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蒼いクロメ

作者: RAMネコ

 綺麗だ。

 今日、転校生がやってきた。

 男子の心がとぎまぎする。

 男ではない帰国子女。

 黒い髪に蒼い瞳。

 身長は176cmくらい。

 けっこう背が高い。

 

──で、あるが、美人だ。

 

 それが。

 自己紹介をする転校生をみた、平野健太の印象だった。

 健太は、その外人転校生がどこに座るのか知っていた。

 彼の隣に、昨日まではなかった、今まで誰のものでもなかった机がある。 

 

──パチパチパチ。


 乾いた拍手。

 自己紹介が終わり、黒板にチョークで転校生の名前が残った。

『柏木クローメ』

 クローメ。

 日本人名ではない、外人ぽい。

 健太はそんなことを考えながら、少し、胸が高なる。

 緊張していた。

 転校生の外人サン。

 それも美人。

 クローメは自己紹介のとき、ただたどしいながら、日本語で話した。

 日本語で知ってるのは、少しだけとも。


「……」


 健太の心臓は、鼓動を隠しきれているのか怪しくなってきた。

 クローメの足音が近づく。

 顔を上げ、表情をうかがうことはできなかった。

 照れたのだ。

 隣の席なのだから、話しかけたほうが良いのだろうか。

 でも、何と?


──ぐるぐるぐるぐるぐる。

 

 頭の中では、様々なことが浮かんでは沈む。

 結論は出なかった。


──ギィ。

 

 隣の椅子が引かれた。


「ヨロシク?」


 なんとも、たどたどしいカタコトの日本語。

 だがしかしイントネーションを気にしなければ、はっきりと、何を言っているのかわかった。

 チラリと、ながし見た。

 握手のためだろう。

 クローメが、左手を差し出していた。

 握手。

 そういう行為が日常というのは、外国ドラマか外国映画でしか知らない。


「よ、よろしく」


 しかし、知ってはいた。

 健太は、声をうわずらせながらも、少しだけ汗ばんだ手で、クローメの手を握り返す。

 緊張からの汗は、健太の体温を下げていく。

 



 時間。

 昨日という一日。

 今日という一日。

 健太にとっては、昨日が今日といっても、そして明日も変わらないだろう。

 

 ──しかし。

 

 やはり今日は、転校生のクローメがやってきたぶん、昨日と違う一日だ。

 

「……」


 ぼんやりとした頭のまま、刻をすごす健太。

 何も変わらない。

 授業を聞き、ノートへ書き込む。

 学校とはそんな場所だ。

 健太にとっては。


「……」


 チラリ、と隣を盗み見た。

 隣席のクローメだ。

 転校初日の彼女は、人気アイドルのごとしであった。

 休み時間のたびにつどう人の群れ。

 健太が僅かにでも席をはずそうものならば、クローメに会いに来た男女によって、彼の居場所は占拠される。

 居場所は公共の場なのだ。


──しかし。


 それも、また次と休み時間がやってくるたびに、人の群れは減っていく。

 終業。

 放課後には、誰一人としていなくなる。

 窓からは、夕焼けの斜陽が差し込む。

 じきに夜がくるだろう。

 それでも。

 健太の隣席、新しいクラスメートは何をするわけでもなく、まだ残っていた。

 健太には、教室に鍵をかけ、鍵を職員室へ返す役がある。

 クローメが帰らねば、健太も帰れない。

 そろそろ帰りたいな。

 そんなことを考えながら、健太が転校生クローメをどこか邪険にしていたときだ。

 

「あの」

「──えっ!? あっ、はい」


 クローメが話かけてきた。

 健太は、よこしまなことを考えていた相手から声をかけられ、少し声がうわずる。

 クローメの流暢な日本語。

 いや、日本語が堪能なのは知っていた。

 授業中。

 昼食中。

 小休止中。

 クローメを珍獣のように扱うクラスメイト諸君との問答で知っていた。

 知っていた。

 

──しかし。

 

「?」


 クローメの蒼い瞳。

 クローメの、日本人離れした骨格。

 日本人とは違う見た目で、日本人と変わらぬ日本語を話すのは、違和感だった。

 

「帰らないのですか?」とクローメ。

 健太は教室の鍵当番であることを話す。

 クローメが教室をでていきしだい、鍵を閉めて帰ることも。

 それを聞いたクローメは、難儀な表情を浮かべた。

 今だに、クローメが教室をでる気配はない。


「クローメさんこそ──」

「え?」

「──早く帰らないんですか? 誰もいない教室で、何もしていないようすけど」

「宿題をやる予定なんです。家ではついつい、サボっちゃいますので」

「あー、わかります、それ」

「……」

「本当です」

「鍵、ワタシがかけておきますよ?」

「いえ。これがボクの仕事ですので」

「……そうですか。では、キミはいつ帰るつもりですか?」

「クローメさんの宿題が終わり次第ですね」

「そうですよね」


 ガサゴソと。

 隣席にいたクローメは、カバンの中から、宿題として配布されたプリントを取り出す。

 化学だ。

 分子式がビッシリ。

 文字の絵。


「……」


──カリカリ。

──カッカッカッ。

──カタッ。

──シュッ。


 健太の隣からの音。


「……」


 ときおり、チラチラと視線がさまようクローメ。

 宿題から意識が散っている。

 集中しきれていない。

 健太は鈍感な男にあらず。

 クローメが、本当に宿題をやるために、教室へ居残りしているわけではないことを察していた。

 ただ、居残る理由まではわからない。

 心が読めるわけではないのだ。


「健太さん、でしたよね?」

「よくボクの名前を覚えていましたね、クローメさん」

「あっ、ニッポン人て下の名前を呼ばれるの嫌がるんですよね。大丈夫でしたか? ワタシは、クローメが呼ばれたいです」

「健太でお願いします」

「では、そういうことで」


 クローメはよく話す。

 彼女が話たいよいうよりは、無理にひねりだすかのように。

 そんなクローメの話を健太は半分聞き流し、しかし半分は聞いていた。

 

「好きな食べ物はありますか?」

「マグロが好きです」

「ワタシはヨーカイが好きです」

「妖怪は食べ物ではありません」

「好きなものです。健太はヨーカイ嫌いですか?」

「……嫌いではないです」

「ワタシ、ニンジャサムライも好きですよ」

「…………そうなんですか」

「でも一番好きなのはカイジューです。カイジュー映画大好きです」

「例えばどんな映画ですか」

「ロボットアニメですね」

「怪獣関係あるんですか?」


 映画の話になると、健太の心は少し揺らぐ。

 家に帰って、録画してある映画が溜まっているのだ。

 さっさと消費したい。

 その為にも、早くクローメには帰ってもらいたいと、健太は考えていた。

 

「クローメさん。ボク、早く帰らしてくださいね。だからさっさと立ち上がって帰りましょうよ。ゴー・ア・ホーム」


 けっこうキツめな発言であった。


「無理です!」とクローメはキッパリ否定。

……何がクローメにそこまで言わせるのやら。

 けっこうな謎である。

 お漏らしでもしたのだろうか。

 そんなことよりも、いつの間にか、窓越しに見る外の景色が夜になっていることのほうが気になった。

 夜である。

 怖い。

 健太は暗いのが苦手であった。

 何より夜中一人は寂しいのだ。


「クローメさん」

「絶対に先には帰りませんよ、ワタシ」

「いえ、それもあるんですけど……できれば、ボクと一緒に途中まで帰ってくれませんか?」

「え?」

「ボク、暗いのが苦手なんです。恥ずかしながら」

「……へぇ」


 クローメの顔が、妙にニンマリとした。

 悪巧みをする猫みたいだ。

 

「いいでしょう。一緒に帰ってあげ……あっ……駄目です! 駄目です! それでは意味がありません!」

「わかりました。パンツを脱ぐあいだ、ボクは教室をでていますので、着替えてください。……お漏らししてしまったのでしょ?」

「だ、誰がですか!? お漏らしなんて!」

「違うのですか? あっ、『大』のほうでしたか……臭わなかったもので──」

「──ワタシはキミの横にたって、大女だと思われたくないだけです!」


 あぁ、なるほど、そういう理由なのね。

 クローメの身長は、百八十センチ近い。

 腰が高く足が長い。

 学校の男女全員を含めても、クローメは抜きん出た『巨人』だ。

 胸は慎ましいのに……。


「背が高いことって、そんな気にすることですか?」

「デカ女とは思われたくないのです。クラスメイトにも言われました。クローメは背が高いね、と」

「クローメさん、実際に大きいですよね」

「大きいのと、思われて笑われるのは別です」

「……ボクはもう、というより一目見た時から、クローメさんをちっちゃな女の子とは思ってないです。初見から大きな女の子です」

「マジですか、健太さん。一応、膝を曲げて小さくなってたんですよ」

「マジですね」

「おう……。だから、転校初日の自己紹介さらしあげスピーチは嫌いなのです」

「あ~、それはちょっとわかるかもです。学年があがったときには、必ず。自己紹介に立たされるんですけど、ボクも嫌いです。……顔と名前を覚えるのが目的なんでしょーけど……誰も覚えてねーですよ」

「いやいや! 健太さん、覚えてあげなさいよ」

「体は覚えられるんですけどね。顔は怪しいです。名前はサッパリ」

「……ワタシは大柄な女、という風にですか?」

「クローメさんは、おっぱいの小さな女の子です」

「そこはバストのエロい女でよろしくお願いします。切実に」

「ボクが言うのもなんですけど、セクハラて言ってもいいですよ」

「ワタシ、シモの話も大丈夫です。健太さんは日本人なんおに恥ずかしがり屋ではないのですね。ラノベのヘンタイ主人公みたいです」

「おっぱいくらいで、ヘンタイと呼ばれましても……」


 世界に通用する、hentai──変態の名に釣合いがたし。


「?」


 いつの間にか、クローメの背丈の話ではなくなっていた。

 ヘンタイの話をしたいわけではないのだ。

 何故、ヘンタイの話になった。

 たぶん夜のせいだ。

 夜は人を狂わせる。

 ちょっぴり、『悪い感』がでたせいだろう。

 夜は何となく、そんな時間帯に出歩くのは、悪いことのような感がある。

 

「おっぱいの話からクローメさんの背丈だけど、おっぱいが大きいよりは問題はないんじゃないですか? 走っても、おっぱいが揺れて痛くないし、服も着やすい、肩もこりません。何より胸が重くない。おっぱいが大きいよりも、小さいほうが利点は多いです」

「健太さんは貧乳好きなんですね」

「そうでもないです。大きくても小さくても、エロいということに変わりないだけです。エロに差別はありません」

「センセー、質問です」

「許可しましょう」

「背の大きな女の子はエロに含まれますか?」

「世の中には、巨人に性的趣向をもつ方々がいます。断言しましょう。エロです」


 何を言っているんだか。

 健太は自分で自分を馬鹿だと思う。

 だがしかし。

 発言に微塵も嘘はない。


「……」

「……」


 無言の間。

 馴れ馴れしく話をしている、健太とクローメであるが、今日が出会って初日。

 心の距離感は、まだまだ、他人と同じだ。

 そんな距離で、「お前はエロ」なんていってしまえば、引かれるのも道理というものだ。


「ワタシは──」


 沈黙を破ったのはクローメ。

 健太には……できなかった。


「──ワタシよりも小っちゃいのは対象外ですね。恋できません。親戚の男の子のように見えます、健太さんも」

「180cmは、日本男子の平均身長よりも上ですから」

「嫌われるんですよね、背の高い女の子。日本人はロリ好き傾向が多いんですよね?」

「個人の好みですから何とも……。ただ、ボクはロリ『も』好きです」

「健太くん、世の中は、ちょっと背が大きいだけでも、陰湿なからかいをときには受けるものです」

「おっぱいが大きくても同じですよ」

「おっぱい押しますね。このおっぱい星人めっ! です」


 健太は笑ってしまった。

 確かに、さっきから健太は、おっぱいを連呼していた。 

 ちょっとだけおかしかった。


「クローメさんが身長を気にするのはやはり、いじめられた経験があるからですか」

「いじめられたことはないですけど……誰かが、馬鹿にしているのは気になります。女の子の癖に、男の子よりも大きいなんて言われ続ければコンプレックスとも考えます」


「健太くんはありませんか? 自分の嫌なところ」と、クローメが聞く。

 健太の目を、彼女は見ていた。

 そういえば。

 健太がクローメの顔を見たのは──興味を持ち、持たれて──この瞬間が初めてだ。

……焼きそばみたいなウェーブのかかっている髪に、ウィンナー並みに太い眉……何て思い考えていたことは、絶対に口に出せないことだろう。

 ただそれでも、美人でないことはない、かな。

 見つめられるととぎまぎする。

 例えそれが、『己にないものを写す鏡ゆえの羨望』にすぎないとしても、しかしやはり美人と結論していた。


「あっ! 口には出せないことを考えましたね?」


 ドキリ、である。


「おちんちんが小さいことがコンプレックスなんでしょ。それとも、まだ皮を被っていることとか? 恥ずかしがることはありません。ゴリラは親指サイズだそうです」

「……」


 堂々と、ペニスの話をする女の子は、この瞬間が、健太の初めてだった。

 

「ドーテイのこととか?」

「クローメさん……そろそろ、股間を外しましょ」

「毛ですか!?」

「コンプレックスですね。コンプレックスの話でしたね。ボクのコンプレックスは──えと、アレですね。女の子と上手にお話ができないことです」


──チラリ。


 健太は廊下のほうを見た。

 放課後遅くとはいえ、誰もいないわけではないのである。

 健太とクローメの二人だけの学校ではない。

 他人の耳を、今更ながらに気にしたのだ。

 おっぱいだの、ちんこだの、連呼するのはまずいのだ。


「しょーもないコンプレックスなのデース」


 クローメは、やれやれ、と肩をすくめ、エセ外人のような口調となった。

 

「コンプレックスのわりに、ワタシとお話をしています。ワタシ、女の子です。花も恥じらいますよ」

「下ネタで恥ずかしがるでしょうね」

「そーいう意味ではないデース」

「知ってます」


 はぁ……。

 健太の心の中でだけ、ため息がこぼれた。

 下ネタの話題を連投されると、妙な気を使うせいか、妙に疲れていた。

 たぶん、疲れているのは健太だけだ。

 クローメの顔をのぞく。

 彼女は、次のネタに何を出すか考えているのが一目でわかった。


「はぁ」


 今度は口にでたため息。

 それを見て気づいたクローメは、口を尖らせてから、不服を申し立てた。


「何ですか。お話中のため息はマナー違反です」

「ボク、お腹がすいてきたんですけど、何か一緒に食べにいきませんか。交番隣の牛丼屋はオススメです」

「ブラック労働で有名なところですか?」

「たぶん違います」


 健太とクローメは、机の上に広げていた荷物をさっさと片付けて、夕食へと急ぎ始めた。

 ちゃんと、教室の鍵をかけ、職員室に届けてだ。

……すっかり、何でこんな時間帯まで残っていたのか、忘れてしまっていた。

 今はただ、腹の虫に急かされている。


「ハッ!? 女の子が夕食を牛丼ですますのは、男の子としてどうなのでしょうか、健太くん」

「ポイント高いです。……すみません、適当いいました」


 全ては些細な、しかし大きな理由。

 でも隣の、健太より大きな女の子、クローメは忘れているらしい。

 それでよいのか。

 いや……これでよかったのだ。 

 二人での外食。

 よっとしたワクワク感でも感じよう。

 新しい出会いは、新しいきっかけに。

 少なくとも、楽しくないわけではないと願う。


「健太くん。代金はワリカンで?」

「自腹です」


──クローメ。


 この大きな少女に手をひかれる健太は、彼女よりも小さかった。

 彼女は大きい。

 しかし。

 少なくとも健太の耳にするうちは、クローメ──彼女の背丈に関する悪口はなかった。

 まぁ、それ以外では苦労していくだろう。

 その話は、まだ、ずっと先のお話だ。

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