Word.28 スレ違ウ言葉 〈3〉
『はぁっ…!はぁっ…!はぁっ…!』
ヒロトたちハ行四人の援護を受けたアヒルたちは、城の前で待ち受けた連中を越えて、一直線に城へと向かった。大きな黒い門を通り抜け、古い蔦だらけの、大きな石扉の前へと辿り着く。
「ここか。神」
「ああっ」
篭也に呼ばれ、アヒルが扉のすぐ前へと立つ。
「“開け”…!」
アヒルはその扉へと銃口を向け、思いきり引き金を引いた。赤い光の弾丸が直撃すると、石扉はギシギシと軋むような音を響かせながら、両側からゆっくりと開いていく。
『……っ』
扉の向こうに見えてくる景色に、アヒルたちが皆、緊張するように息を呑む。
「ようこそぉ、我が“七声”の城へぇっ」
扉を開いてすぐさま聞こえてくる声に、皆が一斉に顔を上げる。
「歓迎いたしますよぉ?安団の皆様っ」
「お前はっ…!」
扉からすぐのところにある階段の、途中の踊り場に立ち、城へと入ってきたアヒルたちを高々と見下ろす、白いスーツに、細目の男。
「棘一…!」
「轟、と呼んでいただきましょうかぁ。棘一は偽名ですのでぇ。まっ、轟も偽名ですがっ」
名を呼んだアヒルに、まるで注意でもするかのように言い放つ轟。笑みを作り、細められた瞳がかすかに覗き、冷たく突き刺すようにアヒルたちを見つめる。
「あの人が、元“止守”の…?」
「ああ。それに今は、於の神の奴から奪った“お”の言葉も持ってやがる。気を付けろ」
問いかける七架に、注意を促すように言うアヒル。
「ののの…」
「こちらも海苔次ではなく、罵とお呼び下さぁ~いっ」
轟の横から主張するように、『の』の言葉を呟く大男。罵の言葉を通訳するように、轟が言う。
「相変わらず、頭の悪そうな顔していらっしゃいますねぇ、安の神」
「ああんっ!?」
毒を含んだ発言をする轟に、アヒルが思いきり顔をしかめる。
「止せ、神。安い挑発に乗るな」
「クール発言が目立つ加守さんの愛読書が“恋盲腸”とは、世も末ですねぇ~」
「……っ」
アヒルを宥めようとしていた篭也が、続く轟の言葉に、眉を引きつる。
「僕のことは、何を言われてもいい。だが、恋盲腸を馬鹿にすることだけは許さない」
「ちょっとカッコ良く言ってっけど、すっげぇダサいぞ?」
強気に言い放つ篭也に、アヒルが思わず突っ込む。
「正直、こんなにお早い到着とは思ってもみませんでしたよぉ。なので、お茶も淹れられませんでしたぁ」
「はぁっ!万年遅刻のアヒルさんなのに、早くお邪魔しちゃって、すみませぇ~ん!」
「うっせぇ!敵に謝ってんじゃねぇよ!」
轟の言葉を真に受け、勢いよく謝り散らす保に、アヒルが思わず怒鳴りあげる。
「あんなにも援軍が来るとは、思ってませんでしたねぇ。しかも、かつては敵だったハ行の皆さんとはっ」
「何故、そんなことを知って…」
「我が同胞が、教えてくれましたのでっ」
「……っ」
その言葉に、一気に曇る篭也の表情。ハ行のことを知る轟の同胞など、一人しかいるはずもなかった。
「まぁですが、折角のお客様です。厚く歓迎いたしましょうっ」
「結構だ」
「そういう人の好意を、すぐさま無下にするところ、弟さんにそっくりですねぇ」
あっさりと拒否する篭也に、轟が少し困ったような笑みを浮かべる。
「あなたに檻也のことを、語られる筋合いはない」
「おやおや、もしかしなくともワタクシ、嫌われてますぅ?」
しかめた表情を見せる篭也に、さらに怒りを買わせるような、そんな言い方を見せる轟。
「弟さんの“お”の言葉を、いただいちゃったからでしょうかねぇっ」
「…………」
試すような笑みを浮かべる轟に、篭也がさらに眉を引きつる。
「では、このお城内でのルールを説明いたしますねぇ」
「ルールっ?」
急に話を変える轟に、アヒルが首を傾げる。
「あなた方の目的はやはり、夢言石の奪還ですかねぇ?安の神」
「当たり前だろっ」
「そうですかぁ。では、安の神と安団の皆さんには、我々、七声と戦っていただくしかありませんねぇ」
「ええっ!?」
「安心しろ。バカ一名以外は皆、そのつもりだ」
驚く保の横で、篭也がはっきりと言い放つ。
「この城の至るところに、七声の幹部が待機しておりますので、安団の皆さんには散っていただき、それぞれ対戦していただきますぅ」
「それでどうすんだっ?対戦で多く勝った方が勝ちってルールか?」
「いいえぇ~、この城でのルールはもっとシンプルですっ」
問いかけるアヒルに、轟が大きく首を横に振る。
「負けた方が、言葉を失います」
「なっ…!」
「何っ…!?」
轟のその言葉に、アヒルたちが皆、大きく目を見開く。
「言葉を失う、だとっ…?」
「ええぇっ」
聞き返した篭也に、轟が楽しげに頷く。
「現在、この城全体が、弔様の持つ夢言石の力に包まれていますのでぇ、負けた者は自動的に、持っている言葉を吸収される形となりますぅ」
「そんなことっ…」
一気に、険しい表情となる篭也。
「そんなルール、認められるはずがっ…!」
「うわあああぁ!」
「きゃああ!」
「何っ…!?」
篭也が轟に対し、強く言い返そうとしたその時、アヒルと篭也の両側の床が、落とし穴のように勢いよく開き、真上に立っていた保と七架が、それぞれの穴に、吸い込まれるようにして落ちていく。
「高市っ!」
「ひえええぇ~!」
篭也が止める間もなく、保は叫び声をあげ、穴へと落ちていく。
「奈々瀬!」
落ちていく七架へ、必死に手を伸ばすアヒル。
「あ、朝比奈くっ…!」
「あっ…!」
七架もアヒルへと手を伸ばしたが、その二つの手が触れ合うことはなく、七架はそのまま、穴の下へと姿を消していった。
「ああぁ、それと言い忘れてましたぁ」
穴を見下ろし、茫然とする二人へ、わざとらしく言い放つ轟。
「城に足を踏み入れたその瞬間からぁ、このルールには従っていただくことになっていますのでぇっ」
「クっ…」
冷たく微笑む轟に、アヒルは険しい表情を見せる。
「さぁ~て、ではこちらも、とっととゲーム開始といきましょうかぁ」
轟がスーツの胸ポケットから、スーツの色と同じ、真っ白な言玉を取り出す。
「罵、あなたは加守さんの相手をお願いしますぅ」
言玉を軽くお手玉しながら、轟が罵へと言い放つ。
「ワタクシは安の神のお相手をっ…」
「のの…」
轟の言葉に、異論なく返事をする罵。
「神の言葉、もう一つ頂くとしましょうかぁっ」
「……っ」
微笑む轟に、アヒルがそっと目を細める。
「上等だぁ!やってやんっ…!」
「神」
「へっ?」
やる気満々で銃を構えようとしたアヒルが、篭也に呼び止められる。
「何だよ?篭也。今、俺、カッコよく決めようとしっ…」
「僕に、あの男と戦わせてほしい」
「えっ…?」
思いがけない篭也の言葉に、驚いた様子で眉をひそめるアヒル。だが篭也は、ただ真剣な表情で、まっすぐにアヒルを見つめていた。
「こんな勝手を言うのは、神附きの行いとして間違っていると理解している。だが、どうしても戦わせてほしい」
「篭也っ…」
いつになく本気な様子の篭也に、アヒルが少し目を細める。
「おっやぁ~?そこまで、加守さんにご執心いただけるとは、光栄ですねぇっ」
そこに階段の上から、轟が口を挟んでくる。
「やはりぃ~、弟さんの言葉を奪ったこと、怒ってらっしゃるのでしょうかぁ?」
「……っ」
わざとらしく問いかける轟に、篭也がかすかに表情を歪める。
「篭也」
「まぁ、そういうことだ」
再び名を呼んだアヒルに、篭也が轟の言ったことを認めるように一つ、頷く。
「こんな怒り、檻也には迷惑なだけかも知れないがな」
「…………」
そっと呟く篭也に、アヒルが少し考えるように間を置く。
「篭也」
「……?」
呼びかけるアヒルに、俯いていた篭也が顔を上げる。
「生まれてこのかた十五年、弟やってきた俺の意見を言わせてもらうとなぁ」
腕組みをしたアヒルが、少し偉そうにしながら、篭也を見る。
「どぉんなことがあったとしても、俺は絶対、一生、兄ちゃんを嫌いになったりなんかしないっ」
「……っ」
アヒルの言葉に、篭也が目を見開く。
「だいたいの弟がそうだと思うぞぉっ?俺の勘だけどなっ」
「神…」
明るく微笑むアヒルに、つられるように笑みを零す篭也。
「だから、あいつとはお前が戦え、篭也」
微笑んだアヒルが、まっすぐに篭也を見つめる。
「弟の言葉、取り返して来い」
「……ああっ」
アヒルの言葉に、篭也が大きく頷いた。
「五十音第六音“か”、解放!」
篭也が言玉を変形させ、姿を変えた一本の格子を力強く構え、鋭く轟を見上げる。
「おやおや、神に振られてしまいましたかぁ。こんな空気じゃ、戦わないわけにもいきませんしねぇ」
闘志をみなぎらせている篭也を見下ろし、轟が少し困ったように肩を落とす。
「仕方ありませんねぇ、神はあなたにお譲りしますよぉ、罵」
「の…」
轟の言葉に頷くと、罵がすぐさま一歩前へと出て、轟よりも前に立つ。
「おっしゃあ!お前の相手は俺だぁ!大男!」
出て来た罵へ向け、勢いよく声をあげるアヒル。
「どっからでもかかって来っ…!」
「のの…“登、れ”…」
「へっ…?のおおぉぉっ!」
罵の言葉に包まれ、アヒルが床から浮き上がると、そのまま一気に上昇し、拭き抜けとなっている上方へと勢いよく上がっていった。アヒルの姿は二階か三階か、とにかく一階からは見えないところまで行ってしまう。
「“登、る”…」
罵がもう一度、言葉を呟き、アヒルの後を追っていくようにして、自らも上方へと登っていく。
「場所を移しましたか。神様と離れ離れになってしまいましたねぇ」
「問題ない」
動揺を誘うように言い放った轟であったが、篭也は冷静に言葉を返した。
「我が神は、あの程度の者に負けはしない。それに…」
篭也が細めた瞳で、鋭く轟を見つめる。
「僕の目的は、あなたに勝つことだけだ」
はっきりと言い放つ篭也に、轟は楽しげに両手を広げる。
「いいでしょう。兄弟諸共、ワタクシに言葉を献上していただくとしますかねぇ」
「……っ」
篭也は格子を構え、握るその手に力を込めた。
「のおおぉぉ!うおっ!」
罵の言葉により、拭き抜けの城の中を上昇したアヒルは、途中の空中で弾き飛ばされ、柵を越えて、三階部分へと転がり込んだ。カーペットの敷かれた床を転がり、アヒルが体を起こす。
「痛っつぅ~!ここはっ…」
「三階の広間よ…もう一階、上に上がれば、玉座のある王様のお部屋…」
「……っ」
耳に入って来るその声に、アヒルがハッとした表情を見せる。
「あっ…!」
床についた手に力を込めるようにして、勢いよく顔を上げるアヒル。
「そこに行けば、夢言石を持った弔が居るわ…」
「さっ…」
目の前に立つその人物に、アヒルが大きく目を見開く。
「まぁ…行ければの話だけれど…」
「囁…」
アヒルの前へと立っていたのは、落ち着いた表情を見せた、囁であった。
「きゃああ!」
一方、穴に落ちた七架はしばらくの間、真っ暗なトンネルのような細いところを通り、やっとのことで明るい光のある場所へと出た。
「痛たたっ…ここは…?」
少し後頭部を押さえ、制服についた埃を払いながら、七架がゆっくりと立ち上がる。
「お庭…?」
七架が見渡した周囲に広がっているのは、色取り取りの花の咲く、豊かな庭園であった。一見、外に出たようにも思えるが、その花畑の先には石の壁が見え、天井も石造りで、人工の光が花を照らしていた。
「お城の中に、お庭が…」
「あっらぁ~?お客様かしらぁ?」
「……っ」
前方から聞こえてくる声に、七架がその表情を鋭くし、右手に持っていた薙刀を構える。
「誰っ…!?」
「ウッフ。あらあら、可愛らしいお嬢さんっ」
花畑の真ん中に置かれた、真っ赤なソファーの上から、気だるいような、ゆっくりとした動きで立ち上がるのは、色気たっぷりの、美しい女性であった。
「私は“七声”幹部の一人、償よぉ」
「つぐ、ない…」
償の名を繰り返しながら、七架が険しい表情を作る。
「歓迎するわぁ。奈守のお嬢さん」
真っ赤な口紅を塗った唇を、そっと緩める償。
「私、可愛い子を甚振るのは大好きなの。ウッフっ」
「……っ」
楽しげに微笑む償に、七架はさらに厳しい表情を見せた。
「うわぁぁ~あっ!」
同じく、七架とは別の穴から落ちた保も、トンネルのような場所を通り抜け、広い部屋へと飛び出た。こちらは七架の辿り着いた庭園とは逆に、壁とやたら高い天井以外何もない、だだっ広いだけの質素な部屋であった。
「ふぅ~、死ぬかと思ったぁ」
ゆっくりと起き上がった保が、無事であった自分を確認し、ホッと胸を撫で下ろす。
「はぁ!生きてるだけで迷惑な俺が、死ぬかと思ったとか言っちゃって、すみませぇ~ん!」
謝る相手もいないというのに、保が勢いよく叫び散らす。
「ふぅ~、頭打ったかなぁ?何か痛いやぁ」
保が少し顔を歪め、後頭部へと手を伸ばす。
「痛たたたっ、痛い痛い。あっ…」
その言葉を発した途端、保がふと、表情を止める。
「“痛い”…?」
もう一度ゆっくりと、その言葉を繰り返す保。
「うぅっ…」
保が頭を抱え込むようにして、深く俯く。
「何、だろ…?さっきから、何かっ…」
「んだよぉ?降って来たのは一人だけかぁ?」
「……っ」
自分の体に違和感を覚え、戸惑うように額に触れていた保が、聞こえてくる声にゆっくりと顔を上げる。
「こっちは二人だってのに、ナメてんのかぁ?轟の野郎っ」
「あっ…」
保が顔を上げると、何もないその質素な部屋の中央に、派手な赤髪の青年が立っていた。
「なぁ?誘!」
「…………」
「ちぇっ、相変わらずのだんまりかよっ」
赤髪の青年が振り返り、壁にもたれかかっている無表情の青年、誘へと声をかける。だが誘は、まるで声が聞こえていないかのように無反応で、赤髪の青年は、諦めるように再び保の方を見た。
「あ、あの、あなたは…」
「ああっ?ああ、俺は“七声”の幹部の一人で、導ってゆっ…」
「噂の地底人さんですね!」
「はぁっ!?」
名を名乗ろうとした赤髪の青年、導が、保の突拍子もない発言に、思わず大きく顔をしかめる。
「モグラ星人さんて、結構茶髪率が高いもんかと思ってたんですけど、赤毛のモグラさんもいらっしゃるんですねぇ~」
「何だぁ?こいつっ…」
自分の世界で話を進める保に、導が呆れきった表情を見せる。
「おい、誘!こいつ、何かややっこしそうだから、とっとと片付けてぇんだけど、俺がやってもいいかぁ?」
「…………」
導の言葉に、相変わらず反応を示さない誘。
「はぁっ、無口と組まされるとストレス溜まんぜっ」
誘に背を向け、導が大きく肩を落とす。
「まぁ、返事がねぇってことは、オッケィってことでいいだろ!」
「へっ?」
勢いよく右手を振り上げる導に、保が目を丸くする。
「っつーわけで、とっとと倒れて、とっとと俺に言葉、提供してくれよぉ!五十音士!」
導の振り上げられた右手の中で、輝きを放つ、白い言玉とよく似た宝石の玉。
「“ソウ”!」
「……っ!」
放たれる言葉に、保は大きく目を見開いた。




