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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.36 窮地 〈3〉

「ハァ…!ハァ…!ハァ…!」

 すっかり日の暮れた暗い、人気のない道を、息を切らしながら必死に駆け抜ける一人の女。派手な金髪のショートカットに、少し吊りあがった大きな茶色の瞳の、まだ若い女。その女は、アヒルたちが恵に見せられた書類に記載されていた、顔写真に写っていた、あの女であった。

「なんで…!なんで誰も来ないのよ…!?」

 女が右手に握り締めた携帯電話を見下ろし、その表情を引きつる。

「緊急救助要請してから、もう一日経つっていうのに…なんでっ…!?」

「ホントだよねぇ~」

「……っ!」

 上空から聞こえてくる声に、女が思わず足を止め、顔を上げる。

「あんたはっ…!」

「こっちも待ちくたびれちゃったよぉ」

 女が顔を上げたその先の空に、自然と浮かび上がっているのは、一際目立つ桃色の短髪に、暗い空にも真っ赤に輝く瞳の、キレイな顔立ちをした青年であった。睨みつけるように見る女に対し、青年はどこか軽い口調で言葉を発する。

「あんたが緊急救助要請してんのが見えたからさぁ、少し泳がせとけば、他の五十音士が駆けつけてくるんじゃないかって思ったのに」

 青年の赤い瞳が、ゆっくりと女へ向けられていく。

「結構冷たいんだねぇ、韻ってのも。元五十音士なんて、所詮はどうでもいいのかなぁ?」

「クっ…」

 嘲笑うかのように問いかける青年に、女が険しい表情を見せる。

「そうよ!私はただの、元五十音士!もう言葉の世界とは、何の関係もないの!」

 女が両手を広げ、強く主張を始める。

「もう何の力も持ってないのよ!?だから殺したって意味ないでしょ!?お願い!殺さないで!」

「ふぅ~ん…救助が来ないってなったら、命乞いかぁ」

 必死に叫ぶ女を、青年は特に興味なさそうに見下ろす。

「だってさ。どうする?緑呂ロクロ

「“どうする”だと…?愚かなことを聞くでない」

 振り向いた青年に答えるのは、低く響く、くぐもった声。

「我らのやるべきことは一つ。それすらも理解出来ぬほどに、そなたは愚かであったか…?桃真トウマ

 厳しい口調を続け、青年を桃真と呼んだのは、全身に漆黒の鎧を纏い、その顔には鉄の仮面をつけた、まったく表情すら見えない男。緑呂と呼ばれるその男の外見は、弓の仲間、鎧そのものであった。

「ちょっと聞いてみただけだってぇ」

 厳しく問いかける緑呂に、桃真は少し呆れたように肩を落とす。

「一応、あんたのんが“階級”上だしぃっ」

「こんな時に、そんなことを気にする必要など有りはせん。とっとと狩れ」

「はぁ~い」

 緑呂の言葉に大きく頷いた桃真が、そっと微笑んで、女のもとへと下降していく。

「うっ…!」

 降りてくる桃真に、怯えた表情を見せる女。

「や、やめて…!殺さないでっ…!」

「別に殺すわけじゃないって」

 必死に乞う女に、桃真は冷たく微笑んで、右手を向ける。

「その体を、貰うだけっ」

「いやっ…!」

「“ば…」

「“れ”」

「……っ!」

 桃真が女へ向け、言葉を放とうとしたその時、桃真へ向け、横から赤色の一閃が勢いよく飛び込んできた。

「桃真…!」

「おおぅっとぉ」

 緑呂が身を乗り出す中、軽い動きで上空を舞った桃真が、その一閃を避ける。

「やぁっぱ、泳がせて良かったねぇ、緑呂っ」

 緑呂のすぐ横まで舞い上がって来た桃真が、笑顔を見せる。

「五十音士が、わんさかだっ」

『…………』

 微笑んだ桃真の見下ろす先には、それぞれの武器を身構え、鋭い表情を見せた篭也、囁、七架、そして弓が立っていた。

「ああ、そのようだな…」

「あっ…!」

 桃真に答える緑呂を見て、弓が大きく目を見開く。

「鎧っ…!」

「何…?」

「弓さん?」

 強く叫びあげる弓に、篭也たちが皆、戸惑いの表情を見せる。

「鎧…!鎧っ…!!」

「鎧…?」

 何度も名を呼ぶ弓に、呼ばれた緑呂もまた、戸惑ったような声を漏らす。

「そういえば、そのような名であったな…この五十音士は」

『……っ!』

 緑呂のその言葉に、皆が衝撃を走らせる。

「体を乗っ取る力を有するっていう予想は…正しかったようね…」

「ああ」

 眉をひそめながら、篭也と囁が言葉を交わす。

「鎧をっ…」

 弓が声を震わせ、拳を握り締める。

「鎧を返せぇぇ!」

「ゆ、弓さんっ…!」

 勢いよく叫びあげ、七架が止める間もなく、上空に居る緑呂のもとへと飛び出していく弓。

くよ!弓象!」

「パオオォォン!」

 弓が飛び上がりながら言玉を解放し、その姿を巨大な象へと変化させる。

「わおっ、すっげぇ。象だっ」

「そなたは、他を狩れ。桃真」

 迫り来る金色の象に目を輝かせる桃真へと、緑呂が冷静に声を掛け、構えを取る。

「あれの相手は、我がする」

「了解っ」

 身構える緑呂から離れ、再び降下して来る桃真。

「弓さん…!」

「乗っ取られた仲間を目の前に…冷静さを欠いちゃったみたいね…フフ…」

「あんなに熱くなっていては、勝てるものも勝てなくなる」

 微笑む囁の横で、篭也が険しい表情を見せる。

「囁、由守のフォローに入れ」

「仕方ないわね…」

 篭也の言葉に、少し肩を落とした後、囁が弓を追うように、上空へと飛び出していく。

「奈々瀬は、あの者を避難させろ」

「わかった!」

 その指示に従い、すっかり気の抜けた様子で座り込んでいる、先程まで襲われていた女のもとへと、駆け寄っていく七架。

「大丈夫ですか!?」

「あんたは…五十音士…?」

 駆け込んでくる七架の持つ、真っ赤な薙刀を見つめ、女が少し目を細める。

「あ、はい。そうでっ…」

「助けに来るのが遅いのよ!こっちがどんだけ前から、救助要請してたと思ってんのよ!」

「えっ…?」

 急に強く責め立てられ、七架が思わず目を丸くする。

「あんたたちのせいで、こっちがどんだけ怖い想いしたと思っ…!」

「折角、助けに来てくれたっていうのにぃ、うわぁ、性格ブスぅ~」

「うっ…!」

「なっ…!?」

 七架のすぐ後方へと現れた桃真に、七架と女が、驚きの表情を見せる。

「そう思ったでしょぉ?あんたもっ」

「クっ…!」

 向けられる右手に、七架が唇を噛む。

「“れ”」

「……っ」

 七架へと攻撃の手を向けようとした桃真が、またしても横から飛び込んでくる一閃に阻まれ、上空へと飛び上がって、七架たちとの距離を取らされる。

「あなたの相手は僕だ」

「神月くん」

 七架たちの前に立ちはだかり、桃真へと鋭い視線を向ける篭也。

「虹乃のご所望は女の五十音士だから、ホントはそっちの女の子、狩りたいんだけどなぁ。まぁいいやっ」

 篭也を見下ろし、桃真が不敵に笑う。

「あんた、こん中で一番強そうだしっ」

「……っ」

 鋭く光る桃真の瞳に、篭也はそっと目を細めた。




 光の届かない、暗闇の空間。

「…………」

 その空間の隅に映し出された映像を、萌芽は真剣な表情で見つめている。

「言ノ葉の様子はどうだ?萌芽」

伍黄イツキ…」

 萌芽が振り返るとそこには、刃の姿そのものの男、伍黄が立っていた。

「問題ない。町人のほぼ全員に忌が取り憑き、五十音士の捜索を行っている…」

「そうか」

 萌芽の答えに、伍黄が満足げに微笑む。

「たったの数時間で、これほどまでの忌を発生させることが出来るとは…」

「灰示ならではの能力だ。あいつは、忌増殖の実験を数多く行っていたからな」

「……っ」

 伍黄から灰示の名が出ると、萌芽はそっとその表情を曇らせた。

「伍黄…」

「ん?」

「あの灰示という男、そう簡単に信用していいのか…?」

 真剣な表情で問いかける萌芽に、伍黄はかすかにその眉を動かした。

「いくら俺たちと似た存在とはいえ…人間どもと仲良く、五十音士ごっこをやっていたような奴を、俺は信用出来ない…」

「五十音士ごっこ、か」

 厳しく言い放つ萌芽の言葉を受け、伍黄が少し肩を落とす。

「問題ない。あいつは俺やお前よりも、誰よりも強く、この世界から“痛み”を消したいと思っている」

 伍黄がそっと、冷たく微笑む。

「“痛み”を消す為になら、何でもする男だ」

「だが、あいつは人間と共存をっ…!」

「萌芽」

 伍黄が名を呼び、萌芽の言葉を強く遮る。

「俺は、お前が生まれるよりも遥か昔から、あいつと共に在ったんだ」

 天を仰ぎ、懐かしむように目を細める伍黄。

「あいつのことなら、何でも知っている。だから、問題ない」

「……っ」

 そう言い切った伍黄の言葉には、どこか逆らえない圧のようなものがあり、萌芽はそれ以上、反論することはせず、大人しく黙り込んだ。

「おい!伍黄!」

「ん?」

 そこへ勢いよく入って来る声に、伍黄がゆっくりと振り返る。

「どうした?碧鎖」

 どこか慌てた様子で、その場へと現れたのは、碧鎖であった。

「いねぇ!虹乃がいねぇんだ!」

「何?」

 碧鎖の言葉に、伍黄が眉をひそめる。

「まさかあいつ…」

 伍黄の後方で、表情を曇らせる萌芽。

「体が来ないことに煮え切って、緑呂たちのところへ行ったんじゃ…」

「仕方ないな」

 萌芽の言葉を受け、伍黄が少し困ったように言う。

「まぁいい。時が流れるというのなら、逆らわずに進むとするか」

 ゆっくりと顔を上げ、伍黄がそっと笑みを浮かべる。

「俺たちも行くぞ、萌芽、碧鎖」

「へっ?」

 伍黄の思いがけない言葉に、碧鎖が目を丸くする。

「俺たちも?」

「ああ」

 聞き返す碧鎖に、大きく頷く伍黄。

「この“痛み”ある世界に、宣戦布告といこうじゃないか」

 顔を上げた伍黄は、どこか楽しげな笑みを浮かべた。



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