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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
120/347

Word.31 意地 〈2〉

「“トウ”…」

 篭也が顔を上げ、睨むように轟を見つめながら、先程、轟が繰り返した言葉を口にする。

「それが、神や和音の言っていた、あなたたちの特殊言葉というものか…」

「ええぇっ」

 楽しげに微笑んだ轟が、大きく頷く。

「弔様は偉大なお方っ。五十音士を務めながら、その一方で、ひたすらに言葉の研究を行っていましたぁ」

「五十音士…?あの男がっ…」

「ええぇ~、元々は己守であったお方ですぅ」

「己守っ…」

 轟の話に、篭也が表情を曇らせる。

「その、五十音士を務めながら行っていた研究というのが、さっきの特殊言葉と…?」

「ええぇ。言葉の中でも、特に音に注目した弔様は、同じ音の文字ならば何個でも、制限なく自由に操ることの出来る“嘘言玉”というものをお造りになったのですぅ」

「嘘言玉っ…」

 篭也が考え込むように、そっと俯く。


―――“しゅう”!―――


「成程な。その嘘言玉を使って、五十音士でもない、不特定多数の人間に言葉を与えていたというわけか」

「ええぇ~っ」

 鋭く言い放つ篭也に、軽い口調で答える轟。

「嘘言玉の力は絶大。それに加えて、夢言石ですべての言葉を奪い尽くせば、最早、我々に敵は居ませんっ」

「そんなことっ…」

 篭也が目を細めながら、再び鎌を構える。

「僕たちがさせないっ…!」

 鎌を振り上げた篭也が、勢いよく轟のもとへと駆け込んでいく。

「カッコイイ言いっぷりで…」

 駆け込んでくる篭也を見つめながら、轟がどこか感心するように呟く。

「でもぉ」

 そっと、声のトーンを落とす轟。

「口だけ達者でもねぇっ…!“討”!」

「……っ!」

 轟が右手を突き出し、向かってくる篭也へと、白い炎の塊を放つ。

「か、“き消せ”…!」

 素早く鎌を振り下ろし、炎を消し去る篭也。

「この程度の炎っ…!」

 炎を消し去り、さらに足を速めて、篭也が一気に轟へと迫る。

「“れ”…!」

 篭也が轟へ向け、勢いよく鎌を振り下ろした。

「“べ”っ」

「あっ…!」

 言葉を発し、高々と空へと舞い上がる轟に、篭也の鎌は空を斬り、そのまま床へと突き刺さる。

「今度は“と”の言葉かっ…」

「先程も申し上げましたよぉ?ワタクシは元々は止守だとっ」

 眉をひそめる篭也を見下ろし、轟が余裕の笑みを浮かべる。

「それを、お忘れなきようにとっ」

「クっ…!」

 微笑む轟を見上げ、篭也が鎌を突き上げる。

「“けろ”…!」

「んっ…?」

 言葉とともに、天井に突き上げられる篭也の赤い光に、上空の轟が少し眉をひそめる。

「今の言葉はっ…なっ…!」

 光を浴びた途端に、天井に勢いよくヒビが入り、崩れ始めた轟の真上から、大きな瓦礫が降ってくる。すぐ上へと迫る瓦礫に、轟は珍しく表情を崩した。

「チっ…!“まれ”…!」

 言玉を持った左手を頭上へと掲げ、降って来る瓦礫の動きを止める轟。

「……っ」

「何っ…!?」

 轟が瓦礫へと気を取られていた、そのわずかの間に、篭也が高く飛び上がって、轟のすぐ背後へと現れた。

「いつの間に…!」

鎌を振りかぶる篭也に、焦りを見せながら、轟が必死に体の向きを変えようとする。だが、完全に向きが変わる前に、篭也は口を開く。

「“れ”…!」

「……っ!」

 力強く放たれる言葉に、大きく目を見開く轟。

「……っ」

 だが、轟の表情はすぐに、笑みへと変わった。

「“れ”…」

「うっ…!」

 微笑んだ轟の放った言葉により、篭也が振り下ろそうとしていた鎌が真ん中で真っ二つに折れ、刃のついた先の部分が、轟を捉えることなく、空中へと落ちていく。

「ワタクシが操る言葉は、“トウ”に“と”、そして弟さんの“お”…」

 唖然とする篭也に、轟がさらに微笑みかける。

「お忘れなきようにと言ったでしょう…?」

 勝ち誇ったように笑い、轟がゆっくりと言玉を持つ左手をあげた。

「さぁ、終わりです。“と…」

「あなたも、覚えておいた方がいい…」

「何っ…?」

 追い込まれているというのに、落ち着いた口調で話す篭也に、轟が思わず言葉を止め、眉をひそめる。

「僕の言玉は、折ったところで意味などない」

「なっ…!」

 篭也の手に残っていた鎌のもう一方が、赤い光を放ちながら、その姿を変えていく。

「そ、それはっ…!」

「“鎌鼬かまいたち”…!」

「うっ…!」

 鎌の残骸がその姿を変え、風の塊となって、轟へと直撃する。

「ぐあああああああっ!!」

 篭也の鎌鼬を喰らった轟が、風に全身を斬り裂かれ、床へと叩きつけられるように落下していく。

「うがっ…!」

 言葉を発する間もなかった轟は、背中を強く床へと打ちつけ、その場に倒れ込んだ。

「……っ」

 轟から遅れるようにして、篭也も床へと着地する。篭也の右手付近に赤い光が生じると、光は集まるようにして形を成し、再び鎌が生み出された。

「ハァ…ハァ…成程っ…」

 息を大きく乱し、傷ついた体を庇うようにゆっくりと立ち上がりながら、納得したように声を漏らす轟。轟の声に篭也は顔を上げ、まっすぐに轟を見つめた。

「安団安団と思って、うっかりしていましたよ…」

 傷ついた頬から血を流しながら、轟がまだ余裕の見られる笑みを浮かべる。

「あなたは元は於崎の人間…言玉の形状は武器だけではなく、我々と同じように、自由にその形を変えられるんでしたね…」

「そういうことだ。忘れないでおくといい」

「フっ…」

 偉そうに言い放つ篭也に対し、轟が軽く鼻で笑う。

「良かったですよぉ。安の神ではなく、あなたの相手に選ばれてっ」

 轟が頬の血を拭い、さらに口角を吊り上げる。

「実に面白いっ…!」

「……っ!」

 大きく微笑んで両手を振り上げる轟に、篭也も真剣な表情を見せ、鎌を構え直す。

「“とう”!」

 轟が両手を突き出し、先程よりも一回り大きな、白の炎を放つ。

「“か…」

 炎を見つめ、篭也が構えていた鎌から手を放す。

「“火炎かえん”…!」

 鎌が光とともに、真っ赤に燃え盛る炎へと姿を変え、篭也のもとから飛び出すと、向かって来ていた轟の炎と、正面からぶつかり合った。

「風も炎も自由自在ですかっ…」

 二色の炎のぶつかり合いを見ながら、轟がそっと目を細める。

「“らえろ”…!」

 轟が両手を広げ、自分の四方から無数の紐状の白光を伸ばす。

「……っ」

 向かってくる白光の紐を視界へ入れた篭也は、その場を駆け出していき、ぶつかり合っている炎のもとへと進んだ。

「“かえせ”っ!」

 篭也の言葉を受け、篭也の方の炎がさらに勢いを増して、轟の炎を弾き返して、篭也へと向かって来ていた紐状の光を、その弾き返した炎で掻き消す。

「チっ…」

 消された光に、轟が表情を歪める。

「“けろ”っ」

「何っ?」

 炎を右手に纏うようにして、鎌の姿へと戻した篭也が、新たな言葉を発して、轟のもとへと目にも留らぬ速さで駆け込んでくる。

「チっ…!小癪なっ…!」

 向かってくる篭也を見つめ、表情を歪めながら、轟が右手を振り上げる。

「“まれ”!」

「うっ…!」

 振り下ろされた轟の手から放たれた白光を浴びると、駆けていた篭也がその場で足を止め、全身、指一本動かすことなく、その動きを止めた。

「フフフ、これでっ…」

「“か…」

「何っ…?」

 体が動かぬ中、篭也は動揺することなく、すぐに唯一動く、口を動かす。

「“かたまれ”…!」

「なっ…!?」

 放たれるその言葉に、轟が驚きの表情を見せる。だが動かぬ篭也から放たれた赤い光は、大きく目を見開いた轟へと、真正面から降り注いだ。

「ううぅ…!」

 光を浴びた轟が、篭也同様、全身の動きを止める。

「クっ…!こ、これではっ…!」

「これで条件は同じだ」

「チっ…!」

 鋭く言い放つ篭也に、その表情を歪める轟。全身の動きを止められたまま、二人が同時に口を開く。

「“し潰せ”…!」

「“れ”!」

 動作はまったくないまま、言葉だけが発せられると、赤と白の光がそれぞれ放たれ、逃げることさえ出来ない互いへと、正面から向かっていった。

「うあああっ…!」

「ぐうううぅ…!」

 攻撃が炸裂すると同時に、体の動きを封じていた言葉の効果が消え、篭也と轟がそれぞれ、後方へと勢いよく吹き飛ばされる。篭也は床へと転がり込み、轟は膝をつくようにして、しゃがみ込んだ。

「はぁ…はぁ…」

 床に手をつき、傷ついた体を庇うようにしながら、篭也がゆっくりと起き上がる。

「フフフっ…」

 前方から聞こえてくる声に、俯いていた篭也が顔を上げる。

「強い…強いですねぇっ…実に…」

 顔を上げた轟が、微笑みながら篭也へと言葉を向ける。頭部から流れる血が、細い瞳の横を通過し、真っ白なスーツに目立つ汚れを残した。

「於崎の屋敷で弟さんとも戦わせていただきましたが、あなたの強さは弟さんの比ではありませんよぉ」

 傷も負っているというのに、轟は自然と立ち上がり、平気な様子で大きく両手を広げる。

「あなたがもし、“お”の言葉に選ばれ、神になっていたならば、実に有能な神になったでしょうねぇっ」

「…………」

 轟の褒める言葉に、篭也はただ複雑そうな表情を作る。

「そんな話に興味はない」

「またまたぁ~興味がないはずがないでしょう?」

 はっきりと言い放つ篭也に、轟がすぐさま言い返す。

「あなたは喉から手が出るほどに、“お”の言葉を欲したはずだぁ」

 轟がさらに瞳を細め、冷たく篭也を見つめる。

「あなたは、あなたを蹴落とし神となった弟さんを、殺したいほど憎んだぁ」

「……っ」

「フフフ、図星でしたかぁ?」

 かすかに表情をしかめた篭也のその変化を捉え、轟が嘲るような笑みを浮かべる。

「これほどに実力はありながらも、言葉に選ばれなかったというだけで神になれなかった、神附きさんっ」

 篭也を見つめたまま、轟が口角を吊り上げる。

「どうです?我々の仲間になりませんかっ?」

「何っ…?」

 轟の思いがけない言葉に、篭也は少し驚いたように聞き返す。

「ワタクシたちの仲間になればぁ、夢言石により、自由に言葉を得ることが出来るぅ」

 聞き返した轟へと、笑顔で答えていく轟。

「今、ワタクシの持っている“お”の言葉を、あなたに渡すことだって可能だっ」

 その言葉に、篭也の表情が再び動く。

「あなたは念願の“お”の言葉を得ることが出来るのですよぉ?どうですぅ?」

「……興味がない」

「フフ、またまたぁ~」

 少し間を置いて答えた篭也に、轟が軽く吹き出すように笑う。

「願ってもない話でしょう~?あなたが幼い頃から長年、憧れた神になれるのですよぉ?」

 大きく首を傾け、あげた右手の掌を天井へと向ける轟。

「それに、目障り極まりなかった、生意気な弟さんを蹴落とす、絶好のチャンっ…」

「“れ”」

「うっ…!」

 轟の言葉を遮るように、勢いよく飛んで来る赤い一閃。

「チっ…!“とおのけ”…!」

 あげていた右手をそのまま前方へと向け、轟が迫っていた一閃を、遠くの方へと吹き飛ばす。

「まだ、話の途中だったのですが…?」

 眉を吊り上げ、轟が篭也へ鋭い瞳を見せる。

「あまりにも興味が持てなかったものでな」

 鎌を振り上げた篭也が、落ち着いた口調で言い放つ。

「一つ、教えておいてやる。今、僕が興味あるのは、“お”の言葉でも、神になることでもない」

 篭也が鎌先を轟へと向け、強く轟を睨みつける。

「あなたを倒すことだけだ」

「……っ」

 挑戦的に言い放つ篭也に、轟がそっと目を細める。

「いいでしょう。そこまで言うのであれば、叩き潰して差し上げますよ…!」

 声を張り上げる轟に、篭也も改めて構えを取る。



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