表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
149/347

Word.38 罪無キ痛ミ 〈3〉

 一方その頃、アヒルたちは、エリザが入手した灰示の言玉の位置を頼りに、始忌のアジトを探していた。

「この辺りのはずなんだけど…」

 位置の記された紙と周囲を見比べながら、エリザが呟く。エリザの言葉につられるようにして、アヒルたち四人も皆、周囲を見回す。そこは、もう何年も使われていない、古い建物の並ぶ、廃墟のような場所であった。人気はまるでなく、不気味な雰囲気が漂っている。

「あぁ~、気味悪っ」

 そのいかにもな空気を感じ、思わず顔をしかめるアヒル。

「手繋いであげましょうか…?アヒるん…」

「いらねぇよ!」

「フフフ…」

 強く言い返すアヒルを見て、囁が楽しげに微笑む。

「それっぽい空気は出てるけど…」

「忌らしき気配は感じないな」

 周囲を見つめながら、七架と篭也がそれぞれ、首を傾げる。

「結界…」

「ま、普通はそうでしょうねぇ」

 そっと呟いた篭也の言葉に、賛同するようにエリザが続く。

「どういうことだ?」

「私たちみたいな敵の侵入を防ぐために、アジトを結界で覆って、隠してるんじゃないかってこと」

「つまりは、囁の張る“遮れ”と同じだ」

「成程ねぇ」

 二人の説明を聞き、納得したように頷くアヒル。

「じゃあ、どうやって中に入るんだ?」

「そりゃ、結界通り抜けられるような言葉、使うしかないんじゃない?」

 アヒルの疑問に、エリザがあっさりと答える。

「誰か、そういう関連の言葉、持ってる?」

「私は張る方、専門だから…フフフ…」

 エリザが皆へと問いかけると、囁が微笑みながら、首を横に振った。

「神月くんの“掻き消せ”は?」

「どのくらいの結界かにもよるが、あまり大きいものだと、一気に掻き消せない場合がある」

 七架が聞くと、篭也は気難しい表情を作った。

「それに、掻き消せたとしても、目立ちすぎる。侵入を相手に知らせるようなものだ」

「いいじゃねぇか」

「良くないから言っている」

 軽く言い放つアヒルへと、鋭い言葉を投げかける篭也。

「気付かれて、囲まれて、全員乗っ取られてジ・エンドじゃ、困るものね」

「ああ、そういうこと」

 エリザの言葉を聞き、アヒルが納得する。

「だが、ひっそり入る言葉となると…“通れ”“抜けろ”…んん…」

 この場に居る者の言葉の中で、何とか中へ入れないかと、篭也が首を捻る。囁と七架も同じように首を捻り、皆、言葉を探した。

「アヒル、君、もう言葉使えるんでしょ?」

「へっ?ああ、まぁ」

「じゃあ問題ないわ」

「えっ?」

 笑顔を見せるエリザに、アヒルが首を傾げる。

「君の言葉で、この結界は抜けられる」

「俺の言葉でぇ?えっとぉ…」

 アヒルが視線を上へ向け、自分の言葉を探す。

「あ、“あっち向いてホイ”か!」

「“開け”よ!“あっち向いてホイ”で、どうやって結界抜けるってのよ!阿呆!」

 思いついたように、大きな声で言い放つアヒルに、エリザが強く怒鳴りあげた。

「何だ、“開け”かぁ」

「それは僕も考えたが…」

 横から、少し眉をひそめた篭也が、口を挟む。

「神、あなたは本当に、言葉の力が戻ったのか?あの女教師もまだ、不完全などと言っていたし…」

「力は問題ねぇよ。ただちょっと…」

『ただ、ちょっと?』

 口ごもるアヒルに、篭也たちが首を傾ける。

「ただちょっと、何だ?」

「恵先生の“目醒めろ”の言葉で、眠ってたっていう力は起きて、言玉は解放出来るようになったんだけどさぁ」

 問いかける篭也に答えながら、アヒルが懐へと右手を入れる。

「形がさぁ…」

「形?」

「グワァっ」

「があ?」

 聞き慣れない声が聞こえてきて、篭也は強く眉間に皺を寄せた。

「グワァ」

『へっ…?』

 アヒルの懐から、アヒルの手のひらの上に乗り、皆の前へと示し出されたのは、手乗りサイズの小さなあひるであった。少しくすんだ白い胴体と羽根に、真っ黒な瞳。嘴だけ、きらきらと金色に輝いているが、小さな鳴き声と少し間の抜けた表情が、何とも可愛らしい。

「んなっ…!?」

「カワイイっ!」

「あらあら…まさにあひるね…フフっ…」

 激しく驚いた表情を見せる篭也の横で、囁と七架が楽しそうにアヒルの手の上のあひるを見つめる。

「何?弟?」

「んなわけあるか!」

 短く問いかけるエリザに、アヒルが勢いよく言い返す。

「言玉解放したら、何かよくわかんねぇけど、こいつが出てきたんだよ」

「へぇ~」

 エリザが腰を折り、まじまじとあひるを見る。

「ダッサ」

「グワァ!?」

 冷たい一言で片づけるエリザに、人の言葉がわかっているのか、傷ついた表情を見せるあひる。

「うっせぇなぁ。俺だって銃のんが、持ちやすくて良かったっての」

「そういう問題ではないだろう!」

 ボヤくように言うアヒルに、篭也が怒ったように声を張り上げた。

「何が問題ないだ!こんな家鴨を片手に、敵の本拠地に乗り込む気なのか!?あなたはっ…!」

「問題ないんだって。こいつでも別に、ちゃんと力は使えるんだぜ?」

 勢いよく怒鳴る篭也に、アヒルが口を尖らせて答える。

「見てろよ?行くぞ、ガァスケ」

「名前までつけたの…?」

「呼ぶ時、困るから一応な」

 横から問いかける囁に答えながら、アヒルが正面へ向け、ガァスケの乗った右手を差し出す。

「あ…」

 大きく口を開く、アヒル。

「“け”…!」

「グワァっ!」

 アヒルが言葉を発すると、ガァスケも同じように大きく口を開いた。その口の中から、強い赤色の光が光線のように発射されると、どこまでも続くはずの廃墟のある場所で、まるで壁でもあるかのように、勢いよくぶつかる。

「あれはっ…」

 ガァスケの赤い光を浴びた、その壁のような部分の景色が、切り取られていくように剥がれ落ちると、その向こうに、真っ暗な空間が姿を現した。

「結界が開いた」

「あれが、奴等のアジト…」

 視線の先にその暗い空間を映し、皆が一気に、真剣な表情を作る。

「なっ?問題ないだろぉ?」

「力に問題はないかも知れないが、今後、戦闘するにあたってだなぁっ…」

『グアアアアっ…!』

『……っ』

 相変わらずの様子で言葉を交わしていたアヒルと篭也が、前方の、その現れたばかりの空間から聞こえてくる禍々しい声に気付き、素早く振り向く。

『グアアアアア!』

「忌っ…」

 空間から溢れ出るように現れたのは、激しく声をあげる、大量の忌であった。その暗い空間は、忌の黒い体で形成されているのではないかと思えるほどの、おびただしい数である。

「どうやら、始忌のアジトというよりは…忌のアジトのようね…フフフ…」

「……っ」

 微笑みながら横笛を構える囁の横で、七架も薙刀を力強く振り上げる。

「よっしゃあ!どっからでもかかって来っ…!」

「あの空間の中に、突っ込むわよ」

「へっ?」

 ガァスケを身構え、気合いを入れて叫ぼうとしたアヒルが、エリザの言葉に、目を丸くして振り返る。

「突っ込むぅ?あの忌の群れの中にかぁ?」

「ええ」

 聞き返すアヒルに、何の迷いもなく頷くエリザ。

「なんでんなマネっ…」

「全員が入ったら、私があの入口を閉じるわ」

「閉じる?」

 益々、困惑した表情となるアヒル。

「適策だな」

「これ以上、忌を外にばら撒くわけにもいかないものね…フフフ…」

「あ、そういうことね」

 囁の言葉に、アヒルがやっとエリザの言葉の主旨を理解する。

「けど、大丈夫なのかよ?閉じるなんて、そんなことっ…」

「私を誰だと思ってるの?」

 問いかけるアヒルに、エリザが自信に満ち溢れた笑みを向ける。

「こっちは君より長く、神やってんのよっ」

「そうだったな」

 エリザの笑顔に、つられるようにアヒルも笑顔を見せた。

『グアアアアアっ…!』

「神、忌が溢れ出る前にっ…」

「ああ、一気に押し込む。全員で行くぞっ!」

『……っ』

 アヒルの言葉に、同時に頷き、それぞれの武器を構える篭也、囁、七架。鋭い表情を見せた四人が、武器を構えたまま、勢いよく空間の方へと駆け出していく。

「“たれ”!」

「“れ”…!」

「“け”…」

「“ぎ払え”!」

 四人が駆け込みながら、同時に言葉を放つと、それぞれの武器から繰り出された赤い光が合わさり合い、空間から溢れ出ようとしていた大量の忌へと、直撃する。

『ギャアアアアっ!』

「突っ込むぞ…!」

 一瞬にして掻き消えた忌たちの居た場所を通り抜け、空間の中へと侵入するアヒルたち。アヒルたち四人が入ったことを確認し、遅れるようにして、エリザも空間の中へと足を踏み入れる。

「第四音“え”、解放っ」

 後方を振り返りながら、エリザが言玉を解放し、緑色の言玉をその長い指先へと吸収させる。言玉の光を受け継ぎ、光り輝く指先を、勢いよく振り上げるエリザ。

「“えがけ”…!」

 入口目がけて、エリザが指先で大きく長方形を描く。すると、指先の動きにより、緑色の光が大きな長方形を作り出し、その長方形は、開いていた入口にきれいに重なって、あっという間に入口を塞いだ。

「壁を、描いたっ…?」

 エリザの方を振り返りながら、アヒルが驚いた表情を見せる。

「衣の神特有の、物質形成の力だ」

 驚くアヒルの横から、同じように後ろを振り返っている篭也が、解説するように言葉を放つ。

「あなたが波城と戦った後も、衣の神はあの力で出口を作り、崩れる建物から、あなたたち二人と脱出した」

「すっげぇなぁ。ザべスっ」

「エリザよ!」

 アヒルたちのもとへと追いついてきながら、しっかりと名前の訂正を入れるエリザ。

「それより、次の団体さんが来てるわよっ」

「へっ?」

 エリザが前方を指差すと、アヒルが顔を正面へ向ける。

『グアアアアア!』

「うおっ」

「さっき結構倒したのに、まだあんなに…」

 驚くアヒルの横で、七架が少し困ったような顔を見せる。

「あらあら、身がもたないわね…フフフ…」

「本拠地なんだ。仕方ないだろう」

 あれこれと言葉を口にしながらも、篭也と囁が再び武器を構える。

「まぁ前に進むしかねぇよなぁ。ザべスが入口も塞いじまったし」

「エリザよ!私が悪いことしたみたいに言わないでよね!」

 アヒルへと怒鳴り返しながら、エリザが指先から言玉を取り出し、今度は駆けている右足へと吸収させる。

「とにかく蹴散らすわよ!“えぐれ”!」

『ギャアアアア!』

 緑色に輝く右足を振り下ろし、前方の忌を掻き消して、先頭を駆け抜けていくエリザ。

「おし、行くぞ?ガァスケ」

「グワァ!」

 声を掛けるアヒルに、準備万端とばかりに答えるガァスケ。

「“たれ”…!」



「ふぅ…」

「ん…?」

 保のもとを訪れていた伍黄は、保との会話を終え、他の始忌の待機する部屋へと戻って来た。いつも座っている椅子へと腰を下ろし、どこか疲れたように肩を落とす伍黄に気付き、緑呂が伍黄のもとへと歩み寄っていく。

「どうかしたのか…?伍黄」

「いや…」

 気にかけるように問う緑呂に、伍黄はすぐさま首を横に振る。

「人間というものに、さらに絶望しただけだ」

 伍黄が天井を見上げ、うんざりした表情で言い放つ。

「…………」

 そんな伍黄の様子に、萌芽はそっと目を細める。


―――人間…?―――


「……っ」

 灰示から姿を変えた、人間の姿を思い出し、萌芽は眉をひそめた。

「ふんふふんふぅ~んっ」

 部屋の片隅で、ご機嫌に鼻歌を奏で、壁に掛けられた鏡を見て、長い髪の毛を整えているのは、弓の体を乗っ取った虹乃であった。

「自分の顔見て、何がそんなに楽しいんだかねぇ」

 虹乃の様子を見て、碧鎖がどこか呆れたように言う。

「折角手に入れた実体なのよぉ?存分にオシャレを楽しまないと、損じゃないっ」

「オシャレねぇ…んあっ?」

 さっぱりわからないといった様子で首を傾げていた碧鎖が、部屋を出て行こうとしている桃真に気付き、顔を上げる。

「どっか行くのかぁ?桃真っ」

「うんっ」

 碧鎖の問いかけに、桃真が満面の笑みで頷く。

「ちょっと、暇潰しぃっ」

 微笑んだ桃真は、突き刺すような、鋭い瞳を見せていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ