表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
135/347

Word.35 安団、包囲 〈1〉

 “由守ゆもり”らしき少女、弓と、弓を狙う謎の二人組が現れた、翌朝。

朝比奈家隣、篭也と囁の家(旧・佐々木さんの家)。

「ふぅ…」

 朝比奈家とは異なる、洋風のリビングでは、制服に着替えた囁が、姿見で自分の姿を確認しながら、どこか深い溜息を落としていた。表情も少し、浮かぬ様子である。

「まだ居たのか」

 二階から降りてきた、同じく制服姿の篭也が、リビングへと入って来る。

「そろそろ神を起こしに行く時間だぞ」

「ええ…」

 篭也の言葉に答えながら、視線を落とす囁に、篭也が眉をひそめる。

「今日は朝食、作りに行かないのか?」

「ええ…」

 篭也の問いかけに、さらに落ちる、囁の視線。

「アヒるんの力…」

 少し躊躇いがちに、囁が口を開く。

「アヒるんの力…やっぱり、とむらいとの戦いが原因、よね…」

「……っ」


―――あの力は、一体…―――


 囁の言葉を受け、アヒルが弔との戦いで見せた、今までにはなかった力のことを思い出し、篭也はそっと表情を曇らせた。

「激しい戦闘だったからな。ああなっても、無理はない」

 アヒルの未知なる力のことには触れず、篭也が冷静に答える。

「最低、よね…」

 囁が、重くその言葉を落とす。

「力を失わせるようなことまでしておいて…何食わぬ顔で仲間に戻ったりして…どこが安附あつきなんだか」

「…………」

 自嘲の言葉を述べる囁を、篭也がまっすぐに見つめる。

「神が力を失っているのなら、その間、あなたがあなたの力で、神を守ればいいだけの話だろう」

「えっ…?」

 篭也の声に、囁がやっと顔を上げる。

「あなたは、安附なのだから」

「……っ」

 まっすぐに見つめる篭也に、少し目を見開く囁。だがすぐに、その表情は笑みへと変わった。

「随分と優しいのね…珍しい」

「心外だな」

「だって篭也…初めて会った時、“あなたに優しくする理由がない”って言ってたのよ…?」

 過去のことを思い出し、囁が微笑んだまま問いかける。

「仲間のことを気遣って、何が悪い」

「えっ…」

 思いがけない篭也の言葉に、止まる囁の笑み。

「とっとと行くぞ。もう遅刻は懲り懲りだ」

「…………」

 リビングを出て、玄関へと歩いていく篭也を、囁が茫然と見つめる。

「フフフっ…」

 だがすぐに込み上げたように笑みを零し、囁も玄関へと出た。

「気遣うのは別に悪くないけれど…あなたがやると気持ち悪いわよ…?」

「どういう意味だっ」

 囁の言葉に、篭也は大きく表情をしかめた。




「へぇ~、昨日の帰りに、そんなことがあったんだ」

「ああ」

 無事、篭也と囁に起こされ、目覚めたアヒルは、迎えに来た紺平とともに、通学路を歩く。五十音士の一人、己守こもりとなった紺平にも、関係のないことではないので、アヒルは昨日起こった出来事を、紺平へと説明した。

「由守、かぁ…」

「連中の狙いは、恐らくは五十音士だ」

「えっ?」

 後ろを歩く篭也の言葉に、紺平が振り返る。

「あなたが狙われる可能性もある。今後は出来る限り、僕たちと行動を共にしろ」

「それは別に構わないけど…」

 はっきりとした口調で言い放つ篭也に、紺平が少し委縮しながら頷く。

「このこと、檻也くんに報告とかした方がいいのかなぁ?」

「檻也には昨日、電話で連絡したから大丈夫だ」

「へっ?」

 篭也のその言葉に、目を丸くする紺平。

「電話したんだぁ」

「あっ」

 驚いたように言う紺平に、篭也が少し顔を引きつる。

「ち、違っ…!ただ単に、於の神へ事務的連絡をと思ってっ…!」

「兄弟ホットコール…?フフフっ…」

「良かったなぁ!篭也!」

「……っ」

 満面の笑みを向けるアヒルと囁に、これ以上言い返すことも無駄と思ったのか、篭也は深々と頭を抱えて、黙り込んだ。

「アハハ、あれっ?」

 その篭也の様子に、楽しげに笑みを浮かべていた紺平が、不意に前方を向き、何かに気付いたような声を発する。

「ガァ、あれ」

「んあ?」

 紺平に呼ばれ、アヒルも前を見る。

「あっりぃ~?ありありありぃ~?んん~?」

 四人の歩く道の前方には、相変わらずのリーゼント頭にサングラスを掛けたアニキが、何やら探している様子で、周囲を何度も見回していた。

「あっりぃぃ~?」

「邪魔」

「どわああああ!」

 大きく腰を曲げて、周囲を見回していたアニキの、その突き出した尻を、アヒルが勢いよく蹴り飛ばした。アニキはそのまま、勢いよく前のめりに倒れ込む。

「な、何しやがる!?って、朝比奈ぁぁ!」

 顔を上げたアニキが、大きな声を出しながら、アヒルを認識する。

「いきなり蹴るたぁ、どういうことだぁ!?てめぇ!」

「道のど真ん中に突っ立ってる方が、悪いんだろ」

「くぅ~!相変わらず、理不尽な野郎だぁ~!」

 立ち上がったアニキが、勢いよく顔をしかめる。

「ここで会ったが百年目ぇぇ!今日の今日こそ、コテンパンのパンティストッキングにっ…!」

「何か探し物でもしてるの…?」

「さ、真田さぁ~ん!?」

 アヒルの横から顔を出す囁に、怒り狂っていたアニキが、あっという間の表情から怒りを消して、目を輝かせる。

「そうなんだよぉ~!朝から、俺の可愛い子分たちが一人もいなくって、ずっと探してるんだぁ!」

「子分?」

「ああ、そういえばいっつも無駄に居る取り巻きが、今日は居ないね」

 首を傾げるアヒルの横から、紺平が辺りを見回しながら言い放つ。

「いっつもこの道に、八時集合って決めてんのによぉ」

「暇人」

「愛想つかされたんじゃねぇの?」

 不思議そうに首を捻るアニキに、篭也とアヒルが次々と、冷たい言葉を投げかける。

「アホかぁ!俺たちの絆、ナメんじゃねぇぞぉ!?思い出アルバム全五十巻、見せたろうかぁ!?」

「いらねぇー」

 ムキになって言い返すアニキに、呆れた様子で肩を落とすアヒル。

「おっかしいなぁ。おぉーい!どこだぁ!?お前らぁ!」

 アニキは大声を張り上げ、子分たちを探して、別の方角へと歩き去っていってしまう。

「でも確かに変だよねぇ。結構長い付き合いだけど、あの人が子分引き連れてないのなんて、初めてだよ」

「だっから愛想、つかされたんだって」

 そう言葉を交わしながら、アヒルと紺平が、再び学校へ向かう道を進み始める。

「…………」

 その場に足を止めたまま、ふと顔を上げ、背後を振り返る篭也。

「どうかした…?」

「えっ?」

 囁に問われ、篭也が前を向く。

「いや…」

 篭也はどこか曇らせた表情のまま、そっと首を横に振った。




 言ノ葉高校、一年D組。

「よっしゃ!今日もセーっ…!って、あっ」

 勢いよく教室に入ったアヒルが、何かに気付いた様子で声を漏らす。

「早く席につきなさい」

 今日も教壇でアヒルを迎えるのは恵ではなく、小太りの男教師であった。教室へと入ったアヒルに、男教師が素っ気なく声を掛ける。

「あれ?今日も恵先生、休み?」

「早く席につきなさい」

「へっ?」

 アヒルの問いかけに答えることなく、すぐに前を向いてしまう男教師。それ以上、問いかけることも出来ず、アヒルは大人しく、自分の席へと向かった。

「あの先生、あんなに愛嬌なかったっけ?」

「ガァが何か、悪いことでもやったんじゃないの?」

「俺は何もやってねぇよっ」

 突き放すように言う紺平に、少しムキになって言い返しながら、アヒルが自分の席へと座る。

「あっ」

 ハッとなって、すぐ隣の席を振り向くアヒル。だがそこは、空席であった。

「やっぱ、来てねぇーか…」

 今日もない保の姿に、アヒルが眉をひそめる。

「今日の休みは高市君と奈々瀬さんだけだね…」

「へっ?」

 出席簿をチェックする男教師の言葉に、アヒルが顔を上げ、後方の廊下側の席を確認する。アヒルの幼馴染み、想子の前の席が、確かに空いていた。

「奈々瀬も、休み…?」

 空いているのは、七架の席であった。



『ハァ…!ハァ…!ハァ…!』

 重なる、乱れた二つの息。後ろを振り返りながら、人気のない道を必死に駆け抜けるのは、固く手を握り合った七架と六騎であった。

「お姉、ちゃんっ…し、しんどいよっ…」

「頑張って!六騎!もう少しだから…!」

 苦しげに声を漏らす六騎に、先導する七架が言い放つ。

「なん、でっ…お母さんたち…俺たちのこと…?」

「わからない…でも、何かが起こってる…」

 戸惑う六騎に、七架も険しい表情を見せる。

「とにかく、朝比奈くんのところへっ…学校へ行かなくちゃ…!」

 瞳を鋭く光らせ、七架はさらに足を走らせた。




 その日、昼休み。

「おぉーい、想子っ」

「……っ」

 教室で、他の女子生徒を話をしていた想子が、呼びかけるアヒルの声に振り向いた。

「何…?」

 笑みを零すこともなく、どこか煩わしそうな表情で、アヒルの方を見る想子。

「今日、奈々瀬休みだろ?なんでか、理由聞いてねぇーかと思って」

「奈々瀬…?」

 アヒルの問いかけに、想子が眉をひそめる。

「誰?それ」

「はっ?」

 思いがけない想子の言葉に、アヒルが大きく口を開く。

「な、何言ってんだよ!奈々瀬だよ、奈々瀬!お前ら、仲良いんだろ!?」

「うるさいわね…知らないわよ、そんな奴」

「はぁ!?」

 冷たく答える想子に、さらに顔をしかめるアヒル。

「おっ前なぁ!冗談もいい加減にっ…!」

「また、想ちゃんとケンカしてるの?ガァ」

「紺平っ」

 アヒルが想子に怒鳴りあげようとしたその時、教室へと戻って来たばかりの紺平が、アヒルへと声を掛けた。

「いい加減にしなよぉ、もう小学生でもないんだから」

「違ぇって!こいつが奈々瀬を知らねぇーとか、意味不明なこと言うからっ…!」

「えっ…?」

 アヒルの言葉に、紺平も眉をひそめる。

『想子…』

「ごめん。こいつらうるさいし、あっち行こっか」

「お、おいっ…!」

 他の女子生徒とともに、その場から離れようとする想子へと、アヒルが思わず手を伸ばす。

「待てよ!想子!」

「しつこいわねぇ!」

「あっ」

 肩を掴み止めようとしたアヒルの右手を、想子が勢いよく振り払った。力強く振り払われたその勢いで、アヒルの胸ポケットから、言玉が零れ落ちる。

「……っ!」

 落ちる言玉を見つけ、大きく目を見開く想子。

「やべやべっ」

 アヒルが慌てて左手を出し、床に落ちるところだった言玉を受け止める。

「言玉…」

「へっ?」

 小さく落とされる想子の声に、アヒルが顔を上げる。

「想子?」

「そう…ガァが…五十音士だったのね…」

「えっ…?」

 アヒルを冷たく見つめる想子の瞳が、真っ赤に染まりあがるとともに、想子がアヒルへと右手を向けた。

「“”…!」

「何っ…!?」

 想子の右手から放たれる衝撃波に、アヒルが大きく目を見開く。

「“こわせ”…!」

「うおっ…!」

 言葉が響いたかと思うと、アヒルのすぐ目の前の机が勢いよく弾け飛び、アヒルへと向けられていた衝撃波が、その勢いで掻き消された。

「紺平!」

「五十音第十音、“こ”解放っ」

 アヒルが振り向くと、そこには、白い言玉を突き出した、紺平の姿があった。

「ガァ、大丈夫?」

「ああ。でもなんだって想子が忌の技をっ…」

「五十音士…」

「あいつも…五十音士…」

『……っ』

 言葉を交わしていたアヒルと紺平が、周囲から次々と聞こえてくる、低く響き渡る声に振り返る。教室で明るく雑談していた生徒たちが皆、想子と同じようにその瞳の色を赤くし、全員で取り囲むようにして、二人へと迫って来る。

「どうやら、想子だけじゃねぇみてぇだな…」

 迫り来る、明らかに異様なクラスメイトたちを見つめ、表情を険しくするアヒルと紺平。

『五十音士…五十音士…』

「ガァ、これって…」

「わかんねぇ。わかんねぇけどっ…」

 二人へ向け、クラスメイトたちが皆、一斉に右手を向ける。

『“”…!!』

「とりあえず逃げっぞ!紺平!」

「う、うんっ…!」

 二人が教室を飛び出すとともに、教室に激しい衝撃音が響き渡った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ