第25話 身に覚えのない感触
ジャックがいなくなってから、2時間ほどたった後、芽衣は目を覚ました。
「芽衣! 目を覚ましたか、大丈夫か?」
「灰斗?」
芽衣がぼんやりした目で俺を見つめている。
「そうだ……、私――」
芽衣が突然動き出そうとしたが、傷がまだ癒えてないためかすぐにおとなしくなった。
「おいおい無理するな、まだ病み上がりなんだから」
「試合はどうなったの! あいつは!?」
「二人とも倒れて試合は中止だ」
「あいつだけは絶対に……」
「落ち着け、その体じゃどっちにしろ無理だ! それより芽衣」
「何?」
「あの時の試合のこと覚えてるか?」
「当たり前じゃない。私はあいつの攻撃を受けきれなくてそのあと……、私は気絶した?」
「……ジャックを一方的に追い詰めたことは覚えてないのか?」
芽衣は怪訝な顔をしながら俺を見た。
「追い詰めた? 悔しいけど、追い詰められていたのは私の方よ。攻撃がまるで当たらなかったわ……」
「本当に何も覚えてないのか?」
まさかジャックの言うとおり本当に芽衣の中には……
「何が言いたいの灰斗? 私のことは私が良く知ってるわ」
「俺は芽衣とジャックの試合を見てたけど、後半は芽衣がジャックを一方的に追い詰めてた。肩に思いっきりナイフで突いたこと覚えていないのか?」
「何それ? そんなの知らないわ? 私はジャックに一方的に……」
あれだけの出来事を覚えてない? それじゃあやっぱりジャックの言うとおり芽衣の中には本当にもう一つの人格が存在するのか?
「芽衣、突然記憶が飛んで何ていうか自分じゃない誰かが乗り移ったみたいな経験はないか?」
「あるわけないじゃない。さっきから何が言いたいの?」
人格が入れ替わった自覚はないのか。
「芽衣、昔家族をジャックに殺されたって言ってたけど、ジャックが家族を殺す瞬間を見たか?」
「見てないわ。目が覚めた時は全員殺されてたもの……」
「さっきジャックが言ってたんだ。芽衣の家族を殺したのは俺じゃないって」
「あなたはジャックの言うことを信じるの?」
芽衣が力強い視線で俺を睨みつけてくる。
「違う、勘違いしないでくれ。ただジャックが少し気になることを言ってたんだ」
「何よ、気になることって?」
「ジャックは芽衣の中にもう一つ人格があるって言ってたんだ。そしてそのもう一つの人格が芽衣の家族を殺したって言ったんだ」
「何それ、馬鹿にしてるの? そんな言い訳信じるわけないじゃない! 見苦しいにもほどがあるわ!」
「だから落ち着けって、傷に響くぞ。俺だって100%信用したわけじゃない。でも芽衣はあの時何も覚えてなかったんだろ? だったらあれは誰なんだって話だ?」
「灰斗、適当なこと言って私をあいつと戦わせないつもり?」
「違う。あれは本当だ! 何なら周りの奴らに聞いてみればいい。芽衣は間違いなく一方的にジャックを追い詰めていた」
芽衣は少しイライラした様子だった。
「あなたもしかしてジャックの肩を持つつもり?」
「違う、俺は芽衣の味方だ。これだけは本当だ。信じてくれ」
「どうだか……、その右手に持ってるのは何?」
芽衣が俺が持っていたDVDケースを睨みつけ言った。
「ああ、これはついさっきジャックから渡されたんだ。芽衣のもう一人の人格が映っているって言ってた」
帰り際にジャックが言ってた。これは芽衣が家族を殺害した時の屋敷の防犯カメラの映像だって。
もし、ジャックの言っていたことすべてが事実なら芽衣に見せるわけにはいかない気がする。
あまりにもショッキングすぎる。
「いいわ。口車にのってあげる。しっかりとこの目で確認してやるわ!」
「お前本当に良いのか? 万が一ジャックの言ってることが本当なら……」
「ハッタリに決まってるじゃない!」
芽衣は俺の右手からDVDを奪うとパソコンにDVDを入れ再生した。
再生をクリックしてしばらくすると、屋敷内のリビングらしき場所で芽衣の両親らしき人物が話し合いをしてるところから始まった。
「……嘘、これって私の家の防犯カメラの映像じゃない。何で……」
芽衣は驚きを隠せない様子で映像を見ていた。
両親の会話を聞いていた芽衣の顔がだんだんと青ざめていく。
一言も発さず、映像を見つめている。
両親の会話は驚きの内容だった。
芽衣の父親らしき人物が芽衣が人を殺した現場を見たと言っていた。
それに、芽衣は他にも何人か殺しているかもしれないとのことだった。
その事実を重く受け止めた父親は世間に事実が露呈し親戚とその周りの人々に迷惑をかけないためにも芽衣を殺し屋に始末してもらうというとんでもない内容だった。
ちらっと芽衣のほうに視線を向けると、手が震え冷や汗をかいていた。
しばらくした後、画面の端から芽衣がゆっくりと歩いてきた。
すると、芽衣は持っていたナイフで父親と母親に次々と手をかけていた。
「嘘……、何これ、こんなの私じゃ……」
芽衣が両親を殺害した後、画面の端から芽衣の弟らしき人物が現れ、父と母親に駆け寄り混乱していた。
そして芽衣に近づいた弟は……
俺は慌ててDVDを消した。
これ以上芽衣に見せるべきじゃない。
「嘘だ……、嘘だ……、こんなの……こんなの私じゃない! 全部嘘だ!」
芽衣は近くにあったパソコンを地面に叩きつけ破壊した。
破壊衝動は収まらず、周りある物すべてに当たり散らした。
「馬鹿、落ち着け!」
俺は暴れる芽衣を押さえつけたが、振り払われ突き飛ばされた。
バランスを崩した俺は近くにあったイスごと転倒した。
「こんなの嘘だ! 私が大切な家族を殺したなんて信じられない! そんなわけあるか! どうして、どうして……うっうっ……うあああああああああああああああああああッ、頭から離れろ!」
芽衣は自分の頭を力強く抑えながら何かを振るい落とすように頭を振っていた。
感情を爆発させた芽衣はしばらくすると、電池が切れたようにゆっくりと床に膝をつき泣きじゃくっていた。
「うっ……、私じゃない。なのに何で……」
「芽衣……」
芽衣はしばらくの間ずっと泣きじゃくっていた。
かけるべき言葉が見つからず俺はただただ芽衣のそばで見守ることしかできなかった。
しばらくすると、芽衣はゆっくりと立ち上がり俺の方を見た。
「灰斗」
「……何だ?」
虚ろな目をしていつもの力強さはかけらも感じられない。
「私とバトルして」
「は? お前急に何言ってるんだ?」
「約束よ。刺青の人を見つけたらここから、あなたを出してあげるって言ったでしょ。私にバトルを挑んで私を殺して。そうすれば私のスマイルでここから出ることができるわ」
俺をここら出す方法ってそんなくだらない事だったてのかよ!
「ふざけんな! そんなのできるわけないだろ」
「やっぱり、灰斗ならそう言うと思った。私のことなら気にしないで。私は復讐のためだけに生きてきた。目的が果たされたなら別に生きるつもりはなかったわ」
「死ぬなんて簡単に口にするな! それにお前はまだ目的を……」
「目的ならもういいの。ジャックが言ったとおり私の中に本当に殺人鬼がいるみたい。あの映像初めて見たはずなのに、何故か知っている気がしたの。それにその時の生々しい感触が何故か頭の中に残ってるの。きっと私が覚えてないだけで家族を殺したんだ」
芽衣の表情はどんどん沈んでいく。
「ほんと馬鹿みたいだよね……、ずっと探してた復讐の相手が私だったなんて……、私が自分で大切なものを壊したのに、本当に馬鹿みたい……」
芽衣は震える声でボロボロと大粒の涙をこぼした。
「灰斗お願い私を殺して」
「……お前何馬鹿なこと言ってんだよ」
「優しい灰斗のことだから、断るんじゃないかと思ってた。でもねこれは灰斗を助けるために言ってるわけじゃないの。私はもう生きるのに疲れたの。だからお願い私を殺して。私はどっちにしろいつか死ぬわ。だったらせめて最後くらい人の力になりたい。それにこのままだともう一人の私がまた悪さをするかもしれない。周りに迷惑をかけるくらいなら死んだ方がましだわ……」
「やめろ! 馬鹿なこと言うな! これ以上聞きたくない!」
「返事待ってるわ。明日闘技場で会いましょう」
そう言い残すと、芽衣はどこかへと行ってしまった。
「待てよ! どこ行くんだ!」
芽衣は俺の問いかけを無視して部屋を出て行ってしまった。