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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.4 言葉ノ行方 〈1〉

――――我慢した。ずっと、ずっと、我慢してた。

「あなたの子でしょう!?」

「お前の子だろうっ!?」

 お父さんとお母さんの争う声。私を差す、冷たい指。

「お前が生んだんだろうっ!」

「私だってあんな子!好きで生んだんじゃないわ!」

「…………」

 苦しい言葉。痛む言葉。これを我慢すれば、我慢しきれば、いつかは私を見てくれる日が、愛してくれる日が来るって、そう信じてた。

「ご両親がどちらも、あなたの親権を放棄しました」

「えっ…?」

 どんなに我慢しても、得られないものがあるって知った。

「……っ」

 だから私は、我慢することをやめたの…――――




 言ノ葉町三丁目、小さな八百屋さん、『あさひな』。

「う痛てててっ…」

 朝比奈家一階の居間では、頭に大きなコブを作ったアヒルが、コブを氷で冷やしながら、苦々しい表情を見せていた。

「あれ…?今日はアヒル君が手当て中…?珍しいね…」

 台所から朝食を持って運んで来たツバメが、アヒルの様子を見て、少し驚いたように呟く。朝一番のアヒルと父の攻防では、手傷を負わされるのは、いつも父の方だったので、アヒルが攻撃されているというのは、珍しい話なのである。

「ハッハッハッハ!アーくんにもついに、この偉大な父の偉大さを思い知る日がぁっ…!」

「コイツが親父に加勢して、大根投げつけてきやがったんだよっ」

 高々と笑いあげる父を完全に無視し、ブスっとした表情でアヒルが指差したのは、アヒルのすぐ横に座り、ごく自然に朝食を食べている篭也であった。アヒルに指を差され、篭也が箸を止める。

「我らが神のお父上なんだ。それに加勢するのは、当然のことだろう」

「その前に我らが神の身を守れってのっ」

 何の悪びれもなく言い放つ篭也に、アヒルが勢いよく表情をしかめる。

「だいたい、何だってコイツが、親父と一緒に起こしにくんだよっ」

「食事を提供してもらう礼だ」

「どこが礼なんだよ!」

 朝比奈家の隣人・佐々木一家から、言玉の力を使って無理やり家を奪い取り、アヒルの家の隣に住み始めた篭也と囁。父の適当な約束のお陰で朝比奈家は、そんな二人に食を提供することとなったのである。

「何だぁ?囁ちゃんに起こしてもらう方が良かったってかぁ?このエロガキめっ」

「誰もんなこと言ってねぇだろうがっ!てめぇと一緒にすんなっ!」

 茶化すように言い放つスズメに、アヒルが全力で怒鳴り返す。

「あらっ…?」

 そんな二人の会話を聞いて、こちらもごく自然にテーブルにつき、朝食を食べていた囁が、箸を止め、ゆっくりと顔を上げる。

「ごめんなさい、アヒるん…私、そんなアヒるんの秘めたる想いに、ちっとも気付かなくて…」

「心配すんな。まったく秘めてねぇっ」

 どこか申し訳なさそうな表情を見せる囁に、アヒルがきっぱりと言い切る。

「アヒるんは私の神様だから…その想いに応えてあげたい気持ちは山々なんだけど…」

「だっから秘めてねぇっつってんだろうがっ!」

「早く食べないと遅刻するぞ?神」

 まだ申し訳なさそうに話を続ける囁に、立ち上がって怒鳴りあげるアヒル。その隣で座ったままの篭也が、落ち着いた様子で声をかける。

「アッハッハ!神神って面白い奴らだなぁ!新手の新興宗教かぁっ?ハハハっ!」

「普通は怪し過ぎて、笑えねぇーと思うけどなっ…」

 アヒルは注意したというのに、それを聞きもせず、皆の前でアヒルを神扱いする篭也と囁に対し、何の不思議さも抱いていない様子で、豪快に笑いあげているスズメ。

「だぁーい丈夫だって!恋盲腸好きの奴に、悪い奴はいねぇーからっ!」

「あんなデロ甘な本読んでるだけで、十分、犯罪だろうがっ」

「何をぉ!?恋盲腸はなぁっ、俺の憧れ、メロりんこ斉藤先生作の、俺のバイブルだぞ!?」

「どう考えたって、十七の男が読むもんじゃねぇーだろっ!」

 熱く語るスズメに、アヒルもまた、熱く怒鳴り返す。

「心配いらないよ…アヒルくん…」

「へっ?」

 後ろからポンと肩を叩かれ、アヒルが戸惑うように振り返る。

「僕も…天国ってあると思うし…」

「ごめん。何の話?」

 真面目な表情で言い放つツバメに、眉をひそめるアヒル。

「アーくぅ~ん!父さんは神様ってねぇっ…!」

「おはようございまぁーすっ」

「あ、紺平っ」

「ぐほぉぉう!」

 満面の笑みで神について語ろうとした父を、アヒルが紺平の声に振り返ると同時に、蹴り飛ばす。

「よう!」

「おはよう、ガァって、あれっ?」

 いつものように、店の通用口から居間の方へとやって来た紺平が、手を上げるアヒルに笑顔を向けた後、ごく自然に居間で朝食を食べている篭也と囁の姿を見つけ、目を丸くする。

「君たち、確か転校生のっ…」

「……っ」

 朝食を終えた篭也が、きちんと手を合わせた後、立ち上がり、ゆっくりと紺平の方を振り返った。

「転校生の神月篭也です。おはようございます、小泉君」

「あ、お、おはようっ」

 背景に輝きが見えそうな満面の笑顔で挨拶を向ける篭也に、紺平が少し戸惑いながら挨拶を返す。

「今日も初夏の一陣の風のように、爽やかでいらっしゃいますね」

「えっ?そ、そうかな?どっちかっていうと、神月君の方が爽やかだと思うけどっ…」

「…………」

 紺平に、上手いのかもよくわからない誉め言葉を向ける篭也を見て、アヒルが呆れきった顔を見せる。

「さぁ、では学校へ行きましょうか。朝比奈君」

「ああっ?」

 キラキラとした笑顔を向けてくる篭也に、眉をひそめるアヒル。

「何だぁ?俺にまで、その気色悪い態度取るんじゃねっ…」

「あいつに忌のこと、思い出させたくないんだろう?」

「うっ…」

 アヒルの方を振り向いた篭也が、紺平に見えないようにキラキラ笑顔を消し、鋭い視線で言い放つ。篭也が“神”などと呼んで、いつもの態度を取って、紺平に一昨日の忌のことが夢ではなかったと思われることは、確かにマズいのだ。

「そ、そうですねっ。い、行きましょうかっ、か、神月く、くんっ」

「色々とギリギリねっ…フフフっ…」

 無理やり作った笑みで、慣れない言葉を並べるアヒルの姿に、囁はどこか楽しげに微笑んだ。




「へぇ~、じゃあガァとは遠い親戚なんだぁっ」

「ええ、遠すぎて、最早親戚とは呼べない程の親戚ですけどね」

 朝比奈家を出た四人は、皆で仲良く学校へと向かっていた。何故、朝比奈家で朝食を食べていたのかという紺平の問いかけに、篭也は爽やかな笑顔で嘘を並べた。

「それって最早、他人じゃねぇーかっ」

「人類、皆、兄弟よ…?アヒるん…フフフっ…」

 二人の前方を歩きながら、ひっそりと突っ込みを入れるアヒルに、囁が横から微笑みかける。

「それで昨日から知り合いっぽい空気出してたんだねぇ~。ガァも言ってくれれば良かったのにっ」

「まぁ色々あってな…ハハハっ…」

 背中に向けられる紺平の言葉に、アヒルが空笑いを零した。

「おぉ~いっ!朝比奈!」

「あんっ?」

 前方から大きく名を呼ばれ、少し俯いていたアヒルが、眉をひそめながら顔を上げる。

「ここで会ったが百年目ぇ~!」

「毎日会ってます、アニキっ」

「うるっしゃーいっ!」

 アヒルたちの行く道の前に立ち塞がったのは、いつものごとくサングラスを掛けたアニキと、その取り巻きのヤンキー学生集団であった。子分の指摘に、アニキが朝から全力で怒鳴りあげる。

「今日こそっ、今日こそコテンパンのパンナコッタにしてやるぞぉ!朝比奈っ!」

「あらっ…?我が神に手をあげる気かしら…?」

「んんっ?」

 アヒルを指差し、アニキが力強く言い放ったその時、アヒルの横から足を踏み出した囁が、アヒルの前へと立って、アニキへと鋭い瞳を向けた。

「なら…ちりへと変えてあげないとね…フフフっ…」

「待て待て待てっ!」

 不気味に微笑む囁を、アヒルが必死に止めに入る。

「塵にするなら、俺がする!」

「あっ…そっち…?」

「ふっはぁぁっ!!」

「あっ?」

 囁に訴え出たアヒルが、前から聞こえてくる大きな声に振り返る。

「く、黒髪ロング大和撫子風神秘的美少女っ…!ちょーう好みのタイプ!」

「はぁっ?」

 サングラスの向こうの瞳を輝かせるアニキに、アヒルが大きく首を傾げる。

「は、初めまして!お嬢さん!」

「えっ…?」

 アニキが小走りで駆け抜け、囁のすぐ目の前へと立つ。

「僕っ、安二木あにきまもる!十六歳!乙女座のA型でっす!」

 髪を掻き上げ、格好良くはないのだが、格好をつけるアニキ。

「よろしければ、僕と交換日記からのお付き合いなど一つっ…!」

「あらっ…」

「ぐほぉぉう!」

 積極的に好意をぶつけたアニキの腹部に、囁の重い拳が炸裂した。ドスンと響く音とともに、アニキの口から声にならない声が漏れる。

「ぐ、ぐぷっ…」

『アニキぃぃ~!!』

「ごめんなさい…私、弱い人に興味ないのっ…フフっ…」

 倒れ込んだアニキへと駆け寄る子分たち。地面に横たわったアニキを見下ろして、囁はそっと微笑んだ。

「はぁっ…」

「っていうか、あの人、ホントに“アニキ”って名前だったんだぁ」

 呆れたように肩を落とす篭也の横で、紺平はどこか感心するように呟いた。

「んだよぉ、俺がボコろうと思ってたのにっ…」

「おっはよぅ!バカガァ!」

「んっ…!」

 背後から聞こえてくる声に、アヒルがその瞳を鋭くし、左腕を振り上げた。

「……っ!」

 後方からアヒルの頭部へ向けて勢いよく振り下ろされた鞄を、素早く振り向いたアヒルが、振り上げた左腕で完璧に受け止める。

「チっ…!防がれたかっ」

「てめぇの攻撃はワンパターンなんだよっ、クソ想子っ」

 アヒルの受け止めた鞄を下ろしたのは、悔しげな表情を見せた、アヒルの幼馴染み・想子であった。

「おはようっ、想ちゃん」

「おっはぁ、紺平っ」

 慣れた様子で笑顔を向ける紺平に、想子も軽い挨拶を返す。

「奈々瀬さんもっ」

「えっ!?あ、あっ、お、おはようっ」

 紺平が想子の後方を覗き込むと、そこには想子の後ろに身を隠すようにして立っている奈々瀬の姿があった。紺平に見つけられた奈々瀬が、少し焦るように挨拶をする。

「何だ、奈々瀬もいたのか」

「お、おおおおはよう!朝比奈クンっ…!きょ、今日も絶好の部屋干し日和だねっ…!」

「そ、そうかぁ?俺ん家は外に干してたけどっ…」

 声を震わせながら、妙に気合いの入った挨拶をする奈々瀬に、アヒルが少し呆れた表情で答えた。

「あれっ?」

 想子が、アヒルや紺平と並んで立つ、篭也と囁の姿に気づく。

「なぁ~んで、噂の転校生二人と一緒に登校してんのぉ?」

「うぇっ?」

 想子の問いかけに、焦った様子で、思わず声をひっくり返すアヒル。

「おはようございます、お二方。朝から煌めくようにお美しいですね、眩暈がしそうですよ」

「こっちが眩暈するっての…」

 外面用のきらきら笑顔で挨拶をする篭也に、アヒルはひっそりと顔を引きつりまくる。

「神月君と真田さん、ガァの遠い親戚で、今、ガァの隣の家で一緒に暮らしてるんだってっ」

「へぇ~、親戚ぃ」

 紺平からの説明を受け、想子が感心したように二人を見つめる。

「ガァの親戚にしては美形よねぇ。血が遠いからかなっ?」

「うっせぇ!クソ想子っ!」

 嫌みっぽく言い放つ想子を、アヒルが睨みつける。

「し、親戚って、二人、ともっ…?」

「へっ?」

 遠慮がちではあるが、真剣な瞳で問いかけてくる奈々瀬に、目を丸くするアヒル。

「あ、ああっ、一応っ」

「そ、そうなんだっ」

 頷くアヒルを見て、奈々瀬は満面の笑みを浮かべると、どこか満足した様子で想子の方へと駆け寄っていった。

「何でそこで笑顔…?」

「我が神は秘めたる想いには鈍し、と…」

「あっ?」

「こっちの話よ…フフフっ…」

 首を傾げるアヒルに、囁はどこか意味深に微笑んだ。




 その日・放課後。

「……で、何で俺はまた、国語資料室の掃除やらされてんのかねぇ…」

 山積みの本を抱えながら、自分に問いかけるように呟くアヒル。

「昨日呼び出したのに、お前がばっくれるからだろうが」

「ばっくれたんじゃねぇーよ!昨日はアイツらが来て、ごたごたしてたから、つい忘れちまったってゆうかっ…」

 資料室横の机で本を読みながら言い放つ恵に、アヒルが思わず言い返す。昨日、自分の机を踵落としで叩き割ったアヒルは、放課後、恵から資料室へ来るよう言われていたのだが、篭也と囁が急に転校してきたこともあって、すっかり忘れ、そのまま家に帰ってしまったのであった。

「と、とにかく、掃除終わったし、もういいだろっ?」

「ああ。あっ、ついでにコレも片しといてくれっ」

「おっとっ」

 恵が投げ放った分厚い本を、アヒルが両手で抱えるようにして受け止める。

「何だぁ?これっ」

「国語辞典。中坊レベルってとこかねぇ」

「ふぅ~んっ」

 答える恵の言葉を聞きながら、興味なさそうに辞典を見るアヒル。

「トンビが読むには、ちょっと難しいかもなぁ」

「うっせぇな!俺はアヒルだっつってんだろうがっ!」

 からかうように言い放つ恵に、アヒルが全力で怒鳴り返す。

「だいたい誰が辞典なんて、クソ面白くなさそうなもん、読むかよっ」

「そうかぁ?結構、面白いよぉ。“あ”から順番に読んでったりするとさぁ」

「“あ”っ…?」

 その恵の言葉を聞き、アヒルがハッとした表情を見せる。


―――まずは言葉の種類を増やすことかしら…―――

―――戦いで使えそうな“あ”から始まる言葉を探すのよ…―――


「“あ”から順番に、か…」

 囁の言葉を思い出しながら、アヒルが辞典のページをめくり、辞典の一番初めに記されている“あ”の文字を見つめる。

「恵先生!これっ、俺借りていいっ?」

「へっ?あ、ああ。いいぞぉ」

「サンキュ!」

 辞典を閉じたアヒルが、恵へと笑顔を向ける。

「んじゃあ俺、帰るわ!さいならぁ~!」

「あ、ああっ、気を付けてな」

 辞典を左手に持ったまま、右手で床に置いてあった鞄を引っ掛けたアヒルは、足早に資料室を去っていった。扉が閉まると、恵が軽く肩を落とす。

「まぁ精々、頑張って勉強しなぁ」

 恵が口端を吊り上げる。

「“神様”っ…」



「ふぃ~っ、やっと帰れっ…って、あれっ?」

「遅い」

「待ちくたびれたわ…アヒるん…」

 資料室を後にし、昇降口へと降りていったアヒルを、出迎えるように下駄箱の前で待っていたのは、篭也と囁であった。降りて来たアヒルに、二人はどこかうんざりとした表情を向ける。

「んだよ?待ってたのかぁ?先帰ってて良かったのに」

「そういうわけにはいかない。僕たちはっ…」

「安附だからって?そりゃご苦労なこって」

「んっ…?」

 アヒルと篭也が言葉を交わす中、囁がアヒルの左手に握られた、例の国語辞典に気づいた。

「アヒるん…それ…」

「んっ?ああっ、恵先生が貸してくれたんだ。囁、辞書引けとか言ってたろ?だから丁度いいと思ってさっ」

「ふぅ~ん…アヒるんが辞書をねぇ…」

 笑顔で答えるアヒルに、囁がどこか意外そうに呟く。

「さっ、とっとと帰ろうぜぇっ」

 上履きを靴へと履きかえたアヒルが、二人よりも先に進み、校舎の出口へと歩いていく。

「んっ…?」

アヒルに続こうとした囁が、下駄箱の前で止まったままの篭也に気づき、不思議そうに振り返った。

「篭也…?どうしたの…?」

「いやっ…」

 問いかける囁に、篭也が鋭い表情を見せる。

「随分とタイミングよく、辞書が出てくるものだと思ってな」

「……っ」

 篭也の言葉に、眉をひそめる囁。

「考え過ぎじゃない…?」

「…………」

 そっと微笑む囁に対し、篭也はどこか考え込むように俯いた。


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