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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.33 あキラメナイ 〈4〉

 二日後。於崎家屋敷。

「悪かったなぁ。何日も部屋借りっ放しで寝ちまって」

「いや…」

 囁へと命を分け与え、眠り続けていたアヒルたち安団の面々も、二日の時が流れ、やっと全員が目を覚ました。場所の提供や、看病をかって出てくれた於崎家に礼を言うため、目覚めたアヒルは、檻也のもとへと訪れた。檻也の部屋のある別邸の前庭で、アヒルと檻也は向き合っていた。

「部屋だけは、やたらと余っている屋敷だ。気にする必要はない」

「そう言ってくれると、有難てぇよっ」

 素っ気なく答える檻也に、アヒルは笑顔を向ける。

「あ、そうだ。これっ」

「ん…?」

 そう言ってアヒルが檻也へと差し出したのは、透き通る水晶の玉、夢言石であった。

「夢言石っ…」

「お前のだろ?返すよっ」

 笑顔を見せたアヒルが、檻也へと、少し無理やりな形となって、夢言石を手渡す。自分の手の中に戻って来た夢言石を、檻也は感慨深げに見つめた。

「安の神…」

「んんっ?」

「ありがとう…」

「へっ?」

 檻也の口から、聞けるとは思っていなかった言葉を聞き、アヒルは少し驚いた様子で、目を丸くする。

「お前たちが七声を倒してくれなければ、俺は言葉を取り戻せず、神であることも出来なかった…」

 俯いていた檻也が、そっと顔を上げる。

「感謝する…」

 改めて礼を言う檻也に、アヒルが少し目を細める。

「礼言う相手、間違ってんぞ?」

「えっ…?」

 アヒルの言葉に、檻也が戸惑いの表情を見せる。

「お前の言葉を取り戻したのは、俺じゃない。篭也だ」

「……っ」

 篭也の名が出ると、檻也が眉をひそめる。

「あいつ、お前の言葉を取り戻すために、必死になって戦ったんだぜぇ?あんなに熱くなってる篭也、初めて見たな」

「…………」

 微笑むアヒルを見ることはなく、俯きながら、何やら考え込むような表情を見せる檻也。

「だから、礼なら篭也に言ってやってくれよっ」

 俯いたままの檻也へ、アヒルがもう一度、笑顔を向ける。

「神」

「んあ?」

 呼ばれる声に気付き、アヒルが振り向く。

「こんな所に居たのか」

「篭也」

 本邸の方から、アヒルたちの居る前庭へとやって来たのは、篭也であった。どうやら、アヒルを探して、やって来たようである。

「もうすぐ出る。早く、支度を済ませろ」

「おうっ、わかった」

 篭也の言葉に、アヒルがあっさりと頷く。

「僕たちは門の所で待っている。支度が出来たら、出て来い」

「おうっ」

「あっ…」

「んっ?」

 アヒルに短く言伝して、すぐに踵を返し、その場を去って行こうとする篭也を見て、檻也が小さな声を漏らす。篭也を呼びとめようと顔を上げながらも、すぐに俯いてしまう檻也に、アヒルが気付いた。

「あ、ああぁ~、か、篭也ぁ!」

「えっ?」

 アヒルに呼び止められ、去ろうとしていた篭也が足を止め、振り返る。

「何だ?」

「お、俺、紺平にチラっと挨拶したら、すぐに行けっからさぁ~、ちょっとここで待っててくんねっ?」

「別に構わないが…?」

「じゃあ、すぐ行ってくっから!ここで待っててくれなぁ!」

 慌ただしく言いながら、アヒルは紺平のいる別邸の中へと、駆け込んでいった。静かになったその場に、篭也と檻也だけが残る。

「何だ…?一体…」

「あ、ああぁ~、あっ…」

「ん?」

 アヒルの不自然な態度に首を傾げていた篭也が、横から聞こえてくる、呼びかけとも何ともいえない声の連続に、戸惑うように振り向いた。

「どうした?檻也」

「えっ!?」

 篭也に問われ、檻也が焦ったように声をあげる。

「いや、ああぁ~、え、えぇ~っと…その、あのっ…」

「ん…?ああっ…」

 檻也の様子に首を傾げていた篭也であったが、何か思いついたようで、納得するように頷いた。

「何か言われたか」

「えっ…?」

「我が神はお節介だからな」

 篭也が少し呆れた様子で、肩を落とす。

「気にしなくていい」

 檻也を見つめ、篭也が薄く笑みを浮かべる。

「またこの屋敷で、こうしてあなたと向き合うことを許されているだけで、僕はもう、十分だ」

「……っ」

 優しく微笑む篭也を見つめ、檻也がそっと目を細める。

「それにしても、遅いな。神はまだっ…」

「ありがとう…」

「えっ…?」

 別邸の方を振り向いた篭也が、背中の方から聞こえてくる声に、大きく目を見開く。

「檻っ…」

「ありがとう…」

 振り返った篭也を、檻也は逸らすことなく、まっすぐに見つめる。

「“兄さん”…」

「……っ」

 呼ばれるその言葉に、篭也はさらに目を見開く。

「ああっ…」

 そして、見開いた瞳を細め、何とも嬉しそうな笑顔を零す篭也であった。



「良かった…」

 別邸の門の陰に隠れながら、ひっそりと篭也と檻也の様子を見つめていた紺平が、笑い合う二人に、安心したような笑顔を見せる。

「ガァにしては、気が利くじゃない」

「どういう意味だよっ」

 振り向く紺平に、すぐ隣でしゃがみ込んでいるアヒルが、不満げに顔を上げる。

「でも、本当に良かった…」

 紺平が二人を見つめ、もう一度、呟く。


―――俺に、兄などいない…―――


「二人の間に、言葉が戻って来てくれて…」

 間に挟む言葉を失い、距離ばかり開いていってしまった兄弟が、やっと元の関係に戻ろうとしている。冷めきっていたかつての檻也を思い出すと、紺平はより一層、安心の笑顔を見せた。

「ねぇ?空音さんっ」

「へぇっ!?」

 紺平に名を呼ばれ、ちゃっかり、アヒルの横で二人の様子を見守っていた空音が、焦ったように声をあげる。

「べ、別に私は、あんな神のことなんて、どうでもいいんだから!ふんっ!」

 何故か一人、怒った様子で怒鳴り上げながら、空音は足早に、その場を去っていってしまった。

「何だぁ?あれっ」

「んん~?いわゆる一つの、照れ隠し?」

 顔をしかめるアヒルに、紺平が笑顔で答える。

「そういや、俺たちは今から帰っけど、お前はどうすんだぁ?」

「俺も夜には帰るよ。明日は学校もあるし」

 問いかけるアヒルに、紺平がすらすらと答える。

「七声の件は落ち着いたし、言葉の勉強とかはまぁ、追々やってくつもり」

「そうか」

 紺平の言葉を聞きながら、アヒルがその場で立ち上がる。

「ちょっと学校も休み過ぎちゃったしね。いい加減、行かないと」

「俺は一生、行かなくってもいいけどっ」

「ガァ?」

「へーへー。心配しなくっても、明日っからちゃんと行きますよっ」

 注意するように睨む紺平に、アヒルが少し苦い顔を作りながら、軽く手を振る。

「もちろん、遅刻厳禁だからね?」

「ハイハイっ」

「じゃあまた明日、学校でね。ガァっ」

「ああっ」

 微笑みかける紺平に、アヒルは大きく頷いた。




 その頃、韻本部。

「そうか…安の神は例の力に目覚めたか…」

「はい…」

 深く頭を下げた和音は、前方から聞こえてくる、老いたその声に、かしこまった返事をした。

「すべては予定通りですな…」

「まさか、かつて追放したあの己守が、これほどまでに役に立ってくれるとは…」

「願ったり叶ったりではないですか…ついでに反乱分子も、始末出来たのですから…」

「追放した甲斐もあったというものですな…」

「…………」

 目の前で繰り広げられる会話を、和音は静かな表情で、黙ったまま、聞き続ける。

「良き働きにあった、言姫よ…」

 中央に座る影が、代表するように和音へと声を掛ける。その者が口を開くと、周囲で今まで雑談をしていた者たちも、すぐに静まり返る。

「いえ…」

「これで、失われし彼の神も、動き出すに違いない…」

 中央の影が、少し上を見つめる。

「すべての神が揃うことこそ…我らの望み…」

 老いたその声が、広い部屋に響き渡る。

「引き続き、頼んだぞ…言姫…」

「はい…」

 その言葉に、和音は深々と頭を下げた。



「ふぅ…」

 報告を行った部屋を出た和音は、少し息をつきながら、長く広い廊下を歩み始めた。報告の場が長かったのか、和音の表情からは疲れが見て取れる。

「あらっ」

 廊下を歩き続けていた和音が、その先に立つ人影に気づき、人影の前で足を止めた。

「ここは、韻の関係者以外は、立ち入り禁止の場所ですわよ?」

 和音が穏やかな笑顔を見せ、その者へと声を掛ける。

「恵さん」

「…………」

 和音を待ち構えるように、廊下に立っていたのは、恵であった。振り向いた恵は、厳しい表情で、和音を見つめる。

「何を、企んでいる…?」

「あら、随分といきなりですわね」

 鋭い瞳を向け、挨拶もなしに問いかけてくる恵に、和音は少し困ったように微笑む。

「別に何も企んでいませんけど?」

「嘘をつけ。お前と韻が、陰でこそこそ動いてんのは、もう、ずっと前から知っている」

「嘘、ですか…」

 厳しく言い返してくる恵に、和音はそっと肩を落とした。

「仮に、わたくしと韻が何かを企んでいるとして…あなたの言うように、陰でこそこそと動いているとして…」

 和音がゆっくりと顔を上げ、まっすぐに恵を見つめる。

「仮にそうであったとしても、わたくしがあなたに真実を話す必要は、どこにもありませんわ」

「……っ」

 はっきりと答える和音に、恵があからさまに顔をしかめる。

「ふざけるな!言え!言わないとっ…!」

「ここは韻の領域…」

 声を荒げる恵の言葉を、和音が冷静に遮る。

「そして、わたくしは韻の人間…」

 冷たく光る和音の瞳が、正面から恵を捉える。

「例え、あなたが元神であったとしても…所詮は一介の五十音士。この場で、わたくしに逆らえるとは、思わないで下さい」

「クっ…」

 和音の言葉に、恵がきつく唇を噛み締める。鋭い和音のその言葉は事実であり、この場でこれ以上、言葉を続けることは、恵には許されなかった。

「失礼いたします」

 押し黙った恵に一礼し、和音が再び、廊下を歩み出していく。

「あいつにっ…」

「……っ」

 背後から聞こえてくる声に、和音がふと足を止める。

「あいつに何かしようってんなら…私が許さないっ…」

「あいつ…?」

 恵の言葉を繰り返しながら、和音がゆっくりと振り返る。

「ああ、安の神のことですか…」

 和音が、どこかわざとらしく頷く。

「どうして、そうまで…彼にこだわるのです…?」

 鋭い笑みを浮かべ、和音が恵へと問いかける。

「失ってしまった大切な人とでも…重ねていらっしゃるのですか…?」

「……っ!」

 和音のその言葉に、恵が大きく目を見開く。

「お前っ…!」

「わたくしは次の用がございますので、失礼いたしますわ」

 声を荒げた恵に、動じることなく、和音はあっさりと背を向けた。

「安の神には、何をするつもりもありません」

「何っ…?」

 背を向けたまま話す和音に、恵が眉をひそめる。

「彼が、わたくしたちの思う通りに、動いて下さっている限りは…」

「……っ」

 意味深なその言葉に、曇る恵の表情。

「失礼」

 短く言葉を残すと、和音はそのまま歩を進め、廊下の奥へと姿を消していった。静まり返ったその場に残った恵が、強く壁を叩きつける。

「クソっ…」

 恵は浮かぬ表情で、唇を噛んだ。




 戻って、於崎家屋敷。

「於崎の車で、言ノ葉町まで送ってくれるらしい」

「へぇ~、そりゃ有難てぇや」

 檻也や紺平との挨拶を終え、支度を整えたアヒルと篭也は、言ノ葉へと戻るため、於崎屋敷の入口の門までやって来た。門の前には、大きな黒のリムジン車が待ち構えている。

「こっから電車とバス乗り継ぐの、結構ダルいもんなぁっ」

「はぁ~!こんな貧乏臭い俺が、あんな高級車に乗っちゃっていいんですかぁ~!?」

「うおっ」

 リムジン車と共に待ち構えていたかのように、門を出たアヒルのすぐ横に現れる保。すっかり回復した様子で、相変わらず叫んでいる。

「俺が乗っただけで、車としての価値が下がっちゃったら、すみませぇ~ん!」

「そう思うのなら、あなただけ歩いて帰れ」

「ええぇ!?やっぱ、その方がいいですかねぇ!?」

「ああ、いい」

「まぁまぁ、そう言わないで。神月くん」

 焦る保に、さらに冷たく言葉を投げかける篭也を、横から七架が必死に宥める。七架も保と同じように、すっかり回復し、元気そうな様子であった。

「フフフっ…あんなに痛い目にあったのに、なかなか治らないものなのね…バカって…」

「自分助けるために、大怪我負った奴に、そういう言い方すっか?普通っ」

 不気味に微笑みながら、冷たい言葉を呟いている囁に、アヒルは呆れた様子で肩を落とした。

「だいたい涙の一つもなしに、あっさり自然と、何事もなかったかのように戻って来るしよぉ」

「あら…?」

 ぼやくように言うアヒルに、囁が意外そうな表情で振り向く。

「大丈夫よ…アヒるん…」

 囁がアヒルへと、不気味な笑みを向ける。

「私、過去のことはすんなり、トイレの水に流すタイプだから…気にしないで…」

「それは俺が言うことだぁ!っつーか、ちったぁ気にしろぉ!」

「フフフっ…」

 怒鳴りあげるアヒルを見て、囁は楽しそうに笑う。

「ったく…」

「…………」

 呆れきった表情で、肩を落としているアヒルを、囁が横目で、じっと見つめる。


―――なっ?ちゃんと、“会いに来た”だろ?―――


「……っ」

 あの時のアヒルの言葉を思い出し、アヒルに気付かれないところで、囁は嬉しそうに笑みを浮かべる。

「とっとと行くぞ、神」

「んあ?おうおうっ」

 篭也に急かされ、アヒルが囁の横から突き進んで、車の方へと駆け寄っていく。車にはすでに、保が乗り込もうとしていた。

「ふはぁ~!こんな日光遮断デカブツ男が、窓際に座ろうとしちゃってすみませぇ~ん!」

「いいから、早く乗れ!」

「まぁまぁ、神月くんっ」

「ハハハっ」

 謝り散らす保を、無理やり車の中に押し込める篭也。怒る篭也を七架が宥め、その様子を見て、アヒルが楽しそうに笑みを零す。

「んっ?」

 笑っていたアヒルが、まだ一人、車から離れた場所で立ち尽くしている囁に気付き、振り向いた。

「何してんだぁ~?お前もとっとと来いよっ!」

 アヒルが笑みを浮かべ、大きな声で囁を呼ぶ。

「囁っ!」

「……っ!」

 自分の名を呼ぶアヒルのその笑顔に、囁は、何故か大きく目を見開いた。

「アヒルさぁ~ん!やっぱり、アヒルさんが窓際行って下さぁ~い!」

「どぅわぁっ!引っ張んなって!」

「誰でもいいから、早く乗れ!」

 車に乗り込むだけだというのに、アヒルも巻き込んで、騒ぎはさらに大きくなる。

「はぁっ…あれっ?」

 その様子に、深々と溜息をついていた七架が、離れた場所に立ち尽くしたまま、深く俯いている囁に気付き、囁のもとへと足を動かした。

「どうかした?真田さん」

 俯いた囁の顔を覗き込み、七架が声を掛ける。

「顔…真っ赤だよ?」

「……っ」

 俯いたまま、口元を手で覆った囁は、頬も額も、耳の端まで、顔全体を真っ赤に染め上げていた。

「ごめん、なさい…」

「へっ?」

 何故か謝る囁に、不思議そうに首を傾げる七架であった。




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