」

「ええ…」

 短く言葉を交わすと、篭也と囁は、それぞれの武器を構え、リンの方へと駆け出していった。崩れ落ちた壁のすぐ脇に、アヒルと奈々瀬だけが残る。

「あ、あの朝比奈クン…」

 二人の背中を見つめていたアヒルに、どこか遠慮がちに声をかける奈々瀬。

「さっきから、その、トとかハとか…何の話っ…」

「奈々瀬」

「えっ…?」

 問いかけようとした奈々瀬の言葉を遮り、アヒルが呼びかける。

「な、何…?」

「お前さ…その、あの人に何かこう…傷つけるようなこと、言ったりしたか?」

 問い返した奈々瀬に、アヒルがどこか遠慮がちに問いかける。奈々瀬が人を深く傷つけるような人間とは思えなかったが、リンに忌が憑いている以上、そう考えるしかなかった。

「傷つける、ようなこと…?」

「ああ。例えばそのぉ~…“消えろ”とかっ…」

「そんなっ、絶対言わないよっ」

 奈々瀬が両手を左右に振り、強く否定する。

「傷つけたことないって、はっきり言い切れはしないけど、リンちゃんにそういう言葉を向けた覚えはないよ」

「だよなぁ」

 大きく頷いたアヒルが、がっくりと肩を落とした。

「うぅ~ん…じゃあなんでっ…」

「リンちゃんの言葉には、何も言い返さないようにしてるし…」

「……っ」

 さらに首を捻り、考え込んでいたアヒルが、奈々瀬のその言葉に、ハッと表情を止める。

「何も…言い返さない…?」

「あ、う、うんっ…」

 聞き返したアヒルに頷いた後、奈々瀬がゆっくりと俯く。

「リンちゃんね、前は我慢して、何にも言わずに何でもやる人だったんだけど…両親が離婚して、両親二人ともに親権放棄されてから、変わっちゃって…」

 俯いたまま、落ち着いた口調で、リンの話を始める奈々瀬。

「それからなの…人を傷つけるような言葉を、たくさん言うようになったのは…」

「…………」

 続く奈々瀬の言葉を、アヒルが真剣な表情で聞く。

「きっと…色んな思いが込み上げて…でも他にぶつける場所もないから、私にぶつけてるんだろうなって…」


―――それも…仕方ないかなって…他にぶつける場所もないから…―――


「……っ」

 夕方出会った時に、奈々瀬が口にしていた言葉。やっとその言葉の意味を理解し、アヒルはそっと目を細めた。

「仕方ないって思うから…だからっ…何を言われても、何も言い返さずに黙っていようって思っ…」

「投げかけた言葉が…」

「えっ…?」

 遮るアヒルの声に、奈々瀬が戸惑うように顔を上げる。

「投げかけた言葉が、誰にも受け止めてもらえなかった時…」

 篭也や囁と向き合っているリンを、どこか遠い瞳で、見つめるアヒル。

「その言葉は…どこに行くんだろうな…」

「朝比奈…クン…?」

 そのアヒルの言葉に、奈々瀬はただ、首を傾げた。

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