表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
131/347

Word.34 ゆガム世界 〈1〉

 とある町。月の輝く、とある夜。

「グガアアアアア!」

 静かな夜に、荒々しい叫び声を響かせるのは、赤い瞳を光らせた、不気味な黒い影であった。

「出たか…忌…」

 叫ぶ黒い影を見つめ、鋭く切れ長の青い瞳の、まだ若い男。金色の短髪に白いバンドを巻いており、夜にまぎれる黒い服、怪我をしている素振りはないが、首や手首、そして足首に包帯を巻きつけていた。男は、落ち着いた様子でそう呟き、懐に手を入れ、何かを取り出す動作を見せる。出てきた男の手には、真っ赤な宝石のような玉が握られていた。

「五十音…第三十六音…」

 男の手の中の玉が、淡い赤色の光を発し始める。

「“や”…解放…」

 より一層、強い光を放って、その形を変えていく男の手の中の赤い玉。やがて玉は、鮮やかな赤色の、太身の大剣へと姿を変えた。男がその真っ赤な大剣を、そう太くもない腕で、力強く振り上げる。

「“け”…!」

 男が大剣を勢いよく振り下ろすと、振り下ろされた剣先から、赤々と輝く、大きな炎が放たれた。炎はあっという間に夜空を駆け昇り、上空に浮かぶ忌へと迫る。

「グっ…!ギャアアアアア!」

 忌は炎を避けることも出来ず、あっさりとその身を焼かれ、激しい悲鳴をあげて、掻き消されていった。

「ふぅ…」

 忌が消えたことを確認し、男が肩の力を抜き、ホッと一息つく。

やいば!」

「ん…?」

 後方から聞こえてくる声に、刃と呼ばれた男がゆっくりと振り返る。

ゆみ…」

 後方から刃のもとへと駆け込んでくるのは、長い黒髪を一つに束ねた、美しい少女であった。短パンから長い脚を惜しみなく出しており、刃へと大きく手を振る姿など、とても元気そうである。

「そっちは終わったのか?」

「うん!」

 刃の問いかけに、弓と呼ばれた少女は大きく頷く。

「これで任務完了だな。帰るぞ」

「えっ?でもまだ、よろいが…」

「鎧なら、お前が来るより前から、そこに居る」

「えっ?」

 刃の指差す方向へと、顔を上げる弓。

「あっ」

「…………」

 二人の居るすぐ傍の電柱の上に、器用に立っているのは、全身を鎧兜で覆った人間であった。重々しくつけられた鉄仮面で、その顔も今の表情も、まるで覗くことが出来ない。身長や体格から、男であることはうかがえる。

「鎧!」

「待たせたな、鎧。帰るぞ」

「来る…」

「ん…?」

 小さく落とされる、鎧の仮面でくぐもったその低い声に、刃が少し眉をひそめる。

「どうした?鎧」

「何か…来る…」

「何…?あっ…」

 鎧の言葉に首を傾げていた刃であったが、迫り来る何かを感じ、その表情を不意に険しくし、振り向く。

「刃?鎧?」

 警戒した様子を見せる二人に、戸惑うように首を傾げる弓。

「何?一体、どうしっ…」

「来るぞ…」

「避けろ!弓っ!」

「えっ…?きゃあああ!」

 鎧の言葉を合図に、必死に叫んだ刃が、戸惑ったままの弓を勢いよく突き飛ばした。後方に吹き飛ばされた弓が、近くの壁に背中を打ちつける。

「痛たた…何?いきなり…」

 背中を押さえながら、弓が閉じていた瞳を、ゆっくりと開く。

『ううぅ…ううっ…!』

「あっ…!」

 開かれた弓の瞳が、さらに大きく開かれる。弓の目の前では、刃と鎧が、周囲を覆い尽くすような黒い影に手足を捕らわれ、全身を呑み込まれようとしていた。

「刃…!鎧…!」

「来るな!弓っ!」

「うっ…!」

 二人のもとへと駆けて行こうとした弓が、刃の声に、その足を止める。

「逃げろ!今すぐ、ここから離れるんだ!弓!」

「で、でもっ…!」

「ぐあああああっ!」

『……っ!』

 飛び交っていた二人の声が、大きな叫び声に掻き消される。二人が振り向くと、鎧が、完全に黒い影に呑み込まれてしまっていた。

「鎧っ…!」

「グっ…!」

 呑み込まれていく鎧に、思わず身を乗り出す弓。刃も、首元まで迫り来た黒い影に、強くその表情を歪めた。

「早く行け!弓!」

「刃っ…」

「行くんだ!早くっ!」

「……っ」

 黒い影に徐々に顔まで浸食されながら、それでも必死に叫ぶ刃に、弓は逆らうことが出来ず、辛そうに歪めた表情で、強く唇を噛み締めた。

「うううぅっ…!」

 涙を零しながら、弓が刃へと背を向け、その場を必死に駆け出していく。

「頼むぞ…弓っ…うぐううぅっ!」

 祈るように呟いた刃の体を、黒い影が完全に呑み込んでいく。

「ぐああああああっ…!!」

 刃の悲痛な叫び声が、静かな夜に響き渡った。




 その頃、言ノ葉町。とあるコンビニ。

「はぁ!こんなすでに目障りなくらいでっかい俺が、牛乳なんて買っちゃってすみませぇ~ん!」

「あ…ありがとうございました…」

 コンビニのレジの前で、いつもの調子で謝り散らしているのは保。保へと牛乳の入ったレジ袋を差し出した店員は、引きつった表情で礼を言った。

「ふぁ~、風呂上がり用の牛乳も無事買えたことだし、家に帰るかぁ」

 コンビニを出た保が、袋の中の牛乳を確認しながら、家へと帰る道を進み始める。辺りはすっかり更けっており、コンビニの明かりが一際目立っている。その明るい場所を離れ、薄暗い道を歩く保。

「今日はいつもより、明るい感じがするなぁ。あっ」

 周囲を見回していた保が、何かに気付いた様子で、顔を上げる。見上げたその先の夜空には、真ん丸の月が明々と輝いていた。

「今日は満月…それで明るかったのかぁ」

 ふと足を止め、保がまじまじと満月を見つめる。

「綺麗だなぁ~」


―――見つけた…―――


「へっ?」

 頭の中に響くようにして聞こえてくる声に、保が目を丸くする。

「だ、誰っ…?」

 声の主を探そうと、周囲を見回す保。だが保の傍には、人影一つありはしない。

「あれっ…?空耳かな…」


―――やっと…見つけた…―――


「……っ」

 空耳として片付けようとしたその時、再び響くその声に、保は大きく目を見開いた。

「こ、これはっ…」


―――見つけた…見つけた…―――


「ううぅ…!」

 頭の中で徐々に大きくなっていくその声に、保は思わず頭を抱える。


―――灰示……―――


「……っ!」

 満月へ向けて顔を上げた保の手から、牛乳の入ったレジ袋が零れ落ちた。




 アヒルたちが、於崎家から言ノ葉町へと戻った翌朝。町の小さな八百屋『あさひな』こと、朝比奈家。

「んん~っ…」

 二階の自室のベッドで、大きく寝返りをうったアヒルが、小さく口を開ける。

「アメリカ…合衆国っ…」

 アヒルの口から零れ落ちるのは、相変わらず意味不明の寝言。

「アーくぅ~ん!ハッピーニューイヤァー!」

 勢いよく部屋の扉を開き、新年でもないのに、めでたさ全開で部屋の中へと飛び込んできたのは勿論、アヒルの父であった。

「喰らえぇい!アスパラガース、シューティーング!!」

「喰らわねぇよっ!」

「ぐほおおぉう!」

 アヒルへ向けて、両手いっぱいのアスパラガスを投げ放とうとした父であったが、素早く起き上がったアヒルがそのアスパラの一本を奪い取り、父の鼻の穴へと、勢いよく突き刺した。突き刺された父は、床にアスパラを撒き散らしながら、力なく後方へと倒れ込む。

「ううぅ~、アーくん、冷たいぃ~」

「朝からアスパラ投げつけてくる親父に、優しく出来るかっ」

 鼻の穴からアスパラを抜きながら、悲しげな表情を見せる父を、アヒルが睨みつける。

「だいたい俺が呼んだのは、アメリカ合衆国だっての!」

「朝からアメリカ合衆国を呼ぶ意味がわからないが…」

「お、篭也」

 いつものように父を倒し、強く主張しているアヒルに、扉のすぐ横に立った篭也が、ひっそりと突っ込みを入れる。

「はよっス!囁は?」

「いや、それが…」

「あっ?」

 アヒルの問いかけに、途端に表情を曇らせる篭也に、アヒルは戸惑うように首を傾げた。



 朝比奈家一階、台所。

「うん…完璧だわ…」

 ぐつぐつと、食べ物とは思えない、何とも気持ちの悪い色で煮立っている鍋を前に、どこか満足げに頷く、おたま片手にエプロン姿の囁。

「後はワサビで最後の一味ね…」

「あ、あのっ、さ、囁ちゃんっ…?」

「ん…?」

 背後からスズメに呼びかけられ、囁がゆっくりと振り返る。

「今、料理に集中してるの…話しかけないで…」

「ごめんなさい」

 囁に鋭く睨みつけられ、スズメが大人しく頭を下げる。

「ダメだ。阻止に失敗した」

「料理だったんだね…アレ…」

 囁に謝り、大人しく居間へと戻って来たスズメを、感心したように呟くツバメが迎える。

「とりあえず胃薬、用意しようかな…」

「胃薬で何とかなる代物には、見えなかったぞぉ?」

「おはよ」

「おっ」

 スズメがボヤいていたその時、階段から降りてきたアヒルが、篭也とともに居間へと入って来た。

「よぉ、不良少年っ」

「だぁれが不良少年だよっ」

 軽い口調で声を掛けるスズメに、アヒルが顔をしかめる。

「無断で一週間も家空けてた奴の、どこが不良少年じゃないっつーんだよ?」

「だっから言っただろ?連絡しようにも、ずっと山の上でっ…」

「修行してたってかぁ?どっかの僧かよ、お前はっ」

「うっ…」

 スズメの突っ込みに、思わず口ごもるアヒル。七声の件でしばらく家を空けていたアヒルは、今回は課題をやるため、泊まりに行っていたとも言えず、苦しまぎれに、山登りをしてそのまま戻れず、しばらくこもっていたということにしたのである。

「い、いやっ、だからそれはぁっ…!」

「もういいでしょ…スズメ…終わったことなんだし…」

「ツー兄っ」

 助け舟を出してくれたツバメを、アヒルが目を輝かせて見つめる。

「けど…」

「へっ?」

 低い声で言葉を付け加えるツバメに、アヒルが目を丸くする。

「あんまり勝手が過ぎると…呪うよ…?いいね…?アヒルくん…」

「は、はい…」

 藁人形片手にそっと微笑むツバメに、何やら命の危機のようなものを感じ、アヒルは逆らうことなく、大人しく頷いた。

「出来たわ…」

「あっ?」

 台所から聞こえてくる囁の声に気付き、アヒルが顔を上げる。

「囁?んなとこで何やって…」

「さぁ、アヒるん…」

 笑顔を見せた囁が、台所から居間へと入って来る。

「たぁーんと、お食べ…」

「…………」

 差し出された、ぐつぐつと煮立っている不気味な汁に、アヒルの動きがしばし、固まる。

「いや、絶対無理」

 大きく手を振り、囁の料理を、一瞬にして拒否するアヒル。

「フフフ…やってみなきゃ、わからないわよ…アヒるん…」

「やってみなくてもわかるわぁ!んなもんっ!」

 おたまに不気味汁をすくい、無理やり飲ませようとする囁に、アヒルが必死の抵抗を見せる。

「料理に挑戦なんて…山ごもりの間に何かあったの…?囁ちゃん…」

「こっちが聞きたいくらいです…」

 ツバメに問いかけられた篭也が、肩を落としながら、引きつった表情で答える。

「あぁ~あ、たもっちゃんもいねぇし、今日は全員、買い弁だなぁ」

「えっ?」

 スズメのその言葉に、顔を上げる篭也。

「高市、来てないんですか?」

「ああ、今日は来ないみたいだなぁ」

「そう、ですか…」

 頷きながら、篭也は少し眉をひそめた。




 言ノ葉高校、一年D組。

「セェェェーフ!」

 大きく両手を横に広げながら、教室へと駆け込むアヒル。

「セーフだろ!?恵先っ…!って、あれ?」

「はいはい。セーフにしてあげるから、早く席に座ってねぇ、朝比奈くん」

 主張しようとしたアヒルであったが、教壇に立つ、恵ではない、小太りの男教師の姿に、思わず言葉を途中で止めた。

「あれ?恵先生は?」

目白めじろ先生は今日はお休み。さっ、出席の続き、取るよぉ」

「休みっ…」

 降って来ない怒鳴り声に、どこか物足りなさを感じながら、アヒルが大人しく自分の席へと座る。

「良かったねぇ、遅刻にならなくって」

 後ろの席から、紺平がアヒルへと声を掛ける。元気に学校に登校しているところを見ると、紺平も無事、於崎の屋敷から戻って来たようである。

「ああ。恵先生、休みなんだな」

「うん、珍しいよね。そういえば高市くんも休みみたいだけど…」

 紺平が、アヒルの横の空席を見る。

「やっぱり疲れてたのかなぁ。昨日は元気そうだったのにね」

「…………」

 紺平の言葉を聞きながら、アヒルは保の席を見つめ、そっと目を細めた。



 放課後。

「為の神のところへ寄っていく?」

「ああ、ちょっとスー兄に頼まれた買い物があってさっ」

 恵が休みだったこともあり、放課後残されることもなく、あっさりと帰ることの出来たアヒルは、昇降口で篭也にそう告げた。

「なら、僕たちも…」

「大した用じゃねぇから、お前らは先帰っててくれよ」

 笑顔を見せたアヒルが、篭也の言葉を途中で遮る。

「だが…」

「すぐ帰っから!じゃあなぁ!」

「あっ…!神…!」

 篭也に止める暇も与えず、アヒルは自分の靴を履くと、そそくさとその場を駆け去っていった。

「まったく…」

 思わず伸ばした手を下ろし、篭也が呆れたように肩を落とす。

「何か妙だな…」

 すでに正門を出て、道を曲がろうとしているアヒルの背中を見つめ、篭也が少しその表情を曇らせる。

「どう思う?囁」

「えっ…?」

 篭也の問いかけに、何か考え事でもしていたのか、囁は驚いた様子で顔を上げた。

「そうね…やっぱり突然、訪れるものだと思うわ…恋って…」

「何の話だ」

 真面目に答える囁に、篭也は呆れきった表情を見せた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ