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第29話 攻撃的衝動の正体

 たしかエルの隣の部屋だって言ってたな。扉をノックしてみる。少し待ったが返事は何もない。


「くそ! どうでもいい時に会えるくせに、何で肝心な時にいないんだよ! もしかしてこの部屋じゃないのか、でもあの時――」


「不知火灰斗、何私の部屋の前でぶつぶつと呟いている」


 後ろから無機質な声で話しかけられた。

 振り向くと、黒いレインコートに身を包み黒い傘をさしている、白髪の少女がいた。


「ちょうどいいところに! お前を探してたんだレインメーカー」


「私に何か用か?」


「えーと実は――」


「不知火灰斗、長い話なら中で聞こう。ひとまず私の部屋に入りたまえ」


「よく話が長くなるってわかったな」


「不知火灰斗の顔にそう書いてあったからな」


 レインメーカーの部屋は殺風景で生活品も必要最低限という感じだった。

 奥の部屋には棚にずらっと難しそうな本や大小様々な大きさのビンがあった。ビンには薬剤名らしきラベルが貼られている。


 レインメーカーはテーブルの近くにあるイスにちょこんと座りこんだ。

 イスは一つしかないため俺はその辺の地べたに座り込んだ。


「不知火灰斗、この間の薬物はどうだった?」


「味覚がなくなったよ」


「それだけか?」


「ああ」


「そうか、つまらんな」


 俺はおかげでひどい目にあったけどね。でも今はそんなことはどうでもいい。


「それでレインメーカーさっきの話なんだけど――」


「不知火灰斗わかってると思うが情報を得るにはそれなりの対価が必要だ。情報量に見合った対価を支払う覚悟はできているのかね?」


「ああ、もしレインメーカーの情報で解決の糸口が見つかったら、一生お前のモルモットになってやる!」


「面白い、話してみたまえ」


 俺はレインメーカーに芽衣の二重人格のこと、試合で起きたこと、過去の話、DVDの内容など俺が知りうる限りのことをすべて話した。


「本人にとって堪えれれない状況や精神的苦痛が最大に達した時、その時期の感情や記憶を切り離して思い出させなくすることで心を守る働きがある」


 芽衣は確か子供の頃の記憶がところどころ抜けていて覚えてない部分があると言っていた。

 それが二重人格と関係するのか?


「しかし、それは一過性のものだ。根源となるストレスを取り除けば問題は解決される。だがストレスが慢性的にに続いた場合、その時に切り離した感情や記憶が成長して別の人格となって現れる場合がある。それを解離性同一性障害と言うんだ。いわゆる二重人格という奴だ。メッキーの過去に何があったかは知らないが幼少のころに受けた強いストレスが原因でもう一つの人格が出現したと考えられる」


「切り離した感情と記憶が成長する? もう一つの人格は芽衣とは全くの別人じゃないのか?」


「もう一つの人格が突然身体に宿ることはない。あたかも独立した人格に見えても、それは結局は切り離された自分自身だ」


「それじゃあ、芽衣の中には人を殺めるほどの残虐な一面があるってことか?」


「一概には言えない。私はメッキー個人の気質を把握しているわけではないし、不知火灰斗の断片的な情報からだと明確な答えは示すことはできない」


 芽衣の中に残虐な一面があるなんて信じられない。

 あいつは、罪悪感と人に迷惑をかけたくない理由で死にたいと言うような奴だ。

 そんな心優しい芽衣の中に悪魔がいるなんて考えたくない。


「それじゃあ……」


「不知火灰斗、お前はメッキーは本質的には優しい人間で残虐な一面はないと考えている。そうだな?」


「ああ」


「なら、それを踏まえたうえで私なりの見解を述べる。これはあくまで推測だ。すべてを信じる必要はない。不知火灰斗、攻撃的な衝動の原因はなんだと思う?」


 攻撃的な衝動の原因?

 そんなこと深く考えたことない。


「自分の思い通りにいかなかったり、何か嫌なことをされて怒った時とか?」


「原因の一つとしては考えられる。しかしそれが原因で殺害に至るとは考えにくい。不知火灰斗、異常なまでの攻撃性の正体それは過剰なまでの防衛反応だ」


「身を守るって意味か? もう少しわかりやすく教えてくれ」


「人とは利己的な生き物だ。自分に危害が加われば牙をむく。もし自分に向けられた牙が命に届くものだとしたら、人はどんな手を使っても自分を守ろうとする。たとえそれが相手の命を奪う手段だとしてもだ」


「自分の身を守るために人を殺すってのか?」


 いくらなんでも短絡的すぎる気がする。


「そうだ。しかしまともな人間なら超自我が働くため、そこまで極端な結論に達することはない」


「超自我?」


「心に潜む裁判官のようなものだ。わき上がった負の感情を道徳や良心で抑え込もうとする働きのことだ」


 なるほど、良心みたいなものか。


「レインメーカーは芽衣のもう一人の人格が攻撃的なのは身を守るためだって言いたいのか?」


「そのとおりだ」


「でも、いくらなんでも人を殺すまで……、それに芽衣は強い人間だ。そんなことしなくても」


「不知火灰斗のよく知るメッキーはそうかもしれない。しかしもう一人の方はどうだろうな。切り離された不安や恐怖の感情はなにより強い防衛反応となり獰猛な牙へと変化をとげる。その負の感情の塊が未熟な自我を形成した場合ありえない話ではないと思うがな」


「だったら、どうすればいい? どうすればそいつを止めることができる?」


「人格をひとつに戻す。それしか方法はない」


「そんなことできるのか? どうやって?」


「単純だ。その人格が持つ不安、不信と言った負の感情を和らげ安心感を与えてやればいい。必ずしもうまくいくとは限らないがな」


「……負の感情を和らげる」


 もう一人の芽衣が抱えているもの……


「納得のいく答えを見つけることはできたかね」


「ああ、なんとなく」


「どれ、不知火灰斗その答えを私に聞かせてくれないか。少しばかり興味がある」


 俺は思っていること、これからの作戦について全部レインメーカーに話した。


「どうだ? これでうまくいくと思うか?」


「フフッ」


 最初はそれがレインメーカーの口から漏れ出たものだとは思わなかった。

 レインメーカーは必死に何かを堪えようと口元を両手で覆っていた。


「プフッ、ふふっふ、あはははっ!」


 堪えきれなくなったレインメーカーは口を大きく開け無邪気に笑っていた。

 その表情は年相応な幼い子供にしか見なかった。


 初めて見せるレインメーカーの人間らしい顔に驚き俺は一瞬言葉を失った。


「不知火灰斗お前は本当に愉快なやつだ。生物として何もかも間違ってる。ここにいる誰よりも異常だ」


「な、なんだよ。俺なんかおかしいこと言ったか?」


「ふははは、当たり前じゃないか。どうしてそんな確証もないことを信じる? どうしてそんな非合理的な判断をする? 何故不合理に身をゆだねる? 何一つ理解できない。だが非常に愉快だ。ひさしぶりだこんな気持ちは」


「別にいいだろ。俺の勝手だ! それよりどうなんだ? なんとかなる可能性はあるのか?」


 気がつけばレインメーカーはいつもの無表情に戻っていた。


「可能性としてはゼロではない。成功率は限りなく低いと思うがね。不知火灰斗お前はせっかくのチャンスを棒に振り、リスクに身を犯す。その理由はなんだ?」


 ここから、出る方法何てまた考えればいい。

 リスクだってあるかもしれない。でもそんなの言い訳にしてたらいつまでたっても前に進めない。

 答えは決まってる。


「俺が正しいと思ったからだ」


 それしかない。こまかい理由なんてどうでもいいい。

 俺がそうしたいと思ったからそれに従うだけの話だ。


「そうか。不知火灰斗、情報量の対価の話だがあれはなかったことにしていい」


「いいのか?」


「ああ、愉快な思いをさせてもらったからね。それにもう不知火灰斗と会うことはないかもしれない」


「どういう意味だよ?」


「猛獣の檻の中に入って生きて出られる人間がいるとは思えない」


「言ったな。その言葉後悔させてやる。必ず生きてお前の前に姿を見せてやる」


「面白い少しお前にかけてみたくなった。聞け不知火灰斗――」


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