表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
115/347

Word.30 唯一ツノ真実 〈1〉

 七声の城、城門前。

「へへっ!“へこめ”ぇぇ!」

『ぎゃああああ!』

 兵吾が緑色に光る拳を地面へと勢いよく振り下ろすと、地面が大きくヒビ割れし、その上に立っていた待ち伏せ連中がバランスを崩し、雪崩のように一気に倒れ込んだ。

「おぉ~し、コンプリートじゃん!」

 周囲に立っている連中が誰もいなくなったことを確認すると、兵吾は満足げに微笑み、光っていた右手から言玉を分離させる。

「全部片付いたじゃん!ヒロト!」

「ああ」

 兵吾が振り向き、すでに休戦状態のヒロトへと声をかける。

「で、どう?わかった?蛍」

「ほぉー…」

 ヒロトのすぐ横には、深くしゃがみ込み、手の中にある白い宝石をじっと見つめている蛍の姿があった。宝石を見つめながら、蛍が唸るような声を出す。

「これ…言玉じゃないね。とってもよく出来てるけど、精巧なニセモノ…」

「ニセモノ?」

「うん…誰かが人工的に造ったものだ…」

 聞き返したヒロトへ、蛍が顔を上げて頷き返す。

「それって、こいつらの持ってた言玉じゃんっ?」

「ああ」

 戦いを終え、歩み寄って来ながら問いかける兵吾に、ヒロトが答える。

「人工的って、んな簡単に言玉って造れるものじゃん?」

「まぁ、まず造れない…」

「ああ。それに、こんな五十音士でも何でもない普通の人間たちに、言葉を与えていた」

 ヒロトが蛍の持つ偽の言玉を見下ろし、真剣な表情を作る。

「これを造った人間は、相当な力の持ち主と考えて、間違いないと思う」

「ほぉー…で、どうするの?この件、いんに報告とかするわけ…?」

「そうだなぁ」

 蛍の問いかけに、首を捻るヒロト。

「報告するに越したことはないと思うけど…んっ?」

 考えていたヒロトが、トラの姿から戻った言玉を握り締め、足早にその場を歩き去って行こうとしている不治子に気付く。

「どこへ行くんだ?不治子」

「帰る」

「えっ?」

 短く答える不治子に、ヒロトが少し目を丸くする。

「帰る?」

「うん。もうここに、あの方の気配はないもん。居る意味ないから、不治子帰る」

 あっさりと答え、不治子はそのまま背を向け、何も迷うことなく帰っていった。

「相変わらず灰示様命だね、不治子は。ヒヒっ」

 見えなくなっていく不治子を見送り、ヒロトがどこか呆れたように笑みを浮かべる。

「けどまぁ、一理あるかな。言われたことはやり終えたんだし、余計なことする必要もないだろ?ヒヒっ」

「ほぉー、そうだね…そこまで韻に義理立てする必要もないし…」

「へへ!じゃあ、俺たちもとっとと帰ろうじゃん!」

 三人は言葉を交わし、先程まで見つめていた偽の言玉を地面へと放り投げて、その場を去ろうと立ち上がる。

「ヒヒ、まぁ精々頑張ってよ。安団っ」

 ヒロトが振り向き様にそう言い落とすと、ハ行の四人は、その場から去っていった。




 七声の城、地下一階。吹き抜け大広間。

「ひげぇあああっ!!」

 大きな大きな広間に、届かない場所などないくらいいっぱいに広がる叫び声。

「か、勘弁して下さぁ~い!」

「響けぇ!“きょう”!」

「ぎぃやああぁぁ!」

 大きな叫び声をあげて、広間を逃げ回る保。その後方では、七声の幹部の一人、いざないが、巻き物の中から飛び出て来た無数の文字を、保へと向けて放っていた。

「お、俺、アヒルさんたちと城に入って、穴にどわぁっと落ちただけなのに、何でこんなことにっ…!?」

「いつまでも逃げられると思うなよぉ?」

「えっ?」

 後方から聞こえてくる誘の声に、保が振り向く。

「“きょう”!」

「へっ?うわああ!」

 誘が言葉を発すると、その次の瞬間、前方へと走り続けていた保が、壁に思いきり体当たりし、思わずその場にしゃがみ込んだ。

「痛たたたたっ…な、なんでこんな所に壁がぁ?」

 打った胸部を押さえながら、保が顔を上げ、目の前に立ち塞がる壁を見上げる。

「確かこの部屋、もっと広かったような…」

「壁とお話してる場合かぁっ?」

「えっ?うっ…!」

 振り返った保に迫る、文字の集団。

「うわああああっ!」

 激しい衝撃音とともに、保の叫び声が響き渡った。

「あぁ~あ、終わっちゃった」

 まだ止むことのない衝撃風を見つめながら、誘がつまらなそうに口を尖らせ、深々と肩を落とす。

「あぁ~あ、これじゃ全然、遊び足りな…んっ?」

 言葉を吐き捨てていた誘が、何かに気付いた様子で、ふと眉をひそめる。

「あれは…?」

「ふぅ~っ」

 安心するような声とともに、衝撃の去った風の中から見えてきたのは、真っ赤な塊であった。その塊は、細長い糸となって徐々に解けていき、中を明らかにしていく。

「た、“たすかった”ぁ~…」

 糸の塊の中から姿を現したのは、ホッとした様子の保であった。両手の指に赤い糸を巻きつけており、その糸で身を包んで誘の攻撃を防いだようで、傷は負っていない。

「あ、また出てきてる。この糸」

「あの一瞬で言玉の解放を…」

 わけのわかっていない様子で、両手の糸を見下ろしている保を見つめ、誘が少し考えるように目を細める。

「ってことは、あの人はやっぱり地底人さんで、俺はやっぱりここは戦うべきでぇ…」

「ヒャハハハ!面白いぜぇ!」

「へっ?」

 考えを巡らせていた保の声を遮るように、勢いよく叫びあげる誘。その声に、保が戸惑うように顔を上げる。

「もっと俺を楽しませろよぉ!“響”!」

「ま、またぁ!?」

 誘の突き出した右手を合図に、空中に広がった巻き物から、再び飛び出してくる無数の文字。向かってくる文字の集団を見上げ、保が困った表情を見せる。

「ひいいぃぃ~!た、“えろ”!」

「何っ?」

 情けない声をあげながらも、言葉を放つ保。すると保の両手の糸が、保の前で幾重にも重なり、盾のように形を変えて、誘の攻撃を受け止める。その様子に、誘は眉をひそめた。

「た、“めろ”っ」

 保がさらに言葉を放つと、糸がしなり、文字を受け止めている部分が大きく曲線を描く。

「“たおせ”!」

「なっ…!」

 しなった糸が勢いをつけて、受け止めていた文字たちを、誘へと弾き返す。返ってくる文字たちに、大きく目を見開き、驚く誘。

「クっ…!」

 誘から言葉は出ず、文字たちはそのまま誘へと直撃した。

「ふはぁ~っ」

 誘に攻撃が当たったことを確認し、保がどこか安心したように一息つく。

「為介さんたちに教えてもらった言葉、地球大生命体さんだけじゃなくって、地底人さんにも有効でっ…」

「ヒャハハハハ!」

「……っ」

 部屋に響き渡るその笑い声に、止まる保の言葉。

「ヒャハハハ!いいぜ!いいぜぇ!太守!面白れぇ!」

「有効、じゃないみたい…」

 確かに攻撃は直撃したはずだが、まるで平気な様子で、高々と笑いあげている誘を見て、保がどこかがっかりしたように肩を落とす。

「波守のんが強ぇって聞いてたが、太守でも十分に楽しめそうだ」

「ハモリ…?」

 聞きなれない言葉に、保が大きく首を傾げる。

「じゃあこっちも、本気といこうかぁっ」

「えっ…?」

 右手を振り上げる誘に、保が戸惑いの表情を見せる。

「“きょう”っ」

「またキョウ…?」

 誘が放つ、先程と同じ言葉。誘の言葉が放たれると、先程まで空中に浮かんでいた巻き物が白い言玉の姿へと戻り、ゆっくりと降下してくると、突き上げられている誘の右腕の中へと収まる。

「ヒャハ!」

「なっ…!?」

 長い舌を伸ばし、誘がそのまま言玉を口の中へと入れて、よく響く音を立てて呑み込む。その光景に、大きく目を見開く保。

「こ、言玉をっ…」

「ヒャハハっ!」

「えっ…?」

 言玉を呑み込んだ誘が、保のもとへと、勢いよく駆け込んでいく。

「ま、丸腰でっ…?」

 何の武器を持ったわけでもなく、ただ大きく笑って駆け込んでくる誘に、保が戸惑いながらも両手を構える。

「た、“たおせ”…!」

 向かってくる誘へと両手を向け、数本の糸を放つ保。前方から鋭く迫る糸に、誘は足を止めることもなく、そのまま突き進み続けた。

「直で食らう気っ…?」

「ヒャハっ!」

 前方の糸に、右手を振り上げる誘。

「“きょう”!」

「あっ…!」

 言葉とともに誘の振り上げた右手が白く輝き、勢いよく振り下ろされたかと思うと、保の向けていた糸がすべて、あっという間に切り落とされた。

「そ、そんなっ…手で糸を…?」

「気を付けろよぉ?今の俺は、全身凶器だぁ!」

「凶器って…うっ…!」

 戸惑う保の懐へと入り、思いきり右足を振り上げる誘。

「た、“え…!」

「遅せぇっ!」

「……っ!」

 保が言葉を言い終える前に、誘が白く輝く右足を振り下ろす。

「うあっ…!」

 振り下ろされた誘の右足が、まさに凶器のように保の胴体部を斬り裂き、飛び散る自らの血に、保は大きく目を見開いた。

「うああああぁぁっ…!!」

 激しく叫び声をあげ、保がその場に倒れしゃがみ込む。

「い、痛いっ…痛い…!」

 血の流れ落ちる腹部を押さえ、苦しそうにその言葉を繰り返す保。

「“痛い”…?そういえば、もう一人のお前の口癖は、こうだったな」

 保の前に立った誘が、薄く浮かべた笑みで、高々と保を見下ろす。

「“もっと痛みをあげよう”」

「うっ…!」

 再び振り上げられる右足に、保の表情が強張る。

「ヒャハハハ!」

「うわあああああっ!」

 誘がもう一度、保へ向けて右足を振り切ると、保はその足に刃のように斬り裂かれながら、蹴りの衝撃も受けて、勢いよく吹き飛ばされた。壁に背中を打ちつけ、保が力なく床に倒れ込む。

「どうだぁ?“痛み”は。これだけ与えてもらえば満足かぁ?ヒャハハハ!」

「う…ううぅっ…」

 誘の笑い声が響き渡る中、床に突っ伏した保が、苦しげに声を漏らす。

「痛、い…痛いよ…」

 力なく、その言葉を呟く保。

「嫌だ…痛いのは、嫌だっ…」

 過去に得た痛みを、記憶では失っていても、そのものは強く拒絶する。


―――僕に、痛みをくれない…?―――


「助けて…助けてよっ…」

 あの日、差し出された手へと、無意識のうちに、必死に助けを求める保。

「……助けて…くれないんだね…」

 返って来ない声に、保が諦めたように笑みを浮かべる。

「おぉい!もう終わりかぁ?太守!」

「……っ」

 誘から投げかけられる言葉に、保がかすかに表情を動かす。

「これで終わりじゃ、つまんねぇーんだけどぉっ?」

「……もう、いいよ…」

 倒れたままの保が、誘には届かないであろう、か細く弱々しい声を発する。

「立ち上がったって…また痛い目に遭うだけ…」

 諦めきった表情で、保が力のない言葉を続ける。

「また痛みを味わうくらいなら…このまま…」

 そう言って、そっと目を閉じる保。

「何だっ、ホントに終わりかよ」

 目を閉じた保に、誘ががっかりした様子で肩を落とす。

「まぁ、次行って楽しめばいいかぁ。ヒャハハ!じゃあ、そういうことでっ」

 見切りをつけたように言い放ち、倒れたままの保へと、右手を向ける誘。

「じゃあなぁ、太守!“ぎょう”!」

 誘の右手から、大きな白い光の塊が放たれると、その光は逆巻いてさらに規模を増し、倒れたままの保へと勢いよく向かっていく。

「ヒャハハハ!終わりだぁ!」

「…………」

 勝ち誇った誘の笑い声が響く中、保が目を閉じたまま、静かに光がやって来るのを待つ。

「もう…いっ…」


―――この“痛み”を忘れたら、俺は一生っ…本当の笑顔で笑えなくなる気がするから…―――


「……っ」

 再び諦めの言葉を発しようとした保の脳裏に、浮かぶ一つの言葉。その言葉を思い出した途端、保は深く閉じていた瞳を、パッと見開いた。

「誰…?」

 誰の言葉かを思い出せず、保が戸惑うように視線を泳がせる。

「アヒル…さん…?」

 かすかに残る記憶を頼りに、保がそっとその名を口にする。


―――神の言葉は…守った…―――

―――私そんなに、腑抜けじゃないって…―――

―――あの人のために、私は戦うって…!―――


「みん、な…」

 思い出される仲間の姿に、力なく床に落ちていた拳を、強く握り締める保。

「……っ!」

 保が大きく目を見開き、口を開く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ