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第8話 エルという少女

 中途半端に食事をとったのが原因かさっきより強い食欲がわき上がってくる。


「とりあえず、見てみるだけならいいよな」


 俺はエンターテイメント&レストランのエリアに入った。

 食堂は入ってすぐ左側にあった。

 デパートで見るようなフードコートとは比べ物にならないくらい広く、豊富なメニューが取り揃えられていた。

 奥に進むたびに食欲をそそる香りが押し寄せてくる。

 メニューを見てみるとどれも500~800スマイルくらいだった。物によってはありえないくらい高い物もある。「舌がとろける極上ステーキ」に至っては1万スマイルだった。


「こんなの食うやついるのかよ……」


 色々回ってみたが、一番安くて100スマイルだった。


「どうしよう、卵かけごはん食って寿命が一日減るのかー。まいったなぁ」


 最初は見るだけのつもりだったが、気づいたら俺は一日寿命を削って何を食べようか迷っていた。


「待てよ、こっちは命かかってんだ。味を優先するよりカロリーが高い物を食べた方がいいんじゃないのか?」


 俺は独り言をぶつぶつ喋りながらメニューを吟味していると、急激にめまいと吐き気が襲い掛かってきた。それになんだか両手の指先がしびれる感じがする。

 なんださっきの怪我が原因か?

 やばい立ってられない……

 俺が倒れそうになったところ誰かに、抱きとめられた。


「大丈夫ですか?」


 甘い声がした方向に顔を向けると、この場所には場違いなかわいらしい女の子が立っていた。

 近くにいるだけで甘い香りが漂ってくる。それに顔がすごく近い。


「すいません。何だか急にめまいが……」


「歩ける?」


「あ、はい何とか」


「こっち来て」


 女の子に手を引っ張られながら俺は空いている座席に案内された。


「ちょっとここで待ってて」


 そうすると、女の子はパタパタ歩きとどこかへ行ってしまった。

 数分後、女の子は両手に飲み物を持って戻ってきた。


「オレンジジュースだけど飲める?」


「ありがとうございます」


 改めてみると見ると、本当に可愛らしい人だった。

 たれ目で全体的に雰囲気が柔らかい顔立ちをしている。髪型は黒のショートボブにゆるいパーマがかかっている。

 ミニスカートに薄いカーディガンを羽織っており全体的にふわふわした感じがする。

 癒し系と言う言葉が具現化したらきっとこんな感じだろう。


 オレンジジュースを口に含み一息つくと、

「本当に大丈夫?」

 と女の子が首をかしげながら聞いてきた。


「はい、もう大丈夫です。おかげさまで大分落ち着いてきました」


 可愛らしいしぐさに思わずドキッとしてしまった。


「何があったの?」


「いや、それが何か急にめまいと吐き気に襲われて、それに両手の指先がしびれてきたんです」


「両手の指先がしびれる……」


 女の子は一瞬顎に人差し指を当て考えるような動作をした後、

「もしかして、ふうちゃんから何か貰わなかった?」

 と言った。


「ふうちゃん?」


 誰だそいつ?


「あ、えっと傘をさしてレインコートを着ている白い髪の女の子」


「それってもしかして、レインメーカーのこと?」


「うん、そう!」


 呼び方からしてかなり親しげな感じがする。もしかして友達なのかな?


「ああ、食べ物を少し貰ったよ」


「あの子、気に入った子にはすぐ毒をもっちゃう癖があるの」


「嘘だろ! 恩人に毒盛るとかどういう神経してるんだよ!」


 ていうか毒盛る癖ってなんだよ……、危なすぎるだろ。


「本当はそんな悪い子じゃないの。許してあげて」


「まぁ過ぎたことだから別にいいですけど……、一応何とか生きてるし……」


「本当! すごく優しいね。あ、私白咲エルっていいます。よろしくね。君の名前も教えてほしいな」


「不知火灰斗っていいます。年は17歳です」


「そっかじゃあ私のほうがいっこ上だからお姉ちゃんだね」


 エルさんは控えめな胸を自慢げに張りながら、

「困ったことがあったら何でも言って! 私相談にのるから」

 と言った。


 ここにきて初めての優しさに触れ思わず涙が出てしまった。


「どうしたの!? 突然!」


「あ、いや違うんです。あまりにもエルさんが優しくってつい」


 初対面の相手にいきなり情けない姿を見せてしまった。


「そっか、大変だったね」


 エルさんは優しく声をかけ慰めてくれた。


「ありがとうございます。本当にエルさんに会えてよかったです」


「そう言われると何か私もうれしいな。後、私のことは気軽にエルって呼んで、それと敬語じゃなくていいよ」


「でも……」


「はい、お姉ちゃんの言うことはちゃんと聞く!」


 エルさんはめっとばかりに俺の頭を軽く小突いた後に、笑みを浮かべた。


「うん、わかったよ。エル」


「灰斗くんきっとお腹空いてるでしょ? 私が奢ってあげるから何か好きな物食べていいよ」


「いいの? さすがにそれはちょっと悪いって」


「大丈夫!」


 そう言ってエルは袖をまくり俺に自慢げに腕輪を見せつけてきた。


 腕輪には俺のスマイルより何個か桁が多かった。


「すげぇ、何でそんなにスマイルが貯まってんの?」


「細かいことは後々、とりあえず今はご飯だべよ! 私もお腹すいちゃった」


「それじゃあ、お言葉に甘えて」


 そう言って立ちあがった時、奥の席で一人でポツンと座っているメッキーと目があった。メッキーは俺と目が合うとすぐに視線をそらし食事に手をつけていった。


 あいついつも一人で食事しているのかな? ていうか今までのやりとり見られていたのか?

 何だか少し恥ずかしい。

 エルはパスタ、俺は牛丼を食べることにした。


「もう食べちゃったの? よっぽどお腹空いてたんだね。おかわりいる?」


「ううん、大丈夫もう満足だよ」


 本当は少し物足りないが、これ以上恩を着せるわけにはいかない。


「遠慮しなくてもいいのに」


「腹八分目くらいがちょうどいいんだって、それよりエルは何でこんなに俺に気をかけてくれるの?」


「んー、困ってたからじゃダメ?」


「それだけ?」


「うん、一番の理由はそれかな。それにふうちゃんを助けてくれたお礼でもあるの」


「え、あれ中継されてたのか。てか、ふうちゃんってあいつの名前なのか?」


「うん。この名前で呼ぶとちょっと機嫌悪くなっちゃうけどね」


「ふーん。当たり前だけどレインメーカーって名前じゃなかったんだな。それにしてもここって変なあだ名のやつが多いよな」


「そうかな? 私の知ってる限りじゃ3人しかいないけど……」


「それってもしかしてメッキー、ジャック、レインメーカーとかだったりするの?」


「うん。知ってるの?」


「メッキーとは部屋が一緒だし、ジャックってやつもゲームに参加する前にちょろっと話したんだ。レインメーカーには毒盛られるし……」


「マスター3人と話したことあるなんて灰斗くんって意外と交流関係広いんだね」


「いやそうでもないよ。俺が話したことあるのはその3人とエルくらいだよ。それよりマスターって何?」


「マスターっていうのはゲームのトップに君臨する人のことを言うの。メッキーさんはダンジョン、ジャックさんはバトル、ふうちゃんはボードを得意としていて、この三人に勝てる人は現状では一人もいないの」


 そういえばレインメーカーは何でダンジョンに参加していたんだろう?

 特別運動神経良さそうに見えないし、あいつにとっては専門外のゲームなんじゃないか?


「あいつら、そんなすごいやつだったのか」


「うん。すごいなんてものじゃないよ。この3人は他の人たちとは次元が違うよ」


「へー」


「そういえば灰斗くんは何でここに入ってきたの?」


「言っても信じてもらえないかもしれないけど、俺は無実だ」


「どういうこと?」


 俺はあの事件からここに来るまでの経過をエルに話した。


「それは災難だったね」


「えっ! 信じてくれるのか!?」


「当たり前だよ。灰斗くん全然悪い人に見えないし、それに聞いたことがあるの。汚職に手を染めた刑事が無実の人間を凶悪犯に仕立てあげてここに連れてくるって話」


「マジかよ。俺はまんまとハメられたわけか」


「たぶんね。ここにいる人のほとんどが本物の殺人鬼だけど、中には灰斗くんみたいな人も来るの」


 ここで一つ気になることがあった。しかし本人にはすごく聞きづらい。


「そのエルは――」


「言いたいことはわかるよ。私も殺人鬼なのかってことでしょ?」


「えとその……」


 そんなにはっきり言われてしまうと返答に困る。


「実はね私も灰斗くんと同じなんだ」


「本当に! 良かった」


 俺は心の底から安心した。こんな優しい人が殺人鬼であってほしくない。心の中で強くそう思っていたからだ。


「えへへ、私たち仲間だね」


 同じ境遇の仲間がいるだけでここまで心強いとは、なんだか少しだけ希望が見えてきたような気がする。


「うん! そういえばエル」


「何?」


 俺はここに来た時からずっと気になっていたことを聞いてみた。


「ここから脱出する方法ってあるのか?」


「ないことはないけど、普通の人には無理だと思うよ」


「どんな方法?」


「一億スマイル貯めればここから出る許可が貰えるの。でもそんなにスマイルを稼げるのは名前を持ってる人くらいしか無理だと思う。現実的に考えて私たちのような人間は到底無理だと思う」


「名前を持ってる人?」


「うん。さっき言ってた3人のゲームマスターのこと。あの人達くらい優れた能力を持つと熱狂的なファンが親しみを込めて二つ名をつけるの。それにゲームを楽しんでくれたファンから特別に多額のお金が寄付されるの」


「ファンって?」


「このゲームを楽しんでいる富豪のことだよ」


「ああなるほどね。しかしまいったな。このままじゃ一生ここで暮らすことになるのかよ。いっそのこと脱獄でもするしかないのか」


「それはきっと無理だよ。外に続く扉はいくつもの複雑なセキュリティがあって自由に出入りできるのはこの施設を管理しているごく一部の人だけなの。仮に開けられたとしてもこの施設から一定の距離を離れると、スマイルがゼロになる仕組みなの」


「はぁ、俺これからどうすればいいんだよ」


 あまりの救いのなさに思わずため息が出る。


「灰斗くん」


「何?」


「明日暇?」


 次のダンジョンまで後、一週間ある。それまでは何もやることがない。


「えーと、まぁ暇だよ」


 俺がそう答えるとエルの顔がぱぁと明るくなった。


「そう、良かった。ねぇ明日また会わない?」


「もちろん、それに俺もエルともっと話したいし」


 エルといると落ち着くし、今信用できるのはエルくらいだ。


「灰斗くんはこの後、どうするの?」


「特にやることもないし、部屋に戻るとするよ」


「メッキーさんのところ?」


「まあね、今は相部屋だし」


 俺がそう答えるとエルの表情が曇った。


「エル? どうかした?」


「いや、その私メッキーさん何か雰囲気が怖くて苦手なの」


「たしかに、気が強そうな一面はあるけど、話してみると案外普通だったよ」


「そうなんだ。……灰斗くんは何でメッキーさんがここに入ってきたか知ってる?」


「いや知らないけど……」


 さすがに、本人にここに来た理由を聞くのは少し抵抗があった。


「あのね……、私もただ噂で聞いただけだから本当かどうかわからなけど……」


 エルは少しためらっている様子だった。

 俺は黙って続きの言葉を待った。


「メッキーさん家族全員殺害してここに入ってきたらしいの」


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