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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.37 始マリノ忌 〈4〉

 始忌、アジト。

「ふぅ…」

 少し疲れた様子で肩を落としながら、萌芽が皆の居る場所へとやって来る。

「萌芽、灰示の様子はどうだ?」

「よく眠っている。ただし、人間の方がだが」

 問いかける伍黄に答えながら、眉をひそめる萌芽。

「いきなり倒れた上に、人間の姿になるとは…」

 どこか呆れたような口調で、萌芽が言い放つ。

「実体化しているとはいえ、あくまで体はあの人間のものだからな。長い間、灰示が表立っていたせいで、その反動が来たんだろう」

「へぇ~、面白い仕組みっ」

 解説するように言う伍黄の横で、桃真が楽しそうに笑う。

「俺があの人間、狩ってやろうかっ?シャハっ」

「そんなことをしたら、灰示まで消えてしまうから、是非ともやめてくれ。碧鎖」

 楽しげに言い放つ碧鎖に、伍黄が薄く笑みを浮かべて頼みかける。

「っていうか、本気であいつ、仲間にする気なわけぇ?伍黄」

 虹乃が伍黄へと、不満げに問いかける。

「ああ。俺たちは同じ始忌だ。当然だろう?」

「同じ始忌、かぁっ。私、なぁんかいまいち好きになれないのよねぇ。あいつっ」

「そう言うな。あいつが糸口となって、俺たちはこうして実体化することが出来たのだから」

 口を尖らせる虹乃に、伍黄が宥めるように声を掛ける。

「灰示が仲間になること、お前は賛成だろう?緑呂」

「ん…?」

 伍黄に呼ばれ、皆と少し離れた場所に立っていた緑呂が、ゆっくりと振り返る。

「ああ…灰示が仲間となれば、我らの大きな力となる」

「あれぇ?緑呂もあの灰示って人、知ってんのぉ?」

「あ、ああ…」

 問いかける桃真に、どこか緑呂は歯切れ悪く答える。

「俺たちの階級、イロハニホヘトは強さの順序と共に、生まれた順序を表す。灰示が生まれた時、俺と緑呂はすでに、この世に存在していたからな」

 緑呂が灰示を知る理由を代わりに答えるように、説明をする伍黄。

「けど虹乃が生まれた時、あいつはいなかったわっ」

「ああ。灰示はすぐに、俺たちから離れていったからな」

 笑みを浮かべた伍黄が、虹乃の疑問に答える。

「“痛み”のない、場所を探して…」

 そっと上を見上げた伍黄が、どこか遠い瞳を見せる。

「まぁ、灰示は問題ない。俺たちに問題があるとすれば…」

「五十音士っ」

「そうだ、桃真」

 笑顔で答える桃真に、大きく頷く伍黄。

「奴等も、一応は言葉の戦士…このまま我々の思い通りには、させてくれまい…」

「ああ、そうだな」

 緑呂の言葉にも、伍黄が頷く。

「まぁ、来るというのであれば、いくらでも迎え討とうじゃないか」

 伍黄が皆へと、楽しげな笑みを向ける。

「今こそ、恨みを晴らしてやろう」

 伍黄の瞳が、そっと細められる。

「積年の、恨みを…」

 細められた伍黄の瞳が、赤々と鋭く輝いた。




―――痛い…痛い…―――

 声が聞こえてくる。

―――痛い…痛いよ…痛いっ…―――

 すすり泣くような小さな声が、激怒するような大きな声が、朝も昼も夜も、一日中、ずっと聞こえてきては、僕を苦しめる。

―――痛い…痛い…―――

 眠れない。耳が痛い。頭が痛い。苦しい。


 この声の、聞こえてこない場所へ行きたい。



「んっ…」

 視点の定まらない瞳を、ゆっくりと開いたのは、保であった。

「俺…」

 長く眠り過ぎてしまった時の、気だるさを全身に感じながら、保がやっと目を開ききる。ぼやける意識の中で、妙に強く刻まれている、苦しげだった一つの声。

「夢…?」

 静まり返った周囲を確認し、保がそっと呟く。

「はぁ!こんな夢叶える力もまるでない俺が、一丁前に夢なんか見ちゃってすみませぇ~ん!」

 いつものように謝り散らしながら、保が勢いよく起き上がる。

「あれ?ここ、は…?」

 起き上がった保が、周囲を見回し、戸惑うように首を傾げる。そこは壁すらも見えない、ただ真っ暗な空間で、保は寝台らしきものの上で寝ていたようだが、暗過ぎて、その寝ていたものが何なのかすら、確認することが出来なかった。

「暗いなぁ。えぇ~っと、電気電気っ…」

「気がついたか」

「へっ?」

 手さぐりで電気を探していた保が、近くから聞こえてくる声に振り返る。だが、声で何となくの方向はわかっても、その声の主の姿は、暗闇でまったく見つけることが出来なかった。

「どなた、ですかね…?暗くて、ちょっと…」

「ああ…」

 戸惑う保に、またしても声がやって来る。

「そうか。人間は暗闇の中では、何も見えないんだったな」

「えっ…?人間…?」

 その声の言葉が引っかかり、眉をひそめる保。

「明かりはあまり、好きじゃないが…まぁいい。“けろ”」

「やっ…?」

 落とされる言葉に、保が少し首を傾げる。

「あっ」

 言葉が落とされたその直後、壁に設置されていた小枝が一斉に燃え始め、保のいるその場へと光を落とす。急に視界が開けると、保は目の前に立つ人影を見つけた。

「あなた、は…」

「俺の名は、伍黄」

 保の前に立っているのは、伍黄であった。

「イツ、キ…?」

「ああ。もう一人のお前の、大昔の友だ」

「もう一人の、俺…?」

 伍黄の言葉に、保が戸惑いの表情を見せる。

「お前と、話がしたい」

「俺、とっ…?」

 少し首を傾けた保は、かすかにその表情を曇らせた。



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