表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
117/347

Word.30 唯一ツノ真実 〈3〉

「はぁ…か、階段…?」

 壁のもとに戻った部屋を見回していた保が、部屋の隅にある、上へと続く階段を見つける。

「上れば…みんなのとこに戻れるかな…」

 保が傷だらけの体を引きずるように、重い足取りで階段へと進み、ゆっくりと一段ずつ、階段を上っていく。静かなその場に、保の足音がよく響き渡った。

「何か…不気味だなぁ…」

 あまりの静けさに、思わず表情を引きつる保。

「あれ?ここまで?」

 一階分上った辺りで階段は途切れ、保は、何もない横長の部屋へと辿り着いた。何もない部屋の奥の壁際に、横開きの扉のようなものが見える。

「あれは…」

 それを見て、眉をひそめる保。

『エレベーター?』

 保と揃う、もう一つの声。

「へっ?」

 重なるその声に、保が戸惑うように振り向く。

「だっ…」

「誰っ!?」

「ひいいぃぃぃ~!」

 誰かを確かめようとしたその時、眼前へ、勢いよく突き出される刃に、保は思わず情けない悲鳴をあげた。

「ご、ごめんなさぁ~い!こんな俺、ゆ、許して下さぁ~い!」

「た、高市くん?」

 天井を見上げたまま、必死に謝る保に、目を丸くしたのは七架であった。保へと向けられたのは、七架の薙刀の刃であった。

「良かった~高市くんも無事だったんだねっ」

「今、まさにその無事が失われようとしてますけど…」

 刃を向けたまま、大きな笑顔を見せる七架に、保が少し表情を引きつって呟く。

「あ、ごめんごめんっ」

 七架が慌てた様子で、保へ向けていた刃を引っ込める。

「また七声の人が出たのかと思っちゃって」

「俺もまた、トチ狂った人が来たのかと思いましたよ…」

「トチ狂った?って、高市くん、ひどい傷だよっ!?」

 げっそりとした様子で答える保に、首を傾げていた七架が、保の全身の傷に気付き、驚きの声をあげる。肩口や腹部の傷からは、まだ血が流れており、保が暢気な表情を見せているのが信じられないほどの傷であった。

「大丈夫っ?す、すぐ治すねっ」

「あ、お願いします」

 保の傷へと、薙刀を持った右手を伸ばす七架に、保が軽く頭を下げる。

「はぁ!こんな、そもそも神経通ってんの?って感じの俺が、一丁前に傷の治療なんてしてもらってすみませぇ~ん!」

「ま、まぁ元気そうで良かったよ…」

 相変わらず謝り散らす様子に呆れながらも、傷のわりには元気そうな保に、七架が少しホッとした表情を見せる。

「あのエレベーター乗りながら行こ?上行ったら、朝比奈くんたちと合流出来るかも知れないし」

「あ、はい!」

 七架の言葉に保が頷き、二人が部屋の奥にあるエレベーターへと向かう。すぐ横にあるボタンを押すと、横開きの扉が開き、狭い空間の中に二人が足を踏み入れた。七架が上という選択肢しかない、エレベーターのボタンへと指を伸ばす。

「何階とかはないんだ…」

「はぁ!ちょっとばかり、閉所恐怖症ですみませぇ~ん!」

「はいはい、すぐ着くと思うから我慢してね」

 頭を抱え、閉所な空間を恐れている保を、あしらうように適当に宥め、七架がボタンを押した。

「高市くん、傷」

「あ、はい」

 七架に言われ、保が頭を抱えていた両手を下ろし、七架の方へと傷口を向ける。

「“なおせ”…」

 七架が言葉を発すると、保の傷口へと向けられた七架の右手から、柔らかな赤色の光が放たれ、保の体を包み込んだ。淡い光に包まれた傷が、徐々に塞がっていく。

「すごい傷…よっぽど、大変な戦いだったんだね」

「ま、まぁ…半分以上は記憶ないんですけど…」

「えっ?」

 保のその言葉に、七架が戸惑うように顔を上げる。

「記憶がない?」

「は、はいっ…この前の地球外生命体さんの時もなんですけど、俺戦ってる最中、結構記憶失くすみたいで…」

「記憶失くすって…」

 微笑んで答える保に、ますます表情を曇らせる七架。

「大丈夫なの?それって。為介さんとか、恵先生とかに相談してみた方がっ…」

「大丈夫です」

「えっ?」

 七架の声を遮って即答する保に、七架が戸惑うように目を丸くする。

「大丈夫って、確信だけはあるんです。何かっ…」

「高市くん…」

 左胸に手を当て、保が穏やかな笑みを浮かべる。そんな、いつもとは違う様子の保を、七架は少し目を細め、見つめた。

「随分と楽になりました。ありがとうございます、奈々瀬さん」

「あ、うん」

 二人がそう会話を交わしていたその時丁度、エレベーターが到着を告げる甲高い音を立てる。

「着いたみたい」

「でも何か変な感じしますよねぇ」

 保が、開いていくエレベーターの扉を見つめながら、そっと呟く。

「こんなお城の中に、エレベーターだなんてっ…」

「不釣り合いで申し訳ないね」

『……っ』

 開いた扉の向こうから聞こえてくる声に、保と七架が同時に表情を強張らせ、勢いよく振り向く。

「一階から四階まで階段で上るの、結構辛いもんだからさ」

 エレベーターから出て来た二人を迎えたのは、広い部屋にポツリと置かれた玉座に腰を下ろしているとむらいであった。エレベーターで辿り着いたのは、四階の王の間だったようである。

「あ、あなたはっ…!」

「あの時の…!」

 険しい表情を見せ、それぞれの武器を構える保と七架。

「ああ、於崎の屋敷で会ったかな?悪いね。君たちのこと、あまりよく覚えていないや」

 二人を見つめながら、弔が涼しげな笑みを浮かべる。

「はぁ!大して記憶にも残らない存在で、すみませぇ~ん!」

「高市くん…」

 挑発で言われているというのに、謝り散らしている保に、七架が呆れた表情を見せる。

「あなたも七声の人?」

「ああ。一応、七声のリーダーをやってる、弔さ。よろしくね、安団の皆さん」

 問いかける七架に、弔が隠すことなく、あっさりと答える。

「ならっ」

 七架が目つきを鋭くし、勢いよく薙刀を振り上げる。

「真田さんを返してっ!」

「あっ」

 強く叫ぶ七架に、ハッとした様子で顔を上げる保。

「そ、そうです!真田さんを、地底世界から解放してもらいますよ!」

 保も大きな声で言い放ち、糸を絡めた左右の手を構えた。

「囁なら、すぐ隣の部屋にいるよ。俺に勝ったら、連れて帰るといい」

 隣の部屋を指差しながら、弔が落ち着いた様子で答える。

「ただし、俺が勝ったなら…」

 ゆっくりと玉座を、立ち上がる弔。

「君たちの言葉、貰うからね…」

『……っ』

 冷たく微笑む弔に、保と七架が厳しい表情を見せた。




 七声の城、三階。

「“がれ”!」

 言葉を放ちながら、自らの体へと弾丸を撃ち、赤い光に包まれたアヒルが、天井へ向けて高々と上昇する。

「のの…“のぼれ”」

 巨体の男、ののしりも、言葉を発し、アヒルを追うように空中へと舞い上がる。

「の…“びろ”」

 舞い上がった罵が、アヒルへと両手を向け、周囲に網状の白光を張り巡らせ、アヒルを捕らえようとアヒルへ向かって伸ばす。

「“れろ”…」

 周囲を巡る白光を見つめながら、アヒルが目つきを鋭くする。

「“あらし”…!」

「のっ…!」

 吹き荒れる強い風に、アヒルへと向かって来ていた白光の網がすべて押し返され、その後ろに居た罵も風を受け、床へと吹き落される。

「のの、の…」

 床へと着地した罵が、少し乱れた声を落とす。

「食らっとけ!」

「のっ…?」

 上空から降って来るアヒルの声に、罵が顔を上げる。

「“たれ”!」

「のっ…!」

 まだ膝を床についたままの罵へ向け、アヒルが上空から弾丸を放つ。勢いよく向かってくる赤い光の弾丸に、罵が焦ったように表情を歪める。

「のの…!」

 その大きな手にはあまりにも小さな言玉を、指で必死に挟み込み、自分の前へと突き出す罵。

「“のう”…!」

「ノウっ…?」

 罵が発する言葉に、アヒルが眉をひそめる。

「あっ…!」

 白く輝いた言玉の中へと、吸い込まれるようにして消えていくアヒルの弾丸。その光景に、アヒルが驚いた様子で、大きく目を見開く。

とどろきの“トウ”と同じ、あいつらの特殊言葉ってやつかっ」

「の…“のぞめ”…!」

「何っ…!?」

 罵のその言葉が放たれたと同時に、罵の言玉から、先程吸収されたはずのアヒルの弾丸が、アヒルへ向かって飛び出してくる。

「うおっ!あ、“たれ”!」

 アヒルが慌ててもう一度、弾丸を放ち、向かってきた弾丸と相殺させる。

「ふぅ~っ」

 弾丸が互いに砕け散ったことを確認し、ホッとしたように一息つくアヒル。

「吸収したもんを返すことまで出来んのかよぉ」

「のの、の…」

 言玉を下ろした罵が、アヒルに攻撃を浴びせ損ねたからか、少し不満げな表情を見せる。

「こりゃ、下手に弾丸撃ち込むわけにもいかっ…」

「のの…」

「んあっ?」

 再び言玉を構える罵に、アヒルが首を傾げる。

「“濃霧のうむ”…」

「へっ?」

 罵の言葉により、部屋中に一気に広がる濃い霧。上空にいるアヒルの周囲にも、真っ白な霧が立ち込め、アヒルの視界を遮っていく。

熟語イディオムか。やっべ、これじゃ何も見えねぇっ…」

 周りに広がる白い霧を見つめ、アヒルが険しい表情を見せる。

「一体、どっからっ…」

「ののっ…!」

「なっ…!」

 霧の中で罵の姿を探していたアヒルの、その背後から、罵の巨体が勢いよく飛びかかって来る。

「クソっ…!“が…!」

「“り上げろ”…」

「うぅっ…!」

 上へと上がろうとしたアヒルよりも先に、アヒルの上空へと乗り上げる罵。舞い上がった罵の巨体が、そのまま真下のアヒルへと、降り落ちてくる。

「うわあああああっ!」

 罵に乗られる形となって、勢いよく床へと下降していくアヒル。

「うぐっ…!」

 床へと背中をついたアヒルが、自分の二倍はある大きな体の罵に押し潰され、苦しげに顔を歪める。

「く、クソ…!どけ!このっ…!」

 何とか右手だけを、その体重から解放し、上に乗る罵へとアヒルが銃を向ける。

「“たれ”…!」

 アヒルが素早く、罵の顔面めがけて、弾丸を放つ。

「のの…」

「あっ…!」

 罵が顔の前へ、言玉を持ってくると、アヒルが大きく目を見開いた。

「やっべ…!しまっ…!」

「“納”…」

 罵が先程と同じように、言玉の中へとアヒルの弾丸を吸収する。弾丸を吸いきると、罵は吸い取ったその言玉を、アヒルの目の前へと持ってきた。

「“のぞ、め”…」

「うっ…!」

 罵の言玉から、アヒルの弾丸が、今度は相殺させる間もない至近距離から、アヒルへと放たれた。


―――バァァァン!


 弾丸がアヒルへと放たれ、アヒルの下の床まで貫いて、大きな衝撃音を立てる。

「ののっ…」

 目の前に立ち込める衝撃風を見ながら、満足げに微笑む罵。

「ののの…のふふふっ…!」

「へぇ~、笑うと“の”以外の文字も言うようになんだぁ」

「のふっ…?」

 背後から聞こえてくる声に、罵が漏らしていた笑い声を止める。

「のっ…!?」

「結構面白い仕組みしてんなぁ、お前っ」

 罵が振り返った先には、まるで傷を負っている様子もなく、元気そうなアヒルが立っていた。

「の…!?のっ…!?」

 自分の下にアヒルの姿がないことを確認し、再び立っているアヒルを見て、戸惑いの表情を見せる罵。

「“あざむけ”」

 困惑している罵へ、アヒルが微笑んで、言葉を投げかける。

「残念ながら、お前の乗っかってた俺はニセモノでしたっ」

「ののっ…」

 得意げに微笑むアヒルに、罵が悔しげな表情を見せる。

「のの…!“びろ”…!」

 怒りを表情に示した罵が、勢いよく声をあげ、再び網状に広がった白光をアヒルへと向ける。

「うおっ…!」

 襲いかかって来る白光を、身を反らして、必死に避けるアヒル。だが一本を避けても、他の白光が一気に飛びかかって来る。

「やべ…!“たれ”…!」

 正面から向かってくる白光に対し、アヒルが反射的に弾丸を放つ。

「ののっ…」

「何っ…!?」

 アヒルが放った弾丸の前へと、後方から罵が乗り出してくる。

「“納”…」

 アヒルの弾丸を、突き出した言玉で吸収する罵。

「“のぞ、め”…!」

「うっ…!」

 吸収した弾丸を、罵がアヒルへと返す。アヒルは向かってくる弾丸を避けようとするが、その周囲には、網状の白光が張り巡らされている。

「く、クソっ…!」

 弾丸に当たるか、白光に飛び込むか、二択を迫られたアヒルが表情を歪めながら、勢いよく白光の小さな隙間の中へと飛び込んでいく。

「うっ…!くぅ…!」

 それでも数本の白光が腕をかすめ、掠り傷を負ったアヒルが、表情をしかめた。

「痛って」

 弾丸が床へと落ち、周囲の白光が消えると、傷ついた右腕を押さえたアヒルが、その場にしゃがみ込む。破れた制服の下からは、赤い血が滲み出していた。

「のの、のっ…」

 再び満足げな笑みを浮かべ、言玉を持ちあげる罵。

「マっズイなぁ。“当たれ”が使えないんじゃ、ろくに防御も出来っ…おっ」

 顔をしかめ、首を捻っていたアヒルが、急に何か思いついたような声を漏らす。

「どうかなぁ~まっ、思いついちまったし、とりあえずやってみっかっ」

 軽い調子で声を出したアヒルが、罵へ向けて、銃を構える。

「“たれ”!」

「のっ…?」

 何か回りくどい攻撃をするわけでもなく、ただシンプルに罵へ向けて、弾丸を放つアヒル。そんなアヒルの攻撃に、罵が少し戸惑った表情を見せる。

「の…“納”!」

 戸惑いつつも弾丸を食らうわけにはいかないので、罵は言玉を突き出し、またしても同じように、言玉の中に弾丸を吸収した。

「のの…“のぞっ…」

「“当たれ”」

「のっ?」

 返そうとしたその時に、再び向かってくる弾丸に、罵が少し目を丸くする。

「のの…?“納”!」

 首を傾げながらも、再び言玉の中へと弾丸を吸収する罵。

「“臨っ…」

「“当たれ”っ」

「のっ…!?」

 再び返そうとする罵であったが、またしてもアヒルが弾丸を放ってくる。

「“当たれ”、“当たれ”、“当たれ”っ」

 休むことなく、何度も何度も、罵へ向けて弾丸を撃ち込むアヒル。

「ののっ…!“納”!」

 次々に向かってくる弾丸を、罵は一つ残らず、すべて吸収していく。

「よっ」

 今度は何も言葉を言わずに、引き金を引くアヒル。そこで引き金を引く手を止め、やっと銃の連射を終わらせる。

「“納”…!」

 その最後の弾丸も、言玉に吸収する罵。

「ののっ…!“臨っ…!」

「あ…」

 罵が言葉を放つ前に、アヒルが言葉を口にした。

「“あふれろ”」

 そっと落とされる、言葉。

「ののっ…!?」

 アヒルの言葉が放たれると、罵の大きな手の中に収まっていた言玉から、激しい赤色の光が溢れ始めた。

「のののおおぉぉっ!」

 溢れ出す光に堪え切れなかったのか、言玉は勢いよく砕け散り、その中から一気に溢れ出した赤い光が、罵へと降り注いだ。

「の…のぐっ…」

 床に両手をついた罵が、苦しげに声を漏らす。

「…………」

「のっ…!」

 すぐ前へと立つ気配を感じ取り、俯いていた罵が、勢いよく顔を上げる。そこには、銃を構えたアヒルの姿があった。

「の…!ののぉっ…!」

 言玉を失った罵は、恐怖に顔を歪ませながら、必死に首を横に振り、懇願するような瞳でアヒルを見つめる。

「悪いな」

 そんな罵へと、はっきりとした口調で言い放つアヒル。

「こんなとこで、止まっちまうわけにはいかねぇんだ」

「のっ…!」

「“たれ”!」

 大きく口を開いた罵へと、アヒルが躊躇うことなく、弾丸を放った。

「のおおおおおぉぉっ…!!」

 弾丸に貫かれ、罵が奥の壁まで吹き飛ばされていく。

「のっ…のの、の…」

 壁に背中を打ちつけ、そのままその場に倒れ込むと、罵は力なく瞳を伏せ、気を失った。

「ふぅっ」

 銃を下ろしたアヒルが、ホッと一息つくように、肩を落とす。

「さてとっ」

 体の向きを変え、上へと続く階段へと視線を移すアヒル。

「囁っ…」

 階段の上に見える四階を見上げ、アヒルはそっと瞳を鋭くした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ