Word.28 スレ違ウ言葉 〈2〉
一方、アヒルたちはさらに歩を進め、七声の潜伏場所と見られる城のすぐ傍まで、近付いてきていた。
「ここまではあっさり来れたな」
「ああ。七声も、韻がここまで早く場所を突き止めるとは思わずに、油断しているのかも知れない」
「わっかりませんよぉ~」
アヒルと篭也の会話に、後方から保が口を挟む。
「相手は何せ地底人なんです!穴を掘って、地面の下から、俺たちを狙ってるかも知れません!」
「あぁーハイハイ。いいから、あなたは黙って…」
『来たぞぉっ!』
「えっ…?」
必死に熱弁する保を、篭也がいつものように軽くあしらおうとしたその時、アヒルたちと城の間の地面のあらゆる所から、土がまるで噴き出るように飛び散り、下方から無数の人間が姿を現した。ラフな格好をした、若い男や女が多い。
『侵入者めぇ!覚悟しろ!』
「…………」
声を揃えるその者たちを見つめ、篭也が少し呆然とする。
「たまにはバカの言葉も、聞いておくもんだったな…」
「いっやぁ!ホントに出たぁ!地底人!!」
呆れたように呟く篭也の後ろで、地下に潜んでいることを予測していたわりに、激しく混乱している保。
『襲っ!』
「……っ!」
前方に現れた人間が、口々に同じ言葉を放つと、アヒルはすぐさま、その表情を険しくした。
「“あ”、解放…!」
「朝比奈くん?」
素早く言玉を解放するアヒルに、七架が戸惑うように首を傾げる。
「奴等の言葉だ!避けねぇと危ねぇ!」
『えっ?』
アヒルの声に皆、眉をひそめながら、再び前方を振り向く。すると確かに、謎の言葉を放った連中から、白い光の玉のようなものが、一斉にアヒルたちの方へと向かって来ていた。
「あれはっ…!」
「クっ…!」
飛んでくる光に、篭也と七架が厳しい表情を作る。
『死ねぇ!侵入者ども!』
「あ…“上がれ”!」
現れた連中が叫びあげる中、アヒルは自らの言葉を発し、素早く弾丸を、四人全員へと撃ち込んだ。
―――バァァァン!
放たれた無数の光の玉が、やがて一つの大きな塊となり、先程までアヒルたちの立っていた場所へと直撃する。近くの森の木が吹き飛び、激しく砂煙が舞い上がった。草もすべて吹き飛び、その場に何もない荒地が広がる。
「ふわぁ~っ」
荒地となった地面を見下ろし、驚きの声を上げる、上空に浮かんだ保。
「空を飛ぶって、こんな感じなんですねぇ~」
「あ、そっち?」
連中が放った言葉の威力よりも、空に浮かんでいる自分自身の方に感心のいっている保に、すぐ横に浮かぶアヒルが、思わず突っ込みを入れる。
「ありがとう、朝比奈くん」
「“シュウ”…今のが奴らの言葉か」
笑顔でアヒルへと礼を向けている七架の横で、篭也がそっと表情を曇らせる。
「たぶん。この前戦った、轟って奴の言葉とは違うけど、何か似たような感じだ」
「凄い威力だったね」
「ああ、五十音士の言葉に、見劣りすることのない力だ」
禿げ上がった地面を見下ろし、厳しく目を細める篭也。
「幹部ですらなさそうな、あんな連中まであれほどの言葉を使えるとなると…かなり厳しいな」
篭也がそう言いながら、懐から真っ赤な言玉を取り出す。七架も篭也のその行動を見て、制服のポケットから言玉を取り出した。
「おい、バカ。あなたもさっさと言玉を出せ」
「へっ?あ、は、はっ…!」
「“集”!」
「へっ?」
言玉を出そうとポケットをあさっていた保に対し、地面に立つ連中の一人、若い男が先程と同じ響きの言葉を向ける。すると男から放たれた白い光が、上空にいる保の体を包み込んだ。
「うわ!わわわあぁ~!」
「保っ…!」
まるで引力にでも引き寄せられるかのように、男の方へと体を引っ張られていく保。
「別の言葉か…!」
「で、でもさっきと同じこと言ってっ…!」
「それが奴等の力ということだ!とにかく、あのバカをっ…!」
焦ったように言いながら、篭也が言玉を握る手に力を込める。
「第六音、“か”…解っ…!」
「“襲”!」
「なっ…!」
篭也が言玉を武器へと変形させるその前に、保を引き寄せたその男が、自分の方へと向かってくる保目がけて、先程の白い光の玉を向けた。
「うっひゃあぁ~!」
「あっ…!神…!」
「ダメだ!こっから撃ったら、保にも当たる!」
「高市くんっ…!」
光の玉の迫り来る保に、空中の三人が表情を険しくする。
「いっひゃあああぁ~!!」
目前に迫る攻撃に、一層の叫び声をあげる保。
「うううぅっ…!」
「“翻せ”」
「えっ…?」
保が諦めるように、固く目を閉じたその時、横から入って来る言葉が聞こえ、保は戸惑うように瞳を開いた。すると、目の前まで来ていた光の玉が、急に方向を転換し、器用に保の体を逸れて、後方へと飛んでいった。
「あ、あれ…?」
飛んでいった光の玉を見送り、地面に着地した保が目を丸くする。
「何だぁ?」
「今の言葉は…」
大きく首を傾げるアヒルの横で、そっと眉をひそめる篭也。
「ヒヒっ、雑魚相手に随分と苦戦してるねぇ?安団諸君っ」
『……っ!』
背後から聞こえてくる声に、アヒルたちが同時に振り返る。
「あっ…!」
「それでも五団の一つなわけぇ?ヒヒっ」
アヒルたちが振り返ると、そこには少し口元を緩めた、女性のような柔らかな顔立ちの青年が立っていた。その横には前髪の長い、少し不気味な雰囲気の少年と、ピアスをつけた、派手な金髪頭の青年の姿もある。
「へへっ!久し振りじゃん!安の神様!」
「お、お前らは…!誰だっけ…?」
「だあああっ!」
アヒルへと馴れ馴れしく声を掛けた金髪の青年が、首を傾げるアヒルに、思わず肩すかしを喰らう。
「俺っちじゃん!?“部守”の辺見兵吾!遊園地跡でバトったじゃんっ!?」
「ああぁ~。そういやぁ、そんな奴も居たっけかなぁ」
必死に主張する兵吾に、まだ思い出しきれていない様子で呟くアヒル。そのやり取りの間に、空中に上がっていたアヒルたち三人が地面へと戻り、兵吾たち三人のすぐ前へと降り立つ。
「でも、こっちの奴等は見覚えねぇーなぁ」
「“比守”の昼川ヒロトと、“保守”の穂並蛍だ」
「ほぉー…よく覚えてた…」
二人の名を言う篭也に、蛍が感心したように声を漏らす。
「ヒヒっ、よっぽど、ボクにヤラれたことを根に持ってたかなぁ?加守くん」
「忘れたか?勝ったのは僕だ。比守」
篭也とヒロトが、鋭い視線を交わす。
「比守、部守って…この人たちも、五十音士ってこと?」
「ああ、前戦った、ハ行の連中だ」
問いかける七架に、アヒルが短く答える。
「けっど、何でお前らがここにっ…」
「いひゃああぁ~!」
「あっ?」
ヒロトたちへと問いかけようとしたアヒルが、城の前の方から聞こえてくる、大きな叫び声に振り返る。
『“襲”!』
「いぎゃああぁ~!」
アヒルが振り返ると、そこには現れた連中に言葉を放たれ、その攻撃から、必死に逃げ回っている保の姿があった。
「まだやってたのか、あのバカは」
「助けないとっ」
呆れる篭也の横で、七架が右手で強く、言玉を握り締める。
「第二十一音、“な”解放!」
言玉を真っ赤な薙刀へと変形させ、七架が素早く構えを取る。
「“薙ぎ払え”!」
『ぎゃああああっ!』
七架が薙刀を振り下ろすと、その刀先から赤い一閃が放たれ、保を取り囲んでいた連中を二十人ほど、一気に吹き飛ばした。
「よし!」
「容赦ねぇーな…奈々瀬…」
満足げに頷く七架を横目に、アヒルが少し引きつった表情を見せる。
「ふぅ~、助かったぁ」
「まだまだ!」
「へっ?」
ホっと一息ついていた保のもとへ、若い女が飛び出してくる。
「“蹴”!」
「うっ…!」
白い光を纏った右足を、上空から保へと振り下ろす女に、保の表情が再び歪む。
「ひええぇぇ~!」
「保っ…!」
叫ぶ保に、アヒルが素早く銃を構えようとする。
「“踏み潰せ”」
「えっ?」
足を振り下ろそうとした女の耳に届く、一つの言葉。
「グアアァ!」
「えっ!?」
空から舞い降りるようにして現れた、金色の光を纏った一頭の虎が、保を攻撃しようとしていた女に、上から勢いよく襲いかかる。
「と、虎っ!?きゃああああ!」
降り落ちて来た虎に踏み倒され、女が強く地面へと押しつけられた。
「と、トラさんっ…?」
「ウフフ!とってもいい感じよぉ、さすがは私のトラトラ子っ」
「へっ?」
目の前へと降りて来た虎に戸惑っていた保が、その虎の後方から聞こえてくる声に顔を上げる。
「あっ…」
虎のすぐ後ろまで歩み寄って来たのは、ふわふわとした短い髪の、愛らしい顔立ちの少女であった。少女はその可憐な表情を鋭くし、座り込んでいる保を、まっすぐに見下ろす。
「間の抜けた顔っ。灰示様とは大違いっ」
「えっ…?」
保から視線を逸らし、素っ気なく呟く少女。だが保には、その少女の言葉の意味が理解出来ず、大きく首を傾げるだけであった。
「あいつ確か、“不守”の…」
「不二不治子じゃんっ」
アヒルに答えるように、兵吾が不治子の名を放つ。
「ハ行が勢揃いというわけか。どういうことだ?あなたたちは、波城灰示の一件で処分中のはずだろう」
「処分中だっから、ここに居んじゃんっ?」
「何っ…?」
兵吾の言葉に、眉をひそめる篭也。
「七声討伐に向かった安団の援護にあたれっていうのが…韻からの命令…」
「処分中のボクらとしては、その命令に逆らうことが出来るはずもなく、言わば強制的にこの場にいるってわけ。ヒヒっ」
「成程な」
蛍とヒロトの説明を聞き、篭也が納得したように頷く。
「僕たちを助けたのは、別にあなたたちの本意ではないというわけか」
「そういうこと。ヒヒっ」
篭也の言葉に、ヒロトが含んだ笑みを浮かべる。
「韻からの命って、言姫さまかな?」
「ああ、僕たちのためを思ったのか、ただ単に僕たちだけでは力不足と思ったのか」
「まぁいいじゃねぇか。仲間は多い方が、心強ぇしよっ」
怪訝そうに眉をひそめる篭也に、アヒルが明るく声を掛ける。
「別に仲間が増えたわけではないだろう。こいつ等は、僕たちの敵だ」
「なんでぇ?こいつ等、もとは灰示の仲間だったんだぜ?んじゃあ、俺たちの仲間みたいなもんだろっ」
「どこかだっ」
よくわからない言い分をするアヒルに、篭也が呆れたように肩を落とす。
「ほぉー…単純な思考回路の神様…」
「ヒヒっ、加守くんが苦労するはずだね」
そんなアヒルと篭也の様子を見て、ヒロトが楽しげに笑う。
「お前ら、援護してくれるってことは、ここは任せていいのかぁ?」
「おう!俺っちに任せとけじゃん!神様ぁ!」
アヒルの呼びかけに、兵吾が右手を高々と突き上げ、気のいい返事をする。
「まぁ一応命令だし…これ以上、何かやって…五十音士の資格は剥奪されたくないから…」
「ここは引き受けてあげるから、君たちはとっととあの城へ行くといいよ、ヒヒっ」
「わかった!ありがとうな!」
満面の笑みを浮かべ、ハ行の面々へと礼を言うアヒル。
「ヒヒっ、じゃあ道作りといこうか。不治子」
「ええぇっ!不治子にまっかせといてぇ!ウフフ!」
ヒロトの呼びかけに、前方に立つ不治子が大きく答える。
「“増えろ”!トラトラ子!」
不治子の言葉通り、金色の光を纏った虎が次々と分裂し、その数を倍、倍へと増やしていく。
「“振り払え”!」
『グガアアァ!』
数十頭へと数を増やした虎が、城前に立ち塞がる連中へと、一斉に飛び掛かっていく。
「へへっ!」
緑色の言玉を、右手の中へと取り込む兵吾。言玉が手の中に消えると、右手が強い緑色の光を放ち始める。
「“凹め”ぇぇ!」
『ぎゃああああ!』
光り輝く右手を、兵吾が勢いよく振り下ろすと、地面に地割れのようにヒビが入り、その直線上にいた数人が、隙間に呑み込まれた。
「ヒロト…」
「ああぁっ」
蛍の呼びかけに頷き、ヒロトが青い言玉を持った右手を、高々と挙げる。
「“浸せ”!」
『な、何っ!?』
ヒロトの言葉に反応し、ヒロトの言玉が強い青色の光を放つと、地面から水が生じ、囲いのないというのにその水位をあげて、連中を水に浸し始めた。
「蛍っ」
「うん…」
ヒロトの声に頷いた蛍が、一歩前へと出て、右手の指に挟むようにして持った白い言玉を、水の中の連中へと向ける。
「“迸れ”…」
『ぎゃああああっ!』
蛍が言葉を呟くと、白い閃光のようなものが、一瞬にして浸す水の中を駆け巡ると、浸された連中が、一斉に叫び声をあげ、力なくその場に倒れ込んだ。
「ウフフ!開いたわよぉ?神様っ」
「おう!行くぞ!」
「ああっ」
「うん!」
連中を蹴散らし、城へと向かうまっすぐな一本道を見事に作り上げ、不治子が得意げにアヒルを呼ぶと、アヒルは皆へと声を掛け、篭也、七架とともに勢いよく、その出来上がった道を駆け抜けた。
「ほぉ~らっ、あんたもとっとと行きなさいよぉっ」
「へっ?あぁ、は、はい!」
不治子に促され、不治子のすぐ横でまだしゃがみ込んでいた保が、慌てて立ち上がり、城へと駆けていくアヒルたちの後を追いかけようとする。
「あっ!」
走りだした足をすぐに止め、振り返る保。
「あ、あのっ…!」
「へぇっ?」
声を発する保に、不治子が振り向く。
「あ、ありがとうございました!」
「……っ」
大きな笑顔で礼を言う保に、少し驚いたように目を見開く不治子。不治子に深々と頭を下げた後、保は再び体の向きを変え、アヒルたちの後を追って、城へと駆けて行った。そんな保の背中を、不治子がまっすぐに見つめる。
「灰示様なのに、負けたりなんかしたら、許さないんだからっ…」
どこか願うような不治子の声が、城の中へと消えていく保の背中に向けられた。
「こ、このっ…!」
「五十音士めっ…!」
不治子たちの攻撃で倒れていた連中が、苦しげに表情を歪ませながらも、次々と立ち上がっていく。立ち上がるその者たちを回し見し、目を細める不治子。
「さぁ~て、じゃあとっとと片付けちゃおうかぁ~ヒヒっ」
「ほぉー…実に面倒だけど…」
「へへ!俺っちたちの力、見せつけてやろうぜぇ!」
「ウフフっ!そうねぇ」
不治子の周りに集まって来るヒロトたちの言葉に、不治子もそっと笑みを浮かべた。




