最終話 命の仕掛け尽きるまで
目を開けると見覚えのある天井が視界に広がっていた。
ここに来たのは初めてじゃない気がする。前にも来たような気がする。
ああ、ダンジョンで怪我した時だ。
ここは医務室か。てことは俺。
体をゆっくりと起き上がらせると、腹部がズキンッと痛んだ。
「痛ッ!」
服をめくりお腹を見るとガーゼのような物が当てられていた。
俺は確かあの時、もう一人の芽衣に……
生きてたのか俺?
足元が何やら重たい。足元に視線を向けると芽衣が上半身だけ乗り出し俺の足元で寝ていた。
「灰斗くん、大丈夫!?」
エルの声が聞こえ正面を向くと、エル、ジャック、レインメーカーがいた。
「お前ら何でここに?」
「大変だっだぜ、ブラザー! たまたまお前の部屋の近く通りかかったら、血相変えたメッキーが血だらけのお前を抱えててな。慌てて二人で医務室にお前を運んだんだよ。でも夜中だから人が全然いなくってな。そしたら近くにいたそいつがよ」
ジャックが親指でエルを指した。
「何か騒がしいなって思って行ってみたら血だらけの灰斗くんが運ばれているのを見つけてね。慌ててふうちゃんを呼んできたの」
俺はレインメーカーの方を見た。
「不知火灰斗、心配はいらない。傷はそこまで深くない」
「もしかして、お前が俺を助けてくれたのか?」
「そうだよ。ふうちゃんは何でもできるんだから!」
何故かエルが即答した。そして何故か自慢げだ。
んんっと俺の足元で声が聞こえた。
「あっ! メッキーさん一晩中起きて灰斗くんのこと見守ってたんだよ。でも疲れて寝ちゃったみたい」
「芽衣が俺を?」
みんなの会話で目を覚ましたのか芽衣がゆっくりと顔をあげた。
あいかわらず朝が弱いのか、虚ろな目でぼーっとしている。口元からは少しよだれがこぼれている。
すると、芽衣は俺を視界に入れた瞬間、目に力強さが宿り俺の左頬を思いっきりビンタしてきた。
「いったぁぁぁぁ! ちょっお前いきなり何すんの? 言っとくけど俺今病み――」
芽衣の両目には今にも零れ落ちそうな大粒の涙がたまっていた。
思わず俺は言葉を失った。
突然の出来事に混乱した俺を見てジャックは「朝っぱらから激しいねぇ」と言っていた。
「もう勝手なことしないで!」
芽衣が俺の方を見て言った。
「へ? なんのこと?」
「どれだけ心配したと思ってるの? 本当に死んじゃうと思ったんだから……」
芽衣は零れ落ちそうな涙を拭いて俺の方を見た。
ぶっちゃけ俺も少し泣きたかった。
想像以上に力が込められていたのか、ぶたれた頬がすごく痛い。
「勝手なことって何のことだよ……」
「もう一人の私に会ったでしょ?」
「ああそのことか。そういえば、もう一人のお前はどうなったんだ! あの後のこと良く覚えてなくってさ」
「私が目を覚ました時には血だらけの灰斗が横たわってたわ。もう一人の私は……」
「もう一人の芽衣は?」
「私の中からいなくなったみたい」
「へ? どうしてそんなこと……」
「どう説明したらいいのかわからないけど、灰斗が刺された瞬間もう一人の自分と会ったの」
「会う? どうやって?」
身体が一つしかないのにもう一人の自分と会うなんておかしな話だ。
「何かよくわからない暗い場所であったの。そしたらもう何もしないって言ってしばらくしたら、いなくなったのよ。言葉では説明しづらいけど私の中にもう一人の自分がいなくなった感覚が確かにあったわ」
「そうか……」
もう一人の芽衣はいなくなってしまったのか。いやレインメーカーいわく一つに戻ったというべきか。
「海の底は暗くて寂しいからな。もし光が浴びたくなったら上がってこればいい。その時は出迎えてやる」
「灰斗何言ってるの?」
芽衣が不思議そうな顔で俺を見た。
「なんでもない。ただの独り言だ」
不思議そうな顔をする芽衣の片目に涙がこぼれていた。
芽衣は気づいてない様子だ。
俺の言葉はあいつに届いたのだろうか?
「芽衣、俺のことを心配してくれたのか?」
「えっ、まぁ……それはそうよ」
頬を赤く染めた芽衣が恥ずかしそうに顔をそらしながら言った。
「死んでほしくないと思ったか?」
芽衣は無言で頷いた。
俯いてその表情は良く見えない。
「俺も同じだ。芽衣に死んでほしくない。だからあんな馬鹿なこともう言わないでくれ。大切な人がいなくなってつらい気持ちはわかる。でも同じように芽衣のことを大切に思ってる人がいるんだ。だから簡単に死にたいなんて口にするな」
「……うん」
嗚咽交じりの声で芽衣が頷いた。
「熱いねぇブラザー、よくそんなセリフ口からポンポンでるもんだ。見てるこっちが恥ずかしいぜ」
「言わないでくれよ! ジャックのせいで今猛烈に恥ずかしくなってきたよ!」
ジャックが取り乱した俺の姿を見て笑い出した。
笑いが感染したのか室内が笑い声であふれていく。
レインメーカーの方を見ると少しだけ口元が笑ってるように見えた。
「灰斗いいの? せっかくここから出れるチャンスだったのに」
芽衣が俺の方を見て言った。
「何度も言わせるな。芽衣が無事なら今はそれでいい」
「そう、あなた本当に変わった人だわ」
なんかそのセリフ会うたび人に言われてる気がする。
「そうか?」
「そうよ」
「まぁ、芽衣の力をかりなくても、いつか必ずここを出てやるから心配はない」
「えらい自信ね、何か策でもあるの?」
「いやなにも」
「何それ?」
芽衣が呆れた様子で微笑んだ。
「なんとかなる気がするんだ」
今思い返せば、ここにきてから本当にひどいことばかりだ。
ダンジョンで大けがするわ。
助けた奴に毒盛られるわ。
唯一の心の支えだと思っていたエルには拷問されかけるわ。
エルを助けようとしてボコボコにされるわ。
もう一人の芽衣に殺されかけるわ。
肉体的にも、精神的にもボロボロだ。
本当にろくでもないことばかりだ。
もっと賢いやり方があったかもしれない。
ほかの選択肢もあったかもしれない。
でも、自分の選択に後悔はなかった。
エルとはやっぱ友達でいたいし、レインメーカーとも仲良くやっていけたらなと思う。毒盛られるのは簡便だけど……
芽衣の件もあったけど、ジャックはやっぱり根は悪いやつじゃないと思う。
芽衣も死なせずに済むことができた。
もう一人の芽衣は救うことができたのだろうか?
心残りがあるとしたらそれくらいだ。
もしまた会うことができたなら改めて話してみたいと思う。
はっきり言って、変な奴らばっかだと思う。きっと周りから見れば間違いだらけかもしれない。でも、すべて間違ってるわけじゃない。
みんな不器用だけど自分の選んだ道を信じて進んでいると思う。
何が正しいか何てわからない。
でも俺も自分の選んだ道が正しいと信じて前に進みたいと思う。
先のことなんて誰にも分からないし、これからもきっと大きな壁が目の前に立ちはだかるかもしれない。
ゴールにたどり着くまでいくつもの危険が自分に襲い掛かるかもしれない。
自分の武器は他の人に比べると大したものじゃないかもしれない。そもそも手ぶらかもしれない。
歩き方がへたくそでこけてばっかかもしれない。
満身創痍な身体を見て笑うものもいるかもしれない。
道の先は行き止まりかもしれない。
それでも俺は前に進みたいと思う。
どんなに無様だろうと自分で選んだ道だ。
なら、それを信じてしっかりと足跡を刻みつけてやる。
最後のその時まで。
命の仕掛けが尽きるまで精一杯抗ってやる。