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未来のVRMMO

作者:

 目を開けると、ミストの目の前に飛び込んできたのは大理石のだだっ広いリングだ。周りは暗紫色の空間に覆われていて、左上の中央には102という数字が表示されている。


(ここが特別ステージか)


 飾り気のない空間を見回して、今度はインベントリを開く。


(使う物はWスタンガードにバインドトラップ、要は戒めの腕輪だな……)


 使用武具を決めるとミストは目を閉じてふう、と息を吐いた。事が始まる前の高揚感を鎮めるためだ。なんたって今から重要なイベントが始まるのだから――。




 ミストが今プレイしているのは、BloodymadmanというPVP主体のVRMMOだ。サービス開始から六ヶ月が経過した。これでもそこそこ長寿のMMOである。

 

 クラスは6種類あるうちからトリックスターを選んだ。全種類の武器防具やアイテムを扱える。そして火力に乏しい器用貧乏と言われていた。まあつまりは残念職である。

 しかしそれでもミストは武具の特性を最大限に生かして、PVP大会で見事優勝を修めた。今日は優勝のご褒美として、GM(ゲームマスター)と直接対決が出来るのだ。


「優勝おめでとう、ミストさん」


 (はや)る胸を抑えて待っていると、可愛らしい声が聞こえてきたので、ミストはゆっくりと目を開けた。

 目の前には少女が立っていた。小柄で赤髪のポニーテール。目はクリッとしているが、少し釣り目で勝気そうな印象を受ける。そして彼女の頭の上には、GMブラッディマリーと表示されていた。


「まさかトリックスターが優勝するだなんて思ってなかったよ。絶対アサシンが来るって思ってたのに」


 アサシンはPVP最強といわれているクラスであり、人気も高い。事実、PVP大会では半数がアサシンだった。そして彼女もアサシンである。


「何度か冷や冷やしましたけど、どうにかここまで来ましたよ。あなたに会うためにね」

「それは嬉しいな。ここまで来たからには、是非私に勝ってね。そうしたらもっと素晴らしいプレゼントがあるんだから」


 ミストは微笑んだだけで、何も答えなかった。GMは少し怪訝そうな顔をして首を傾げる。


 きっと彼女は頑張ります、とか楽しみにしています、なんて言葉が返ってくることを期待していたのかもしれない。


「まあ、とにかく頑張って。この試合にはみんな興味津々みたいだから」


 GMが左上を顎でしゃくる。誘導されるように見上げれば、左上の数字は217と倍に跳ね上がっていた。あれはこの試合の閲覧者数なのだ。


「それじゃあ始めましょうか」


 そう言うと、GMは短刀を手に取り構えた。ミストもそれに倣って、腰のポーチに手を添える。すると二人の間にカウントダウンの数字が表示された。


 3、2、1、0――!


 開始と同時にGMが動き出す。素早さではアサシンには叶わない。当然初手はGMに取られた。


 いつの間にかGMは背後に回っていた。短刀の刀身がミストの背に食い込む。アサシン固有のスキル、アサルトショットだ。ミストは容易く吹っ飛び、HPは一気に半分以下まで削られた。


 これでコンボを決められてしまえば一瞬にして終わるだろう。だがそうはならなかった。GMの動きが止まってしまったのだ。


 これも身に付けていたWスタンガードのお蔭である。スタンをガードし、直接攻撃を与えた相手にもスタンを与えるという防具なのだ。但し効果は戦闘毎に一回きりだが。


 現実ではありえない速度でミストの身体が動く。風を切るような動作と浮遊感。はっきり言って凄く気持ちがいい。


 この感覚、夢中になるのも分かる。


 なんてゲーム開始当初は思ったものだ。しかしそれも今日で終わり。ミストの目的はこの大会でGMと直接対決することであった。でも勝ち負けには興味がない。ただ彼女とこうして接触することが出来れば良かったのだ。


 ミストはポーチの中から二つの玉を取り出し、彼女の足元に投げつけた。玉がべちゃりと潰れ、彼女の足に纏わりつく。バインドトラップだ。これで五秒は動きを止められる。そしてミストはすかさずGMの元まで駆け寄り、今度は彼女の左手に己の右手を繋いだ。

 

 するとミストの右手に付けられた腕輪がガシャガシャと伸び出した。そしてそれはGMの左手までをも覆う。パイプのように連結されてしまった二人の手を見て、GMがくすりと笑った。


「戒めの腕輪って。しかもこの使い方、自殺行為じゃない?」


 戒めの腕輪は相手も動けなくなるが、自分も動けなくなるという扱いどころが難しいアイテムだ。戦争で用いられるが、1対1のPVPで用いることなんてあり得ない。しかも今ミストが拘束しているのは片手だけ。つまりGMは右手を動かせる状態なのだ。これでは明らかにミストの方が分が悪い。


 しかしミストの狙いはこれだったのだ。


「そうでもないんです。実はこれ特別製でして」

「は? え? 動けない……!?」


 怪訝に顰められたGMの顔がすぐさまハッとした表情に変わる。そして彼女の眼前に表示される『ログアウトエラー』という表示。


 みるみるうちに焦り始めた彼女を見て、ミストは明るく笑った。


「無駄ですよー。これで繋いだらログアウトできないようになってるんで」


 これは戒めの腕輪に見せかけて、技術課に特別に作ってもらった手錠である。これで繋いだ相手からの情報を読み取ることもできるのだ。


「えーと、現在地は東京都S区大和町3-789-10 エールタワー2Fか。ということで、しばらくそのままでお待ちくださいね。ウチの者がすぐ行きますんで」

「勘弁して。見逃してよ。あんただって楽しんでたでしょ?」

「まあちょっとは。でも人の肉を切り裂く感覚まで再現してしまうのはいただけませんね。何よりこれ無認可のMMOでしょ? 犯罪ですから」

「クソッたれのCP(サイバーポリス)め」


 可愛い顔を歪めてGMが吐き捨てる。しかしこんなものはCPをやっている以上慣れっこだ。


「はは、すんませんね。これも仕事なんで」


 ちらと左上を見ると、閲覧者数は相も変わらず増えている。多分今彼らが見ている映像は技術課が差し替えてくれているはずだ。


(しかし多いな。違法のMMOでも一度快感を知っちゃうとやっぱやめられないのか。言うなれば現代の麻薬か)


 GMの可愛らしい口から発せられる罵詈雑言を浴びながら、ミストはしばらく増え続ける数字を何とも言えない気持ちで眺めていた。



 

 



「はー、終わった」


 ミストこと霧山は、VR用のヘッドギアを取り外して、無造作にデスクの上に放り投げた。


 霧山の仕事は、違法なVRソフトウェアを取り締まる事である。今日も今日とて、違法VRMMOの摘発に勤しんでいたのだ。


 以前は外から監視し、追跡するのが主だったが、最近では実際にVRソフトウェアに潜入することも増えてきた。今回は三か月の長期捜査。楽しかったという気持ちもないではないが、対人戦が主であり切り裂き、貫く感触や血の匂いがリアルすぎるため気色悪いという思いの方が強かった。ようやく解放されてやれやれである。


「お疲れさん。でもまだまだ次があるぞ」


 先輩の持田が分厚い資料をデスクの上に放って寄越したので、霧山は渋面を作って見せた。


「今度は快楽系のソフトウェア」

「おっ」


 現金なもので、霧山の顔が喜びに染まる。


「但し、男だらけの」

「おぅ……」


 そして今度は吐きそうな顔をした。


「まあ情報見る限りじゃ、中まで入る必要はなさそうだが」


 霧山はほっと胸を撫で下ろした。そんな所に入ったらそれこそ精神が犯されてしまう。危険すぎるVRなんてまっぴらごめんだ。


「とりあえずお前はこっちの簡単な方をやっとけよ。VRダイブから戻って来たばっかりだしな」

「なら休憩させて欲しいですね」

「これ終わったらな」


 仕事は違法VR捜査だけではない。VRの正しい使用方法、危険性、プレイするにあたっての注意点を説明するVR安全教室というのもやらなければならなかった。

 持田が霧山に言いつけたのは、そのための資料作成である。対象は今度VR学習が始まる小学生に向けてだ。


(文章考えるの苦手なんだよなあ。小学生向けに書けって? 難しすぎるだろ……)


 霧山は眉根を寄せて、キーを打ち始めた。



 2038年から2069年の今日に至るまで、VR技術は目覚ましい発展を遂げました。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚といった人間の五感を極限まで追求し、ついにそれらの再現性は現実と変わらないほどにまで達したのです。


 しかしそれは”仮想現実依存症”という精神疾患を生み出すきっかけでもありました。


 ”仮想現実依存症”は様々な社会問題を引き起こしました。


 長期ログインによる衰弱死、引きこもりの増加、コミュニケーション能力の低下、少子化の急増、そして犯罪率の増加(虚構と現実の区別がつかなくなり、犯罪を犯すことに躊躇いを覚えなくなってしまったのです。

 

 この結果、VR規制法という法律が作られ、VR技術は教育ソフトウェアや厳しい審査をクリアしたソフトにのみに使用が許可されるようになりました。


 皆さん、VR技術は法律を守って正しく使用しましょうね。またソフトウェアを使用する場合は、決められた時間を守りましょう。


 そして違法なソフトウェアを発見した場合は、速やかにVR犯罪対策課までご連絡を!


 



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