表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
125/347

Word.32 神ニ、捧グ 〈3〉

――――私の世界は、嘘ばかりだった。


「安団へ潜入?私が?」

 それは、囁が弔と出会って数年が過ぎた頃。弔の新しい嘘言玉創りも順調に進行し、轟や罵をはじめとする、二人の仲間になる者が一人、また一人と増えた頃のことであった。

「ああ。丁度、安団が新しい左守さもりを探しているんだよ」

「私に五十音士になれと言うの…?」

「そんなに怖い顔、しないでくれよ」

 表情を曇らせ、問いかける囁に、弔は少し困ったように微笑む。

「俺たちの夢を実現するためには、五十音の世界への潜入が必要不可欠なんだ」

 弔が、どこか諭すように言う。

「俺は於崎家に潜入しているし、轟と罵には於団に入ってもらうつもりだ。他に務められるのは、君しかいないんだよ、囁」

「でもっ…」

 説得されながらも、納得できない様子で囁が俯く。

「君をまた、嘘だらけの世界の中に戻すのは、俺としても心苦しいことだよ?囁」

 弔が冷たい瞳のまま、優しい笑みを浮かべ、囁へそっと話しかける。

「けど、これが上手くいけば、必ず言葉世界は変わる。わかってくれないかい?囁…」

「…………」

 少し考え込むように間を置いた後、囁はゆっくりと顔を上げた。

「わかったわ…」



 こうして、囁は五十音士、左守の試験を受け、適任者として認められ、安団への潜入に成功した。

「神は不在?」

「ええ」

 囁に左守の資格を与えた言姫、和音は、正式に安団へと入った囁に、現在、安の神が不在であることを伝えた。安の神に近しい者となることが、弔に与えられた囁の使命であったため、その言葉に、囁は動揺を隠せずにいた。

「ちなみに太守と奈守も不在ですので、現在、安団は計二名となりますわね」

「二名って…」

 最早、団とも呼べないその人数に、囁は思わず表情を引きつる。

「守るべき神もいないのに、一体、何をしろと…?」

「その守るべき神を探すことが、あなたの左守としての初めての任務ですわ」

「神を…探す…?」

 楽しそうな笑顔で話す和音に、囁は益々、表情を曇らせた。

「紹介しますわ、真田囁」

「……っ?」

 不意に足を止める和音に、眉をひそめる囁。

「彼があなたと同じ安附あつきの一人、神月篭也です」

「篭、也…?」

 和音が囁へと紹介したのは、すでに安団の一員、加守となっていた篭也であった。

「では篭也、彼女の指導、お願いしますわね」

「ああ」

 和音は篭也へと囁のことを託すと、次の用があるのか、足早にその場を去っていった。その場に二人だけが残り、沈黙の時間が流れる。

「あ、あの…えっと…」

 沈黙を破ろうと、囁が口を開く。

「初めまして。今回、新しい左守になった、真田囁といっ…」

「自己紹介はいい。名前や他の必要最小限のことは、和音から聞いている」

「えっ…?」

 勢いよく言葉を遮った篭也に、囁は少し戸惑うように首を傾げた。

「僕は、あなたに左守としての素養があるのなら、それだけで十分だ。他のことに興味はない」

「ああ、そう…」

 すらすらと言い放つ篭也に、とりあえず頷く囁。

「新人相手に、随分と冷たいのね…」

「…………」

 囁がどこか、呆れたように肩を落とすと、篭也は少し目を細めた。

「冷たくて当然だろう」

「えっ…?」

「僕は、あなたに優しくする理由がない」

「……っ」

 迷うこともなく自然に、はっきりと言い放つ篭也に、囁は驚いたように目を丸くする。

「フフフっ」

「んっ?何だ?」

 急に吹き出すように笑みを零した囁に、篭也が不快そうに顔をしかめる。

「あなたに笑われる理由もないはずだが?」

「あら、ごめんなさいっ」

 問いかける篭也に、囁がそっと笑いかける。

「あなた、優しくはないかも知れないけれど、とても素直な人ね」

「はっ?」

 囁のその言葉に、篭也の眉間に皺が寄る。

「意味のわからないことを言うな。とっとと我が神を探しに行くぞ」

「ええ…」


 乱雑で、ぶっきらぼうで、温かみのまるでない言葉。

 でも、その言葉は、幼い頃に浴びてきた、どんなに優しい言葉よりも、真実に近い気がした。



 それから半年程の時が流れ、安の神を探し続けていた篭也と囁は、ようやく、自身の神を見つけることとなった。

「こんにちは、朝比奈アヒル…」

「えっ?なんで、俺の名前っ…」

「フフっ…あだ名は“ガァ”、だったかしら…?」

 朝比奈アヒルと、出会うこととなった。


「ダチが泣いてんのに、黙って見てなんか、いられっかよぉ!」

「お前が受け止めなかったアイツの言葉は、アイツ自身に戻って、アイツの痛みになった」

「言葉の中には“救い”もあるって、俺はそう、信じてるっ…!」

「俺だって、半端な覚悟で、あいつらの神になろうってんじゃねぇんだよっ!!」


 その言葉は一つずつ、囁の心に響き、少しずつ、囁の心を動かしていく。



「おっ前、また勝手に人の部屋にあがりこみやがってっ」

「あら、おかえりなさい…フフフっ…」

 ある日、学校から帰ったアヒルを、すでに部屋で寛いでいる様子の囁が出迎えた。

「ったく、勝手に入んなって何回言わせれば気が済っ…」

「今、読書中だから…邪魔しないでくれる…?」

「邪魔してんのは、お前だ!」

 偉そうな物言いの囁に、机の上へと鞄を放り投げ、アヒルが勢いよく怒鳴り上げる。

「だいたいっ、読書たってまたどうせ、しょうもないあの本だろうがっ」

「“恋盲腸―声なき告白・ヒトミvsエヘン虫―の巻”よ…」

「あっそう…」

 丁寧に答える囁に、アヒルが一気に呆れた表情となる。

「エヘン虫によって声を失ってしまったヒトミが、その状態で直、先生に愛を伝えようとするの…」

「聞いてねぇよ…っつーか、エヘン虫だろ?薬かなんか、飲めば良くねっ?」

 物語の内容まで話す囁に、アヒルが色々と突っ込みを入れる。

「……ねぇ、アヒるん…」

「ああっ?」

 ふいに真剣な表情を見せた囁が、読んでいた本を閉じ、制服の上着をハンガーへと掛けているアヒルの背中へと呼びかけた。

「もしね…アヒるんがエヘン虫で、すべての言葉を失ったとして…」

「大げさだな、エヘン虫」

 アヒルが囁の方を振り返りながら、突っ込みを入れる。

「それでも…どうしても、私に愛の告白をしたいとして…」

「何か不快な例え話だな」

「その時、アヒるんは…どうする…?」

「……っ」

 少しふざけた例え話をしているだけだというのに、囁のアヒルを見つめるその瞳は何故か真剣で、アヒルは思わず呆れきっていた表情を変えた。

「んん~、そうだなぁ…」

 窓の方を見つめ、頭を掻きながら、アヒルが少し考え込む。

「叫ぶ、かな。叫び続けるっ」

「えっ…?」

 アヒルの言葉に、囁は思わず、戸惑いの表情を見せた。

「どんなに声を出しても…それは言葉にならないのに…?」

「ああっ」

「そんなことしたら…喉が潰れるわよ…?」

「どうしても伝えたいんだろっ?なら、仕方ねぇさっ」

 次々と問いかける囁に、アヒルは迷うことなく微笑む。

「叫び続けてたら、いつか…」

 その微笑みが、囁へと向けられる。

「いつか、俺の想いが言葉になるっ」

「……っ」

 その言葉に、囁は大きく目を見開いた。だがすぐに目を細め、囁が穏やかな笑みを浮かべる。

「そうね…きっと、そうだわ…」

 零れんばかりの笑みを浮かべ、そっと頷く囁。

「まぁ、俺がお前に愛の告白をすることは、絶対ねぇけどな」

「あら、わからないわよ…?フフフっ…」



 あなたに出会って、嘘ばかりの私の世界は、ゆっくりと変わり始める…――――




「アヒるん…!!アヒるんっ!」

 力なく床へと落ちたアヒルのもとへと、囁が必死に駆け込んでいく。

「アヒっ…!あっ…」

「…………」

 床へと仰向けに倒れ込んだアヒルは、先程まで開いていた瞳を深く閉じ、指一本動かすことなく、固まっていた。倒れたアヒルに遅れるようにして、いつの間にか銃から戻った言玉が、アヒルのすぐ横へと落ちた。アヒルのすぐ横に座り込み、囁が床へと槍を置いて、アヒルへと右手を伸ばす。

「アヒ…るん…?」

 囁の右手が、アヒルの頬へと触れる。

「……っ」

 冷たいその頬に、囁は少し目を見開いた。

「アヒるん…」

 触れていた右手を下ろし、囁はただ茫然と、目の前のアヒルを見つめる。

「これが、真実だよ。囁」

 アヒルに遅れるようにして床へと降り立った弔が、勝ち誇った笑みを浮かべ、囁へと語りかける。

「ねぇ?俺を倒すと言った彼の言葉も、嘘だっただろう…?」

 静まり返った部屋に、弔の冷たい声がよく響いた。

「君の信じた神の言葉も、所詮は虚像だ…やはり真実なのは、俺の言葉だけでっ…」

「ぼろぼろ…」

「……っ」

 小さく落とされた囁の声に、弔の言葉は止まる。

「傷だらけ…骨も折られて…きっと、物凄く痛かったね…」

 アヒルの傷だらけで、骨も砕かれてしまった左手を撫でながら、囁は、深く目を閉じたアヒルへと話しかけるように、小さな言葉を続ける。

「ごめんね…いっぱい、痛い思いをさせて…」

 左手を撫でた後、囁が再び、アヒルの頬へと手を触れる。

「ごめんね…こんなことに、巻き込んで…」

 冷たくなった頬に触れ、囁がそっと目を細める。

「ごめんねっ…」

 今まで以上に深く落とされる、謝罪の言葉。

「私…アヒるんのために、何にも出来なかったけれど…」

 頬に触れていた手を離し、囁が床に置いていた槍を再び手に取る。

「これが…今の私に出来る、ただ一つのことっ…」

 そっと微笑んだ囁が、槍を握る手に力を込めた。

「……っ!」

「んっ…?」

 アヒルのすぐ横で、槍の先を天井へと突き上げる囁の姿に、弔が戸惑うように眉をひそめる。

「何だ…?一体、何をっ…」

「これが私の…」

 弔が戸惑う中、突き上げた槍を見上げ、囁は目つきを鋭くする。

「最期の言葉っ…」

 突き上げた槍から、赤い光が溢れだす。

「“ささげろ”…」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ