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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
119/347

Word.31 意地 〈1〉

 アヒルたち安団と、七声との激戦が続いている頃。於崎家屋敷。

「…………」

 どこか厳しい表情を見せた和音が、見張りのいる門をくぐり、再び屋敷の中へと足を踏み入れた。

「おかえり」

「……っ」

 入口棟に入ってすぐのところで声を掛けられ、和音が振り向く。和音を出迎えるように、屋敷の奥から玄関へと現れたのは、檻也であった。

「あら、檻也」

 和音がすぐに、笑顔を作る。

「もうお体はよろしいんですの?」

「ああ、問題ない」

 問いかける和音に、檻也はどこか素っ気ない態度で答える。

「どこへ行っていたんだ?」

いんへ、七声のことを報告にですわ」

 檻也の問いに答えながら、和音が玄関を上がり、廊下をゆっくりとした足取りで進んで、檻也の立っているすぐ前まで歩み寄っていく。

「討伐に行く安団の見送りもせずに…?」

「急いでいたものですから」

 少し責めるように、鋭く問いかける檻也に対し、和音は笑顔を崩すことなく、すぐさま答えた。

「安の神たちは無事、七声のアジトに辿り着いたようですわよ。援軍に送った者たちから、報告が来ました」

「そうか」

 和音の言葉に、檻也がホッとした様子で肩を落とす。

「和音」

「はい?」

 改めて呼びかける檻也に、和音が不敵な笑みを向ける。

「何故、七声討伐に安の神を…」

「檻也くんっ」

『……っ』

 檻也の後方から聞こえてくる声に、檻也の言葉は止まり、檻也と和音は同時に声をした方へと視線を移した。

「紺平」

「言われた通り、辞書読み終わっ…って、あっ、ごめん。話し中だった?」

 屋敷の奥から現れた紺平が、檻也の背後に和音を姿を見つけ、申し訳なさそうに表情を歪める。

「構いませんわ」

「えっ?」

 そっと微笑みかける和音に、戸惑った顔となる紺平。

「あなたは、えっと…」

「自己紹介がまだでしたわね。わたくし、“わ”の力を持つ、第二十八代言姫の和音ですわ」

「言姫、様っ…」

「以後、お見知りおきを。己守こもりさん」

「あ、は、はいっ!こちらこそ!」

 名を名乗る和音に、紺平が慌てた様子で深々と頭を下げる。まだ言姫のことなどは詳しく知らぬはずの紺平であるが、和音が纏っているその空気に、身分の高さを感じ取ったのだろう。

「あなたにも、今回の件では、色々とご迷惑をおかけしましたわね」

「ああ、いえ!そんな…!俺は何もっ…」

「韻に行っていたのだろう?」

 かしこまる紺平の横から、再び檻也が口を挟む。

「七声のこと、新たに何かわかったのか?」

「ええ、色々と…」

 檻也の問いかけに頷き、和音が真剣な表情を見せる。

「今からお話いたしますわ」

「じゃあ、こちらへ。ここの客間が空いている」

 檻也は指し示した手で、廊下のすぐ横にある襖を開いた。誰もいない、テーブルだけが置かれた畳の部屋へと、先に和音を通し、檻也も中へ入っていく。

「あ、あの俺は、居ない方が…」

「いいえ、あなたもぜひ、一緒に聞いて下さい」

 遠慮がちに問いかけた紺平の方を、和音が振り返る。

「あなたにも、関係のないお話ではありませんので…」

「えっ?」

「……っ」

 意味深に言い放つ和音に、紺平は首を傾げ、檻也もそっと眉をひそめた。三人が客間へと入り、紺平が襖を閉じる。三人はテーブルを囲むように、畳へと腰を下ろした。

「今回、新たに判明したのは、七声主導者のこの男のことです」

 和音がそう言って、テーブルの上に一枚の写真を出す。

「時定…いや、とむらいのことか…」

「ええ…」

 名を言い直した檻也に、和音が深々と頷く。

「弔。本名を、鴻上こうがみ皇紀こうき

 和音が、その瞳を鋭くする。

「かつて五十音士の己守であった者です」

「えっ…?」

「なっ…!」

 和音のその言葉に、檻也と紺平がそれぞれ、衝撃を走らせる。

「奴が、元・五十音士っ…?」

「俺と同じ、己守…」

「あなたから数えて、三代前の己守になります」

 驚く二人に対し、和音が紺平の方を見ながら、冷静に言葉を続ける。

「十四の時、“こ”の力に目覚めた彼は、その優れた知識と身体能力で、五十音士の中でも圧倒的な強さを示しました」

 和音がテーブルの上に置かれた、弔の写真へと視線を落とす。五十音士時代の写真なのか、その写真の弔は、檻也が知っている弔よりも少し若く見えた。

「彼は多くの忌を倒し、また於附として、完璧なまでに於の神を守り抜きました。ですが…」

 和音の表情が、ふと曇る。

「その裏で、とある研究を行っていたのです…」

「研究っ…?」

 その言葉に、檻也が大きく首を傾ける。

嘘言玉きょげんぎょくと呼ばれる、言玉と同等の力を持つ物体を、人工的に造り出す研究です」

「言玉を、造るっ…!?」

 檻也が大きく目を見開き、和音の言葉を繰り返す。

「馬鹿なっ…!言玉を造るなんて、そんな真似が出来るはずっ…!」

「ですが、彼の研究は成功しました」

 声を荒げた檻也に、和音が冷静に切り返す。

「その嘘言玉を使えば、五十音士でもない人間が言葉を使えるようになる…しかも、その言葉の力は、五十音士のそれに匹敵するほどの強さでした」

「そ、そんなっ…」

 あまりの驚きに、紺平も言葉を失う。

「彼の力を恐れた韻は、彼から己守の称号を剥奪し、五十音の世界からも追放して、すべての嘘言玉を処分したのです」

「だが奴は、再び動き出した」

「ええ…恐らくは新たに嘘言玉を造り出し、仲間を集め、機を狙っていたのでしょう…」

 檻也の言葉に、和音が険しい表情を作る。

「彼がかつて己守であったのならば、代々於の神が受け継いでいる、夢言石の存在を知っていたことも頷けます」

「夢言石を奪った、奴の目的は…?」

「…………」

 檻也の問いかけに、和音がそっと目を細める。

「自分を追放した我々五十音士への復讐か、すべての言葉を奪い尽くすという野心か、もしくは…」

「もしくは…?」

「我々、五十音士とは異なる…まったく新しい、言葉世界の構築…」

「世界の、構築って…」

「……っ」

 大きくなっていく話に、恐怖すら覚え、険しい表情を見せる紺平の横で、檻也が考え込むようにそっと俯く。


―――彼らの目的は…五十音士に成り代わって、すべての言葉を支配すること…―――


 考える檻也の脳裏に浮かんできたのは、弔たちの反逆に遭った際の、囁の言葉であった。

「三つめが正解だな、恐らく…」

「檻也くん…?」

 そう呟きながら、その場から立ち上がる檻也を、紺平が戸惑うように見上げる。

「三つめが正解だというのであれば、言葉世界の未来がすべて、安団の皆様に懸かってくるというわけですわね」

「懸けさせたのは、お前だろう」

「わたくしは韻の考えの下、最も合理的な方法を選んだだけですわ」

 鋭く言い放つ檻也に、和音は穏やかな笑みを向ける。

「安の神を選んだことにも、きちんとした理由があっ…」

「大丈夫かな…」

 和音の言葉を、どこか不安げな紺平の声が遮る。

「ガァたち…」

「……っ」

 アヒルたちの身を案じ、表情を曇らせる紺平に、檻也もそっと目を細める。

「大丈夫ですわよ」

 すぐさま笑顔で、紺平へと語りかける和音。

「彼らは強いですもの。ねぇ?檻也」

「…………」

 和音の問いかけを聞きながら、檻也が厳しい表情を見せたまま、客間の大窓へと近付いていき、外に広がる空を見つめる。

「言葉世界の未来、か…」

 空を見つめ、遠くを見るような瞳を見せる檻也。

「篭也…」

 檻也の、どこか不安げな声が、小さく落とされた。




 七声の城、一階。玄関ホール。

「“ちろ”」

 轟が右手を掲げ言葉を放つと、二階まで吹き抜けとなっている天井から、小さな白光の玉が幾つも、雨のように勢いよく降り注ぐ。

「“かこえ”」

 降り注ぐ光の雨の真下に立つ篭也が、同じく言葉を発し、六本の格子で頭上を覆って、それを防ぐ。

「うっ…」

 だが格子にかかる力は強く、篭也が少し表情を歪める。

「“とがれ”…」

「なっ…!」

 轟が新たに言葉を重ねると、降り注いでいた光が鋭く尖った刃のように形を変え、受け止めていた格子を四方から刻むように傷つける。

「クっ…!か、“かえせ”…!」

 篭也が言葉を変え、格子を激しく回転させて、降下してくる光を天井へ向けて、一つ残らず弾き返した。

「はぁっ…はぁっ…」

 攻撃を凌ぎきった篭也が、軽く息を乱す。

「ワタクシの持っている言葉は、弟さんの“お”の言葉だけではないのですよぉ~?」

「……っ」

 耳に届く、その軽い口調の声に、篭也が眉をひそめながら振り向く。

「ワタクシは元々、止守ともりだったんですからぁ」

「そうだったな…」

 轟の言葉に答えながら、篭也が少し目を細める。

「そんなワタクシを相手に、そのままでよろしいんですかぁ?」

「…………」

 含んだ笑みを向けてくる轟に、表情を曇らせる篭也。だがすぐに篭也は六本の格子を一本にまとめ、その一本を右手へと納めた。

「……“変格”」

 篭也の声に反応し、格子が赤い光を放ちながら、その形を変えていく。

「それが、あなたの変格活用ですか…」

 真っ赤な鎌を構えた篭也を見て、轟が満足げな笑みを浮かべる。

「面白いっ…!」

 大きく口元を歪ませて、轟が両腕を振り上げた。

「“らえろ”っ」

 言葉を放った轟の周囲から、紐状の白光がいくつも飛び出し、篭也を捕らえようと伸びてくる。

「“からまれ”…!」

 篭也が鎌を振り下ろしながら言葉を発すると、鎌から放たれた赤い光を浴びた、その紐状の白光が、空中で互いに絡まり、動きを封じられ、床へと落ちて消える。

「“し潰せ”っ」

「“き消せ”!」

 轟がすかさず向けた白光の塊を、鎌を手元に戻すように一振りして、一瞬で消し去る篭也。

「さすがに言葉数が多いっ…」

 次々と轟の攻撃を打ち破る篭也を見つめ、轟がそっと目を細める。

「ならばっ…」

「……っ?」

 言玉を左手へと持ち替え、右手を振り上げる轟に、篭也が眉をひそめる。

「“とう”っ」

 振り上げられた轟の右手から生じたのは、真っ白に輝く炎であった。

「ほ、炎っ…?」

 轟の纏った炎に、戸惑いの表情を見せる篭也。

「行きますよ?……っ!」

「うっ…!」

 右手を振りかぶり、こちらへと勢いよく駆け込んでくる轟に、篭也が戸惑いを払い、少し慌てた様子で身構える。

「か、“れ”…!」

 向かってくる轟に対し、先手を討つべく鎌を振り上げる篭也。

「……っ」

 鎌を振り上げる篭也を前に、轟はそっと口元を歪め、炎を纏った右手を、振り落ちてくる鎌へと掲げた。

「“とう”っ…」

「なっ…!」

 轟が同じ音のその言葉を放った瞬間、炎が勢いよく鎌へ向け燃え盛ると、鎌があっという間に凍りつく。

「炎で、凍るっ…!?」

「“とう”…」

「うっ…!」

 鎌を凍らされた篭也へと、放たれる炎。

「うああああああっ…!」

 正面から炎を浴びた篭也が、勢いよく後方へと吹き飛ばされた。

「うぅ…うっ…」

 軽く火傷を負った左腕を抱えながら、篭也が起き上がり、床に鎌を何度か突き刺して、纏わされた氷を払いながら、すぐさまその場で立ち上がる。


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