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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
124/347

Word.32 神ニ、捧グ 〈2〉

「どうして…」

 弔の言葉を聞き、少しの間を置いて、口を開くアヒル。

「どうして、大昔からの古臭い言葉を使うことが、いけないんだ…?」

「何…?」

 ゆっくりとした口調で問いかけるアヒルに、弔が眉をひそめる。

「今更、何を愚かなことをっ…言葉はすたれ逝くもの。古き言葉は捨て、新しい言葉を生みだしていかねば、この言葉世界はっ…」

「ウチの国語教師が言ってたんだ」

 弔の言葉を遮り、アヒルがよく響く声を発する。

「“信じる”って漢字が出来たのは、今から三千五百年も昔のことだって」

「“信じる”、だと…?」

「アヒるん…?」

 突発的に話を始めるアヒルに、弔と囁がそれぞれ、戸惑った表情を見せる。

「俺は凄げぇって思ったよ。そんなに大昔から、“信じる”って言葉がこの世界にあったこと」

 話しながら、アヒルが穏やかな笑みを零す。

「“信じる”って言葉が、三千五百年、なくならずにずっと、今、この時まで伝えられてきたってことを」

「何をっ…」

 弔が浮かべていた笑みを消し、眉間に皺を寄せる。

「今は、国語の授業中ではなっ…」

「そんなに長い間、人は“信じる”って言葉を忘れることなく、ずっと使ってきたんだ」

 弔の言葉を、アヒルが再び遮る。

「俺は詳しくねぇけど、他の言葉だって、きっとそうなんだと思う」

 正面を見るアヒルの瞳が、強く光る。

「だからこそ、今、俺たちの発するこの言葉には、重みがある。力があるっ」

 握る拳に、力を込めるアヒル。

「意味があるっ!」

「……っ!」

 大きく微笑んで言い放つアヒルのその言葉に、部屋の端で聞いていた囁は、思わず大きく目を見開いた。ずっと意味がないと思っていたその言葉は、囁にとても強く、響いたのである。

「意、味っ…」

 その二文字を口にしながら、囁が強く胸元の服を握り締め、俯く。

「意味があると…?馬鹿らしいっ…」

 アヒルのその言葉を受け、先程よりもさらに不快そうに、その表情を歪める弔。

「君たちの放つ言葉になど、意味はない」

 冷たく言い放ち、弔が言玉を握る右手を振り上げる。

「古き言葉とともに、君もここで消え逝くがいいっ…!“光”!」

「……っ!“がれ”!」

 弔の向けた光線を、天井へと舞い上がり、避けるアヒル。

「“絞”…!」

「さっきのっ…!」

 上げられた弔の指先から伸びてくる、五本の白い光に、アヒルが険しい表情を見せる。

「あれっきゃねぇか!“れろ”…」

 言葉を発しながら、アヒルが下方へと銃口を向ける。

「“あらし”っ…!」

 アヒルが強く引き金を引くと、銃口から激しい風の塊が放たれ、徐々にその規模を大きくし、向かって来ていた五本の白光を掻き消しながら、一気に下降していく。

名詞ナウン動詞ヴァーブの併用…語句フレーズか…」

 迫り来る嵐を、冷静に分析しながら見つめる弔。

「確かに強力だ…けれど…」

「……っ?」

 嵐へと右手を向ける弔に、アヒルが少し眉をひそめる。

「“こう”」

「あっ…!」

 生み出した小さな白光で、弔があっさりとアヒルの嵐を受け止める。

「お、俺の嵐を、簡単にっ…?」

「力を拮抗させただけのことだよ…」

 驚きの表情を見せるアヒルに、そっと微笑みかける弔。

「それに、驚くのはまだ早い」

「へっ?」

「“こう”っ」

「なっ…!?」

 弔の言葉を受けた途端、嵐がその勢いを増し、より一層荒れ狂う。

「行くよ…?“こう”!」

「うっ…!」

 激しさを増したその嵐が、アヒルへと返って来ると、アヒルは大きく目を見開いた。

「うわああああああっ!!」

 浮いている状態で風の塊をかわす術もなく、アヒルは嵐に呑まれるようにして切り裂かれ、力なく床へと墜落していく。

「アヒるんっ…!」

 床へと倒れ込むアヒルに、思わず身を乗り出す囁。

「うっ…ク…」

「どうかな…?」

 苦しげな声を漏らしながら、傷ついた体を何とか起き上がらせるアヒルを見つめ、弔がそっと問いかける。

「君の言葉と俺の言葉、どちらが消え逝くべきか、理解してもらえたかな…?」

「クっ…」

 頬から流れる血を拭いながら、アヒルが少し顔を歪める。

「さすがは、ラスボスってとこか…他の連中とは、比べもんになんねぇ強さだっ…」

 アヒルが呟きながら、苦い笑みを浮かべる。

「“嵐”も効かねぇんじゃ…もう、言葉もねぇっ…やっべぇな…」

「…………」

 弔の力を前に追い詰められ、苦い笑みを浮かべているアヒルを見つめ、囁が目を細める。

「言葉の数も、力も、違い過ぎる…」

 アヒルと弔の言葉を比べ、厳しい表情を見せる囁。

「このままじゃっ…」

 囁の額から、一滴の汗が流れ落ちた。

「ハァっ…ハァっ…」

 息を乱しながら、アヒルがその場で何とか立ち上がる。

「まだ、続けるのかい…?」

「当ったり、前だろっ…」

「そうか…」

 強気に答えながらも、明らかに弱っているアヒルの状態に、弔が冷たく笑みを浮かべる。

「じゃあ…“絞”」

「うっ…!」

 弔の指先から、伸びる白光。

「うがっ…!」

 立っている時でさえ、足元をふらつかせた状態であったアヒルが、その白光を避けきれるはずもなく、伸びてきた白光に、アヒルは四肢と首を絡め取られた。首を絞られ、アヒルが苦しげに表情を歪める。

「グ、ウウゥ…!」

「“光”…」

「……っ!」

 アヒルが苦しみもがきながら、放たれた光線に、大きく目を見開いた。

「うあああああああっ…!!」

 光線に貫かれ、アヒルが血を流しながら、再び床へと倒れこんでいく。

「うあっ…!あぐっ…うぅ…」

「…………」

 倒れたまま、全身に走る痛みに苦しげな声を落とすアヒルの方へと、弔が静かな表情で、ゆっくりと歩み寄っていく。

「そろそろ…理解したかな…?君の言葉の、無意味さを…」

「クっ…」

 すぐ前までやって来た弔を見上げ、強く睨み上げるアヒルであるが、銃を構える力は愚か、その場に立ち上がる力すらなかった。

「君は先程、囁にこう言ったね…?“俺はあいつを倒す”、と…」

 薄く笑みを浮かべたまま、落ち着いた口調でアヒルへと問いかける弔。

「君のその言葉…」

 弔が、ゆっくりと右手を振り上げる。

「“嘘”にしてあげるよ…!」

「クっ…!」

 振り下ろされる弔の右手に、アヒルは強く唇を噛み締めた。

「“け”…!」

「……っ!」

「えっ…?」

 聞こえてくるその言葉に、アヒルと弔が同時に目を見開く。

「クっ…」

 アヒルへと振り下ろされようとしていた弔の右手が、赤い光に斬り裂かれ、その動きを止める。空中で止まった弔の手から、赤い血が滴り落ちた。

「君は、どうあっても俺の邪魔をしたいようだね」

 滴る血を拭いながら、視線を動かしていく弔。

「囁…」

「…………」

 弔が見た先には、真っ赤な槍を構え、弔へと鋭い瞳を向けている囁の姿があった。

「囁っ…」

 アヒルも少し体を起こし、囁の方を見る。

「もう…もう、やめましょう…弔…」

 構えていた槍を下ろし、囁がそっと言い放つ。

「やめる…?何をかな…?」

「あなたがやろうとしていること、すべてよ…」

 問い返した弔に、囁は間を置くことなく答えた。

「彼らからすべての言葉を奪うことも…まったく新しい言葉世界を創ることも…もう、やめましょう…」

 囁が険しい表情を見せながら、諭すように弔へと語りかける。

「こんなことっ…すべてが無意味だわ…」

「無意味…?」

 囁のその言葉に、弔が一気にその表情を引きつる。

「俺のやろうとしていることの、何が無意味なんだ?」

 すぐに笑みを浮かべた弔が、軽く手を広げながら、囁へと聞き返す。

「無意味なのは、俺を認めなかった五十音士たちの言葉や…」

 弔が鋭く細めた瞳を、囁へと向ける。

「“愛している”とほざきながら、あっさりと君を捨てた、君の両親の言葉の方だろう…?」

「捨てた…?」

「……っ」

 わざとらしく言い放った弔に、アヒルが少し首を傾げ、囁がその表情を曇らせる。

「確かに…あなたの浴びた言葉も、私の浴びた言葉も、無意味なものだったかも知れない…」

 険しい表情を見せたまま、囁が黙り込むことなく、言葉を続ける。

「でも、それは無意味で当然よ」

「何…?」

 強く言い切る囁に、弔が眉をひそめる。

「だって、私たちは…言葉の可能性を、まるで信じていなかったんだもの」

 曇っていた囁の表情が、徐々に晴れていく。

「そんな私たちに、言葉が応えてくれるはずもないわ」

「言葉が、応える…?」

 囁の言葉を繰り返しながら、弔が表情をしかめる。

「まるで、言葉に意志でもあるかのような言い方だね。馬鹿らしいっ…」

「そんなことばかり言ってるから、あなたにとって、言葉はいつまでも無意味なままなのよ」

「……っ」

 少し強い口調で言い放つ囁に、弔の表情が明らかに曇る。

「いい加減にしなよ…?囁…」

 一層、冷たくなった表情で、弔が囁を睨みつける。

「俺が許せているうちに、その愚かな口を閉じっ…」

「閉じないわ」

「…………」

 言葉を遮られ、弔がさらに目を細める。

「そうか…なら…」

 弔が、言玉を握る右手に力を込める。

「俺が閉じてあげるよ…!“がせ”…!」

 囁へと向けられた弔の右手から、激しく燃え上がる、真っ赤な炎が放たれる。

「……っ!」

「囁っ…!」

 大きく目を見開く囁と、必死に身を乗り出すアヒル。

「きゃああああっ!」

 真っ赤な炎に包まれ、囁の姿が見えなくなっていく。

「その愚かな言葉とともに、燃え尽きるといいよ…」

 炎に包まれた囁を、楽しげな笑顔で見つめる弔。

「…………」

「ん…?」

 だが、それ以上は続かない囁の悲鳴と、倒れることもなく立ち尽くしている炎の中の人影に、弔が眉をひそめる。灼熱の炎の中にいて、平気なはずもないのに、その人影はもがくどころか、動こうともしていない。

「これは…」

「“あざむけ”…」

「……っ」

 聞こえてくる言葉とともに、消える炎の中の人影。

「やはり、君の言葉だったか…」

「ハァっ…ハァっ…」

 弔が後方を振り向くと、そこには少し息を乱したアヒルが立っていた。アヒルのすぐ横には、まるで無傷の囁の姿がある。アヒルが、あの炎の中から、言葉を使って囁を助け出したのであった。

「“焦がせ”って、今の言葉っ…」

「弔は元・己守…今も、“こ”の言葉が使えるの」

 表情を曇らせたアヒルに、答えるように横から囁が言い放つ。

「そっか。そりゃ、さらにやべぇな」

「えっ…?」

 困ったような笑みを浮かべながら、アヒルが傷だらけの手で再び銃を構え、囁よりも数歩前へと出る。

「あ、アヒるん…!」

「お前は下がっててくれ、囁」

 前へと出たアヒルを、止めるように名を呼んだ囁へ、アヒルは振り返ることなく、そう言った。

「俺はあいつを倒すから」

「まだ言うのか…」

 強く言い切るアヒルに、弔がどこか呆れたように肩を落とす。

「いいだろう。今度こそ、君のその言葉…打ち砕いてあげるよっ…!」

 弔が冷たく微笑み、右手を振り上げる。

「“がせ”…!」

「……っ“がれ”!」

 放たれた灼熱の炎をかわし、再び天井へと上がるアヒル。

「“高”っ」

 弔も言葉を放ち、上空へと舞い上がる。

「“たれ”!」

「“光”」

 空中で弾丸と光線が、激しくぶつかり合う。

「アヒるんっ…」

 赤と白の光のぶつかり合いを、大きく見開いた瞳で見上げる囁。

「“れ狂え”…」

 アヒルが言葉を呟きながら、そっと目を細める。

「“あらし”…!」

 アヒルの銃から放たれた風の塊が、先程よりもさらに激しく逆巻き、まっすぐに弔へと飛んでいく。

「…………」

 向かってくる嵐を、冷静に見つめる弔。

「“えろ”」

 小さく、言葉が落とされる。

「……っ」

「えっ…?」

 一瞬にして嵐を越えた弔が、アヒルの目の前へと現れる。

「なっ…!」

「“こ…」

 驚きながら、必死に身構えようとするアヒルへと、伸ばされる弔の右手。弔の右手がアヒルの左手を掴み、弔の口が開かれた。

「“こわせ”…」

「……っ!」

 アヒルが目を見開くと同時に、骨の砕ける音が響き渡った。

「うがああああああっ!!」

 アヒルの悲痛な叫び声が、部屋全体へと落ちる。

「うああっ…!ああああっ…」

 骨の砕かれた左手を、押さえつけることも出来ず、ただ空中で苦しむアヒル。

「ううぅっ…!」

「苦しいか…?安の神…」

 苦しむアヒルへと、口元を歪めた弔が静かに問いかける。

「その苦しみから、今すぐ解放してあげるよ…」

「……っ!」

 微笑む弔に、下方から見上げていた囁が大きく目を見開く。

「ま、待って!弔っ…!」

 飛べぬ体で必死に身を乗り出し、手を伸ばし、枯れそうなほど大声で叫ぶ囁。

「そ、その言葉っ…!その言葉だけはっ…!」

「“こ…」

 苦しむアヒルの額へと、弔が右手の人差し指を当てる。

「“ころせ”…」

「……っ!」

 放たれる言葉に、大きく目を見開くアヒル。

「…………」

 だがアヒルは、見開いた瞳のまま、声を発することもなく、体のすべての動きを止め、力なく下へと落ちていく。

「ああっ…!」

 落ちてくるアヒルを見上げ、表情を止める囁。

「嫌…嫌っ…」

 目の前に広がる光景を否定するように、囁が必死に首を横に振る。

「アヒるんっ……!!」



「……っ」

 轟との戦いを制し、四階を目指して、必死に階段を駆け上がっていた篭也が、ふと何かに気付いたように顔を上げ、その足を止める。

「何、だ…?今の…」

 感じた何かに自分でも戸惑いながら、篭也が確認するように、周囲を見渡す。

「まさか…」

 見回していたその視線を、先程から衝撃音の聞こえてくる最上階へと移す篭也。

「神っ…」

 篭也が、どこか不安げに呟いた。


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