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第31話 海の底に沈んだいつかの落し物

 暗い

 また海の底か……


 誰かいる?


 誰だ?


 暗い海のそこでかすかな光を帯びた人影が見えた。

 近づいてみると、俺だった。


 俺が憎しみのこもった表情で俺を睨みつけてくる。


「あなたが私の家族を殺したのね?」


 ああ、間違いない。

 こいつはもう一人の俺だ。

 何故ここにいる?

 ここは俺だけの牢獄だろ?


「ああ、そうだ」


「どうして、お父さんとお母さんを殺したの!?」


「それは……お前の命を脅かすからだ」


「わけのわからないこと言わないで! こんどは灰斗まで……」


 灰斗? 誰だそいつは?


「私の中から消えて!」


 強い拒絶だった。

 消える?

 どうやって消えればいい?

 俺が消えたら誰がお前を守るんだ?


「俺はもう必要ないのか?」


「そうよ! これ以上私の大切なものを奪わないで!」


 大切なものってなんだ?

 大切なものはこの身体じゃないのか?

 それより、大切なものがあるっていうのか?


「わかった。お前がそれを望むなら俺は何もしない」


「ここから出ってて!」


「……出口がわからないんだ」


 もう一人の俺が俺を睨みつけてくる。

 やめてくれ、そんな顔をしないでくれ。

 俺はただお前を守りたかっただけなんだ。

 俺の望みはただそれだけ……

 それだけ……


 突然胸の奥が痛んだ。

 あの時と一緒だ。

 もう一人の俺の写真を見た時と同じ感覚だ。

 なんだこの感覚は?

 そう思った瞬間、頭の奥から言葉が聞こえてきた。



――つらかったよな。嫌なこと全部一方的に押しつけられたんだろ。俺だったらとてもじゃないが耐えられない



――やり方は最低だけど、お前は良く頑張ったよ。全部芽衣のため何だろ?



――でも、あんまり頑張ってばっかだとお前ももたないぞ



――疲れただろ、もうゆっくり休んでいい



――もしつらいことがあったら俺に言ってくれ。いつでも相談にのるか……ら……さ



 あの時の変な奴の言葉?

 この言葉を聞いていると不思議と胸の奥が温かくなった。

 暗く冷たい海の底に存在する温かさは心地が良かった。

 これに似たようなものをいつか見た気がする。


 わかった。

 もう一人の俺の家族の写真だ。

 でも、その温かさが宿った光は俺には届くことはなかった。


 何故だ?

 俺が暗い海の底にいるから?


 いや違う、もう一人の俺が光を一人いじめしたからだ。

 そうか。

 気づかなかった。

 俺はもう一人の俺を守りたいと思うと同時に心の奥底でどこか憎んでいたのかもしれない。


 光を一人いじめするあいつが許せなかったんだ。

 だから、命令を無視して光を遮ってしまったんだ。

 知らなかった。


 あの変なやつに会ってしまったせいで余計なことに気づいてしまった。

 暗い海の底の小さな光はまぶしすぎて目を背けたくなる。

 でも、触れてみたかった。


 俺は……

――きっと一度でもいいから光を浴びてみたかったんだ。


 でも、それは叶わない。もう一人の俺がそれを望まないから。

 熱を持った言葉が全身に広がり俺を包んでいく。

 熱が俺の身体を少しずつ溶かしていく。

 体が少しずつ薄くなっていた。

 俺はやっとここら出れるのか?


 良かった。

 これでやっと恐怖と不安に満ちたここから解放される。


「出口見つかったよ……、俺はもうここから出るよ」


 もう一人の俺に話しかけた。

 返事は帰ってこなかった。

 当たり前か。

 大切な光を奪ったんだから。

 せめて消える前に伝えなきゃ。


「すまなかった、本当は――」


 だめだ、言葉が続かない。

 もう時間がないのか……

 俺の身体は溶け光の中に吸い込まれていく。

 やっと暗い海の底から解放される。


 光に吸い込まれ触れた瞬間初めて気がついた。

 ああ、道理で手を伸ばしても届かなかったわけだ。

 あの小さな光はずっと内側にあったんだ。

 あの光は俺だったのか。

 俺はそこから零れ落ちたんだ。


 やっと一つに戻れる。

 お前は俺で俺はお前だったのか


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